The Hypocrite's Archive   作:Xelphyr

94 / 94
お気に入りとコメントは励みになるので皆さんお願いします
誤字脱字報告も同じく励みになります


"チャリントン"

ティーパーティー、テラス。

 

 

夜明け前、まだ薄暗さの残る空の下。冷たい朝の空気が、テラスに満ちていた。遠くの空には、僅かに白み始めた気配が見て取れる。ナギサは紅茶を片手に、対面に立つハスミへと視線を向けた。湯気だけが、二人の間で静かに揺れている。

 

 

 

「昨晩の件、詳細な報告をお願いしますね、ハスミ」ナギサ

 

 

「はい……先生の武装について、まずご報告致します」ハスミ

 

 

 

ハスミは端末を取り出し、収集した情報を淡々と読み上げていく。その声は努めて事務的だったが、僅かな緊張が滲んでいるのを、ナギサは見逃さなかった。

 

 

 

「先生の愛銃、レーヴァテイン──ミレニアムサイエンススクール、エンジニア部が開発した携行火器です。マルチアタック機能、エネルギーチャージャー、曲射機能……その他複数の追加機能が実装されているとの事」ハスミ

 

 

「……ミレニアムのエンジニア部」ナギサ

 

 

 

その名を、ナギサは噛み締める様に繰り返した。トリニティの技術力を凌ぐと噂される、あの学園の名が出てくるとは思っていなかった。

 

 

 

「はい、加えて──実際に交戦した際の光景ですが」ハスミ

 

 

 

ハスミは一度言葉を切り、当時の光景を思い起こす様に目を伏せた。

 

 

 

「相手は美食研究部の武装生徒四名でした、先生は()b()()()()()()/()b()》、それを殆ど一瞬で無力化しました」ハスミ

 

 

「……一瞬、ですか」ナギサ

 

 

「はい、しかもそれは、致死性のない手段で……銃弾に変則的な鎮静剤を仕込むという、些か強引な方法でしたが」ハスミ

 

 

「強引、ね」ナギサ

 

 

「加えて──先生の纏う空気、と言いますか、あの場に居た正義実現委員会のメンバー全員が、言葉にせずとも彼に従っていました。指示を出す訳でもないのに、皆が自然と彼の采配を待つ──そういうカリスマ性が、確かにあります」ハスミ

 

 

「それは、ハスミ自身が見て、感じた事ですか?」ナギサ

 

 

「……はい、否定は出来ません」ハスミ

 

 

 

正直に答えるハスミの声には、僅かな迷いが滲んでいた。それを見逃さず、ナギサは静かに目を細める。ハスミの報告に、ナギサは静かにカップをソーサーへと戻す。その瞳には、確かな警戒の色が浮かんでいる。

 

 

 

「……成程、良く分かりました」ナギサ

 

 

「ナギサ様?」ハスミ

 

 

…危険ですねナギサ

 

 

 

その一言に、ハスミは僅かに眉を寄せた。

 

 

 

「危険、とは?」ハスミ

 

 

「独自の武装、超常的とも呼べる戦闘能力、そして生徒の心を無自覚に掌握するカリスマ──ハスミさん、これがどういう意味を持つか、分かりますか?」ナギサ

 

 

「……それは」ハスミ

 

 

「ミレニアムの技術力、生徒達の忠誠、そして独立連邦捜査部という超法規的な権限。それら全てが、先生の手中にある、という事です」ナギサ

 

 

 

ナギサの声は、静かでありながら鋭かった。

 

 

 

「……あの善良な先生が、到底それを悪用するとは思えませんが」ハスミ

 

 

「思えない、ですか?私も、最初はそう思っていました」ナギサ

 

 

 

ナギサは僅かに視線を落とし、それから再びハスミを見据えた。かつての自分ならば、こんな疑いを抱く事すらなかっただろう。それでも今は、疑わずにはいられない状況が、確かに存在していた。

 

 

 

「ですが──情報局づてに調べてみた所、ミレニアムでユウカさんが失脚した一件、裏で独立連邦捜査部が糸を引いていたらしいですね」ナギサ

 

 

「まさか、先生が──」ハスミ

 

 

「断定はしません、まだ、何も」ナギサ

 

 

 

ナギサは静かに首を振る。だが、その表情に浮かぶ疑念の色は、決して薄まってはいなかった。

 

 

 

「ですが今の状況を考えれば、爆弾テロ未遂、それに続く学派間の混乱──いずれも、先生がトリニティに訪れてから起きています。偶然と片付けるには、些か出来過ぎているとは思いませんか?」ナギサ

 

 

「それは……」ハスミ

 

 

 

反論しようにも、その言葉が見つからない。ハスミ自身、心のどこかで同じ疑問を抱いていなかったと言えば、嘘になる。

言葉に詰まるハスミを前に、ナギサは畳み掛ける様に続けた。

 

 

 

「ハスミさん、お願いがあります」ナギサ

 

 

「……何でしょうか」ハスミ

 

 

「正義実現委員会を用いて、先生と、補習授業部の監視を強化して下さい」ナギサ

 

 

「監視、ですか」ハスミ

 

 

 

その響きに、ハスミは僅かに息を呑んだ。これまでの隆一の働きを思えば、あまりにも冷酷な指示に聞こえたからだ。

 

 

 

「はい、それと──」ナギサ

 

 

 

ナギサは一拍置き、告げた。

 

 

 

「万が一に備えて、先生を拘束する為のプラン、その立案をお願いします」ナギサ

 

 

「──拘束、ですか」ハスミ

 

 

 

その言葉に、ハスミの表情が明確に強張った。相手は、独立連邦捜査部の人間だ。しかも、この短期間で幾度となくトリニティを救ってきた張本人でもある。

 

 

 

「ナギサ様、それは些か……」ハスミ

 

 

「分かっています、あくまで万が一の備えです、実行するかどうかは、また別の話。『備えあれば憂いなし』、なんて言葉もありましょう?」ナギサ

 

 

「ですが……」ハスミ

 

 

「トリニティを守る為です、ハスミさん」ナギサ

 

 

 

その一言に、ハスミは唇を噛んだ。ティーパーティーのホストからの要請、それも「トリニティを守る為」という大義を掲げられれば──正義実現委員会の副委員長として、拒む事は難しい。

 

 

 

「……分かりました、慎重に、進めさせて頂きます」ハスミ

 

 

「感謝します、ハスミさん」ナギサ

 

 

 

告げるナギサの声には、僅かな安堵が滲んでいた。ハスミは深く一礼すると、複雑な表情を隠しきれないまま、テラスを後にした。その足取りは、いつもより幾分か重かった。背中を見送るナギサの表情もまた、決して晴れやかなものではなかった。

 

 

 


 

 

 

ティーパーティーのテラス、その入り口。

 

 

一人の生徒が、静かに扉の傍で立哨していた。表向きの名は──土方(ひじかた)ミヅホ。嘗ては情報局きっての腕利きとして名を馳せ、ナギサからの信頼も厚い生徒である。誰もが、彼女をナギサの忠実な右腕だと信じて疑わなかった。

 

 

 

「………」ミヅホ

 

 

 

彼女は、今しがた交わされたやり取りの一切を、扉越しに聞いていた。

 

 

拘束プラン。

 

 

その言葉が、彼女の胸の奥に重く沈む。

 

 

 

「(──やはり、行き過ぎている)」ミヅホ

 

 

 

ミヅホは静かに目を伏せる。ナギサがホストとしての権限を逸脱し、独断で『トリニティの裏切者』探しに邁進していく様を、彼女は誰よりも近くで見てきた。

補習授業部の設立、そこに紐付けられた退学という劇薬、そして今度は──先生そのものを、拘束する計画。かつて彼女が仕えてきたナギサの姿は、そこにはもう見る影もなかった。

 

 

 

「(このままでは、トリニティは……)」ミヅホ

 

 

 

彼女の胸に去来するのは、不信だった。信頼していた上司(ナギサ)の判断が、少しずつ歪んでいく様を目の当たりにする程、辛いものはない。かつては誰よりも冷静で、公平な判断を下していたナギサ。その面影を、今のミヅホはもう、素直に信じ切る事が出来なくなっていた。

 

 

だからこそ──彼女は、密かに動いていた。

 

 

ナギサの公務記録、トリニティ内の他組織への工作要請、その一切を書面に起こし、彼の元へと届け続けている。電子データでのやり取りは、いつ何処で傍受されるか分からない。自身の正体が露見すれば、それこそ全てが水泡に帰す。だからこそ、紙という最も原始的で、最も足のつきにくい手段を選んでいた。

 

シスターフッドのマリーを介して届けられた、あの二つの合言葉。あれもまた、ミヅホが仕組んだ連絡経路の一つだった。誰にも気付かれる事なく、確実に情報を届ける為の、幾重にも張り巡らされた仕掛けの一端に過ぎない。表の顔と裏の顔、その両方を演じ切る事もまた、彼女に課せられた役目の一つだった。

 

 

 


 

 

 

その日の夜、先生宛のメールボックスに、一件のメールが届いた。

差出人は一般生徒を装った匿名アカウント、件名は──「美味しいアジフライみっけ!」。添付されているのは、アジフライの写真。何の変哲もない、小洒落た大衆食堂のメニューを撮っただけの写真に見える。だが、それは事前に隆一とミヅホの間で取り決められた合図だった。

 

──重要な情報を、伝達する用意がある。

 

その一枚の写真に込められた意味を読み解ける者は、この学園広しといえど、ただ一人しかいない。

 

「美味しいアジフライみっけ!」ミヅホ

 

その一文と共に送信されたメールの送り主、その正体を知る者は──OMNISの中でも、ごく一部に限られていた。表向きはトリニティ情報局の生徒として、裏ではそれを彼に流すスパイとして。その均衡を保つ事自体が、既に一つの戦いだった。

 

 

 

OMNIS工作員、コードネームR-179。

そして、彼女には、もう一つの名がある。

 

 

 

 

 

 

 

──チャリントン。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

自由自在に反転できる男(作者:天叢シャマク)(原作:ブルーアーカイブ)

転生してから反転できる何でもありな男がキヴォトスで生きる話▼尚、元の世界でもチートだった模様


総合評価:393/評価:5.36/連載:26話/更新日時:2026年08月20日(木) 23:10 小説情報

銃社会を、吸血鬼は生きる(作者:MIKAZUKIN2525)(原作:ブルーアーカイブ)

体は子供。記憶はなし。そんな状態でキヴォトスに転生してしまった主人公。▼つらくても、苦しくても、めげずに生き抜いてやる。▼本編は0章からになります。


総合評価:247/評価:5.46/連載:88話/更新日時:2026年08月22日(土) 06:00 小説情報

探究者の為の世界樹(作者:ロングコート)(原作:ブルーアーカイブ)

これは色彩が去り、キヴォトスに平和が戻った後の物語。▼ゲマトリアに属し、黒服と共に行動していたこの物語の主人公"ユグドラシル"。黒服から下された指令「キヴォトスの学園に属すること」を遂行する為に「智神ジル」として過ごす事になった彼女に待つ出会いと事件、そして過去の因縁、それらが織り成し待ち受ける終極とは……


総合評価:-4/評価:3.33/完結:57話/更新日時:2026年08月19日(水) 06:17 小説情報

楽しい銃社会の生き抜き方(作者:WEVE)(原作:ブルーアーカイブ)

ミレニアムサイエンススクールに所属するキヴォトス唯一の男子生徒『居待(イマチ) ウツキ』がなんやかんやありながら学園生活を満喫(?)する話▼今後必須以外タグ追加の可能性があるので苦手な方はブラウザバックを推奨してます▼大体許せるよって方は是非読んでいってください!▼現在の進捗▼アビドス編1,2章 完結▼ミレニアム編1章 完結▼エデン条約編1,2章 更新中


総合評価:526/評価:6.89/連載:50話/更新日時:2026年08月20日(木) 15:30 小説情報

その狂愛が視るものは(作者:Othuyeg)(原作:ブルーアーカイブ)

ゲヘナの風紀委員会に、様子のおかしいオリ主をブチ込んだ話。▼※オムニバス形式です。(第6節以降は中編)▼※必須タグの一部は保険的に使用しているので人によってはそう感じない場合があります。


総合評価:33/評価:-.--/連載:16話/更新日時:2026年06月14日(日) 12:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>