The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
ティーパーティー、テラス。
夜明け前、まだ薄暗さの残る空の下。冷たい朝の空気が、テラスに満ちていた。遠くの空には、僅かに白み始めた気配が見て取れる。ナギサは紅茶を片手に、対面に立つハスミへと視線を向けた。湯気だけが、二人の間で静かに揺れている。
「昨晩の件、詳細な報告をお願いしますね、ハスミ」ナギサ
「はい……先生の武装について、まずご報告致します」ハスミ
ハスミは端末を取り出し、収集した情報を淡々と読み上げていく。その声は努めて事務的だったが、僅かな緊張が滲んでいるのを、ナギサは見逃さなかった。
「先生の愛銃、レーヴァテイン──ミレニアムサイエンススクール、エンジニア部が開発した携行火器です。マルチアタック機能、エネルギーチャージャー、曲射機能……その他複数の追加機能が実装されているとの事」ハスミ
「……ミレニアムのエンジニア部」ナギサ
その名を、ナギサは噛み締める様に繰り返した。トリニティの技術力を凌ぐと噂される、あの学園の名が出てくるとは思っていなかった。
「はい、加えて──実際に交戦した際の光景ですが」ハスミ
ハスミは一度言葉を切り、当時の光景を思い起こす様に目を伏せた。
「相手は美食研究部の武装生徒四名でした、先生は
「……一瞬、ですか」ナギサ
「はい、しかもそれは、致死性のない手段で……銃弾に変則的な鎮静剤を仕込むという、些か強引な方法でしたが」ハスミ
「強引、ね」ナギサ
「加えて──先生の纏う空気、と言いますか、あの場に居た正義実現委員会のメンバー全員が、言葉にせずとも彼に従っていました。指示を出す訳でもないのに、皆が自然と彼の采配を待つ──そういうカリスマ性が、確かにあります」ハスミ
「それは、ハスミ自身が見て、感じた事ですか?」ナギサ
「……はい、否定は出来ません」ハスミ
正直に答えるハスミの声には、僅かな迷いが滲んでいた。それを見逃さず、ナギサは静かに目を細める。ハスミの報告に、ナギサは静かにカップをソーサーへと戻す。その瞳には、確かな警戒の色が浮かんでいる。
「……成程、良く分かりました」ナギサ
「ナギサ様?」ハスミ
「…危険ですね」ナギサ
その一言に、ハスミは僅かに眉を寄せた。
「危険、とは?」ハスミ
「独自の武装、超常的とも呼べる戦闘能力、そして生徒の心を無自覚に掌握するカリスマ──ハスミさん、これがどういう意味を持つか、分かりますか?」ナギサ
「……それは」ハスミ
「ミレニアムの技術力、生徒達の忠誠、そして独立連邦捜査部という超法規的な権限。それら全てが、先生の手中にある、という事です」ナギサ
ナギサの声は、静かでありながら鋭かった。
「……あの善良な先生が、到底それを悪用するとは思えませんが」ハスミ
「思えない、ですか?私も、最初はそう思っていました」ナギサ
ナギサは僅かに視線を落とし、それから再びハスミを見据えた。かつての自分ならば、こんな疑いを抱く事すらなかっただろう。それでも今は、疑わずにはいられない状況が、確かに存在していた。
「ですが──情報局づてに調べてみた所、ミレニアムでユウカさんが失脚した一件、裏で独立連邦捜査部が糸を引いていたらしいですね」ナギサ
「まさか、先生が──」ハスミ
「断定はしません、まだ、何も」ナギサ
ナギサは静かに首を振る。だが、その表情に浮かぶ疑念の色は、決して薄まってはいなかった。
「ですが今の状況を考えれば、爆弾テロ未遂、それに続く学派間の混乱──いずれも、先生がトリニティに訪れてから起きています。偶然と片付けるには、些か出来過ぎているとは思いませんか?」ナギサ
「それは……」ハスミ
反論しようにも、その言葉が見つからない。ハスミ自身、心のどこかで同じ疑問を抱いていなかったと言えば、嘘になる。
言葉に詰まるハスミを前に、ナギサは畳み掛ける様に続けた。
「ハスミさん、お願いがあります」ナギサ
「……何でしょうか」ハスミ
「正義実現委員会を用いて、先生と、補習授業部の監視を強化して下さい」ナギサ
「監視、ですか」ハスミ
その響きに、ハスミは僅かに息を呑んだ。これまでの隆一の働きを思えば、あまりにも冷酷な指示に聞こえたからだ。
「はい、それと──」ナギサ
ナギサは一拍置き、告げた。
「万が一に備えて、先生を拘束する為のプラン、その立案をお願いします」ナギサ
「──拘束、ですか」ハスミ
その言葉に、ハスミの表情が明確に強張った。相手は、独立連邦捜査部の人間だ。しかも、この短期間で幾度となくトリニティを救ってきた張本人でもある。
「ナギサ様、それは些か……」ハスミ
「分かっています、あくまで万が一の備えです、実行するかどうかは、また別の話。『備えあれば憂いなし』、なんて言葉もありましょう?」ナギサ
「ですが……」ハスミ
「トリニティを守る為です、ハスミさん」ナギサ
その一言に、ハスミは唇を噛んだ。ティーパーティーのホストからの要請、それも「トリニティを守る為」という大義を掲げられれば──正義実現委員会の副委員長として、拒む事は難しい。
「……分かりました、慎重に、進めさせて頂きます」ハスミ
「感謝します、ハスミさん」ナギサ
告げるナギサの声には、僅かな安堵が滲んでいた。ハスミは深く一礼すると、複雑な表情を隠しきれないまま、テラスを後にした。その足取りは、いつもより幾分か重かった。背中を見送るナギサの表情もまた、決して晴れやかなものではなかった。
ティーパーティーのテラス、その入り口。
一人の生徒が、静かに扉の傍で立哨していた。表向きの名は──
「………」ミヅホ
彼女は、今しがた交わされたやり取りの一切を、扉越しに聞いていた。
拘束プラン。
その言葉が、彼女の胸の奥に重く沈む。
「(──やはり、行き過ぎている)」ミヅホ
ミヅホは静かに目を伏せる。ナギサがホストとしての権限を逸脱し、独断で『トリニティの裏切者』探しに邁進していく様を、彼女は誰よりも近くで見てきた。
補習授業部の設立、そこに紐付けられた退学という劇薬、そして今度は──先生そのものを、拘束する計画。かつて彼女が仕えてきたナギサの姿は、そこにはもう見る影もなかった。
「(このままでは、トリニティは……)」ミヅホ
彼女の胸に去来するのは、不信だった。信頼していた
だからこそ──彼女は、密かに動いていた。
ナギサの公務記録、トリニティ内の他組織への工作要請、その一切を書面に起こし、彼の元へと届け続けている。電子データでのやり取りは、いつ何処で傍受されるか分からない。自身の正体が露見すれば、それこそ全てが水泡に帰す。だからこそ、紙という最も原始的で、最も足のつきにくい手段を選んでいた。
シスターフッドのマリーを介して届けられた、あの二つの合言葉。あれもまた、ミヅホが仕組んだ連絡経路の一つだった。誰にも気付かれる事なく、確実に情報を届ける為の、幾重にも張り巡らされた仕掛けの一端に過ぎない。表の顔と裏の顔、その両方を演じ切る事もまた、彼女に課せられた役目の一つだった。
その日の夜、先生宛のメールボックスに、一件のメールが届いた。
差出人は一般生徒を装った匿名アカウント、件名は──「美味しいアジフライみっけ!」。添付されているのは、アジフライの写真。何の変哲もない、小洒落た大衆食堂のメニューを撮っただけの写真に見える。だが、それは事前に隆一とミヅホの間で取り決められた合図だった。
──重要な情報を、伝達する用意がある。
その一枚の写真に込められた意味を読み解ける者は、この学園広しといえど、ただ一人しかいない。
「美味しいアジフライみっけ!」ミヅホ
その一文と共に送信されたメールの送り主、その正体を知る者は──OMNISの中でも、ごく一部に限られていた。表向きはトリニティ情報局の生徒として、裏ではそれを彼に流すスパイとして。その均衡を保つ事自体が、既に一つの戦いだった。
OMNIS工作員、コードネームR-179。
そして、彼女には、もう一つの名がある。
──チャリントン。