The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
「──ふぅ、どうやら最後の一人のフウカさんも安全を確認出来た様です」ハスミ
「そ、そうですか!」ヒフミ
これにて美食研究会──及び
「お疲れ様でした、先生、それに補習授業部の皆さん、お陰様で事態を無事に収拾する事が出来ました」ハスミ
「あ、あはは……でも、私達は殆ど何も」ヒフミ
「うん、私としては先生の戦術を目の前で見ることが出来て良い勉強になった」アズサ
実際の所、戦線の殆どは隆一が一人で担っており、補習授業部が主戦を張ったとは言い難い。それでも、「皆ちゃんと自分の役割を果たせていたさ」と、隆一はヒフミとコハルの頭を撫でつけた。コハルは鼻息荒く、ヒフミはくすぐったそうに首を竦める。
「ところでハスミさん、
「そうですね、本来であれば私達の方でこの後の処遇を決めるのですが……今回は時期が時期ですので、ゲヘナ風紀委員会に託そうかと」ハスミ
あくまで独立連邦捜査部が自主的に動いて解決した──という体裁を保つ為には、引き渡しも正義実現委員会ではなく隆一自身が、処遇も
「分かった、引き渡しは直ぐに?」隆一
「はい、既に輸送準備は整えてありますので……何から何までありがとうございます、先生」ハスミ
時刻は既に夜更け。ハスミは補習授業部を先に合宿へと帰す判断を下し、外出理由については今回の助力という事にしておくと耳打ちした。頭を下げる生徒達を見送り、隆一は護送車の傍らへと向かう。
トリニティ自治区、外郭大橋。その端へと車両を停車させ、隆一はひとり夜空を見上げていた。大騒動の後だというのに、辺りは何事もなかったかの様に静まり返っている。
「やっぱり、夜は冷えるな──」隆一
そんな独り言を呟いていると、向こう側から光が差し込んだ。ゲヘナの校章を掲げた装甲車──緊急車両十一号が甲高いブレーキ音と共に急停止し、扉を乱雑に開けて飛び出す影が一つ。
「──お待たせしました、死体はどこですか?」???
「……セナ、物騒な事言わないで」隆一
白い髪をナースキャップで纏めた救急医学部の彼女、
「……全く、いつも通りね、あの子は」ヒナ
助手席から飛び降りたのは、ゲヘナ風紀委員長のヒナだった。
「久しぶりね先生、いつぶりかしら……ところで、此処で何を?」ヒナ
「トリニティとゲヘナの調整役として、って言えば分かるかな」隆一
政治絡みの面倒事を厭う様に、ヒナは大きく溜息を吐いた。今回、公的には風紀委員会ではなく政治的に関わりの薄い「救急医学部」が動いた事になっている──彼女は、あくまで付き添い役なのだと語った。
護送車からは、気を失ったハルナ、ジュンコ、アカリ、イズミの四人が次々と運び出されていく。全員が意識を失っているせいで、セナは彼女達を米俵の如く肩に担ぎ上げ、次々と車両へ運んでいった。荒っぽい手際ではあったが、これもまた手慣れた様子だった。人質だったフウカだけが、その傍らで辛うじて生きた心地を取り戻していた。
「せ、先生も、ご迷惑をお掛けしました……今度、オフィスまで美味しいご飯を作りに行きますので!」フウカ
「あぁ、いや……寧ろ、大丈夫かい、フウカ?」隆一
「──あはは、何と言うか、もう慣れっこ……ですかね」フウカ
死んだ魚のような目で呟くフウカに、隆一はただ言葉を失う事しか出来なかった。
「──積載完了しました、出発の準備は整っています」セナ
「そう……少し待っていて」ヒナ
セナに待機を命じ、ヒナは確りとした足取りで隆一の傍へと歩み寄った。
「──先生、トリニティで一体何をしているの?中立的組織である独立連邦捜査部が、何故こんな時期にトリニティにいるのって話──これではまるで」ヒナ
そこまで口にして、彼女は不意に言葉を呑んだ。隆一が私情でどちらかに肩入れするなど、あり得ないという信頼が、彼女の中には確かにあったからだ。
「……やっぱり今のはなし、気にしないで」ヒナ
「──ヒナ、少し時間はあるかな?」隆一
「……先生と話す時間なら」ヒナ
一通りの事情──補習授業部、裏切者の疑惑、その全てを聞き終えたヒナは、両手を組んだまま静かに息を吐いた。
「成程……先生も結構複雑な渦中にいるのね」ヒナ
「目の前で困っている生徒が居たら、先生は助けるでしょう?」ヒナ
「──仰る通り」隆一
理想を言えばキヴォトス中の学園を平等に助けたい。だが体は一つ、手は二つ。人も意見も立場も幾千。全てを平等に救う事など、物理的に不可能だった。
「見方一つで敵・味方は裏返るし、立場によっても正義は変わる、『絶対的な真実』何て、分かりっこない」隆一
「正義だの善悪だの云々じゃなく、ただ単に皆を諦めたくないだけだ」隆一
「……先生らしいわね」ヒナ
「別に、今のままで良いわ──私にだけなら」ヒナ
「話を戻すけれど、エデン条約が軍事同盟って見方」ヒナ
「うん」隆一
「興味深い見方ではあると思う、ただ少なくとも私はそう思わない……アレはれっきとした平和条約、私はそう考えているわ」ヒナ
「条約によって結成されるエデン条約機構、あれを武力集団と捉えたところで、ナギサ単身で統制出来るものじゃない、万魔殿のマコトもナギサと同様の権限を持つ事になるのだから」ヒナ
「……確か、他のティーパーティーや万魔殿のメンバーにも、権限が分割されるんだったっけ?」隆一
「そう、だからエデン条約機構──ETOが誰かひとりの意思で暴走するような事は考え難い、勿論その全員が協力して……なんて事態になれば、理論的にはあり得るかもしれないけれど」ヒナ
どこか呆れたような表情を浮かべながら、ヒナは続ける
「そもそも、そんな事が出来るのなら、初めから両学園の統合でも何でも出来た筈だもの、理論的に可能なだけであって、まず考えられない」ヒナ
「……仰る通りで」隆一
「それに、マコトは誰かと協力するなんて事が出来ない性質だから」ヒナ
「……マコトはエデン条約に賛同しているのかい?」隆一
「そもそも、ゲヘナ側でエデン条約を推進したのは私だから」ヒナ
「ヒナ、もしかして……重みに感じているのかい?」隆一
声は、夜に溶けて消えた。ヒナは目を伏せたまま、何も答えなかった。でもどこからか、涙が溢れてくるような感覚があった。
彼女は既に三年生。一年生の頃に情報部から転部してきてからゲヘナ風紀委員として活動を続け、その責任と実力が故に、代わりの利かない立場を三年間背負い続けてきた。どれだけ結果を出しても、労わる事はない。ゲヘナという箱庭の中で、風紀委員会だけが異質な存在だった。「自由と混沌」を校是とするゲヘナに於いて風紀委員会は「自由の敵」だの「魔王とその配下」だの冷たい言葉を吐かれることも決して少なくなかったが故、自身を肯定してくれるものは、
「ETOが結成されたら、今よりも遥かにゲヘナの秩序はマシになる筈、そうなったらもう、私が風紀委員長じゃなくても良いでしょう?──良い加減、去就を考えるのも悪くないと思って」ヒナ
「……そうか」隆一
その一言に、隆一はそれ以上の言葉を重ねなかった。それが彼女自身の選んだ道であるならば、口を挟む必要はない。
もし風紀委員長が空位になれば、ゲヘナという煮えたぎる釜は途端に吹き零れる──彼女は、いわば抑止力そのものだった。だが、ETOが結成されればその重石は分散される。良い加減、別の生き方を探しても良いのかもしれない──そう考える様になったのは、隆一と出会ってからだった。
何の憂いも気負いもなく、隆一の隣で屈託なく笑う生徒達を見る度、ヒナは自分の中の小さな願望が肥大化していくのを感じていた。
「──なら、その時はD.U.の本部に来い、歓迎したる」隆一
「先生のオフィス…に?」ヒナ
彼はヒナに近づき、色々と提案や話をしていく。
「連邦生徒会のおかげで予算は潤沢だから生活には概ね困らないぞ?それにゲヘナから持ってきた仕事の手伝いでもアリ、なんなら一緒にゲームなんて選択肢もアリだ」
「一緒に……けど、それだと先生に負担が…」ヒナ
「負担なんて気にするな。気にしたら何も始まらん」
「例えそれで…生きがいとか、やりたいこととか見つかっても、先生に私は…恩返しなんて」ヒナ
「恩返しとか考えなくてもいい。まあ、してくれるなら…嬉しいが」
「………先生にはなんのメリットも無いのよ?」ヒナ
「たくさんあんぞ?」
「…たくさん?」
「ウチの執務室に出入りするのって基本的に俺プラス連邦生徒会とのパイプ役数人……たまに当番といった具合だ…故に昼間は静かで、友達一人いれば、変な静寂は無くなるし……」
「待って、待って!!ストップ!」
様々なメリットを挙げられ、ヒナは変な気分になる。自分がシャーレにいるだけでそこまで嬉しがられるなんて思わなかった為、ヒナは徐々に恥ずかしくなっていった。
「そ、そもそもそんなこと許されるの?立場的な問題も」
「まあなんとかしますよ、最悪根回しすればどうにだってなる」
「根回しか…」
「なんか自分で言った癖に楽しみになっちったな……『ヒナと一緒に、シャーレで過ごす』ってののが」
「…」
驕っているわけでも、誑かしているわけでも無く、疾しい心なんて一切なく、ただカヲルはヒナと、友達と一緒にいたい……ただそう言っているだけ。ヒナに青春を、楽しみを、生きることへの実感を味合わせたい──彼はただ、純粋にそう言っている。
「……っ〜〜〜〜〜!!!」
「どうした?」
ヒナは溢れそうな涙を堪えながらしゃがみ込み手で自分の顔を隠す。
「……………ごめん!私こんな…」
彼女は涙を堪えられず、ただ泣いているだけだった。
「気にすんな」
彼はそう言いながら、ズボンのポケットからハンカチを取り出す。
「…先生、そこまで言ってくれて……ありがとう」
しばらくして、目頭が真っ赤になったヒナが隆一に微笑みかける。それとほぼ同時刻、セナがポーチに入れていた懐中時計を開き、告げる。
「風紀委員長、そろそろ時間が──」
「……うん、分かった。先生、来てくれるのを楽しみにしてるわ………またね」
「ああ、またな、ヒナ」
「──補習授業部の事は、先生が守るのよね?」ヒナ
「うん、勿論」隆一
──羨ましい。そんな声は、風に掻き消されて届かなかった。それはただ、隆一に構って貰える、共に在れる、
「──ヒナ」隆一
不意に名を呼ばれ、振り向いた彼女が見たのは、右手を差し伸べる隆一の姿だった。
「せ、先生!?ちょ、な、何して……!?」ヒナ
「……寂しくなったら、独立連邦捜査部が待っているぞ?いつ何処に居たって、駆けつけるからな!」隆一
自身の感情を見抜かれたのだと直感し、ヒナの両腕は硬直したままだ。
「──まずい時間だ!んじゃ、また続きはどっかで!」隆一
どこかオドけた様にそう言い残し、隆一はトリニティ側の護送車へと走り去っていく。名残惜しそうにその背を見送るヒナに、セナが怪訝そうな視線を向けた。
「あれ…ヒナ委員長?先生と、何か?」セナ
「……〜〜〜関係ないわよ!」ヒナ
「そ…そうですか」セナ