俺の名前は明智圭一郎。小林の良さは俺だけが知っている。 作:旧姓小林
(下駄箱で話す生徒の声、野球部のバットがジャストミートする音……)
一人の男子生徒が部室で粉を溶かしただけのコーヒーの香りを楽しむ。
実質占領しているこの部屋は少年の趣味一色に染められていた。
「明智先輩、部室借りますよ」
「小林、ノックくらいしろといつも──」
この部室、推理小説研究部を構成する生徒は一人、良く出入りする中等部の女子が一人。
それぞれ名は明智圭一郎と小林みくる。
まことみらい市に存在するまことみらい学園の生徒である。
「じゃあちゃんと部員を集めてください」
「痛いとこをつくな」
推理小説研究部は現在は圭一郎一人となっている。少し前までは二人だったのだが、すっかり幽霊部員になってしまったために、一人で部を運営している。
学校側からの温情で猶予を貰っているためにまだ存続できているが、それも有限であり、いつまでも一人というわけにはいかない。
(まぁ、そう言いながらなんだかんだで定期的に様子見に来たり、活動記録用の本を持ってきたりと、手伝ってくれてるよなぁ)
年下の幼馴染に世話を焼かれているという情けないことには目を瞑って、作業をしているみくるを眺めながらコーヒーをすする。
「あちっ……! 小林は探偵の方は進んでるのか?」
「そっちは全然……早く探偵になりたいのに」
みくるは過去に探偵に助けられた経験から自身も探偵を志しているが、どうにもうまくいかない。
圭一郎としても、手伝えることは手伝ってやりたいとも考えているが、いつまでも白紙のメモ帳を見るに、今日はそういう日ではないなのだろう。
コーヒーが冷める前に息を吹きかけずに軽くカップを回してからまた口をつける。
苦い物は苦手で猫舌なのに、ホットコーヒーのブラックを飲み続けることを止められない。
「それ、ちゃんと味わって飲んでるんですか?」
「美味しくはないし、好きでもない」
「……ほんと、形から入るの好きですよね」
幼馴染とはいえ、変なこだわりがある先輩に持つと呆れかえってため息が漏れる。
ないやる気を完全に削がれたみくるはメモ帳を閉じる。
「探偵事務所に入れなくても、探偵になる方法とかないですかね」
「そりゃあ……自分で事件を解決すれば名探偵だろ」
「そんな簡単にほいほい事件なんて起きませんよ……」
「事件なんて起こらない方が良いに決まってる」
事故でも事件でも変わりはないが、そんなことは起きないに越したことはない。
警察官である圭一郎の父がよく口にする言葉である。
だからこそ、本の中の物語として圭一郎は推理小説を好んでいる。
「でも困っている人が居るなら私はそれを見逃したくはないです」
みくるは心に刻まれた原風景を回想しながら、じっと圭一郎を見つめる。
「というか、明智先輩って推理小説好きなだけで推理とかできるんですか?」
「人よりはな」
根拠はないが、とりあえずそう答えておく。
──突然誰かがドアを叩く音がする。
「失礼します」
圭一郎とみくるの視線が同時にそちらへ向く。
ゆっくりと扉が開いて、見覚えのある女子生徒が顔を覗かせた。
「ここ、推理小説研究部であってますか?」
中等部のみくるの顔を見て困惑気味の女子生徒が確認を取る。
「そうだけど、依頼か?」
「ちょっと違いますけど……でも、困ってることがあって」
クラスメイトの学級委員長であることも、何の用事かも察した上で、いかにも探偵のような返しをすると意外と委員長はノリが良かった。
その言葉を待ってましたと言わんばかりにみくるの表情が、ぱっと明るくなる。
「聞きます! なんでも聞きます!」
さっきまでの沈み具合が嘘みたいだった。
圭一郎はその様子を横目で見ながら、カップに残ったコーヒーを一口飲む。
「ええと、まぁ、そうですね。そこに居るカッコつけながらコーヒー飲んでる人から、プリント回収してほしいです」
みくるのテンションの高さを微笑ましく見えてしまって、思わず苦笑いが溢れる。
「明智先輩! ちゃんとプリントくらい教室で出してください!」
顔を真っ赤にしたみくるが圭一郎の机をバンバンと叩く。
「いや、悪いね。元々部室にプリントを置きっぱなしにしてたから委員長が取りに来てくれるって話だったんだ」
誰かの話を聞くときの、少し前のめりになる姿勢。
何事にも真剣で、でも、すぐに空回りするところ。
(小林の良さに気付いてるのは俺だけなんだよな……)