デスゲーム99回クリアRTA   作:黒瓜阿礼

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1回目:シュラインパニック(裏)

――こんばんは。稼げるバイトにご興味はありませんか

 

 

 

 夜中なのにサングラスをかけた黒ずくめの女が声をかけてきた

 

 高校の中退手続きを終えた後、そのまま両親に放逐されフラフラとしていた百合のもとには、やはりというべきか、うさんくさいものが多く寄ってくる

 

 この類の手合いは毎回断っているが、付き纏ってくることが多いので、最近は1発食らわせて()()()()()()()ことにしている。

 この処世術は、高校の同級生相手に身につけたものだった

 

 どんなやつでも急所が重力で硬い地面に叩きつけられれば萎縮する

 

――この女も、きっとそうだ

 

「おっと」

 サングラスの女は百合の掴み攻撃をバックステップでヒラリとかわした

 

(!?)

 

「危ないですよ〜。でも、ますます来て欲しくなりました〜」

 

 この女は今、説明口調でゲームがどうとか言っていた。

 ご丁寧にジェスチャーまで加えていたので、百合は(隙あり!)と踏み込んだのだが見事に避けられてしまった

 

 これまでに一度もなかった経験に、思わず百合は放心状態となった。

 その状態でも機能し続けていた百合の耳に、サングラスの女――エージェントと呼ぶように言われた――から引き続き“ゲーム”について説明が届いてきた

 

 百合は、自分の攻撃が避けられたのは、“プレイヤー”から“エージェント”へと転向したという経歴のせいだと、彼女の自分語りから推察する

 

 あの身のこなしを見れば、この平和な日本の裏で日夜デスゲームが行われているというのも、まるっきり嘘ではないと思えてくる。

 エージェントの背後に、いかにもその道の人が使っていそうな黒塗りの高級車が控えていたのも、百合のゲーム参加を後押しした

 

「良いですね。やってみたいです」

 社交辞令だと誤解された可能性は、エージェントのニンマリとした笑みから否定される

 

 車内で機密保護のために飲めと指示された睡眠薬は少し警戒したが、貧乏生活よりはマシかと思い、服用する。

 薬を飲み込むための水が胃の底に落ちた感覚が消えない内に、(まぶた)が重くなってきた

 

 ……この薬は、かなり強力なもののようだ。

 服用後の後遺症を心配する間もなく、百合の意識は闇に沈んでいった

 

――目が覚めると、そこは神社の本殿の中だった

 

 百合の周囲には数人の巫女さんたちが雑魚寝状態で転がっている。

 彼女らの服装と自分の肌にパジャマの感触がないことから、百合は自身も巫女装束に身を包んでいることに気がついた。

 

 その衣装は現実の神社にいる巫女さんのものとは違い、脇の部分や股の部分の布が切り取られていて、一目でコスプレ目的だとわかるものだった

 

 百合が辺りをキョロキョロと見回している間に、他の巫女さんたちも夢の中から覚醒したようで、神社の本殿は困惑の声でざわめき始めた。

 皆、口々に「何ここ!?」やら「服が変!」やら「これドッキリなんじゃないか…?」と騒いでいる

 

 エージェントさんからの説明だと、このデスゲームには常連が存在するらしいが、どうやら今回は1人もいないようだ

 

 巫女さんたちのザワザワ声は、突然響き渡った鈴の音で静められることになる。

 音がしたのは祭壇に飾られている神鏡の方からだった

 

 その神鏡は一般家庭のテレビくらいのサイズがある。

 その鏡面にはプロジェクションマッピングというやつだろうか……お団子のような見た目をした売れていそうにないマスコットが映し出された。

 電子音が鳴り、マスコットによるルールの解説が始まった

 

 昔の教育テレビで聞いたような声で説明されたマスコットの話によると、このゲームのクリア条件は“モノノケに捕まらないように下山すること”。

 人里で暴れるモノノケを鎮めるため、人身御供に捧げられたのが我々プレイヤーという設定らしい

 

「ふざけないでよ!」

 そう叫んだ1人のプレイヤーが本殿の扉を乱暴に開けたのを皮切りに、仲良しグループと思われる3人の巫女さんたちが境内の向こうにある鳥居へ向かって走り出した

 

――瞬間、彼女たちは茂みから現れた灰色の体毛を生やした猿のような生き物に飛びつかれた。

 猿は無我夢中で巫女の肢体を噛みちぎる

 

 その少女の巫女装束は血の赤に染まるかと思われたが、彼女たちの首や腹などの柔らかい部分から噴き出してきた物は違った

 

 血液とは、とても思えない真っ白な綿(わた)のような何かだった。

 いつの間にか、獣の悪臭が漂い始めており、ひょっとしたら綿ではなくカビなのではないかとも思えた

 

「※※※※※※※!!!!!!!!!」

 マスコットの解説音声も、他の巫女さんたちの悲鳴も分からなくなるほどの断末魔が放たれた。

 あの小柄な肉体のどこに、あんな声を出す力があるのだろうか。

 百合は目の前の状況に実感を持てないまま、そんなことを思った

 

 マスコットの解説は少女たちの最後の叫びに対して『おやおや……ちゃんと最後までお話を聞かないから死んじゃうんだよ』とだけ言って、再びルールの解説を始めた

 

 プレイヤーを挑発する表現を取り除くと次のような内容だった

 

 プレイエリアにはモノノケが巡回している。

 この“モノノケ”は間違いなく、さっきの猿のことだろう

 

 モノノケは各人の(ふところ)に配布されている護符によって数秒だけ動きを止めることができる

 

(本殿の中にまで入ってきた獣臭を考えると、あの3匹だけではなさそう……)

 

 百合の直感が正しいことは、マスコットの言葉によって裏付けられた

 

『護符は1枚ずつしか配っていないよ! みんなで助け合いながら下山してね!』

 おかしなイントネーションで語られた言葉を最後に、マスコットを映していた神鏡は元通り覗き込んだ少女の顔を映すだけの物に戻った

 

 ()()()()()()()と言っていたことと、1匹の猿が放っているとは考えづらい濃密な獣臭さを考慮すると、プレイヤーとモノノケは互いに徒党を組むのが前提になっているものと思われる

 

 百合は高校を中退するまで歴任していた学級委員長としての能力を再び振るうことにした

 

 そうした理由は百合本人にも断言できない。

 直視し難い現実から生来の責任感へ()()()とも言えるし、この場にいる全員が初心者と思われるので自然に発想した同期の()()()のようなものに(すが)りたかったのかもしれない

 

 一時は恐慌状態に陥っていた巫女さんたちも騒ぎ疲れて落ち着いてきた。

 行動するなら早いうちが良いだろう

 

 まだ太陽は頭の上にあるが、下山するまでどれくらいの時間が必要か分からない以上、夜の暗闇の中で野生動物を模した怪物と追いかけっこをするような状況に陥るかもしれない

 

「みんな落ち着いて!」

 百合は力一杯の拍手――ここは神社なので柏手(かしわで)が適切か――と共に、少女たちの注目を集めた

 

「少しずつモノノケの動きを止めながら進みましょう! 私に着いてきてください!」

 単純な言葉ほど混乱している人間には沁み渡る。

 百合は続けて「私に護符を預けてくれませんか」と目の前の巫女さんたちに呼びかけた

 

「私がモノノケの動きを止めてみせます! みなさんは、その隙に走って逃げてください!」

 大きな声を出してモノノケを呼び寄せるリスクに、プレイヤーたちは1人も思い至っていなかった

 

 しかし、ゲームにおける暗黙のルールに“プレイヤーが目覚めた部屋に罠はない”というものがある。

 これは寝返りをうった勢いで落とし穴に落ちるような退屈なゲームを防止するためだと言われている

 

 結果論だが、百合が大声で演説している本殿にモノノケが攻め入ってくることはないのだ

 

 憔悴していた巫女さんたちは、常連プレイヤーでは考えられないほどアッサリと命綱たる護符を百合に手渡した。

 護符を受け取る度に、百合は花が咲くような笑顔と共に「ありがとうございます」、「任せてくださいね」、「もう大丈夫ですよ」と巫女さんたちに声をかけた

 

 男女問わず自分の笑顔は相手をリラックスさせると、15年間の人生で百合は知っていた。

 そのために自分の顔が髪に隠れないようにポニーテールにしているくらいである

 

 護符を渡すことに不満げだったプレイヤーもいたが、百合の笑顔を見ると(なんだ、こうすればよかったのか)というような表情に変わった

 

 かくして百合はリーダーとなり、数分の談話を済ませてから全員で鳥居の向こうへと特攻を開始した

 

『※※※※※!!!!!』

 早速モノノケが襲いかかってきたが、山の上にある神社から木々にぶら下がる猿どもの位置を把握しておくのは、百合にとっては朝飯前だった

 

 飛びかかってきた猿へ、すぐに護符を行使することはしない。

 神社に向かって伸びる階段から(わき)の林の中に飛び込んだ。

 あえてモノノケが多く控えている場所へと移動する

 

――ピカッ!

 

 護符を行使した時の青い光が薄暗い林を照らした。

 百合は複数のモノノケを引きつけて一箇所にまとめてから護符を使うことで、最小限の消費で最大の効果を生み出したのだ

 

 百合がモノノケを引きつけ、動きを止めている間に他のプレイヤーたちは脱出を目指すというわけである。

 似たような護符の使い方を繰り返す内に、百合の隊列内の位置は当初の戦闘から最後尾へと変わっていった

 

 当初は先陣を切り、待ち構えているモノノケに対処する必要があったが、序盤に障害が集中している分だけ、ゴール付近の障害は少なく調整されていた。

 必然、百合が最後尾で追いかけてくるモノノケ相手に殿(しんがり)を務めることになる

 

 しかし、このゲームでは順調にいっている時ほど苦難が訪れる。

 護符が尽きたのだ

 

 このまま全速力で走れば百合は助かるだろうが、その後に最後尾となったプレイヤーは死ぬ

 

 百合は迷う。

 今、目の前をバタバタ走っている小学生にしか見えない巫女さんを抱えて走るか……それとも自分だけ走り去ってしまおうか……

 

――どちらも違う

 プレイヤーとしての百合が、社会の一員として生きてきた百合に囁いてきた。

 このゲームで躊躇すれば死ぬ、と

 

 気がついたら目の前を懸命に走っていた少女の華奢な腕を取って、その小さな頭蓋骨を階段の石畳に叩きつけていた

 

――バキン!

 

 小動物のような可愛い見た目からは想像できない無骨な破壊音が百合の耳にだけ届いた。

 ゲームの存在を知るより前から何度もやってきたことだ。

 ()()()の高さに百合は自信があった

 

 前を走っているプレイヤーたちは、今の暴力に気づいていない。

 多分、投げられた本人も気づいていないだろう。

――百合は自分が人体を、そういう風に破壊できると気づいた

 

 護符が無くても、人肉があれば獣は食欲を満たすために動きを止める。

 これはゲーム序盤で本殿を飛び出した少女が死ぬところを、(まばた)きもせず観察していた百合しか知らないことである

 

 走り去った百合の背後から肉が掻き回されるような音が響いてきた。

 犠牲を出した甲斐あって、巫女さん御一行は念願叶って麓の鳥居を潜り抜けることができた。

 ゲームクリアだった

 

 エージェントたちからクリアを祝う言葉を聞いて安堵に包まれた巫女さんたちは、努めて姿が見えない頂上の神社にいた巫女たちの話題を避けている

 

 生き残ったプレイヤーは9人中5人

 

 デスゲームの生存率は一般的に7割とされるも、初心者が参加するとなれば確率は更に下がる。

 今回の生存率は“観客”たちの予想と大きく外れてはいなかった

 

 百合に対する恐怖や軽蔑の視線は1つもない。

 口々に百合への感謝と敬意を尽くし、ある者は恋に落ちたようなウットリとした表情さえしていた

 

 百合は彼女らの反応を顔だけ取り繕って、本心では全く別のことを考えていた

 

(ああ! なんて楽しいんだろう! 思いついたことが全部できるなんて、

こんなに素晴らしいことは此処(ここ)じゃなきゃあ、できっこない!)

 

 これからは……

「死亡遊戯で飯を食う!」

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