俺の名前は明智圭一郎。小林の良さは俺だけが知っている。 作:旧姓小林
(そろそろ、やんないとなぁ)
いつもの様に部室には運動部の活気と心地の良い風が肌を撫でる中、圭一郎はノルマである部誌に手をつける。
(今日は小林も来ないし、一気に進めるか)
ペンを手に取って、原稿用紙の上を走らせる。
昨日見つけたミステリー小説がとても良いモノだったため勢いも良い。
誰も来ない部室は作業効率も良く、趣味で改造したこの空間で過ごす時間が至福のひとときだった。
「ふぅ……あちっ!」
作業を一段落終えて、コーヒーを淹れて嗜む。
舌を火傷しそうになりながら、一つの違和感に気付く。
(こういう時、誰か冷たいモノを出してくるやつが居た気がするんだがな……小林ではない誰か、がな)
その違和感をどうにかできるのなら、モヤモヤしたままにはならなかっただろう。
モヤモヤする原因をホワイトボードに書き殴って整理してみても答えは出ない。
「もう閉めるか」
部誌を書き終えた圭一郎は帰り支度を始める。
(小林ってこういう時に居るとちょうどいいんだよなぁ)
来たら来たで、アレコレ思うことはあれど、一人よりかは賑やかで退屈しない。
部室の鍵を返却した後に下校中、ふと甘いものを口にしたくなり、パティスリーに立ち寄った。
「いらっしゃいませ」
「どうも。チーズケーキと──」
「ブラックコーヒーですよね?」
同じくらいの年のパティシエールに注文を伝えようとすると、彼女に注文を見抜かれてしまう。
意外そうな表情をする圭一郎を見て、思わずパティシエールが笑みを溢す。
「ごめんなさい。前に来てくれた時にチーズケーキとブラックコーヒーのセットを頼んでゆっくり味わっていたのを覚えてしまっていて……」
「なるほど……」
前回来たのはいつだったか覚えていないが、どうやらパティシエールは覚えていたらしい。
「よく覚えてましたね」
「一回でも足を運んでくれたお客様ですから……テラス席、空いてますよ?」
どうやら座る席まで覚えられていたらしい。
常連を名乗れるほどの頻度で足を運んでいるわけではないだけに、少し恥ずかしい気持ちになりながらも、圭一郎はテラス席に座る。
(一人でのんびりするのも嫌じゃないんだが……どうにも落ち着かんな)
やっぱり何かが足りない寂寥感に襲われる。
さほど時間が経たないうちに注文したセットが届く。
「あちっ……!」
案の定、舌をコーヒーの熱で焼いてしまう。
コーヒーの温度が下がるまでチーズケーキを味わいながら待つ。
(そういえば、さっきの店員。名札に帆羽ってあったが……なんだ。初めて見る名前じゃない気がするな)
ここ最近、身の回りの謎が増えすぎる。
「今度は小林も連れてくるか……」
別に、一人が嫌な訳ではなく、メニューにみくるの好物のミルフィーユの名前が見えただけのことだ。