俺の名前は明智圭一郎。小林の良さは俺だけが知っている。 作:旧姓小林
「うーむ、無いな」
圭一郎が部室の棚に入れた筈の今日の茶菓子が見つからずに顎に手を当てる。
窓は半開き。カーテンがわずかに揺れていて、心地よい風が肌を撫でる。
机の上に置かれた課題は進んでいない。
(おいしーなタウンまで行って買ってきたどら焼を食べた犯人は──)
「明智先輩入りますよー」
「小林、ノックをしろと、言っているだろ」
圭一郎はノックをしないみくるに意味の無い注意をする。
何度言っても、直らないため諦めているが、言わないわけにもいかない。
「はいはい。それでなんでそんな難しい顔をしてるんですか?」
「消えたどら焼の謎を追ってる。おいしーなタウンの老舗和菓子屋で一日五十食限定のどら焼を、な」
「そんなにどら焼好きでしたっけ?」
推理小説研究部として、考えられる可能性は三つ。
「一つ、この部屋に出入りする誰かが食べてしまった」
「先輩しかいないじゃないですか」
「二つ、換気のために開けていた窓から入ってきた鳥に持っていかれた」
「漫画じゃあるまいし……」
「三つ、そもそも家に忘れていたか」
「さっさと家に帰ればいいじゃないですか」
答えは、圭一郎の観察眼と第六感が告げている。
「しかしだな。小林、よく言うじゃあないか。犯人は──」
「犯人は必ず現場に戻ってくる。ですか?」
「そう、その通り」
今、この部室にやってきたみくるに半目を向ける。
「流石に人のモノを勝手に食べたりなんてしませんよ!」
「俺は一言も犯人は小林だ。なんて言ってないんだがな」
ふと、足先に何かが触れる。
視線を落とすと、見覚えのある紙袋が転がっていた。
間抜けは見つかったようだな、と確信した顔の圭一郎だが、今度はみくるがそれを半目で返す。
「それ、言いたいだけですよね。明智先輩がここに来たのは二時半前後ですよね」
みくるが部室にあるホワイトボードを使って各々の行動と時間を書いていく。
「まぁな」
「その時間、私はまだ教室です。放課後になってから移動してここに来るのは三時前になります」
みくるはホワイトボードに時間を書き込みながら続ける。
「俺が部室を出て、戻ってきたのが二時四十五分」
圭一郎が赤のマーカーペンで線を引いてどら焼きが無くなった推定時刻を追記する。
「つまり、このどら焼が消えた時間帯に、私はこの部室に来ていません」
みくるはホワイトボードを指で叩く。
「つまり先輩の推理だと、居ない人間がどら焼を食べたことになります」
「完璧だな。流石未来の名探偵」
確かにみくるの書いていることは正しい情報で、筋も通っている。
「──が、間違っている。前提がな」
圭一郎は机の下に手を伸ばして紙袋を掴んで掲げる。
「それって──」
「そう、これが消えたどら焼き」
紙袋の中からどら焼きを一つ取り出してそのまま一口かじる。
控えめな甘さのあんことざらめの入った皮が織り成す甘味がたまらない。
「え、じゃあ、結局明智先輩が棚に入れたつもりになってただけってことですか?」
「そうなるな」
「この時間なんだったんですか!?」
ただのおっちょこちょいのせいで無駄な時間を使わされたみくるが圭一郎の机をバンバンと叩く。
「どうどう。小林も一つ食えよ」
「……いいんですか? いただきます──」
不服そうながらもみくるがはむっと一口どら焼きをかじるが止まってしまった。
(どら焼き、引いては和菓子は餡がメインみたいなイメージがあるけど、これは違う! 皮のカステラ生地も主役! しっとりとした中にあるこのざらめに驚かされてるとあんこが遅れてやってきて、主張するけれどくどくない! でも、薄くはない!)
「あっまーい……!」
頬が落ちるとはよく言ったもので、美味しそうにどら焼きを頬張るみくるを尻目に、今日はコーヒーではなく緑茶を二人分淹れる。
(しっかりしてるけど、こういう時はちゃんと女の子らしい小林の良さを分かってるのは俺だけなんだよなぁ)