――時間は
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わざわざ殺人のために用意された特製の
もちろん、趣味でやっているわけではない
珍しい話だが、八代衣の実家は殺し屋を代々の家業にしている。
私は次期当主の立場にある一族の実行役なのだ
いい加減に嫌気がさしていたところだった。
同族殺しのどこに意味を見出したら良いのか、さっぱり分からない
が、少し前に自分さえ納得できれば良い
世の中みんな自分をごまかしながらやっているのだ、と
肝心の理由を八代衣は見つけられていなかったが、言葉遊びのように"目標を見つけるのが目標"ということにして、なんとかやっていた
八代衣が変われば、発生のメカニズムはどうあれ周囲も変わる
仕事終わりの送迎中に、サポーターから今までに従事したことのない仕事を渡されたのだ
今度のは、殺しと違って血生臭いものではない。
どうしても後ろ暗いところはあるし、結局は本業である殺人に繋がっていく
だとしても、八代衣にとっては大きな前進だった
このまま現場からフェードアウトできるかもしれない、とまで夢想した
新しい任務は"交渉"。
八代衣は受け取った資料に目を通す
昨今の裏社会では、外国から入ってきたニューカマーの殺し屋が頭角を現していた。
日本の旧家が秘密裏に行う暗殺と違い、早い・安い・荒っぽいを三拍子とした殺害を売りにしている
こういった新規参入者は旧家同士の結託で、早々にこの世から排除されるのが常だった。
しかし、今回は外国の犯罪組織がバックについているせいで、従来のように即排除とはいかなかった
ここまでは八代衣も実家に戻った時に親戚連中がボヤいているのを聞いていた
今回の肝は、そのニューカマーが、とある街から一斉に姿を消したこと。
八代衣のサポーターによると、どこかへ移動したわけではないようだ
もしそうなら、すぐに連絡が来ているはずだ
無名のグループ暗殺し返した、と見るのが家内では有力説となった
個人ではなくグループと判断されたのは、実行速度が個人とは考えられない速さだということ。
暗殺返しに用いられた銃の空薬莢が場所によって回収されていないのも、連携しきれていない無名の素人グループという説を生み出していた
八代衣は今回の任務の詳細を頭に叩き込む
全国に配置している家の縁者による報告から、"百合"という同い年の少女がグループの中心人物と目された
見た目が恩人とよく似ている。
今まで聞かされなかった
過去の経歴も調べてあった
柔道経験があり、暴力事件をきっかけに高校を退学している。
この2点と、体重が見た目以上に重いことは警戒する必要がある
彼女に接触し、縁鳥家の傘下――正確には八代衣の部下――に従えるのが、今回の任務だ
部下、交渉。
明記されてこそいなかったが、この2つの言葉から、いよいよ八代衣は当主になる準備に入ることが分かった
本来なら分家の誰かしらを部下に持つのだろうが、ごろつき相手なのは練習に丁度良いということだろうか……
◇
暗殺の時と同じようにサポーターが調べた
交渉が決裂した場合に備えてスタンガンを隠し持ち、百合の自宅前で待つ。
細糸は不意打ちで使うのを前提とした武器だから、今回は使えない
全身を緑色の衣服で包んだ八代衣は、縁鳥という名字の印象もあってウグイスかメジロが人間になったような印象がある
その緑色が夜闇に覆われて真っ黒になった住宅地で、やけに目立った。
普段から同じ格好で
今からでも仕事の日程を改めようか、と八代衣は考えた
これは短気とは違う。
失敗が許されない職人が、少しの異変に敏感な反応を起こして、仕事を中断することは、ままあるのだ
しかし、今からでは引き返す途中に百合と出会すかもしれない。
彼女は帰宅する道のりを不規則に変える癖があった
仕事の延期を思いつくのが遅かった。
あと数十秒で百合は現れるはず――
――「そろそろだと思ってたよ…」
声に反応して振り向くよりも早く、八代衣の首が絞められた
暗殺において後手に回ることは想定していない。
八代衣は圧倒的に不利な状況に陥った
しかし不幸中の幸いか、相手の選んだ攻撃手段は絞殺だ。
その道のスペシャリストだった八代衣は脱出方法も心得ていた
かなりの剛力だったが、なんとか抜け出し、距離を確保する。
追撃に備えながら、自らの意識が明瞭なままであることを確かめた
八代衣は敵の見定めにかかった。
事前に読み込んだ資料以上のことを把握するには、やはり直接見るしかない
それを
その八代衣の身体が一瞬だけ硬直する。
仕事中は冷静でなければならない暗殺者が動揺したからといって、責めるのは難しい
(どうしてここに……!?)
八代衣の目の前には、少し前の引越しまで同じアパートの住人だった幽鬼が立っていた。
彼女は八代衣を啓蒙してくれた恩人である
その恩人が、以前よりも死の気配が体に取り憑いた状態で、自分に向けて殺気を放っていた。
銀色の髪が不気味に月光を反射している
「すごいね……抜け出されたのは初めて」
いや、声が違う。
首を絞められたショックで咳き込むのを、技術で抑えた
(落ち着け……)
八代衣は歯噛みして、自分の震えを戒める
八代衣を攻撃したのは幽鬼によく似た別人――殺人鬼だ。
夜目が利く方ではあるが、それにしてもそっくりに見える
ただし、純粋な戦闘力においては目の前の人物に軍配が上がるだろう。
それはつまり、自分が勝てないと判断した相手よりも、更に強い相手が自らの命を狙っていることを意味する
命がかかった状態での会話というのは、不意打ちで拘束した相手への尋問以外では経験がない
対等どころか自分が不利な状況で口を開く異常な感覚を、八代衣は冷静さを取り戻しつつある脳髄で認識していた
「暗殺に来たのでは、ありません」
声は震えていない。
八代衣は人殺し以上に緊張するものはない、と信じ始めていた
百合は攻撃の回数で優位に立っているはずなのに、不思議と攻めの手を止めたくなった
発言と合わせて、相手の殺気が薄いことに気がついたのだ
「私は
一つずつ、こちらの要求を伝える下準備を行う
「邪魔はしません。むしろ、協力したいと考えています」
半分は勢いで喋った。
敵対する必要はなさそうだ、と思ったのだ
「あなたは殺す相手と武器が欲しい。違いますか?」
「部下になれと?」
百合は質問を肯定してから返事をした。
八代衣は言葉に込められた僅かな怒りから、部下にするのは無理だと察する
「いいえ、我々が殺したいニューカマーの殺し屋には、外国の組織がバックについています」
百合は「そうだったんだ…」と独り言を呟く
「同じ一族の者が仕掛ければ抗争になってしまうでしょう」
八代衣は少しでもマシな殺しをしてみよう、と考えていた
「情報と武器を提供します。引き換えに、競合相手の殺し屋を代行して始末して欲しいのです」
自分の暮らす国を守る。
そう言えば聞こえはいいが、これは排他的な正義感かもしれない
だが、八代衣が八代衣を誤魔化すことはできそうだった
「そういう話なら面白いな」
百合の返事に皮肉は込められていない
八代衣は百合を飛び道具として。
百合は八代衣をパトロンとして
この夜、殺人鬼と殺し屋は結託した
「あ、たまに私も呼んでくださいね」
「えっ、興味あるの!?」
「たまに証拠が残ってるんですよ」
百合の期待は冷静に否定された
◇
◇
◇
百合と八代衣が結託した数日後、藍里の自宅。
玄関先で家主の帰りを待っていた女がいた
「尸狼さん…!? そんな、だって、死んだって…」
不死身に思えるほどタフなプレイヤーはごまんといる。
そんな彼女らがゲーム中に死ぬところを何度も見てきた
だからこそ藍里は、人間が生き返ることは絶対にない、と経験則的に確信していたのだ。
しかし、目の前の女はどうだろう
確かに死体だったはずの尸狼が怪我一つなく立っている。
この光景には
「ある事情でゲームの総支配人に蘇生されたのですよ」
総支配人。
そんなものがいるとは。
しかし、なぜ尸狼に蘇生を?
「出血が多過ぎたようでしてね。今では全身がサイボーグですよ」
藍里は自らを落ち着かせるためにも常識に則って尸狼を家に入れ、茶を勧めた
「事情というのはですね…」
以前と何も変わらない、しっかりした足取りで席についた尸狼は話を再開した
「藍里さんを<密会>へ勧誘した際に、お見せした
覚えている。
江戸時代に開催されていたゲームについて記された、現代でいうところのチラシだったはずだ
「その草双紙が襲撃以降、行方不明なのですよ。紙切れ一つ出てこない」
もったいぶった言い方だった。
うざく聞こえないのが尸狼の実力である
「百合さんが持って行った、ということですか?」
「ええ、おそらくは。ですが、火事場泥棒が入った形跡がありましてね」
何となく読めてきた。
運営は機密の行方を喋らせるために尸狼を蘇生したのだ
「『事前にどこかへ移したのではないか』、『監視カメラは配置していなかったか』、他にも色々です。散々に尋問されましたよ」
尸狼は運営の言葉を指で数え上げながら愚痴を吐いた
「今日お伺いしたのは他でもない。再びチームへ誘いに来たのです」
「ああ、<密会>への誘いですか。私も何度か試してみましたが尸狼さんみたいにはいきませんね」
藍里の言葉に尸狼は
「いいえ、チームというのはプレイヤーを迎え打つ運営の武装部隊のことなのです」
プレイヤーがエージェントになる、という話は聞いたことがあった。
ならば――体にガタがきていなければという条件は付きそうだが――ルール違反者を処刑する部門に元プレイヤーがいてもおかしくはない
しかし、尸狼の話したい事とは違う
「総支配人はプレイヤー同士がゲーム外で戦うのが面白くないようでしてね」
なんとも
製作者として楽しんで欲しい気持ちと、殺し合いが見られない苛立ちがあるのだろう、と藍里は推測した
「99回目のゲームはプレイヤーが組織したチームと運営チームが戦う、というお話を以前しましたね」
襲撃前の藍里は99回目のチームを組織する時に<密会>のメンバーを選ぶことを条件に、尸狼から技術提供を受けていた
「百合さんたち
「…!」
尸狼が蘇生されたのは、ゲーム外での出来事を
というか、そっちがメインなのだろう
「私は駒にされたのですよ。ええ、99回目のゲームを生き延びれば再びプレイヤーに戻れる契約ですから、すぐに報復してやりますがね」
尸狼が苛立ちを露わにするのは初めて見た。
自分のそういう感情を絶対に認めない性格だと思っていた。
「藍里さんにも運営チームへ参戦して欲しいのです」
藍里がゲームに求める凶気。
その総本山たる運営に近づける
答えは決まっていた
――こうして百合と尸狼は全面対決の準備を終えたのである