メカクシティアフターデイズ   作:サイレン

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第1話 これからと始まりの一言

繰り返し廻り続けた8月15日が、カゲロウデイズが終焉を迎え、メカクシ団に平和で穏やかな日常が帰ってきた。

 

大きく変わったことはメカクシ団のメンバーが増えたことだろうか。

二年前のあの日に自殺したとされていたアヤノが帰ってきたこと。

カゲロウデイズ前は死亡扱いとなっていたはずなのだが、神かそれともアザミの計らいなのか、戻ってきたら行方不明扱いとなっており、色々な面倒事は残っていたが、日常へと帰還することが可能となっていた。

そしてアヤノに加えて新しくヒヨリと遥が加わったこと。遥が大きく変わっていたのは、以前はあった命に関わる病気が治っていたことだ。

あとはエネが人間の貴音になったこともあるが、そこは特に変化はなく極自然に受け入れられていた。

 

そして全員の生活が一先ず落ち着いた、残り少なくなった夏休みの終わり頃。

カゲロウデイズを無事抜け出せたお祝いと新しく入団したメンバーの歓迎会も兼ねて、メカクシ団のアジトではパーティをすることになっていた。

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

「…………」

「ん?どうしたの、シンタロー?」

 

時刻は昼過ぎ。丁度太陽が真上に登る頃の時間帯、怠いくらいの快晴だ。熱せられた道路の上では陽炎が揺らめく、正に炎天下真っ最中である

その炎天下の中、アヤノとシンタロー、二人を含むメカクシ団のメンバーは、パーティの買い出しのため近くの公園を待ち合わせ場所として集合していた。今は全メンバーの集合が完了したため、早速近くのデパート、あのテロ事件が起こったデパートへと向かっている。何事も無く再開していることに疑問を覚えなくもなかったが、カゲロウデイズを経験したメカクシ団にとってそんなことは茶飯事であった。

 

「いや、お前の私服姿、久しぶりに見るなと思ってな」

「あぁ、確かにそうかもねー」

 

久しぶりなんてものではない。現実問題として自殺したアヤノとは二年近く会っていない。更にシンタローは『目に焼き付ける』能力のおかげで、これまでのループの記憶が全て残っている。そのため、これは何年、何十年振りと言っても過言ではないくらい久しぶりなのだ。

 

「どうかな?似合う?」

「えっ……?」

 

えへへ、と恥ずかしがった様子でアヤノがシンタローに尋ねた。シンタローはこのようなリア充的なイベントに慣れていないために、どもってしまう。

アヤノは胸元に赤の紐リボンが印象的な白のワンピースを着ていており、その姿は清楚そのもので深窓の令嬢をイメージさせる。アヤノにとても似合っているだろう。

また、今のアヤノは前とは大きく違う点がある。それは、アヤノのトレードマークと言ってもいい赤のマフラーを外していることだ。シンタローの記憶上のアヤノはいつどんなときもそれを外したことはなく、このような炎天下の中でも外すことはなかった。しかし、今はそのマフラーはない。そのためアヤノの白い首筋から鎖骨までのラインが露わになっており、魅惑的な雰囲気を醸し出している。

 

だが、そこはシンタロー。引きニートであったシンタローにとって、それを素直に褒めるなどという男らしいことが出来るはずもない。

 

「ど、どうって……別にどうもしねーよ」

「えーっ」

 

そっぽを向いて言うその答えにアヤノは不満げだ。それもそのはず、折角自身の私服姿を披露しているのだから、女の子なら褒めてもらいたいに決まっている。それも好意を寄せる相手にならなおさら。

 

「やっぱり足が見える方がいいんだ……」

「ちょっ⁉︎なんでそうなるんだよ⁉︎」

「だって貴音さんが、シンタローは足が好きだって言ってたから」

「はぁ⁉︎」

 

二人仲良さそうに会話している。

だが、それを見せられる者、貴音とカノは不機嫌丸出しだ。

 

「……あれ、絶対私らのこと忘れてない?」

「本当、この暑い中勘弁してほしいよね〜」

 

極自然にイチャつき始めた二人を前に、貴音は只でさえ悪い目付きが更に鋭くなっており、カノは一応笑顔を保っているが微妙に青筋を浮かべている。

要は、そういうのは二人っきりの時にしろ、というわけだ。

 

「にしてもあんた、いいの?シンタローのこと嫌いだったんじゃないの?」

「……嫌なとこ突くねエネちゃん。てか僕そんなこと言ったっけ?」

「私にアヤノちゃんに化けてた時の話ししたでしょ?そのときになんとなく気づいたのよ」

「あぁ〜、あの時か。上手く誤魔化せたと思ってのに、意外と鋭いねエネちゃん」

「あんた私のこと馬鹿にしてる?あと、次エネって呼んだらあんたの個人情報ネットにばら撒くから」

「ちょっ⁉︎それ冗談じゃ済まないよ⁉︎それにキサラギちゃんにはそう呼んでって言ってたじゃん⁉︎」

 

本気で慌て始めたカノだが、貴音は気にも留めない。事実それが簡単に可能なため、脅しとしては十分過ぎるものである。

 

これは余談だが、目の能力は全員が所持したままの状態だ。カゲロウデイズが終わったため無くなるかと思われてもいたが、そうはならなかった。

 

《蛇》は命の代わり。

 

メカクシ団の全員は一度は死んでいる身だ。それが今生きていられるのは、世界の理に反した超常的な力によるもの。命と引き換えに手に入れたものは便利な力ではあるが、使い方によっては自身の身を滅ぼすものでもある。

 

過ぎた力は人を孤独にさせる。

 

カノやキド、それにセトやマリーはそのあたりを身に染みて理解しているだろう。彼らの幼少時代はそれはもう酷いものだったのだから。

それを今後も背負っていかなければならない。一つ間違えたら普通の人生は送れないという中々にリスクが高い。

だが、それも今更な面もある。

もう10年近く付き合っているのだ。使いこなせている面子は問題ないだろう。その点ではアヤノが少し心配ではあるが、カノたち弟妹たちがフォローすれば大丈夫のはずだ。

 

「それで、いいのあんた?」

「……言わなきゃダメ?」

「うん。言わなくてもばら撒く」

「貴音ちゃん容赦ないね……分かったよ」

 

どうやら逃げ切れないと察したようだ。諦めたように苦笑いを浮かべ、カノは過去を振り返るように上を向く。

 

「確かに昔の僕はシンタロー君が苦手……ううん嫌いだった。姉ちゃんの想い人ってのがやっぱり大きかったかな。それにシンタロー君、姉ちゃんのその気持ちに全く気づかないんだもん。あ、あとなんとなく分かってると思うけど、僕、というより僕たちは揃いも揃ってシスコンだから」

「うん、それは知ってる」

「まぁ、そこは置いといて。それで、姉ちゃんが自殺するまで追い込まれていたのに、それでもシンタロー君は気づかなかった。姉ちゃんが笑顔の裏に隠していたから、しょうがないことでもあったけど、それもなんか気に入らなくてね。酷い八つ当たりだよ。姉ちゃんが自殺したとき、僕は姉ちゃんのすぐ側にいたのに。何も出来なかったのは僕の方なのにね」

 

自虐するようにカノはそう言う。

 

「だから、その頃はシンタロー君が嫌いだった。でも……そんな気持ちがなくなりだしたのは、シンタロー君が引きこもりになったって聞いた時からかな。すぐに分かったよ。シンタロー君が姉ちゃんを忘れないようにそうしたんだってね」

「確かにあの頃はご主人は酷かったですね。生きているフリをしている、そんな感じでした」

 

偶にエネが混ざる貴音。まだ、電脳世界での感覚が抜けきっていないようだ。

 

「それを見て、やっと気づいたんだ。あぁ、シンタロー君も姉ちゃんのことを大切に想ってたんだなって。そして、僕以上に自分を責めてるんだなって。あの時姉ちゃんが何に苦しんでいるのかどうして気づかなかったんだって」

 

そのことについて貴音は誰よりも知っている。約二年の時を一緒に過ごしたのだ。シンタローがどれだけ苦しんでいたか、どれだけ自分を責めていたか、嫌でも分かっている。

 

「それで僕もシンタロー君のことを認めることが出来るようになったのかな。それに……」

 

カノは前を歩く二人の姿、そのうちの一人、義理の姉であるアヤノを見る。

 

「シンタロー君は最終的には姉ちゃんを救いだしてくれた。姉ちゃんにとって本物のヒーローになってくれた。もう、姉ちゃんにマフラーは必要無いんだ」

 

カノ、キド、セトのために赤いマフラーを巻きつけてヒーローを演じてくれたアヤノ。でも、もうアヤノがヒーローをやる必要はない。なぜならそれは、みんなの、そしてアヤノのヒーローが見つかったから。

 

「だから僕は、今はもうシンタロー君のこと嫌いじゃないし、今までずっと苦しんできた分、姉ちゃんと幸せになってほしいとも思ってるよ」

「……ふーん」

 

気の無い返事をした貴音だったが、今の会話からカノが本当にそう思っていることが理解出来た。

それにその点は貴音も大いに賛成でもある。夢の消えた毎日は、萎んだ暗い毎日は、光の差さない毎日はもう終わった。シンタローにもようやく明日が、未来が見えるようになったのだ。それが、人並みにでも明るく幸せな未来であってほしいと貴音も願っている。

 

「まぁ、大丈夫でしょ」

「そうだね」

 

二人の視線の先には、仲良く話してるシンタローとアヤノ。長い時間共にいたエネでも見たことのない笑顔を浮かべているシンタローと、弟妹たちに見せるのとはまた違う、魅力的な笑顔を浮かべているアヤノ。この二人ならきっと大丈夫、そう思わせてくれる。

 

「カノさーん!遅いですよー!」

「貴音も早くー!」

 

長話のせいで歩みが遅くなっていたカノと貴音を、モモと遥が呼ぶ。気づけばもう、デパートまですぐの場所まで来ていた。

 

「今日のところはパーティを楽しもうか?」

「……そうね」

 

他人の幸せばかりを願うばかりではなく、自分たちも幸せにならなければ。新しい未来へ歩き出すのは何もシンタローとアヤノだけではない。みんなそうなのだ。そして、今日はその始まりを祝う日である。細かいことは忘れて楽しむべきなのかもしれない。

カノと貴音は少し足を早めて、みんなの元へと急いでいくのであった。

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

「それじゃあ、乾杯!」

『かんぱ〜いっ!!!』

 

団長であるキドの乾杯の音頭と共に全員でグラスを合わせる。小気味の良い音を響かせて、それを合図にパーティが始まった。

ちゃんと飾り付けまでしてあり、気合いの入りようが見てとれた。テーブルの上には、先ほどデパートで買った飲み物やらお菓子やらがたくさん散乱してある。特に飲み物の中でも目を引くものがあり、それのラベルには『おしるコーラ』と記載されている。

 

『おしるコーラ』

どこの馬鹿が考えたか定かではないが、『おしるこ』と『コーラ』を混ぜ合わせるという暴挙の末に開発された飲み物である。想像通りとても合うものではなく、今では罰ゲームで利用されているのが一般的だ。巷では『廃ポーション』などと呼ばれている。

だが、メカクシ団員にはこれを好んで飲む者がいた。それは現在人気アイドルとして活躍してる如月モモである。更に付け加えるとモモはこの『おしるコーラ』宣伝CMまで担当しているのだ。

ファンの間では、モモのファーストシングルに掛けて『奪っちゃうよ(味覚)、奪っちゃうよ(命)』のキャッチフレーズが合言葉にもなっている。

 

閑話休題。

 

ある程度時間が経ち、パーティも落ち着いてきた頃、キドは周りを見渡す。

 

「みんな、少しいいか?」

 

団長の呼びかけなのだから当然みんな反応する。思い思いに話し込んでいた全員は、少し姿勢を正してキドを見る。

 

「カゲロウデイズから無事抜け出せたが、みんなこれからはどうするつもりなんだ?」

 

つまり、キドはこれからの人生について聞いているのだろう。それも無理もない。ここにいるほとんどが普通ではないからだ。比較的普通なメンバーはヒビヤとヒヨリ、あとギリギリでモモくらいだろう。

ヒビヤとヒヨリは田舎の小学校に通っている正真正銘小学生。この夏休みが終われば帰省して元の生活に戻るだけである。

モモはアイドル兼現役高校生。こちらも元通りの生活に戻れば特に問題もない。

問題はその他である。

キド、カノ、セトの三人は年齢的には高校生なのだが、こちらはそもそも高校に通っていない。

マリーはまず純粋な人間ではなく、メデューサと人間のクォーターである。まるで童話の中から出てきたかのようなその可愛らしい外見からは想像もつかないが、実年齢は140歳以上。そのため、こちらも当然のように学校に通っていない引きニート。

シンタローは二年前に高校を中退しており、絶賛引き篭もりのニート。

貴音、遥、アヤノに至っては二年前に行方不明扱い。なんとか社会復帰出来たが、こちらもニート同然。

 

過半数が問題しかない。

 

「そう言うキドはどうするのさ?」

「俺は一応勉強しようかと思ってる」

「ということは高認受けるの?」

「考えてはいるな」

 

キドは決まっているようだ。

そんなキドの話を聞いたため、全員も何をしようか考えることに。

 

「僕も勉強しようかなー。高校行ってないから大学くらい行ってみたいしね」

「自信ないけど私もそうなると思う」

「僕もそうなると思う」

「私も」

 

続いてカノ、貴音、遥、アヤノが答える。まだ年齢的に学生なのだから、当然ともいえる選択だ。

 

「私はこのままアイドルを続けようと思います!」

 

元気良く言ったのはモモだ。まぁ、この中では真面な部類に入っているから問題ないだろう。学力はともかくとして。

 

「俺はとりあえずこのままバイトするっす」

「私はお花の勉強して、お花屋さんやってみたい!」

「じゃあ、俺もサポートするっすよ」

「ありがとう、セト!」

 

マリーは以前から自室で造花造りの内職生活をしている。本格的なものではないため収入はほとんどなかったのだが、これからはそれを含めて花屋になることが目標らしい。

セトは今までのようにフリーターをしながらマリーの支援をするようだ。そのうち二人で花屋を開いている、そんな映像が目に浮かぶ。

 

「シンタローはどうするの?」

「………………」

 

アヤノの呼びかけに、シンタローはどこか考え込んだ様子で、床の一点を見て動かない。その様子を見てすかさずモモが苦言を呈す。

 

「お兄ちゃん、まさかここまできてまだ引き篭もるつもり?」

「そうですよ、ご主人!もうニートは卒業ですよ!」

「一応そのつもりでいる。でも……結果的にはそうなるかもしれない」

「は?どういうことですか?」

 

はっきりとしないシンタローの弁に一同疑問の目を向ける。それとさっきからエネが抜けていない貴音だが、ある意味自然過ぎて誰もツッコまない。

 

「やりたいことが出来たからそっちに集中する」

「なんですか、それ?」

「今は言いたくねぇ」

 

態度からこれ以上言うつもりはないらしい。だが、ニート卒業宣言はしたので、家族であるモモは安心したように笑顔を浮かべている。

とりあえず全員何かしら目標があることは分かり、そのあとはそれについての話で盛りがっていた。

 

「にしても、シンタロー君のやりたいことって何だろうね?」

「さぁ。でも、ご主人の隠し事をバラすのが私の趣味なので」

「……さっきから思ってたけど完璧にエネちゃんだよね?」

「あぁ、もう!抜けないんですよ!」

 

頭を抱え、そのまま膝をついてしまう貴音。約二年の時を丁寧語口調で話してきた代償は、思っていたより大きなものだったらしい。

その様子をカノは面白そうに見ていたが、ふと視界の中にシンタローとアヤノが話してるとこが映った。しかも見た感じ、シンタローがアヤノに対して何か重大なことを言おうとしている、そんな雰囲気がしたため、カノはすぐさま二人に感づかれないように近づく。

 

「何?どうしたの一体?」

「いやねー、何か面白そうなことが起きそうだから」

「あんた趣味悪いわね」

「とか言いながら貴音ちゃんも聞く気満々じゃん」

 

などというやり取りを小声で行いながら、シンタローとアヤノに近づくカノと貴音。そして、会話が聞き取れる位置まで近づき、静かに耳を傾ける。

 

「アヤノ、ちょっといいか?」

「何?シンタロー?」

「いやな、……俺、お前に感謝してるんだ。友達なんて一人もいなかった俺みたいな奴にずっと構ってくれてさ。その頃は言えなかったけど、やっぱり、その、嬉しかったんだ」

「シンタロー……」

 

アヤノはシンタローの正直な気持ちに触れて、とても嬉しそうだ。そして、それを側から聞いているカノと貴音もニヤニヤしている。

 

「良い雰囲気だね」

「確かに……あぁ、なんか私緊張してきた」

 

シンタローからしてみれば、もう二度と会えないと思っていた大切な人に、また巡り会えた場面だ。アヤノからしてもまた然り。

もしかしたら、このまま告白なんて展開もあり得るかもしれない。そう思うと、盗み聞きして悪い気もするが、貴音としてはずっと苦しんできたパートナーの行いを見届けていたかった。こういうことに不慣れなため、不覚にも気持ちが高ぶっていたのかもしれない。きっとアヤノやカノもそうだったのだろう。

 

だからこそ、次の展開は予想外だった。

 

「だからさ、アヤノ……」

 

シンタローはつっかえながら、

 

「これからも、よろしくな」

 

今までに見せたことのない、最高の笑顔で、

 

「その、……とっ」

 

こう言うのだった。

 

「友達として」

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

『えっ……?』

 

まさかの今更過ぎる友達発言にアヤノ、カノ、貴音は思わず驚きの声をあげてしまう。

だが、そんな様子を感じ取れなかったのか、シンタローはとてもスッキリした様子で、何処かへと歩き去ってしまった。

 

「えっ……?ちょっとエネちゃん!どういうことなのこれ⁉︎」

「い、いや私にもサッパリ……やっぱりご主人はチキンだったということなのでは?」

「いや、それは違うと思うよ。僕には分かる。あれは嘘偽りのないシンタロー君の本心だった。それにあんなシンタロー君見たことないもん」

「確かに、私もそう思いました」

「だとしたらおかしいでしょ⁉︎シンタロー君、姉ちゃんのこと好きなんじゃないの⁉︎」

「私もてっきり、そ…う、だと…………あっ」

「何⁉︎何か分かったの⁉︎」

 

問い詰めるように貴音にたずねるカノ。貴音は貴音で自身の記憶を巡り、そして何か重大なことに気づいた様子で顔を上げた。

 

「いや、そのご主人。確かにアヤノちゃんのことで引き篭もっていましたけど……」

「けど?」

「私、ご主人からアヤノちゃんが好きだ、みたいなこと一回も聞いたことありません」

「そ、それは別に言わないと思うけど?」

 

カノの言うことも最もだ。そもそも当時、シンタローにとってエネは、無駄に高性能な喋るウィルスと変わりない。そんな相手にわざわざ自身が好意を寄せている相手のことなど言わないだろう。

だが、それを否定するように貴音は続ける。

 

「いや、私もアヤノちゃんのことを遠回しに尋ねたんですよ。『ご主人はどうして引き篭もってるんですか?』って」

「そしたら、シンタロー君はなんて言ったの?」

「確かご主人、こう言ってました」

 

『ご主人、ご主人。ご主人はなんで引き篭もってニートしてるんですか?』

『は?いいだろ別にそんなこと。お前には関係ない』

『いいじゃないですか、ご主人。教えて下さいよ』

『嫌だっつってんだろ』

『では、ご主人のあのファイルをばら撒くしか……』

『あぁ、もう!分かったよ!』

『流石ご主人!それでなんでなんですか?』

『…………俺にとって唯一の友達、だったのかな?そいつがさ、自殺しちまったんだ。ずっと側にいたのに何も気づいてあげられなくてな。そんな自分が嫌になったんだ』

『…………申し訳ありません』

『気にするな。脅したのはお前だが、話したのは俺だ』

『……ご主人はその友達さん?のこと、どう思ってたんですか?』

『どうだろうな……?よく分からねぇ。ただ……』

『ただ?』

『…………嫌いでは、なかったよ』

 

「……って、感じでした」

「…………………うわー」

 

それ以上、カノは何も言えなかった。確かに、シンタローが何を思うかはシンタローの自由であり、他人が口出し出来るものではない。だが、この展開は予想外だった。てっきりカノは、シンタローがアヤノをことを好きでいると思い込んでいたのだ。それは貴音も、そしてアヤノもそうだったのだろう。

カノは茫然自失と固まったアヤノを見て、どうにか良い展開にならないかと思うが、それこそ当人たちの問題だ。なるようになるしかない。

 

だが、この傍観者的な態度が後に取り返しのつかない事態を招くことなど、この時のカノは、まだ、知らなかった。

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