The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
「──どうしますか、先輩?」イチカ
「どうしますも何も──」ハスミ
電話口から響くイチカの声に、ハスミは言葉を詰まらせた。行かない、という選択肢は存在しない。しかし、てっきり万魔殿かゲヘナ風紀委員会が攻め込んで来たとばかり考えていたハスミは、その対処に一瞬苦慮する。深夜の商店街で束の間の休息を楽しんでいた矢先の出来事に、その場の空気は一気に張り詰めていった。
「──というか、早くご命令を頂かないと、ツルギ先輩が発射……飛び出しちゃいそうっすけれど」イチカ
「つ、ツルギは取り敢えず止めて下さい」ハスミ
その願いも虚しく、電話口の向こうではイチカの制止も間に合わなかったらしい。何かにぶつかる様な破砕音と、それに続く爆音が響き渡った直後、ハスミの端末は電子音を鳴らして通信途絶状態に陥った。
「………」ハスミ
「むっ、爆発音に……銃声だな、音からして此処から一キロ圏内という所か」アズサ
「え、えぇ……」ヒフミ
アズサの冷静な分析に、ヒフミは頬を引き攣らせる。ハスミは深く息を吐き、覚悟を決めた様に一同を見回した。
「皆さん、突然の事ですみませんが……お力添えをお願い致します」ハスミ
「えっ、わ、私達ですか!?」ヒフミ
ハスミは、エデン条約締結を目前に控えた今、この一件がトリニティとゲヘナの衝突と見做されれば、条約そのものに暗い影を落としかねないと語った。だからこそ、事を荒立てず、補習授業部──特にシャーレが主導する形で収拾を図りたいのだと。彼女の声には、副委員長としての責任感と、それでも尚一般生徒を巻き込む事への葛藤が滲んでいた。
「そ、それは……」ヒフミ
「うん、確かに」アズサ
「そうですねぇ……と、なると」ハナコ
「──俺のターンだ」隆一
徐に、隆一はローレディの構えでレーヴァテインを持ち上げる。その所作一つで、その場の空気が変わった。普段の飄々とした教師の顔から、また別の顔が覗く──そんな一瞬だった。
「はい、補習授業部とシャーレ、特に後者が主導で解決する構図が望ましいかと……厚かましいお願いである事は重々承知しておりますが、先生、お願い出来ますか?」ハスミ
「モーマンタイ」隆一
軽く応じる隆一に、皆もそれぞれの形で覚悟を固めていく。アズサは即座に頷き、ヒフミは緊張しながらも小さく拳を握った。ハナコはいつもの調子で微笑み、そしてコハルは、自分が戦いの場に立つという事実に、僅かな戸惑いを見せていた。憧れのハスミと肩を並べる──その現実が、まだ上手く飲み込めずにいる様子だった。
「あっ、わ、私も……?先生と、ハスミ先輩と……一緒に?」コハル
「いつかこうして肩を並べる時期が来るとは思っていましたが……想像よりも早かったですね、コハル」ハスミ
「は、はい!頑張ります……!」コハル
覚悟を決めたコハルの声に、ハスミは小さく頷き返した。
「先生、どうやってあの集団を止めるんだ?私達も手伝えるが」アズサ
「とりま補習授業部の面々含め全員待機。このきな臭ぇ情勢下で余計な行動を起こせば今後の試験の趨勢含め流れに関わる」隆一
「じゃあどうするのよ!?」コハル
「俺があの……美食研?だっけを全員ぶっ倒す」隆一
その言葉に、コハルは血相を変えて食って掛かった。銃弾が飛び交う前線に、教師がたった一人で乗り込むなど、正気の沙汰とは思えない。彼女の脳裏には、負傷した隆一の姿がまざまざと浮かんでいた。
「──え?」ハスミ
「ぜ、前線って、意味分かってる!?銃弾が飛び交ってるのよ!?当たったら死んじゃうじゃない!」コハル
「そこは心配いりません」ハスミ
「ハスミさん、心配がいらないとは?」ヒフミ
「先生はああ見えて、そんじょそこらのキヴォトス人よりもフィジカルも、再生能力も、非常に優れていますので」ハスミ
ハスミの口調は、まるで既知の事実を確認するかの様に淡々としていた。それだけに、聞かされた側の衝撃は尚更大きかった。
「「「「……………え?」」」」補習授業部一同
四人揃っての、間の抜けた反応。どうやら誰一人として、その事実を知らされていなかったらしい。
「先生から教えられてないようですね……」ハスミ
「た、確かに細い体の割には大きい銃担いでたりしてたけど……信じられないわよ」コハル
「本当にそう思います」ヒフミ
普段の柔らかな物腰からは想像も出来ない事実に、誰もが言葉を失っていた。それでも、当の本人はさして気にする様子もなく、既に踵を返し、単身で駆け出そうとしていた。
「……って先生!?追わないの!?逃げちゃうよアイツら!」コハル
「ちょっ、先生!何を…」ヒフミ
「ヤクだ」隆一
「…!!」ハスミ
「えぇ!?」ヒフミ
あまりにも簡潔な、そしてあまりにも物騒な単語に、その場の全員が一瞬固まった。
「銃弾に模倣させたカプセルを美食研の連中に撃ち込んだ。1分もすりゃ、手足が重くなってくるだろう。」隆一
「でもヤクって……」コハル
「何、ちゃんと『ギリギリ』程度に調整してある。問題はないさ」隆一
問題大有りである。しかし勝つ為に打つ手は惜しまない──それが彼のモットーであり、同時に狡猾さが垣間見える一面でもあった。コハルとヒフミが唖然とする横で、ハナコだけが「ふふっ」と楽しげに笑みを零していた。
時を同じくして、現場では美食研究会の面々が突如として異変に見舞われていた。少し前まで、彼女達は強奪したゴールドマグロを担ぎ、意気揚々と引き上げようとしていた所だった。それが今、何の前触れもなく、次々と足取りを乱し始めている。
「っと、急に止まって、どうしたのハルナ!?」ジュンコ
「し……私としたところが……この私の、ふか……」ハルナ
要領を得ない言葉を最後に、ハルナは地面へ崩れ落ちた。何が起きたのか理解出来ないまま、ジュンコはただその場に立ち尽くすしかなかった。突然の事態に、周囲の空気は困惑一色に染まっていく。
「ジュンコさん、落ち着いてください」アカリ
「…?あ、あんたその背中の…」ジュンコ
ジュンコの視線につられ、アカリも自分の異変に気付く。よく見れば、会長のハルナだけではなく、その場の全員──ジュンコの背中、アカリの太もも、そしてイズミの臀部にまで、どんぐり大の小さな玉が突き刺さっていた。
「…!これはまさか………」アカリ
その刹那、彼女達の後方、正義実現委員会が展開していた方角から、一斉に銃撃が浴びせられた。反撃を試みようにも、既に手足には得体の知れない重さがのし掛かり始めている。
「でも、さっきからなんか足が重くて…」ジュンコ
「言われてみれば私も…」アカリ
「なんか変な感じ〜」イズミ
薬は、着実に彼女達の自由を奪い始めていた。抵抗しようにも、既に膝は笑い、視界すら揺らぎ始めている。強奪したはずのゴールドマグロだけが、地面に転がったまま、月明かりを鈍く反射していた。
「頃合いだ」隆一
その様子は、隆一の構える愛銃レーヴァテインの照準越しに、逐一確認出来ていた。既に抵抗する力を失いつつある三人の姿を見据え、隆一は静かに息を整える。
「先生…何を……」ヒフミ
「分からない。ただ…」アズサ
遠目にその一部始終を見守っていたアズサは、隆一の横顔をじっと見つめていた。戦況を分析する彼女の目にも、今の隆一の様子だけは、上手く言葉に出来ない何かがあった。
「先生がこれまでに見せたことがない表情で昂っているのは分かる」アズサ
「アズサちゃん…」ヒフミ
その言葉通り、隆一の纏う空気は、普段の飄々とした様子とは明らかに一線を画していた。レーヴァテインの銃身が、機械音、そしてガイダンスと思われる声と共に彼の視界に空中ディスプレイを出現させ、静かに形状を変えていく。
「マルチロックオンモード起動」???
「多弾頭カートリッジ装填完了」???
「目標、ターゲットロックオン完了」???
淡々と紡がれる機械的な号令の後、彼は静かに、しかし確かな熱を込めて叫んだ。ディスプレイの先で、照準を示す光点が三つ、正確に標的を捉えている。
「発射ぁ!」隆一
引き金を引いた直後、銃口から水色の閃光が輝き、それは三つの光条となって三人を襲った。光条は正確に狙いを違えず、それぞれの身体を捉える。閃光が収まる頃には、既に彼女達の意識は途絶えていた。三人が光条に襲われてから、後片付けが始まるまでは、そう長くなかったのだった。