始業式を終え、授業開始から二週間経った。凄まじき威圧感を放っていたカインに周囲は慣れ、特に問題なく学校生活を送っていた。生徒会長として全員を優しく導くみなみも、カインの背中を見て頼もしく感じていた。異世界から来た彼がトラブルを起こさないか不安であったが、紳士的な対応と適切な判断により、みなみの懸念も杞憂であったことに胸を撫で下ろした。
そんなある日の夕飯時、みなみ、あやか、せいら、カインと、彼の友人枠として呼ばれたキミマロとで食堂の食卓を囲んでいた。
「あ、あのぅ。なんでボクも一緒なの?」
「そりゃ俺の友人だからさ。部屋の隅で飯食うのも嫌だろ」
「あなたがロンドンで自分を高めていたのを知ってるわ。せいらもあやかもわかっているのよ」
暖かく迎えられて尚、バツの悪そうな顔をしている。
「お前の気持ち、わからんわけじゃない。だがな、もう悔やむ必要はない。失敗を糧に進めばどうにでもなるもんだ」
「・・・ありがとうカイン君」
「いいさ。それより、皆様はどうして俺の方見てるのです?」
その答えは盛られた料理に理由がある。身長とガタイの良さからは考えられない、他の人と変わらない量を食べるからである。
「いや、その、明らかに足りないと言うかその・・・」
「普通に考えてもっと食べないといけないと言うか・・・」
「体力測定の時の、アレを見ちゃうと、納得しかないわね」
ハンドボール投げで紙飛行機を投げるかのように投げて、校庭の端から端まで飛ばし、握力は100キロをよゆうで超えるパワーを発揮したかと思えば、1500メートル走は涼しい顔して4分切り、他の種目も平均を大きく超える身体能力を発揮した。これらはプレインズウォーカーになる前から体力オバケであり、それを活かすために戦士としての訓練を受けて磨きが掛かった結果である。にもかかわらず、食事量は一般的な学生と変わらない量を食べるため、不自然だと思われたのであった。無論、これにも理由がある。満腹だといざという時に動けない可能性があるため、食事制限も彼なりに考えた結果である。
「食べ過ぎはマズイと思いまして、いつも八分目を心掛けてます」
しかし、みなみ以外誰も信じてくれなかった。
「話を変えていいかしら。春休み中に、はるかの実家に遊びに行った時にね」
春野はるか。現在の中等部の生徒会長を務める、明るく社交的な少女。ある意味では、みなみと正反対の、誰にでも愛され可愛がられるタイプの人間である。そんなはるかとの出会いが、みなみの心情や考え方に大きく影響を受け、現在に至る。そして、みなみがはるかの話をすると、普段の凛々しさが薄れ、年相応の可愛げのある笑顔を見せてくれる。また、時間も大きく使われるのだ。
「でね、とても可愛いのよ、私のためにどら焼きを焼いてくれたりして、とても嬉しかったわ。それから・・・」
「恐れながら申し上げます。そろそろ食堂が閉まります、続きは別のところで話しましょう」
「あ・・・よくない、よね?」
彼女の表情、声色、振る舞いから考えて、とても大切にしている人物だと実感した。カインははるかの話を聞きたいため、生徒会室へみなみを呼び、ゆっくりと話を聞く。二人きりであることを確認すると、みなみはカインに、はるかもプリキュアの一人でありグランドプリンセスであること、カナタと良い仲であること、あともう一人いるが遠くで暮らしていることなどを話してくれた。
「そういえば、あなたの家族のことは聞いてなかったわ。よかったらお話ししてもらえっていいかしら?」
「私事で良ければ」
カインは呪文で過去の自分と両親を投影する。
「俺は短い夏の日に生まれ、その時はまだティムールはアタルカ氏族と呼ばれていました。父は氏族きっての戦士、母は精霊魔術を使う巫師でした。理性的な父は俺に斧と弓、剣と槍の使い方を教えてくれました。優しかった母はこの投影魔法を教えてくれました。戦士になって間も無く、最初にして最大の戦いが始まりました。そう、ファイレクシアの侵攻です。そのとき、別の部隊の母は油を浴びたドラゴンに焼かれ、父は敵の包囲にあって奴等を道連れにして討ち死にしました。俺はその時、友人に殺されかけ灯が灯ったのは知ってますね」
「えぇ。まさか友達だけじゃなくて、ご両親も亡くなっていたなんて・・・。ごめんなさい、辛い思い出を語らせて」
「良いんです。侵攻を防いだ俺達は、ある決断をしました。貪欲で暴虐な龍、アタルカを討伐すると」
「以前、名前が変わったって言うのはそれね」
「はい。ここでも仲間を失いましたが、ウレニを召喚し、アタルカを倒し、当時のカン、スーラクを追放してティムールを再興したのです」
どこか悲しい顔をしたカインを見て、ただ苦しかっただけでなく、仲間だった人々とも戦って哀しい思いをしたのだと実感した。みなみは優しく手を取った。
「あなたの手は汚れているかもしれない、でも誰よりも強くて優しいあなたを私は忘れないわ。遠くへ行ってしまってもね」
話を聞いてもらったカインは何かから解放された感じがした。
ある日、ひょんな噂を耳にする。みなみの自称婚約者がいると。いくら彼女が容姿端麗で文武両道、名家出身といえど、あの自律を尊ぶ海藤家がワザワザ婚約者を用意するとは思わなかった。キミマロに聞いたところ、カインが普段付き人のように近くにいるため、なかなか声を掛けにくいそうだ。
「キミマロ、前に聞いた話だが、お前もそうなのか?」
「昔はね。・・・ボクは忘れていたんだ、恋をするってことは、相手の周りの人も大事にしなきゃってことを」
「なるほどね。キミマロのこと、見てる女もいると思うぞ。もし見つけたら、絶対に大事にすること、たとえ別れてもその人が教えてくれたことを忘れてはいけない」
冷たい複数の視線を感じる。スゥルタイの斥候のものとは違う、嫌らしく、そして驕りの混じった人間らしい冷たさだった。視線の主人達が姿を現した。
「ごきげんようカイン君。君のおかげで海藤さんの品格が落ちて、まるで道端のタンポポだよ。踏まれて可哀想だ」
みなみより10センチ高い、顔立ちの端正な青年が、カインを見上げながら挑発してくる。取り巻き二人も、そうだそうだと同調する。
「こんな山猿があの方の傍らにいるなんて、とてもじゃないがありえない。僕のように全て揃ってる人間こそ、側にいるのが相応しいと思わないか?」
友人を馬鹿にされたキミマロは言い返そうとするが、カインは静止させる。言わせておけと言わんばかりに。
「そうだった忘れていた、僕は鏑恒雄。今日の放課後、グラウンドに来てほしい。そこで勝負だ」
高笑いしながら去って行く鏑を、憐れだと思いながら見送る。
「心配するな。お前には立会人になってもらうが、あんな素っ頓狂には負けないさ」
放課後、鏑恒雄と取り巻きが待つグラウンドへ向かう。彼もまた、取り巻き達を立会人にすると言う。競う競技は100メートル走、走り幅跳び、そして砲丸投げだ。
「よかった、互いに傷つけ合うことがなくて(危うく殺しかねないし)」
「僕だって弁えているさ。さぁ勝負だ!」
いざ勝負をしたが、結果は火を見るよりも明らかだった。制服姿で100メートルを10秒切るわ、幅跳びは9メートル超えるわ、砲丸投げはグラウンドを対角線上に投げて端から端まで投げるわで、どれもカインの勝利だった。
「俺の勝ちだ。どうする、続けるか?」
「くぅ・・・明日の小テストで勝負だ。お前みたいな脳筋が不利だろ!」
しかし、小テストでも全ての教科でカインが上回り、勝てる要素が無かった。鏑も努力を怠っているわけではない、ノーブル学園に入るために必死に努力をしたのだ。決して、点数が低くないのである。
「くそぅ。何なんだアイツ」
「鏑、お前勘違いしてないか?俺はみなみ様の護衛だ、決して婚約者ではないぞ。それに、お前は・・・」
「うるさいうるさい!学園のプリンセスに婚約者の噂を聞いて、僕は必死に努力したんだ。お前みたいな脳筋が、僕を語るな!」
刹那、鏑が身体を震わせ、ドス黒いオーラを吐き出した。それは人型を作り、鏑は気を失って倒れてしまった。教室内は混乱し大騒ぎになった。
「ゼツボーグ!!」
カインを見た途端、拳を振り上げ襲い掛かる。カインは先手のボディーブロウを決め、窓から投げ飛ばす。建物3階から追い討ちと言わんばかりに飛び出し、青エンチャントを使って身体を浮かせ、ゆっくり着陸。ゆっくり立ち上がる人型に素早く接近し膝蹴りをお見舞いする。
「うるせぇぞ絶望、絶望って。勝手に一人でしとけ、ありのままの自分を大事にできない奴は、誰も大事にできないし、自分すら危機に陥る」
緑呪文で拳に力を集中、人型にそのままストレートを喰らわせた。すると、ダメージを受けた箇所からゆっくり霧散していった。
『あれはナイトメアだ。人の心から生まれた絶望が、そのまま形になったんだ。だが、この次元では魔法はないし、エンチャントを掛けられた痕跡もない』
カインはそう考えて窓を確認する。派手に割られており、もし下に人がいたら大惨事になっていたかもしれなかった。
「しまった、みなみ様に叱られる」
窓ガラス及び、謎のナイトメアについての報告をするため、生徒会長室へ行く。一部始終を聞いていたみなみは軽く注意し、謎のナイトメアについて詳しく聞くことにした。
「無駄に頑丈で、ゼツボーグっと、鳴いていました。心当たりはありますか?」
「ゼツボーグは昔、はるかときらら、トワと一緒に戦った怪物よ。人の心の絶望から生まれるの。倒されると素体になった人間が現れるわ」
「変ですね、そいつは口から黒いオーラ吐き出されて人型になりました。鏑はその場で気絶していましたよ」
「初めてのタイプね。他の生徒から聞いた通りだわ、他に何か気づいたかしら?」
「不自然なのは、彼にエンチャントや他の呪文を掛けられた痕跡がないんです。そうですね、例えば」
カインは自分にエンチャント、フェイの飛行を使って身体を浮かせる。
「青呪文にはこのように飛行を与えるものがあります。エンチャントと呼ばれるものは、長時間効果を与えることができますが、彼には付与されていませんでした」
エンチャントを解き、着地する。
「ねぇいいかしら、青呪文って?」
「そう言えば、教えていませんでしたね。紙とペンをください、図で教えます」
カインは五角形を描き、角にそれぞれのシンボルマークを描いた。
「魔法には5色あります。白、青、黒、赤、緑の5色です。それぞれ得意分野があり、複合した魔法もあります。それではまず、色の特性を教えます」
自信が得意とする、青、赤、緑の呪文を解説することにした。
「青は知識、謀略、文明、理性、水や空を連想させます。敵と自分を分析し、自身の持ちうる知識を持って力まないで脳内で組まれた策略で勝つ事を良しとします。反面、相手を破壊したり、レスリングみたいな力同士の真っ向勝負は苦手です。得意分野は飛行能力、敵の弱体化、呪文の打ち消しがあります。また、相手の脳に直接入り込んで情報を得る呪文もあります」
一息ついてから、赤呪文の説明をする。
「赤は衝動性、怒り、破壊、火や雷を連想させる呪文があります。したがって、どの色よりも攻撃的で直接的な呪文が多いのです。しかし、物体を破壊するのは得意ですが、触れられないエンチャントを割るのはできません。考えるよりも身体が動く色ですね」
続いて緑呪文の説明を始めた。
「緑は生命の色です。本能、受容、森林や自然といったものの呪文ばかりです。肉体強化も緑ですね。自然的でないもの、例えば、エンチャントや魔法道具こと、アーティファクトの破壊が得意です。マナと呼ばれる魔法の元を増やすことも緑が得意ですね。反面、赤のように気に入らないから命を奪う呪文は皆無です」
次に白について説明する。
「白は平和、集団秩序、光を連想されます。最もエンチャントの扱いを得意としていて、施すのも割るのも自由自在です。治療なども白が最も得意とします。反面、集団のためなら個を切り捨てることもでき、さらには平等に全てを破壊するという、残酷な面もあります」
最後に黒を説明する。
「黒は死、犠牲、力、闇や沼が連想されます。赤と違い、確実に生き物を仕留めることに長け、自分を犠牲にしてでも勝利を目指す、最も濃い色です。また、死者復活も黒の得意分野です。魂のある生物に対しては強いものの、エンチャントやアーティファクトの破壊は不得手です。生き物ではないですからね」
みなみは説明を聞いて、ふと疑問に思った。
「今回の鏑恒雄さんの件は黒呪文が関係しているということなの?」
「 相手の心を操るなら、青と黒の呪文が最適です。最も、花粉で操って殺人事件を起こしたドライアドもいましたから、一概には言えません」
「・・・保健室へ行くわ。本人に何があったのか聞かないと」
みなみとカインは、目を覚ました鏑から話を聞くことに成功した。入寮前に不思議な占い師から、小さな黒真珠のようなものを肌身離さず持つように言われ、その時は何も無かったが、学内での噂に焦りカインに決闘を申し込み、完膚なきまで敗れ、黒真珠が腹部を強く圧迫し、黒い何かを吐き出したらしい。まだ所有していたため、カインはそれをもらい、目で確かめた。
「どうする?いるか?」
「もういいや、あげるよ。怖い思いは勘弁だ」
「わかった」
カインはそれを握りつぶすと、黒いモヤのようなものが出てきて霧散していった。
「今度からは知らん人間に物を貰わないことだな」
「あれは、人の心の闇をとりこみ、負の感情が充分に貯まったら持ち主を媒介してクリーチャーを召喚するアーティファクトです。これは俺の勘ですが、俺ではない何者かが召喚術を使って、あのゼツボーグを召喚したのでしょう」
「危険な代物ね。はるか達は大丈夫かしら?」
「向こうは俺がいませんから、少し心配ですね。ですが、そのはるかさんなら、大丈夫でしょう。だって、貴女の認めた女の子ですもの」
「そうよね、あっちはトワもカナタ王子もいるもの。杞憂よね」
影から何者かが二人の背中を見つめていた。
「なるほど。あの強さ、魔法の使い方、只者では無い。どうやら一筋縄にはいかないな」
次回、青く麗しい姫戦士、海藤みなみ
その麗しさ、カインの心を鷲掴み