異世界放浪記 ~片眼と片腕欠損しても好きに生きたい~   作:青い灰

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プロローグ

 

 

 

 

 

 

 

「─────っ、う゛おぁああああ!!!」

 

「が、ぎぁぁぁああぁあ!!」

 

 

巨大な剣を振り下ろす。絶叫が上がる。

その剣は革の肩当てを突き破り、肉に深々と突き刺さった。血が噴き出して、それを浴びながら更に力を込めていく。

 

 

「っうぅぅあ!!」

 

 

骨を削り肉を抉り取る。

ゴリゴリという耳に悪い異音は、だがやはり人から出た音。肩から深々と胴へ入り込み、その命は先の絶叫を最期にして終わりを告げる。後ろへ崩れ落ちる敵を押し倒し、そうして骨と肉を削りながら、その身から大剣を抜き出す。

 

 

「はあ、はあ…っ、…クソが……!!」

 

 

ばきり、と嫌な音。真赤に染まった大剣が根元から折れた。即座にその敵が握りしめていた直剣と盾を奪い取る。刀身の長いロングソード、そしてカイトシールド。

 

顔を上げる。

 

 

 

「………はあっ、はあ、っ……」

 

 

夕日に照らされる荒野で、人と人がぶつかり合っていく。

鋼と鋼がぶつかって、矢や青いマナの光が空を飛び交って、そうしてその何処からでも、頭がおかしくなりそうな叫びと血と感情が、噴き上がって止まることがない。

 

 

─────この地獄は、いつになったら終わる?

 

 

じくじくと痛む傷跡はいつの間にか全身にあって、そして、その全身は、自分のものでない血に濡れている。握り締めた武器はもう幾つになるか分からない。

 

もう八人殺した。

十分、十分だろう。逃げたっていいはず。俺はただ奴隷で、この戦場から逃げ出したところで誰も分からない。

 

 

けれど。

 

 

 

「くそっ、くそっ……!!」

 

 

 

戦っている。誰かが、戦ってる。

 

誰かが足元に這いずってくる。

涙が溢れて止まらなくて、それが敵か味方かも分からない。それでも、その誰かはこちらを見上げた。

 

黒髪で、黒い目。

その誰かは自分にそっくりだった。知らない誰か。

 

 

「にい、さん、にいさん……」

 

 

そいつは、もう死にかけだった。

まるで、うわごとのように俺にそう呼び掛けてくる。きっとそれは勘違いで、死に体の幻のようなものだ。そいつが身につけている鎧には、吼える獅子が描かれている。敵だった。

 

 

「もう、いやだ、たすけて」

 

「……!」

 

「あぎ」

 

 

その頭に剣を突き立てる。

短い断末魔。それだけで彼の命も終わりを迎えた。

 

 

「………あ、あぁあ!」

 

 

剣を引き抜き、顔を上げて、声を張って走り出す。

敵は、敵でしかない。

心を殺せ。命を殺せ。狂って心を塗り潰せ。

 

戦わなければ。

 

殺さなければ。

 

 

そうして、走って、走って、走り続けなければ。

 

 

 

「あ、ぁあああああああああああああ!!!」

 

 

 

走って走って走って、戦場を駆け抜ける。

一気に最前線に飛び込んで、剣と盾を構えて走る。

 

 

「っ、ひ、怯むな!!相手は子供だ!!」

 

「ああああああああああ!!!」

 

「がっ」

 

 

叫んだ指揮官らしき男の首へ、駆け抜ける勢いを乗せて剣を突き立て、押し倒す。そのまま剣で首を引き裂いて、横へと飛び退いて、振り下ろされる大剣を避ける。

 

 

「なっ、くそッ!!」

 

「────っうっっ!!!」

 

「なに!?」

 

 

地面を削りつつ横薙ぎに迫ってくる大剣を、盾で受け流す。舞い上がる土くれを盾で振り払い、敵を見上げる。重い鎧に身を包んだ男は、その青い目に驚きをたたえて、こちらへと視線を落としていて。

 

その視線が恐怖に変わると同時に、剣で撃ち抜く。

 

 

「ご、がぇ」

 

「─────────おぁああ、あッ!!!」

 

 

盾の手で、その柄尻を押し込んで頭蓋を貫く。

その鍔にまで深々と突き刺さって、それに抵抗しようと持ち上がった手から、その大剣を奪い取る。重い。

 

ツヴァイヘンダー。

振り回すには良い武器だ。

頭を貫いた男の胴体を蹴り、横から迫ってくる敵をそのまま握った長柄の大剣を振り抜いて、胴を引き裂く。

骨を砕き、肉を断ち斬る、嫌な感触。

 

 

「─────ふぅっ!!」

 

「が、ぎゃあああああああっ!!?」

 

 

叫ぶ男の上半身を足蹴にして着地する。

次が来る。

 

 

「三人殺された!!

 魔力を温存するな、魔術で殺せ!!」

 

「魔術師が、まだいるか────!!」

 

 

盾を構え、青く輝くマナの光を遮る。

瞬いた光は二つ。つまり、魔術師も二人いる。そのまま盾を前にして長柄の大剣を引きずりつつ走り出し、そして。

 

 

「撃てぇッ!!!」

 

「──────お、おぉおあああああ!!!」

 

 

 

盾ごと、腕が弾け飛んだ。

 

 

 

 

「ッぐぅ、ああああああああああああああァ!!!」

 

「ひぃっ!?ごぎぁ」「が、ぇ」

 

 

 

 

咆哮する。

咆哮して、腕と同時に吹き飛びそうになる意識を、反射的に舌を噛み潰して呼び戻す。そしてそのまま、残る片手だけで全力を込め、一気に振り抜く。

 

燃え上がる激痛の灼熱と靄に覆われた視界。

それでも、確かに二人の魔術師の胴体を引き裂いた感覚は、この手にまで響いてくる。

 

つぎ、次は────────

 

 

「が、っ」

 

 

肩に、衝撃が走った。

 

がらぁん、と音を立てて、大剣が腕から落ちる。

 

 

 

 

一本の矢が、肩を貫いて、いて。

 

 

 

 

「あ、ぎっ、がぁ、っ、がっ」

 

 

 

 

腹から、胸から、腰から、血を纏った矢が生えてくる。

 

 

 

 

いたい。いたい、いたい、いたい。

 

 

 

 

 

 

「殺せ、殺せ!!!

 そいつだけは絶対に許すな、絶対に仕留めろ!!!」

 

 

 

 

 

 

折角、二度目の人生を、こんな世界でも迎えられたのに。

 

ここで──────終わり?

 

 

ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。

 

 

しにたくない!

 

 

しんで、しんでたまるか!!

 

 

こんな死に方で、終われるものか!!!

 

 

 

 

 

 

「ぁ、ああ、ァ、あア、ああああ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

吼えろ。抗え。戦え。殺せ。

ぼやける思考に本能を焼き入れて刻み込む。

 

走る。

 

 

 

 

「ひ、ひいっ!?あ、ああぁ!!?」

 

 

 

 

その喉笛に食らいつく。

 

皮膚に牙を突き立て、力の抜けた腕で抱き止める。

 

 

「ふッ!!ふーッ!!ぐ、ぅぅぅううううッ!!!」

 

「ゃああぁああっ!!!?」

 

 

肉を、喰い千切る。

 

牙で肉を引き裂いて、血を飲みながら、視界を巡らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ、俺は、生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

走る。走り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────

 

 

───────

 

 

 

 

二度目の人生は、よく知る現代日本ではなかった。

 

いや、日本どころか地球ですらない。

マナの魔術というものに、火器すら普及せず剣や槍に盾など鉄器が未だに現役を張っている、謂わば〝ファンタジー〟な異世界というやつだ。

 

 

つまり、異世界転生。

 

 

現実味はなかったのは最初の数年だけだった。俺は赤子で、そして一年もしないうちにどこかへ売られていた。そうして洞窟のような、地下牢のような場所で育てられて、いつしかそこを出たと思ったら、鎖と首輪をつけられ奴隷になった。

 

奴隷としての生活は、なんか、そこまで悪くはなかった。

〝奴隷〟という売り物であったためか、パン一切れ、それを一日に二つほど渡されて(たまに腹を下す、腐ってたらしい)生活としては他の奴隷の世話だとか、俺と同じように親から売られたらしい赤子の奴隷をあやしたりとか。

売り物だからか、それか俺が歳に見合わず賢かったからか、店主のオッサンからは割と良い扱いだった。俺の真の親父はこのオッサンだったんじゃないかと思う。

 

 

 

事が起きたのは、俺が売れないまま十になった頃のこと。

 

 

 

俺たち八歳を越えた奴隷を一斉に買った連中がいた。

主はというと、これが『国』だったわけで、そして買われた俺たちは戦場に駆り出されることになった。少年兵だ。

 

順序が滅茶苦茶になったが………

つまりこのアザリア公国は、戦争の真っ只中だったわけだ。そんななか、アザリアは奴隷を戦線に投入することを決定し戦い方も知らないド素人の俺たちを最前線に送ったのだ。

 

うん。ぶっちゃけクソだと思う。

俺たちに下された命令は『奴隷、つまりお前たちの主であるアザリアのため、誉れある戦線に出るんだ』。要約すれば、『お前ら肉盾になってね』ということだ。敵を倒せ、だとか味方を守れ、だとか言われなかっただけマシかも知れない。出来ないことは言われてないな!ヨシ!なんも良くねぇよ。

 

 

 

その結果。

 

俺は一度の戦いで敵を68人殺して生還した英雄になった。

何が英雄だよ国の道具だ俺は。代償に左腕と右目を失った。クソがよ。マジでなんで生き残ったんだよ俺。右腕と内臓は無事でした。左腕と右目は荒野で死にました。

もういっそ死ぬべきだったろ、人として。

 

 

 

 

 

………はああ、全く。

 

俺の人生、めちゃくちゃだ。

 

 

折角の二度目の人生だってのに、このクソみたいな国のため将来までの時間と命を消費しろって?本当にふざけてる。

 

名前のない英雄。

そんな詩を、吟遊詩人が吟ってるのを聞いたことがあった。ある少年は愛する国のために戦い、片目と片腕を失ってでも敵国の兵らの前に立ち、恐れさせたとか。俺のことだろうしちょっと嬉しくなって覚えちゃったが、脚色はクソだった。しかも敵国ではこれ、夕闇の悪夢とか言われてる。なんでもたった一人の奴隷に一部隊が壊滅させられたとかいう話だ。なんでこっちの方がまともなんだよ。くそったれ。

 

分かってる、分かっちゃいる。

 

国なんて大きなもの、戦争なんて大きな流れ、そんなものにたった一人の人間がどうこう出来るわけもない。

 

 

 

 

世の中には、流れがある。

 

 

たとえば、現代日本。

子供が学校に行き、そうしてから大人になるように。

国、或いは政府という大きなものに、そう定められている。それを構成するのは、小さな一人一人の人間によるもの。

 

それが〝普通〟の流れだ。

 

〝普通〟とは、常識という固定概念の大きく激しい流れ。

それを否定して流れに逆らうことなんて出来やしない。

 

 

 

 

この世界もそうだ。

 

戦争を始めたときから、流れは止まらない。

 

 

 

 

 

時間の流れが、決して止まらないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けれど、諦めきれなかった。

 

 

俺は、きっと自由になりたかったんだと思う。

 

 

 

 

その大きな流れにも逆らって、この足で進めるように。

 

 

 

 

 

 

 

強くなりたかった。

 

 

 

 

 

 

 

この大きな流れも振り払い、自分の意思を持てるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おろろろろろ………」

 

 

流れていく景色に、口から溢れる吐物をぶちまける。

頭が痛い。気持ちが悪い。ぐらぐらする意識でなんとか床に手をついて、獣車から身を乗り出してゲロゲロする。まるで胃を鷲掴みにされる感覚で、そうして絞られた胃液まみれの内容物が上から出てくる。

 

 

「はあー、はあーっ、はあ、はあ……うぐぉおおぉぉ」

 

 

乗り物酔いとは、一種の地獄である。

背中に突き刺さる他の乗客らの視線に、しかし反応してやる余裕はない。またこの獣車が止まることもない。流れていく景色、シレーネ大草原も、そろそろ見納めの頃だ。

……そのはずだ。

 

どうにか収まった嘔吐。

膝の力で、荷台の中へと身体を戻す。

 

 

「え、えっと……大丈夫ですか?」

 

「だいじょ、ば、ない……」

 

「あぁ、彼はずっとこの調子なんだ。

 だがな……気にしないでやれとは言わないし、

 我々には見ていることしか出来ないが……

 仕方ない、また休むか?」

 

「はあ?ふざけんなよ、王都から出てもう二日だぞ!

 本当ならアグルには一日で着いてるっつーのに、

 なんでこんな奴のためにオレたちの時間を

 無駄にしなきゃなんねぇんだよ!」

 

 

この短い旅を共に乗客仲間の反応も、三者三様。

早朝に草原で拾った金髪の少女はこちらを心配してくれて、また王都から共にする全身鎧を纏った騎士の男も同様だ。

 

そしてこの冒険者だという若い茶髪の男の言うことも、また事実である。そらそうだ、眼帯とマントで隠してるとはいえ身体欠損のガキがゲロゲロしてたら俺だってイライラする。俺は区別しないが差別する人間だし。

 

 

「言い過ぎだ。ほら……彼だって苦労しているだろう」

 

「い、いや……

 あ、あんたの、言う通り……もう、休憩は、いいよ……

 ほんと……俺の、せいで……すんません……うぷ」

 

「おいおいおいおい!

 ここで吐くんじゃねぇぞ!外向け外!!」

 

「あぃ……」

 

「えぇ……」

 

 

また上がってきた気持ち悪さに、言われるがまま外を向く。それからドン引きするような少女の声が聞こえてきた。

 

それと同じくして、とん、と小さな足音が聞こえる。

 

 

「オーゥ……黒髪ノ兄チャンハ相変ワラズカ……

 ケド良カッタナ、ソロソロ村ガ見エテ来タゼ」

 

「ま、まじ……!?」

 

「マジ。ナンツーカ……

 相変ワラズ苦労シテンナ、兄チャン」

 

 

振り返ればそこにはこの獣車の御者と共に村を目指しているゴブリン商会の二人のうちの片割れであり、俺の知り合いのデルシが苦笑いを浮かべていた。

 

 

「ジャア、改メテ乗客ノ皆々様。

 アグル村二ソロソロ到着ダ。

 各々デ下車ト駄賃ノ準備、ソロソロ頼ムゼ」

 

 

デルシはそう言って、荷台に積まれた木箱の整理に移る。

言われた通り、俺を除いた各々が準備を進めるなか。

 

 

 

 

 

「お、お駄賃……?」

 

 

 

 

 

少女が、死んだ顔で蚊の鳴くような声を漏らしていた。

 

多分、俺と同じくらい顔を青ざめさせて。

 

 

 

 

 

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