その伽羅が自分を負かした相手とお茶をして来る、と言ってシェアハウスを出て行った時に分不相応にも嫉妬心を覚えたのは無理からぬことであろう
初めて直接
第一印象は“美人”だということ。
プレイヤーは皆そうであると言うが、その中でも際立った顔だと思った。
幽霊じみた容姿をしていながら活発に揺れるポニーテールには、何となく萌え系の幽霊娘を連想させられる
彼女と師匠である伽羅と3人で教会を舞台にしたゲームに参加したことがあった。
プレイヤーとして自由に生きている点は伽羅と重なり、同じように憧れた。
この時から師匠の友人として気の置けない先輩後輩のような仲になっていた、と萌黄は認識している
しかし、暴力事件で退学になるまでは――本人が謙遜していたので正確ではないにしろ――絵に描いたような優等生であったという経歴は、自らが“いい子”として成功できなかった劣等感を刺激してきた
加えて、萌黄が
傍にいるとコンプレックスでムズムズするのだ
そんな相手に葉っぱのベッドの上で起こされた時、その顔との距離の近さに悔しいがドキリとさせられた。
いつもより長く眠った気がして、恥ずかしくなった
<キャンドルウッズ>。
エージェントによれば、それが自分と百合が参加した今回のゲームの名前である
目覚めたのは森を模した教室くらいの大部屋だった。
教室を連想したのは、衣装を着せられた娘さんたちが全部で30人、だいたい1クラス分いたからだ
「萌黄です、よろしく。もうルール説明ありましたか」
自分を辱めた百合を努めて無視して、他のプレイヤーたちに声をかけた。
その中に百合以外の知り合いの姿はなかった
「まだ。タイマーがあるくらいですね」
背後から慣れた者同士でしか通じない砕けた状況報告が飛んでくる。
他の娘さんたちは2人の様子に戸惑っているだけで、期待した反応はなかった
萌黄の言葉に耳を傾けるのもそこそこに、娘さんたちの間に流れる空気は互いを探るような雰囲気になった。
萌黄が寝ている間も、そうだったと思われるので、単に戻っただけかもしれない
「まさか……全員、ゲームは初めて、なんですか?」
反応の少なさに疑問を持った萌黄の問いかけに、不安げな表情でポツリポツリと頷く娘さんたちがいた
その様子に百合は『ははーん』と何か直感した様子だったが、萌黄は瞬時に自らの破滅を予感した。
萌黄が考えをまとめるよりも早く、機械音声が人工の森に響いた
(今度はなんだよ……!)
少し動揺したが、萌黄の訓練されたプレイヤーとしての思考はタイマーのカウントが残っていることを思い出し、この機械音声が
『切り株の子らよ……<キャンドルウッズ>へようこそ……』
音声は一本だけ生えている人面樹から発生していた
萌黄は他の娘さんたちはひとまず置いておくことにして、説明を一言一句漏らさぬように機械音声へ耳を傾ける。
一方で、今回のマスコットはハズレだな、と百合は思っていた
人面樹の説明はゲームの
このゲームの参加プレイヤーは300人の<うさぎ>と、30人の<切り株>に分かれる。自分たちは後者である。
<切り株>には銃、ナイフ、煙幕が与えられている。これは<うさぎ>にはない。
タイマーがゼロになったら扉の向こうへ出て行く。5人の<うさぎ>を殺害すれば、その<切り株>はクリアとなる。クリアできなければ当然、死ぬ
細かいルールは他にも何点かあったが、短期的にはこれだけ覚えておけば良い
残る問題は28人の初心者たちだ。
自分が彼女らを助けてあげよう、と思った。
百合の協力は考えていない。
百合には自分より優秀で師匠に気に入られている、という引け目があったからだ。
師匠の伽羅と度々、二人で遊びに行っているのを萌黄は知っていた
(…………私が……やる!)
単純な話である。
萌黄は伽羅に良いところを見せたいのだった
「百合さん、彼女たちは私に任せてください…!」
萌黄は深呼吸を1度だけ済ませ、百合に言い放った
「全然いいですよ。じゃあ、私はササっとやっちゃおうかな」
一見すると冷たい無責任な行動に見えるが、この状況においては最適と言って良い行動である
運営の想定としては萌黄のように初心者たちを統率し、数で勝る<うさぎ>に協力して立ち向かうのが正攻法なのだろう。
しかし、ルールに従うというのは、ルールの限界を超えられないとも言える
萌黄も頭の片隅では気づいていた。
ゲームクリアではなく、もはやルールの穴を突いているときの方が百合は楽しそうにしているのだ。
嫌でも目に入ってきて、ゲームに必要なものが何か理解させられた
その百合が萌黄の判断を鈍らせた原因にもなってしまった――
――わけではない。
萌黄が伽羅にいい報告ができるように初心者たちを統率したのは事実である。
しかし、それはハンデがあっても命懸けのゲームに不退転の覚悟で臨む意志の表れだったのだ
萌黄は窮地に陥っても、そのまま腐るようなプレイヤーではない……
◇
この初心者たちを戦えるようにしなければならない。
不幸中の幸いだが、ゲームの期間は1週間ある。
急ぐなら誰かしらを撃ち、ナイフで刺させれば犠牲は出るにしても殺し合いをさせられるだろうが……
仲間割れを招きそうなので、タイマーがゼロになるまでは模擬戦、スタートしたら自分が<うさぎ>を拐ってきて実際に攻撃する感覚を覚えさせることにした
模擬戦をやらせている間に、百合が師匠に使ったという首を絞める技を教えて貰った。
武器もあるから、教育途中の自分でも少しは戦えるようになるはずだ
武道の経験がある娘さんに約束稽古のやり方を話して貰い、模擬戦に採用した。
師匠や同門の弟子たちともそれらしいものは行っていたが、質問によって交流を増やす狙いがあった
反面、百合による首絞めの講義は、あまり上手くいかなかった
優等生の彼女は教えるのも得意だったが、経験によるところが大きい技術のようだった。
ゲームスタートまで約5時間。
休憩の時間も考慮すると、到底スタートまでに身につけられるものではないと分かった
それでも萌黄は挫けない。
百合と配布された武器の運用方法を話し合った。
時々、模擬戦をする娘さんたちに指導をしながらタイマーがゼロになるのを待つ
◇
ゲームが正式にスタートした。
百合と互いに発破をかけ合おうと思っていたが、なぜか扉に向かって舌打ちを繰り返していて怖かったので何もできなかった
萌黄1人と志願した一部の初心者たちで編成した部隊は、百合が飛び出していった通路の両隣にある通路を選んで、それぞれ移動した
攻めてくる<うさぎ>がいれば、互いの声が届きやすい距離で複数の部隊が投入してくると読んだからである。
増援となり得る隣の通路に来る部隊は、百合が片付けてくれるだろう
嫉妬の対象を利用できたことに、少し晴れやかな気持ちを――
――話し声とヒールがカツカツと床を叩く音が聞こえてきた。
気を引き締めて、耳を利かせた。4人組のようだ
この人数なら考えておいた作戦が通じる…!
曲がり角で息を潜め、ギリギリまで<うさぎ>たちを引き付けた
「そろそろ静かに行ったほうがいいかな?」
布面積の発注をミスっているとしか思えないバニーガール衣装のプレイヤーが仲間とダベっている
曲がり角の影で煙幕のピンを外した。
着地と同時に煙を吐いてくれるよう、手の中で一瞬だけ待機させる
その一瞬が萌黄には永遠のように感じられた。
時間感覚がズレているのではないか、という不安ごと煙幕をアンダースローで放り捨てた
――シュゥゥ……
初めて使ったが煙が出たことは、音だけでも分かった。
萌黄は武者震いの止まらない体を投げ出すようにして飛び出した
<うさぎ>たちへ向けて銃弾を放ったのは、それとほぼ同時だったように思う。
――タンタンタンタン!
女性用なため、見た目から想像されるよりも軽い音と共に放たれた3発の弾丸は、手術のように、正確に、<うさぎ>たちの脳髄を貫通し絶命させた
バニーガールたちは視界が塞がれ、狭い通路故に満足に避けることも叶わなかったのだ
自分の成果に震えるのは意識して抑えた。
自分の帰りを待つ可愛い<切り株>たちがいるし、このくらいで喜んでいては後で大変だと自分に言い聞かせていたからだった
萌黄はスカートを裂いて作ったロープにぶら下げた5丁の銃を背負い直し、獲物を求めて迷路を駆けた
◇
家で待つ雛鳥たちのために、手頃なバニーガールを弱らせることに集中していたといえば言い訳だが、萌黄が異変に気付いたのは発生よりも少し遅れていたと思う
<うさぎ>の死傷者が多すぎる
再会を誓った初心者部隊は3人編成だったが、萌黄が見た死傷者だけでも40人はいた。
息があり気絶しているだけの<うさぎ>だけだと30人ほど。
ここに来るまでに自分が戦闘不能にしたのと合わせて、これだけ半死半生の<うさぎ>がいれば、ゲーム1日目にして相当の余裕が作れる
一度、待機部屋に戻ろうと振り返った時だった
――通路の奥に幽霊のようなバニーガールが立っていた
外見的特徴だけなら百合に似ている。
抑圧されたコンプレックスが、ほんの一瞬日の目を浴びただけで殴れる幻影として現れたのか。
萌黄は(相当キているな……)、と自嘲する
自分とバニーガールまでの間は、曲がり角のない一本道だ。
空になった拳銃を向けてみるが、
ハッタリを見抜く戦術眼、立ち方、こちらを探り続ける雰囲気、ゲーム慣れした死の香り。
自分が逃げるのも難しいと悟った
弾を撃ち尽くして脅し以外に使っていなかった拳銃を捨てた。
残っている武器は、念のため――というより本命として持ってきたナイフのみだ。
師匠に覚えさせられた方法で<笹の葉>という名のついたナイフを構えた
近接戦闘は1分続いたら長い方だと言えるくらいには短期決戦だ。
相撲を思い浮かべてみると分かりやすい。
人生を懸けて練り上げた筋肉と育てた体重があれば、何時間でもせめぎ合いそうに思えるが、実際はあっという間に決着する
距離を詰めるだけなら早歩きが最善。
萌黄はファイティングポーズを取る幽霊女との距離をツカツカと歩いて距離を詰めていく
視線で攻撃先を見抜かれないよう幽霊女の胸元だけ見て、周辺視野で動きを捉えるようにする。
外から見た限りだと、彼女は我が師匠や、その友人のように<鎧>を体に埋め込むことはしていないらしい
遠慮なく首を狙おうとナイフを閃かせた
しかし、上体を逸らして避けられ、おまけに肘打ちでナイフを握る腕を打ち落とされた。
アクションゲームのパリィさながらの動きだった
萌黄も負けじと弾かれた腕に持つナイフを気合いで唸らせ、刺突を繰り出した。
今度は当たりこそしたが、浅い。
利き腕と考えられる右腕から僅かに<防腐処理>の綿を染み出させるにとどまった
思わず歯噛みした瞬間に、脳裏を
百合が言っていた。
軽く振るだけで着実にダメージを与えられるなら、何も
プレイヤーに必要な“ズルさ”を萌黄は発揮し始めた
が、ここでも真面目な性格が悪さをした。
文字通り小手先の技に夢中になってしまった萌黄の腹に、ダメージ覚悟でキックが叩き込まれた。
衣装のヒールが刺さって、かなり痛む
そのまま斜め後方にある曲がりくねった壁に萌黄の肉体は叩きつけられた。
ナイフも上手く握れず、痛みで動くことができない――フリをする!
武器を奪おうとしたのか、僅かに身を屈めたムカつく女によく似た顔に向かってナイフを投げつけた!
幽霊は、やはりというべきか回避行動を取った。
それでも間に合わず右の眼球に投げナイフが命中したのを、萌黄は見逃さなかった
痛みで
自分の使命は、幽霊女に勝つことではない!
伽羅師匠に良いところを見せることだ!
自陣へ転がり込んだのは、そろそろ夕方かという頃合いだった。
自分を迎えてくれた少女たちに一通りの事情を話し、仕事を終え帰還していた初心者部隊に後を託す。
萌黄は蹴られた痛みと疲れで倒れるように眠ってしまった
自分がクリアするには、あと1人の<うさぎ>を殺さなければならないが……
◇
目が覚めた時、またもや萌黄を覗き込む顔があった。
今度は百合ではない。名前も聞いていない<切り株>だった
彼女曰く、<うさぎ>陣営は殆ど壊滅状態だったそうだ。
原因は不明と言う。
師匠が暴れたのかもな、と心の中で茶化す
はたと気づく。
自分は4人しか<うさぎ>を殺していないではないか。
物理的にクリアが叶わなくなっているかもしれない、と思い至った時の絶望感は味方初心者ばかりであると知った時の数倍はあった
「大丈夫ですよ」
自分を恋慕うような声色で少女が言った
「どうして……?」
疑問は、すぐに氷解した
「萌黄さんのために何人か生け捕りにしてありますから!」
胸を張って答えられた
そうか。
自分は何も知らない少女たちに、こんな殺し方をさせようとしていたのか
手の震えの原因は、疲れのせいなのか、恐怖のせいなのか。
萌黄には分からなかった