あれから一日が経った―
アビドス高校とゲヘナ学園風紀委員会との衝突は、私の介入によってなんとか回避された。
このことはゲヘナのみならず、そのうちトリニティにも伝わるだろう。
そして…
シャーレを敵に回すことは避けるべきである
このような常識が蔓延するならば、先生の身の安全もある程度確保されることになる。
まぁこちらはその副次的な効果なだけ…。
真に期待する効果は、『シャーレの実権は”鳳月ミコト”にある』と思わせること。
そして、いずれは…、
『随分と良くないことを考えているようで、連邦捜査長官殿』
業務用の机の上に立てかけていた通信端末からの声の方をちらりと見る。先日までかかわっていたレイとは違うその声の主に気づいた私は軽く息を吐く。
そして、くるりと椅子を回し、背後にあった大きな窓から見えるサンクトゥムタワーを眺めた。
「人の思考を勝手に考察するのは止めてほしいなぁ…」
『君が推理しやすい思考をしてるのが悪い』
私が毒づくも彼女に悪びれもせず言い返されて、黙り込んだ。
「急に話しかけてくるなんて、なんの用?」
『用がなくては連絡されるのは不満かい?』
「そういうのはいいから…私ならまだしも君がそんなつまらない理由で連絡してくるわけがないよ」
ははは、と彼女は穏やかに笑い、「確かにそうだ」と漏らした言葉に反応して、少し眉間にしわが寄る。
「で、?本題は?」
私が少しいらだちを含んだ声でそういうと、『そうだね、そろそろ本題を話そう』と彼女は咳をして仕切りなおす。
『なんでも、レイの報告では、彼らが尾を引いている可能性があると資料の写真を送り付けられてきたのだけれど…そっちの方の進捗について話しておこうと思って…』
そういうと、手元にある業務用の通信端末に電話がかかってきた。通信先を見ると、先生の番号であると分かった。
「ごめん、また今度にしてくれる?」
『わかった、またモモトークの方でも送っとくよ。』
そういって通信が切れたのを確認した私は先生の方の電話に出る。
「もしもし、先生?どうかされましたか?」
『ミコト、ちょっと相談したいことが…』
そういって私が話を聞いていると、なんでもホシノさんが記入済みの退部・退会届を持っており、それでシロコさんと喧嘩になっていたようだ。
『それで…ホシノがもし辞める…ってなったら、どうしたらいいかな?』
私は、少し返答に困る。ホシノさんがやめた結果、どうしようとしているのかがわからない以上、どう返答することもできない。
まして、私が推測していることを話しても、先生には何が何だか、よくわからないだろう。
だからこそ…
「…それは、先生がホシノさんと直接話してみて、彼女の意思を確認してみてはどうですか?」
そういうと、先生はすこし考えるように黙り込んで、「そうだね」といい、私に感謝の意を伝えた。
通話を終えた後、私は壁にかけていたコートを羽織り、長官室を出た。なんでもアビドス高校の彼女らはこれからアビドス砂漠にむかうらしい。
どうやら、私が思っているよりも、物語は急速に動き始めているらしい。私は、レイに連絡を取り、あることを伝えて、オフィスの屋上から、青空に飛び立っていった。
キヴォトス某所、高層ビルの一室。その一室にある机を挟んで向かい合ったソファに座っているのは、カイザーPMC理事と名乗る、スーツを着た大柄の男。
対するは、トレードマークのマスクをかぶっていないデスポットのディーラー、法条レイである。
「これは、ずいぶんと珍しい客人が来たものだ。以前いらっしゃったときには、大変貴重な経験をさせていただいたよ、法条殿。」
「そのようなお世辞をあなたの口から聞くとは思わなかったよ。あいにく私が今日来たのは、ビジネスのためなんだけれどもね」
そういって私は、先日交わした契約書を机の上に提示する。
「以前、契約した内容についてご確認を。」
ガリシスレリクト・カイザーPMC間経済活動相互不干渉及び協調に関する契約書
ガリシスレリクト代表 法条レイ(以下「甲」という。)と、カイザー社代表代理 カイザーPMC理事(以下「乙」という。)は、両者の経済的利益及び事業活動の安定を図り、経済的摩擦その他の不必要な対立を回避することを目的として、以下のとおり契約を締結する。
第1条(目的)
甲及び乙は、相互の経済活動及び事業領域を尊重し、両者間における経済的摩擦並びに事業上の衝突を可能な限り回避することを目的とする。
第2条(相互理解)
甲及び乙は、それぞれが行う経済活動、事業内容及び経済領域について相互に理解し、これを尊重するものとする。
第3条(経済活動への相互不干渉)
甲及び乙は、相手方が自らの経済領域内において適法に行う経済活動について、不当に介入、妨害又はその活動を阻害する行為を行わないものとする。
第4条(経済領域の尊重)
甲及び乙は、それぞれの経済的活動領域を尊重し、相手方の事業基盤、取引関係その他の経済的利益を不当に侵害しないものとする。
第5条(重火器等の取引に関する協調)
甲及び乙は、重火器、装甲戦闘車両その他これらに類する軍事用装備の販売及び供給について、両者間における過度な競争及び経済的摩擦を避けるため、可能な限り販売方針、供給体制その他必要な事項について協議し、相互に足並みをそろえるものとする。
第6条(協議)
甲又は乙が、相手方の経済活動に重大な影響を及ぼす可能性のある事業を行おうとする場合、両者は必要に応じて事前に協議し、経済的摩擦及び不測の衝突の回避に努めるものとする。
第7条(誠実協議)
本契約に定めのない事項又は本契約の解釈について疑義が生じた場合、甲及び乙は、相互の利益を尊重し、誠実な協議によってこれを解決するものとする。
第8条(契約の効力)
本契約は、甲乙双方が署名又は記名押印した日より効力を生じるものとする。
以上、本契約の成立を証するため、本書二通を作成し、甲乙各一通を保有する。
「…あぁ、以前契約した通りだ。これがどうした?」
「いえ、これのほかにも契約した内容があるはずです。」
デスポット顧客金融支援斡旋に関する協定書
デスポットオーナー 法条レイ(以下「甲」という。)と、カイザー社代表 カイザーPMC理事(以下「乙」という。)は、乙との契約に基づく経済的協力関係を強化するとともに、デスポットを利用する顧客への金融支援の円滑化を図ることを目的として、以下のとおり本協定を締結する。
第1条(目的)
本協定は、デスポットにおいて経済的又は金融上の支援を必要とする顧客に対し、乙が直接又は間接的に関係する金融機関を紹介・斡旋することにより、顧客の資金調達を支援するとともに、甲乙双方の経済的利益の獲得を図ることを目的とする。
第2条(金融機関への斡旋)
甲は、デスポットの利用者その他甲が関係する顧客のうち、経済的支援又は金融サービスを必要とする者に対し、本人の同意及び必要な手続を経た上で、乙が直属又は関係を有する金融銀行を積極的に紹介し、必要に応じて当該金融機関への斡旋を行うものとする。
第3条(相互利益)
甲及び乙は、前条に定める斡旋及び金融支援を通じ、顧客への経済的支援を実現するとともに、甲における顧客サービスの向上及び乙における金融事業上の利益の双方を追求するものとする。
第4条(顧客の意思の尊重)
甲は、顧客に対して特定の金融機関との契約を強制してはならず、最終的な金融サービスの利用及び契約の締結については、顧客自身の意思に委ねるものとする。
第5条(協議)
本協定に定めのない事項又は本協定の運用上疑義が生じた場合、甲乙は相互に協議し、双方の利益及び顧客の利益を損なわない形で解決を図るものとする。
第6条(独立性)
本協定は、甲乙間で締結されるその他の契約とは独立したものとし、本協定に明示されない事項については、別途締結された契約の定めによるものとする。
「そちらの企業に、金銭的支援を要する人物を、斡旋したのですが…どうやら行われなかったようで…こちらとしても、リピーターを失いましたから。こちらとしても、少しぐらい小言ぐらい言わせてほしいものです。」
「…それは、こちらの契約違反とでも言いたいと?」
「そう思うなら、そうなんじゃないですか?」
そういうと、彼はおもむろに不機嫌な様子を示す。
「まったく…どいつもこいつも…」とつぶやく声が聞こえたが、私はそれを無視して話を進める。
「では、単刀直入に言いましょうか…」
そういって、私は指を組み、体を前かがみにしてその機械的な頭に鋭い眼光を向ける。
「アビドス地区から手を引いてください。あそこの都市部は私…いえ、ガリシスの経済領域です。」
「アビドス地区から手を引いてください。あそこの都市部は私……いえ、ガリシスの経済領域です」
「……法条殿」
理事はしばらく黙っていたが、やがて低い声で返した。
「一つ、重要なことをお忘れではないか?」
「何でしょう?」
「アビドス自治区の土地は、すでに我々カイザー社が所有している」
「……ええ。知っていますよ」
私は即答した。
「アビドスの自治区が長年にわたって負債を抱え、その担保として土地の所有権がカイザー社へ移っていることも。その結果、あの自治区の土地について、法的にはカイザー社が強い権利を有していることもね」
「ならば話は簡単だろう」
理事が両手を組む。
「所有者が土地を利用する。何もおかしくはない」
「ええ。土地所有権だけを見ればね」
私は机の上の契約書を指先で叩いた。
「ですが、私が問題にしているのは土地の所有権ではありません」
「……何?」
「そこに存在する経済活動です」
私は淡々と続ける。
「土地を所有しているからといって、その土地で行われるあらゆる商業活動を自由に独占できるわけではないでしょう?」
「しかし、我々には土地を利用する権利が――」
「土地を利用する権利と、経済市場を独占する権利は別物です」
言葉を遮る。
「そもそも、カイザー社自身が私との契約において、相互の経済活動及び事業領域を尊重すると認めている」
私は第3条を指でなぞる。
「『相手方が自らの経済領域内において適法に行う経済活動について、不当に介入、妨害又はその活動を阻害する行為を行わない』」
理事は黙って契約書を見る。
「そして第4条。『相手方の事業基盤、取引関係その他の経済的利益を不当に侵害しない』」
私は顔を上げた。
「アビドスの土地を所有していることと、私たちが築いてきた経済圏を踏み荒らすことは同義ではありません」
「……随分と都合のいい解釈だな」
「契約というものは、都合のいい部分だけを読むものではありませんよ」
私は微笑んだ。
「双方に都合が悪い部分まで含めて読むものです」
「ならば聞こう」
理事が身を乗り出す。
「貴様の言う『ガリシスの経済領域』とは、具体的にどこまでだ?」
「都市部の商業施設、娯楽施設、既存の金融取引、そして私たちが継続的に取引している顧客網」
「つまり、アビドスの土地そのものではなく――」
「その上で形成されている市場です」
即答だった。
「カイザー社が土地を所有している。それは認めます」
レイは一度、言葉を切った。
「ですが、その土地を所有しているからといって、そこにいる人間の経済活動まで所有したことにはならない」
「……」
「それとも何です?」
私は僅かに首を傾げる。
「カイザー社は、土地を買ったついでに、そこで暮らす人間の商売まで買ったつもりですか?」
理事の機械的な顔が、僅かに俯いた。
「……なるほど」
「ええ」
「貴様は土地所有権そのものを争っているわけではない」
「その通り」
「我々が土地所有権を盾にして、貴様の事業領域へ進出することを問題にしている」
「ご理解が早くて助かります」
「そして、それを契約違反として扱う可能性がある、と」
「可能性ですよ」
レイは笑った。
「私は争いたいわけではありませんから」
「……では、何が目的だ?」
その問いに、レイは少しだけ目を細めた。
「簡単な話です」
「アビドスを舞台にして、カイザーとガリシスが互いの利益を奪い合うような状況を作りたくない」
「ほう」
「あなた方は土地を持っている。私は市場を持っている」
そして、静かに付け加える。
「だったら、互いに持っているものを尊重すればいいでしょう?」
理事はしばらく沈黙した。
やがて、低い声が部屋に響く。
「……法条レイ」
「はい?」
「貴様、最初からこの話をするために来たな?」
「さあ、どうでしょう」
「土地所有権を知らないふりをして、我々に撤退を要求したわけではない」
「もちろん知っていますよ」
レイは立ち上がった。
「だからこそ、土地所有権を認めたうえで、こちらの経済的権益を守るために交渉しているんです」
コートを整え、契約書を閉じる。
「私はカイザー社からアビドスを奪おうとしているわけではありません」
そして、最後に振り返る。
「ただ――」
「あなた方が所有している土地の上で、私たちが築いてきた商売まで奪われるのは困る」
「……」
「それだけですよ」
レイはそう言い残し、部屋を後にした。
扉を閉め、廊下へ出た瞬間。
「……やっぱり、無理でしょうね」
レイは小さく呟いた。
先ほどまで浮かべていた営業用の笑みは、もう消えている。
彼が契約を守るとは思っていない。
あの男は、契約書に記された文言よりも、自分たちの利益を優先する。こちらの主張を理解したうえで、それでも無視する可能性は十分にある。
むしろ――その可能性の方が高い。
レイは懐から先ほどの契約書の控えを取り出し、眺める。
「……まあ、だからこそ」
契約書を折り畳み、懐へ戻す。
「誓契は、使わなかったんだがね…」
今回の交渉において、レイは一切の神秘を行使していない。
言葉にも、視線にも、契約書にも。
何一つとして。
それは単なる節約でも、相手への配慮でもなかった。
「契約を守る気のない人間に、神秘を使ってまで契約を結ばせる意味なんてないでしょう」
彼女にとって神秘は、便利な交渉道具ではない。
ましてや、相手の意思をねじ曲げて成立させた契約など、レイ自身が認めるところの「契約」ではない。
だからこそ、今回はあくまで普通の商談として話した。
相手が自分の意思で応じるなら、それでいい。
応じないなら――それまでだ。
「……まあ、契約書そのものは無駄にはならない」
レイは歩きながら、口元を僅かに吊り上げる。
「『私はちゃんと話し合いに行きました』という証拠にはなる」
そして、ふと足を止めた。
「それに……」
窓の外へ視線を向ける。
遠くに見えるアビドス方面。
「あの人たちが動く時間を稼げれば、それで十分」
今回の交渉の目的は、カイザー社を完全に屈服させることではない。
アビドスから手を引かせられれば理想。
だが、拒否されても構わない。
重要なのは、カイザー社がレイとの交渉に時間を使っている間に、別の場所で盤面を動かすこと。
「さて……ミコトは、どう動くつもりなのかな」
レイは再び歩き始める。
神秘を使わなかった。
だからこそ、この交渉には何の強制力もない。
カイザーが契約を無視するなら、それは彼ら自身の意思によるものだ。
そして――
「契約を破るというのなら……」
レイは懐のリボルバーに触れる。
「こちらも、それに対する準備を進めるとしよう。」
その言葉だけを残して、彼女は高層ビルの廊下の陰に潜れば、そこに彼女の姿はなかった。
翌日の朝。
アビドス高等学校、対策委員会の部屋。
朝の陽射しが窓から差し込んでいる。
それなのに、部屋の中には妙に重たい空気が漂っていた。
机の中央に、一枚の書類が置かれている。
――退部・退学届。
その隣には、折り畳まれた一通の手紙。
先生、シロコ、セリカ、ノノミ、アヤネ。
集まった全員が、誰一人として口を開くことなく、それを見つめていた。
「…………」
最初に沈黙を破ったのはアヤネだった。
「……ホシノ先輩が、これを置いていったんですよね」
誰も答えない。
答えなど、分かりきっている。
昨夜から、ホシノの姿はない。
連絡もつかない。
そして今朝。
彼女の机に、これだけが残されていた。
セリカが拳を握りしめる。
「……なんで」
小さな声だった。
「なんで、勝手にこんなの置いていくのよ……」
シロコは何も言わない。
ただ、机の上の手紙をじっと見つめている。
普段なら真っ先に行動を起こす彼女が、今日は動かなかった。
ノノミもまた、いつもの笑顔を消していた。
「……ホシノちゃん」
ぽつりと、その名前だけを呟く。
先生は椅子に座ったまま、退部・退学届へ手を伸ばしかける。
だが――
触れる直前で、手を止めた。
「……」
読むべきなのか。
読まないべきなのか。
その判断すらつかない。
やがて、先生は隣に置かれた手紙へ視線を移した。
表には、簡素に一言だけ。
『対策委員会のみんなへ』
「……開けるよ」
誰も反対しなかった。
封筒を開き、便箋を取り出す。
紙が擦れる小さな音だけが、やけに大きく響いた。
先生が手紙を開く。
そこに書かれていた文字を見た瞬間――
シロコの耳が、僅かに伏せられた。
「……ホシノ」
彼女の声は、いつになく弱かった。
セリカも顔を背ける。
「……読むなら、早く読んで」
「……うん」
先生は便箋を持ち直す。
そして、そこに記されたホシノの言葉を、一文字ずつ追い始めた。
誰もが息を潜める。
その手紙が――
小鳥遊ホシノが、自分たちに残した最後の言葉になるかもしれない。
そんな予感だけが、部屋を支配していた。
先生が手紙を読み終える。
紙を机の上へ置いた、その瞬間だった。
「……こんなの」
セリカが震える声で呟く。
握りしめた拳が、わずかに震えていた。
「こんなの受け入れるわけないじゃない!」
椅子を蹴るようにして立ち上がったセリカが、机の上の退部・退学届を睨みつける。
「勝手にいなくなるなんて……そんなの、絶対に認めないから!」
「セリカちゃん……」
ノノミが心配そうに声をかける。
しかし、セリカは止まらなかった。
「だってそうでしょ!? 今まで一緒にやってきたのに……借金だって、学校のことだって、みんなでどうにかしようって――!」
その言葉が途中で途切れる。
彼女自身、ホシノが何を考えているのか理解できていない。
だからこそ、余計に腹立たしかった。
その横で、シロコが静かに手紙へ視線を落としていた。
しばらくして、彼女はぽつりと口を開く。
「……助けないと」
「シロコ?」
「ホシノを助けないと……対策委員会に兵力がかかる」
シロコはそう言いながら、自分のライフルへ手を伸ばす。
「私一人で行く」
「ちょ、ちょっと待ってください、シロコ先輩!」
アヤネが慌てて立ち上がった。
「落ち着いてください! 今はまず、足並みをそろえないと……!」
「でも、時間がない」
「それは分かっています! 分かっていますけど……!」
アヤネは机の上の書類へ視線を落とす。
ホシノの退部・退学届。
そして、彼女が残した手紙。
そこから読み取れるものは多くない。
だからこそ、焦って行動すれば取り返しのつかないことになる可能性もある。
「まず、ホシノ先輩がどこへ向かったのかを確認して、それから――」
「……いや」
それまで黙っていた先生が口を開く。
全員の視線が先生へ集まる。
「僕もホシノを探す」
その言葉に、シロコが小さく頷いた。
「うん。それがいい」
「先生まで……」
アヤネは困ったような表情を浮かべる。
だが、その時だった。
――ドォンッ!!
突然、遠くから地面を揺らすような轟音が響いた。
「っ!?」
全員が一斉に窓の方を振り向く。
続けて――
――ドォンッ!!
二度目の爆発音。
今度は先ほどよりも明確だった。
窓ガラスがかすかに震える。
「な、何……!?」
セリカが窓際へ駆け寄る。
「市街地の方……?」
アヤネが通信端末を取り出し、急いで外部カメラへ接続する。
モニターに映し出されたのは、アビドス市街地から立ち上る黒煙だった。
「……市街地で爆発を確認!」
アヤネの顔から血の気が引いていく。
「こちらに向かって、数百近いPMCの兵力が進行中!同時に、市街地を無差別攻撃をしています!」
「カイザーPMC!?なんでこのタイミングで…!?」
「お、応戦しないとです!!何はともあれ、アビドスが攻撃されているのを見過ごすわけには…!」
ホシノがいなくなったこの状況で、カイザーPMCがアビドスを攻めてきたという情報を聞いたセリカやノノミが動揺していると、シロコがすぐに立てかけていた銃を取り、すぐに行こう、と皆に呼びかけた。
「で、ですが、私たちで撃退するにはあまりに数が…!」
アヤネは戸惑った様子を見せながらも、民間人の避難を優先して行いましょう、とみんなに言ったその時、教室の扉が開き、その扉の先では機械の体をしたPMCの兵士がこちらに銃を向けていた。
シロコはそれをすぐさま制圧すれば、私たちは身を物陰に隠す。こちらに向かって走ってくる足音を聞き、学校にもすでに多数侵入されていることを察し、ひとまず学校に侵入した敵を即時撃退し、市民の安全の確保を最優先に私たちは戦闘を開始した。
市街地にいる民間人を避難させながら、先生の指揮するアビドスは市街地まで、敵戦力の制圧を行っていった。そして、その正面から彼らを迎えるのは、この兵士を束ねる、カイザーPMC理事であった。
「ふむ。学校までで出向こうと思ったのだが、お出迎えとは感心だ。」
そういって周りの兵士が銃口をアビドスの方に向けながら、堂々たる立ち姿で彼女たちの前に立っていた。
「これは何の真似ですか?企業が街を攻撃するなんて、いくらあなたたちが時の所有者だとしても、そんな権利はないはずです!」
「それに、学校はまだ私たちアビドスのものです!信仰は明白な不法行為!連邦生徒会に通報しますよ!」
そう各々から非難されるも、理事はそのどれもをむしろ、可笑しそうに肩を震わせる。
「…くくくっ、何を言っているのやら。」
理事は周囲を見渡した後、嘲笑するように言葉を続けた。
「連邦生徒会に通報だと?面白いことをいうじゃないか、今すぐにでもやってみたらどうだ?君たちはこの状況について、いままで何度も連邦生徒会に嘆願してきたのだろう?それで、一度でも動いてくれたことがあったか?」
その問いに対して彼女たちも黙り込んでしまう。
「なかったはずだ。なにせ連邦生徒会は今、動けないからな。」
「連邦生徒会でなくてもいい。今までフィデスの弁護士たちが、どこか他の学園が、君たちのことを助けてくれたことはあったか?…そろそろわかっただろう?」
誰一人、君たちに手を差し伸べるものはいない
そう告げられ、彼女たちは顔をしかめるが、もはや黙り込むしかなかった。
「アビドスの最後の生徒会メンバー、小鳥遊ホシノが退学した。アビドスの生徒会は、もう存在しないも同然。君たちはもう、何者でもない」
その理事の発言は最もだ。公的な部活、委員会、生徒会、自治区すらも失ったアビドスには、学校としての自立・存続はもはや不可能である。
それを理解している彼は、高笑いをしながら、アビドスの後者の方を向く。
「仕方ないな、この自治区の主人である我がカイザーコーポレーションが、あの學校を引き受けるとしよう。」
新しい学校の名前は「カイザー職業訓練学校」にでもしようか、という言葉を聞き、我慢できなくなったセリカは理事に向かって叫ぶように言う。
「生徒会がなくても、アビドスには対策委員会がある!!」
そんな言い分が通じるわけない、というが、同じく対策委員会のアヤネからそれを否定されてしまう。
対策委員会ができたころには、もうアビドスには生徒会がなかった。対策委員会が非公認の生徒会であることをしり、驚愕するセリカと、その真実こそが彼女たちの存在を示すものではないことを理事は告げる。
「だが喜べ。アビドスがなくなれば、君たちにはあの借金地獄から解放されるのだからな」
同刻、ホシノもまた、黒服から現在のアビドスの状況を見れられ、拘束されながらも鋭い視線を黒服に見せる。黒服がそもそも、カイザーの所属ではない、目的がキヴォトス最高の神とたびたび言われていた彼女自身であると、その真実と再び大人に騙されてしまったというその事実が、彼女の精神をすり減らしていく。
彼女を監禁したあと、部屋から出てくる黒服はその実験体の様子を見ていた彼女に話しかける。
「どうでしょうか?あなたの研究にも、有効活用できそうでしょうか?」
「さぁ?どうでしょうか…」
あまり気に入らない様子の彼女を見て、黒服は首をかしげる。
「おや?どこか気になる点でも?」
「…あれが本当にキヴォトス最高の神秘、というのか、少し疑問が生まれるほど、でしてね」
そのサングラスの奥から覗く赤い瞳が暁のホルスを見定めるように語る。
「もちろんあなたが彼女に固執する理由もわかりますが…とてもではないですが、今の彼女に神秘を引き出すことができるのかといえば、疑問が残りますね。」
「どうやら、あなたのお目金にはかなわなかったようですね。」
その言葉に彼女はにやりと笑い、それを隠すように鉄扇を開き口元に沿える。
「今、そうでないのなら、そうしてしまえばよいのでしょう?…あなたなら、見せてくれると信じでいますよ、黒服」
そういって彼女はちらりと黒服を横目に施設の出口に向かって足をすすめた。
もはや、戦う理由を失いつつあった。
カイザーPMCの理事が突きつけた言葉は、あまりにも現実的だった。
連邦生徒会は動かない。
他校も助けてはくれない。
そして、自分たちが守ろうとしている土地さえ、法的にはカイザーの所有物となっている。
それでも戦うのか。
何のために?
その疑念が、アビドスの生徒たちの胸を蝕み始めていた。
――その時だった。
ドォンッ!!
「!?」
北側から、凄まじい爆発音が響き渡った。
続けて、
ドォンッ!!
今度は東側。
さらに遠くから、銃声と怒号が重なって聞こえてくる。
「目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤島に、我が道のごとく魔境を行く…」
「それがあなたたち、覆面水着団のモットーではなかったの?」
煙の舞う中、そのなかから現れた四人組の先頭に立つ者は彼女らに語る。
「何をすればいいのかわからない、どうすればいいのかもわからない。やることなすこと、全部失敗に終わる…ここを潜りぬけたところで、この先にも逆行と苦難しかない…」
だからなんなのよっっっ!!!
便利屋68社長、陸八魔アルの片手で握ったスナイパーライフルから放たれた弾丸は、こちらに向かっていたヘリのエンジンに着弾し、そのまま落下した。
「仲間が聞きに瀕しているんでしょう!?それなのに、くだらないことばかり考えて、このまますべて奪われて、それで納得できるわけ!?あなたたちは、そんな情けない集団だったの!?」
そんな、力強い言葉がアビドスの彼女たちの心にも響いた。
まぁまぁとムツキはアルをなだめて、アヤネを慰める。
「ど、どうして便利屋の人たちが…」
「…まぁ、ある依頼でね」
そう答えたカヨコは少し気まずさをはらんだ声でそう答える。
「それにしても、私の可愛いメガネっ子ちゃんを中下罪は重いよ?だからもうこれは…」
「ぶっ殺すしかないよねぇ!!」
ハルカは爆弾のスイッチを握り、いつでも爆発できるようにしている。
カヨコは、この爆弾によって敵の増援を遮断。その間に敵の指揮官を無力化、指揮体形を崩壊させる、といった作戦を語る。
「本来なら、風紀委員会に使うはずだった戦術だけど、ま、予行演習ってことにしておこうか」
カヨコはにやりと笑い、その脇をアルが歩いて、理事に向かう。
「目を開けなさい。腑抜けた状態のあなたたちに今から、真のアウトローの戦い方を見せてあげるわ。」
そういって、ハルカに指示を出すと、再び爆発が生じる。
敵の兵士が吹き飛んでいくのを見て、満足げなアルに対して先生たちは若干今の状況を飲み込み切れていない様子だ。
「さぁ、今すぐ協業の時よ!あわせられるわよね、先生!?今こそ、真のハードボイルドを見せて―」
「社長!危ないって!!」
カヨコに急に声を掛けられ、えっ?、と間の抜けた声を上げると、ドォンッ!!
彼女たちのすぐ背後で爆発が起こった。
「きゃあっ!?」
爆風に煽られ、アルの髪とスカートが大きく翻る。
「なっ、何なのよ…」
「アルちゃんもしかして、興奮しすぎて無線聞いてなかったでしょ?」
ムツキにそういわれ、胸元に着けていた無線の存在を忘れていたことに気づく。
『……私は退けと、しっかり言ったぞ』
「…………」
ガガガガガガ――。
重厚な履帯が瓦礫を踏み砕く音が響く。
一同が振り返る。
土煙の向こうから姿を現したのは、一両の中戦車だった。
「戦車!?」
「いつの間に……!」
「ちょ、ちょっと待って!? あれ、こっちに来てない!?」
戦車は砲塔を旋回させる。
そして――
ズドンッ!!
砲口から放たれた砲弾が、カイザーPMCの部隊へと飛翔する。
遠方で爆発が起こり、敵部隊が大きく後退した。
『……だから、退けと言ったんだ』
無線から聞こえる声。
冷静で、どこか呆れたような声だった。
やがて戦車は先生たちの前まで進み出る。
洗練された装甲。
無駄のない車体設計。
そして、車体側面に大きく刻まれた文字。
――
「……ガリシス・レリクト?」
先生が呟く。
戦車はそのままアビドスの生徒たちの正面まで進み出ると、履帯の回転を止めた。
「……?」
アルたちが呆然と見つめる中、戦車上部のハッチが開く。
中から一人の少女が姿を現した。
ヘルメットを脱ぐ。
束ねられていた紫色の髪が解かれ、肩へと流れ落ちる。
少女は周囲を一瞥すると、何事もなかったかのように戦車から降りた。
そして――
「……レイ?」
先生が、その名を口にする。
法条レイは、ヘルメットを片手に持ったまま先生を見る。
「先日ぶりだね、先生」
「どうしてここに……?」
その全員を一通り見渡した後、レイは小さく息を吐いた。
「どうして、と言われましても……」
手にしていたヘルメットを脇へ抱え直す。
「少々、契約と利害関係の整理をしに来ただけですよ」
その言葉に、カヨコの表情が僅かに険しくなる。
アルは目を丸くしながら、レイと戦車を交互に見た。
「ちょ、ちょっと待って! あなた、戦車まで持ってるの!?」
「ええ。商売道具ですから」
「商売道具の規模じゃないでしょ!?」
ムツキが楽しそうに笑う。
「わぁ……レイちゃん、すっごいの持ってるねぇ」
「まあ、必要なものを必要なだけ揃えているだけですよ」
そう答えながら、レイは再びカイザーPMCの陣地へ視線を向ける。
その表情から、先ほどまでの穏やかさが消えた。
「さて……」
彼女はヘルメットを脇に抱えたまま、静かに言い放つ。
「ここからは、少々話を変えましょうか」
その声には、明確な敵意が込められていた。
その表情から、先ほどまでの軽さが消える。
手にしたヘルメットを戦車へ放り込む。
レイは戦車の横に立ったまま、カイザーPMCの理事を静かに見据えていた。
先ほどまで戦場に響いていた砲声が止み、周囲には不気味な静寂が漂っている。
そして、淡々と問いかけた。
「……これが、あなたたちの選択ということで、いいんですね? PMC理事」
理事の表情が険しくなる。
「貴様こそ、我らが自治区にてこのような暴挙――許されると思うなよ」
「……」
「大体、契約も――」
「契約?」
レイが言葉を遮った。
ほんの僅かに首を傾ける。
「これは、契約に則った正当な行為だったと思いますよ?」
「何だと?」
レイは懐から一枚の書類を取り出す。
それを軽く掲げた。
「ちゃんと契約書は読まないと」
理事の顔から、僅かに血の気が引く。
「……何を」
「あなた方が署名した契約書ですよ」
レイは書面へ目を落とす。
「こちらの条項には、契約履行に伴う施設・資産への接収権限について、明確に記載されています」
「そんなものは――」
「あります」
即答だった。
「しかも、あなた方自身が署名している」
レイは書面を閉じる。
「契約というものは便利ですね」
「口約束なら、あとからいくらでも言い逃れができますから」
そして、理事へ視線を戻す。
「ですが、書面に残した以上――そうはいかない」
理事が歯噛みする。
「貴様……最初からこれを狙っていたのか」
「まさか」
レイは涼しい顔で答える。
「私はただ、提示された契約書を読んで、署名しただけですよ」
一拍。
そして、僅かに笑う。
「読んだ上でね」
背後では、戦車の砲塔がゆっくりと旋回する。
レイは理事から視線を逸らさない。
「ですから、もう一度だけ確認しましょう」
「これは、あなたたちの選択だった――そういうことで、よろしいですね?」
理事は答えない。
レイはそれを見て、小さく息を吐いた。
「……ならば、こちらも遠慮する必要はありませんね」
彼女が踵を返す。
レイは戦場を見渡した。
カイザーPMCの部隊は未だにこちらへ銃口を向けている。
しかし、戦況はすでに変わっていた。
レイは無線機を取り出し、便利屋68へ通信を繋ぐ。
「……便利屋」
『は、はいっ!』
「依頼に則り、これより指揮系統を先生へ移します」
アルが目を丸くする。
「えっ!?」
レイは淡々と頷く。
「ええ。契約上、今回の依頼における作戦指揮権は、先生へ委譲することになっています」
そして、先生へ視線を向ける。
「私たちは援護に回ります」
レイが一歩下がる。
その背後で、中戦車の砲塔がゆっくりと旋回した。
「前線の突破、敵戦力の牽制、退路の確保――こちらで可能な限り引き受けます」
そして、先生へ告げる。
「あとは頼みますよ、先生」
「……分かった」
先生が頷く。
それを確認すると、レイは無線へ向かって最後に告げた。
「便利屋68――」
「今度こそ、依頼人の期待に応えてください」
『もちろんよ! 任せなさい!』
「……ふっ」
レイは小さく笑う。
そして敵陣へ向き直った。
「では、この場にふさわしくない不届き物には、退いてもらおうか」
戦車の砲塔が敵陣へ向く。
轟音とともに砲弾が放たれ、カイザーPMCの前線が大きく揺らいだ。
その隙に、先生を中心とした部隊が一斉に前進を開始する。