異世界放浪記 ~片眼と片腕欠損しても好きに生きたい~   作:青い灰

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1話 アグル村の事情

 

 

 

 

「や、やっと……着いた……」

 

 

どうにかこうにか、村の入口に止まった獣車から降りる。

そして未だに抜けない気持ち悪さにえずきながら草地の上へ腰を下ろす。しんどい。

 

足音が近づいてくる。

 

 

「ヨゥ兄チャン、大丈夫カ?」

 

「なんとか……あぁ、悪い。駄賃な」

 

 

革袋を握っているデルシの意図に気が付いて、懐から銀貨を四枚取り出して、彼に手渡した。そもそも俺が心配で来た、というわけではないだろう。ゴブリンは基本的に守銭奴だ。こいつら金にうるさい奴しかいない。

 

 

「アン?二枚多イゾ」

 

「あの娘の分だよ。

 多分あの娘、金持ってないぞ」

 

「………オ人好シモ相変ワラズカ。全ク、損ナ性格ダ」

 

「一日一善だ。生きてるうちに徳を積んどくんだよ」

 

「ソレガオ人好シダッテンダヨ。

 マ、ソンナオ前ニ助ケラレタノモ、オレタチダケドナ。

 ケケケッ」

 

 

デルシはそう言って笑い、器用に一枚ずつ銀貨を指で弾き、革袋に入れていく。お見事。そして。

 

 

「ダトヨ、嬢チャン。良カッタジャネーカ」

 

「ぅえっ!?」

 

「あぁ……だから獣車から降りなかったのか」

 

 

驚きの声が聞こえてきた獣車へ視線を向ければ、その顔色を赤に染めた先程の少女が、気まずそうに視線を泳がせた。

かわいい。可愛い系正統派美少女って感じ。なごむ。

 

 

「あぁうあの、えーっと……」

 

「あ、まさか金あった感じか?」

 

「いえ全くわたし完全に一文無しです!?」

 

「ビビり過ぎだろ……取って食いやしないって」

 

「ヒデェナ」

 

 

びしっと背筋を伸ばして無賃乗車を告白した少女。

真面目だ。しかし身なりは整っている。冒険者を名乗ってもおかしくはないだろう、黒を基調とした動きやすそうな服、そして雨を凌ぐ短いマントを背中に掛けている。そして特に目を引くのは、その背丈を越えるほどの長杖。二つの樹枝が交差するその先端には、青い魔石が嵌め込まれている。

なんとなく分かる。ただの杖ではないだろう。

 

まず間違いなく、魔術師だ。

そしてパッと見た感じ、金には困っていない貴族の魔導士、という印象を受ける。正直死んだ顔で駄賃についてブツブツ言ってて俺がびっくりした。少なくとも彼女を殺して長杖と服を全て売り払えば、半年は仕事無しで贅沢が出来そうだ。

 

だからこそ、解せない。

そんな彼女が草原を行く宛も無さそうにふらついてた事実、銅貨の一枚すらも持ち合わせていないこと、このド田舎から都会に突然ワープさせられたみたいな世間知らずさ。

………或いは、この全てが演技なのか?

 

 

「ぶぎゃあっ!?」

 

 

どんがらがっしゃん。

少女が獣車を降りようとすると、その杖を荷台に引っかけて顔面から派手に地面に熱烈なキスをした。いやこれで今まで全部が演技でしたは無理だ。今ので確信した。

 

ていうか今までもだったが目に嘘が無さすぎる。

純粋さの塊みたいな目だ。記憶喪失を疑うレベルだ。きっといつか騙されて酷い目に会うだろう。薄い本みたいに。

もし俺がいなければきっと今頃ゴブリン商会の連中に鉱山か娼館か一生安給働きと斡旋先を選ばされていたことだろう。世界とは残酷である。

 

 

「オイオイ……ナーニヤッテンダヨ」

 

「ははは、大丈夫か?」

 

「ふぐぅ……あ、ありがとう……はあ」

 

 

立ち上がり、憐れになりかけた彼女に手を差し出す。

そのまま掴んだ手を引き上げて立ち上がらせる。よく見れば同い年くらいだろうか。彼女は土まみれの顔を雑にローブで拭うと、杖を抱えるようにして大きく息をついた。

 

 

「うう、ごめんなさい。

 お金まで払ってもらって……」

 

「そっちにも事情があるんだろうが、

 財布くらいは持ち歩いた方がいいぞ」

 

「仰る通りです……」

 

 

全力で目を逸らす少女。

しかしまあコイツ、あんまり関わるべきでない相手っぽい。怪しい怪しすぎる。明らかにただの迷い人じゃないだろう。一緒にいれば神隠しにでも遭いそうだ。

とっとと縁を切ろう。

 

 

「まあ、駄賃に関しては気にしなくていいよ。

 さっきの乗客、冒険者もいたようだし……

 そいつらを手伝うなり、商会の手伝いをするなりで

 今後は自分でどうにか工面するこったな」

 

「えっあっ、ちょっ、あっ……」

 

 

背中を向け、後ろ手を振って去ろうとして。

そんな慌てたような言葉にならない声が、足を止めさせる。まだなにかあるというのか。こちとら女性経験ないんだから話してるだけでちょっと緊張するんだよやめてくれ。

振り向く。

 

 

「なにか?」

 

「あっ、えっと、その……あっ、な、名前!

 名前だけでも……!」

 

「名前はリン。ただの傭兵くずれだよ」

 

「あ……は、はい」

 

「………」

 

「………」

 

 

えっ、なにこの沈黙。

俺もう行っていいの?ていうかそっちも名乗れよ。いや別に彼女の名前も興味ないけど。

 

 

「もういいか?」

 

「えっ!?ど、どうぞ!」

 

「ん」

 

 

じゃあいいや。

再び彼女に背中を向けて、村に向かう。

 

 

 

 

アグル村。

 

山麓にある、自然豊かな村。田舎ともいう。そして王都でも有名な温泉地であり、それを頼りに少しずつ発展している。かつて行商も来ないような僻地だったが、温泉が見つかって訪れる旅人が増えたらしい。

 

山を見やれば、その山頂の方には薄く霧がかかっている。

 

さて、温泉。目的はこれだ。

……最近、とうに失ったはずの腕がどうも痛む。

ときには太縄で締めつけられるように、ときには槍や剣先を突き刺されたように、ときには火に炙られるように、そんな戦後しばらくあった痛みが、またぶり返して来ている。

酷いときは夜も眠れない。幻肢痛、というやつだ。

 

というわけで知り合いの魔術師に相談したところ。

『心の傷は魔術じゃどうしようもねぇんだよ。

 お前まだ病んでるんだろ。温泉にでも浸かって休め』

とのことで、この村にやってきた。

 

つまり、湯治だ。

 

 

「……心の傷、ねえ」

 

 

村を歩き、その先のない肩に触れながら呟く。

なんで今更、こんなあるはずもない傷口が開くのか。それはとうに昔の出来事で、今となっては忘れるべきもので。

じくじくと痛む今も、存在しないこの腕には、まだずっと、血が流れるような感覚さえして。

 

 

「はあ」

 

 

溜め息を吐く。

 

幻だ。幻を見ている。もうずっと。

さっさと現実を見なければ。悪夢はもう終わっている。

しっかりしろ、■■(リン)■。

 

 

 

 

「……おっ?」

 

 

そうこうしているうちに、温泉の匂いが鼻をつく。

硫黄の匂いというのだろうか。それっぽい匂い。

顔を上げれば、どうやらそれは山の方からしてくるらしい。ちょっと聞いてみるか。

 

通りを見回して、出店を見つけた。

そこに近づいて話しかけてみる。

 

 

「すまない、少し聞きたいことがあるんだが」

 

「ん?別にいいが……なんか買ってからな」

 

「商魂逞しいな」

 

「ゴブリンほどじゃねえよ」

 

 

野菜や果物が並べられた八百屋っぽい出店のおっさんは俺を見て、面倒くさそうに首を傾げる。並べられた果物の中から青リンゴっぽいものを手に取り、銅貨をポケットから取り、おっさんに手渡す。おっさんは渋い顔をした。

 

 

「一枚じゃ足りねぇよ兄ちゃん、銅貨三枚だ」

 

「世間知らずの観光客じゃないんだ。

 エリゴの産地と流通くらいは知ってるぞ、ぼったくり」

 

「チッ……はあ、マセガキめ。

 じゃあ情報量だ、あと銅貨二枚分は買うか払えよ」

 

「なら聞くことはない」

 

「………」

 

「………」

 

「………あー、分かった!分かったよ、クソッ!

 一つでも買ったのなら客だ。聞きたいことはなんだよ」

 

 

全く、余所者相手だからってこういうことを……

田舎者め。こちとら奴隷から成り上がった傭兵だぞ。あれっこれ俺の方が身分的に下じゃないか?まあいいか。

 

 

「温泉を探してる、場所を教えて欲しい」

 

「温泉?あぁー………温泉ね……」

 

 

おっさんはバツの悪そうに顔をしかめ、視線を逸らす。

こいつ……

 

 

「なんだ、まだ勿体振る気か?」

 

「いや、温泉は山頂にあるが……諦めろ」

 

 

は?なんで?

 

 

「なんでだよ。それ目的で獣車に二日揺られたんだ。

 そう簡単には─────」

 

「死にたくなけりゃ勝手に温泉に行くのはやめとけ。

 兄ちゃん、まだ若いじゃねえか」

 

 

おっさんはそう言うと、暗い顔で俺に視線を向け直す。

その目には深い後悔の色が浮かんでいる。その言葉の意味、それからその目に浮かぶ感情から、なんとなく察した。

 

 

「何かあったんだな。家族か」

 

「………山頂にはやべぇ怪物が住み着いてる。

 魔術だか何か知らねぇが、弟が目を覚まさねぇ」

 

 

怪物。この辺りには怪物はいないはずだ。

狼や野犬とかの動物を怪物なんて呼ばないだろう。人をそう寝たきりにさせるような野生動物はいない。傷を負って目を覚まさない、なら分かるが……

 

 

「……他に症状とかあるか」

 

「身体に、紫の斑点が出来てるんだ。息が荒くて、あと」

「待て、紫の斑点?全身にか?」

 

「あ、あぁ……顔にも、身体にも」

 

「………」

 

 

心当たりがある。

そういった症状が出たやつを知っている。なんなら俺も同じ症状が出て、寝たきりになったこともある。まさか……

 

いや、まさか……!?

 

 

「おい、山頂に出た怪物ってどんなやつだ!!?」

 

「し、知らねぇよ!俺は行けなかった!

 もうとっくに山は村長が封鎖してるんだ!!」

 

「……いや、落ち着け。

 まだ決まったわけじゃない、が……」

 

 

言葉に出して自分を落ち着ける。

まだそうだと決まったわけじゃない。魔術や毒を扱う怪物は他にもいる、いるが………

 

 

「ラクサ草……ラクサ草はあるか?」

 

「は?お前、なに……」

 

「あるか」

 

「あ、ある。けど、それがなんだよ」

 

「生のやつをエリゴと一緒に擂り潰して飲ませろ。

 それで良くなるかもしれない」

 

「はあ!?ラクサ草は毒があるんだろ!?

 お前っ、弟を殺す気か!?」

 

 

乗り出してきた店主に胸ぐらを捕まれる。

確かに、山菜のラクサ草には毒がある。軽く火を通せばその毒は飛んで、食べることも出来る。天ぷらで有名な山菜だ。大陸中央部の山なら基本的に採れるし、それはこういう村の人間だって知っているくらい有名だ。

 

そして。

 

 

「ラクサ草の毒はエリゴの汁と混ぜれば無害になる。

 その無害になったラクサ草の毒で、

 あんたの弟の身体に回った毒も中和できるはずだ」

 

「………ほ、本当なのか」

 

「本当だ。俺の知ってる毒なら。

 そうでなくとも、飲ませるものは無害だ。

 試すだけ価値はある。他の毒でも完全じゃなくても

 和らげるくらいは出来るはずだ」

 

「そ、そうか………そうなのか。すまん。その……

 お前みたいな子供に……当たっちまって」

 

「これでも傭兵だ。さっさと店を閉めて、

 弟さんに今言ったのを飲ませてやってくれ」

 

「あ、あぁ………!」

 

 

おっさんは慌てて店仕舞いを始める。

しかし、さて。

 

 

………嫌な感じだ。

 

山頂を見上げる。そこは霧が立ち込めている。山頂に温泉があると言われて成程とは思った、思ったが………

そういうことか。

 

クソ、仕方ないが温泉は諦めるしかなさそうだ。

だからといって、その怪物を放置するわけにはいかない。

必ず始末しなければ大変なことになる。

放置していればまず間違いなく、この村は滅びる。

 

怪物自体が山を降りるか、或いは、この村の水源ごと怪物の毒で汚染されるか。どちらの可能性も有り得る。

 

 

おっさんは「村長が山を封鎖した」とか言ってたか。

だとしたら村長なら知っているだろう、山に住み着いたのがあの怪物なのかを。だとしたら聞きに行くべきだ。

 

最悪、封鎖を無視してでも怪物を始末しなければ。

 

 

「……何にせよ、一日でも放置するのは不味いな」

 

 

考えている場合ではない。

村長の家を聞き出して問いただす必要がある。

 

そして───────

 

 

 

 

「うわあああぁあああああっっ!!!?」

 

 

「!?」

 

 

 

 

聞こえてきた悲鳴に、意識が思考から引き上げられる。

 

近い。どこだ!?

 

 

「──────ッ、クソッ!!」

 

 

嫌な予感がする。まさか、予想が今─────!?

 

いや、いい。走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

────

 

───────

 

 

 

 

 

「全員下がれ!!ここは我々が引き受ける!!」

 

 

聞こえてきた声は、聞き覚えがある。

逃げ惑う人たちを掻き分けて、悲鳴と絶叫の飛び交う混乱の中心へとひた走る。そして。

 

 

「────!!」

 

 

そこは村から山への入り口らしい場所だった。

巨大な鉄門は大きな力で破壊されたのか、その鉄格子と門はひしゃげ、打ち倒されている。小さな広場のようなそこは、今や混乱の元になっていて──────そして。

 

目に飛び込んできたのは、怪物だった。

最悪だ。本当の最悪の形で、予想が実現してしまった。

 

 

その前には、二人の人影がある。

片方は全身鎧に身を包み、刃のない大剣を構えている。

片方は冒険者の装いに、シミターを片手に握っている。

どちらも商会の獣車で見た乗客だ。

 

そこへ滑り込むようにして、足を止める。

 

 

「っ、君は────!」

 

「今はいい!状況は!?」

 

「一人村の人間が殺られた!!

 クソッ、なんだってんだ、この怪物は……!」

 

 

 

「■■■■■■■■■──────!!!!!」

 

 

「「「…………!!」」」

 

 

 

 

天地を震わせるような凄まじい咆哮が木霊する。

それは衝撃波を伴って、俺たち三人を纏めて後退させる。

 

その怪物を中心に、地面が抉り取られる。

赤く可視化できるほど燃え上がるような熱気が、その口から漏れ出ている。

 

 

高さだけで人間二人分はあろうか、見上げるような巨躯。

咆哮の主たる黄金のタテガミを持つ獅子の頭、その牙と眼は血の色に染まっている。だが、その姿はただ獅子ではなく、怪物と呼ばれるに相応しい異形。

 

白い山羊の胴体から伸びる山羊の頭が、こちらを見下ろす。

その腰からは大木のように巨大な蛇が、舌を揺らす。

 

 

この世に在るべきでない、異形のなかでも特異な存在。

二度と目にしたくなかったその怪物を前に、俺は奥歯を強く噛み締めていた。そして口にする。

 

禁忌の怪物の名を。

 

 

「キマイラ……!!」

 

 

右手を払い、空っぽの左目を埋めるモノに魔力を込める。

そして右手の掌にそれを喚び出し、握り締める。

青いマナの光が弾ける。そしてその燐光と共に、右手の中へ十字架を模したロングソードが現れていた。

 

 

「……あの怪物を知っているようだな」

 

「あれの名前なんざ今はどうでもいい!

 お前ら戦えるんだな!?死にたくねぇなら構えろ!」

 

 

二人も得物を構え直す。

怪物……キマイラもまた、姿勢を低く構える。

 

 

 

「来い……!!」

 

「■■■■■────!!」

 

 

 

キマイラは強くこちらを睨みつけ、飛びかかってきた。

 

 

 

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