BlueArchive ―唯なる運命の特異点―   作:匿名

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Episode2 アビドスの黒い影

「こ……こちら、商品になります。ありがとうございました」

「うん、毎朝ありがとうねぇ~」

 

シャーレのオフィスビル一階、もはや私の第二の給湯室と化しているコンビニ『エンジェル24』。そこでいつものように朝食(とおまけの糖分)を買い込み、私は執務室へ続くエレベーターに乗り込んだ。

 

手のひらにぬくもりを伝える温かい缶コーヒーの蓋をパキッと鳴らして開け、独特の苦味を喉に流し込む。

熱い液体が胃に落ちるのと同時に、薄ぼんやりとしていた脳がカチリと「仕事モード」へ切り替わっていく。

 

「おはようございま~す……。って、まあ誰もいないんだけどね」

 

無人のメインロビーに、誰に聞かせるでもない挨拶を放り投げる。そのまま素通りして、重厚な扉に掲げられた『連邦捜査部長官執務室』のプレートを横目に自室へと入った。

 

白色のコートと帽子を壁に掛け、特注の豪華な椅子に深く腰を下ろす。

時計の針はまだ8時過ぎ。始業の9時まではまだ余裕がある。ここで静寂を楽しみながら二度寝に近い仮眠を取るのが、連邦生徒会時代からの変わらない私の日課だ。

 

午前九時。静まり返った『連邦捜査部長官執務室』に、始業を告げる電子音が響き渡る。

私のデスクに備え付けられた電話機は、私が椅子に座るのを待っていたかのように、次々と外線や連邦生徒会からの定時連絡を吐き出し始めた。

 

現在、シャーレには事務局の人間が一人もいない。当然、この膨大な電話対応も、鳴り止まないメールの処理も、すべては「長官」である私の仕事だ。

「はい……ええ、シャーレです。……その件は各学園の自治権に基づき、まずはヴァルキューレへ。……はい、お疲れ様です」

 

一息つく暇もなく、オフィスのほうに積まれている昨日のアビドス出張で溜まった書類の山を崩していく。

慣れ親しんだ連邦生徒会での事務作業と大差はないが、高度な判断が求められるため、ある意味適任だったのだなと思うこの頃である。

そんな中、私はふと、先生のデスクの脇にあるゴミ箱に目を止めた。

「……ん?」

中を覗き込めば、これ見よがしに丸めて捨てられた紙屑がいくつか。私はそれを拾い上げ、丁寧に皺を伸ばしていく。

 

そこには『モモフレンズ・限定フィギュア』、さらには『高級な盆栽』、果ては『用途不明のオーパーツ模型』といった、到底公費では落ちない、先生の個人的な趣味の「証拠」が並んでいた。

 

「……はぁ。あんなにユウカさんに絞られていたのに…懲りないね~」

 

私は呆れた溜息を吐きつつ、それを手慣れた手つきでファイリングした。

もちろん、先生を助けるためではない。後日、この領収書の束を「爆弾(証拠)」としてユウカちゃんに渡すためだ。彼女が満面の笑みで、あるいは般若のような顔でソロバンを弾く光景を想像すると、重苦しい事務作業も少しだけ楽しくなってくる。

 

時計の針が正午を過ぎた。

「ピコン」と通知音が鳴り、先生からアビドスでの「ラーメン屋の集合写真」が送られてくる。

幸せそうに麺を啜る彼らとなぜかキレてるエプロンを着たの姿を眺め、私は最後の一口になった冷めたコーヒーを飲み干した。

 

「青春だねぇ、先生。……でも、帰ってきたらちゃんと地獄(お説教)を見てもらうからね」

 

私は保存した写真を閉じ、午後のスケジュール――カイザーへの本格的な「調停」の準備へと意識を切り替えた。

 

 

〈✱〉

 

 

アビドスの夜は、昼間の熱気が嘘のようにひんやりとした空気が街を覆っていた。

セリカは大将に短く挨拶をして、店を後にする。

仲間たちが、あろうことかシャーレの先生を連れてバイト先に現れたことへの苛立ちは、店を出てなお収まる気配がなかった。

 

「みんなで来るなんて……騒がしいったらありゃしない。こっちは真面目に働いてるってのに、先生、先生ってチヤホヤしちゃって。ホント最悪、何なのよアレ……」

 

足早に帰路を急ぎながら、吐き捨てるように独り言が漏れる。

 

「ホシノ先輩、昨日の今日でわざと連れてきたに違いないわ。……ふざけないで。私がそう簡単に折れると思ったら大間違いなんだから!」

 

だが、セリカは気づいていなかった。人気のないゴーストタウンの闇に紛れ、蛇のように執拗な視線が自分を射抜いていることに。

 

「……ターゲットを確認。アビドス対策委員会、黒見セリカだ」

「準備はいいか。次のブロックで一気に捕縛するぞ」

 

赤色のジャケットを羽織ったリーダー格のヘルメット団員が、無線越しに冷酷な命令を下す。

 

セリカはふと足を止め、街を見渡した。街灯はまばらで、すれ違う人影など一人もいない。

「……前はここまでじゃなかったのに。治安も悪くなる一方だし……。このままじゃダメ、私たちが頑張らなきゃ。学校を建て直して、今月のバイト代が入ったら、まずは利息の返済に……」

 

その時、肌を刺すような違和感にセリカの髪が逆立った。

「――ッ!?」

咄嗟に銃を構えるが、それよりも早く、路地の影から無数の銃口が彼女を包囲した。

 

「……何よ、あんたたち」

「黒見セリカだな? 大人しくしてもらうぞ」

「カタカタヘルメット団? あんたたち、まだこの辺をうろついてたの。ちょうど良かったわ、虫の居所が悪かったのよ。二度とこの辺りに足を踏み入れられないようにしてやるわ……っ!」

 

応戦しようと引き金に指をかけた瞬間、背後から鋭い銃声が響き、セリカの肩を衝撃が突き抜けた。

「あぐっ……!?」

ひるんだ隙を逃さず、彼女の至近距離で特殊な榴弾が炸裂する。

 

(対空砲……? いや、この爆発音は……Flak 41改の……火力支援? どこから……そんな……ヤバい、意識が……)

 

脳を揺さぶる衝撃と、噴煙に混じった催涙ガスの前に、セリカの意識は急速に闇へと沈んでいった。崩れ落ちた彼女の体は手荒に護送車へと放り込まれ、夜の静寂を切り裂いて走り去っていった。

 

 

「……」

 

闇夜に溶け込むビルの屋上。わずかな街明かりが、法条レイの青紫色の髪を冷ややかに照らし出し、夜風がそれを不規則に揺らしている。

眼下で繰り広げられた、あまりに不格好で暴力的な「誘拐劇」。それを特等席から見下ろしていた彼女は、獲物を追い詰めた獣のような、あるいは極上の配牌を手にした博打打ちのような、薄い笑みを浮かべた。

すべては気まぐれな興味から始まった。だが、こうも都合よく「事件」が目の前で起きるとなれば、それはもはや運命の招待状と呼ぶべきだろう。

 

「まったく……"Was du heute kannst besorgen, (今日できることを)das verschiebe nicht auf morgen.(明日に延ばすな)"とは……このことだね。本当に、アビドスに来てよかった……」

 

彼女は指先でスマホの画面を滑らせ、登録された数少ない番号の一つ――鳳月ミコトの直通回線を選択した。

コール音は、二回を待たずに途切れる。

 

『……珍しいね。そっちから連絡なんて』

 

耳元に届くのは、書類を整理する微かな音と、どこか疲れの混じったミコトの声だ。

レイは夜風に遊ばれる髪を指でかき上げ、皮肉な笑みを深くした。

 

「鳳月。……今、アビドスの猫耳娘がヘルメット団に連れて行かれたよ」

『……! セリカちゃんのこと?』

 

ミコトの声に、一瞬で鋭い緊張が走る。レイはその反応を愉しむように、意識的に温度を抜いた声で言葉を継いだ。

 

「察しがいいね。だが、面白いのはそこじゃない。ただのチンピラが振り回していい火力じゃなかった。……あの組織的な捕縛、背後で糸を引いているのは間違いなく『やつ』――カイザーだ。さて、君の言うシャーレの先生が、教え子の絶体絶命にどう動くか……見ものだね」

 

『……レイ。まさか、ただ見てるだけじゃないでしょ? あなたのことだし、もう次の「手」は考えてるんでしょ……』

 

「フン。私はただの観測者(オブザーバー)だよ。……だが、そうだな。この『貸し』をどう清算させるか、あるいはこの混沌をどう収益に変えるか……。それを考えるのも、博打打ちの楽しみの一つだからね」

 

レイは通話を切ると、スマホをポケットに放り込んだ。

背後から、音もなく黒い羽が展開される。その羽に点在する虫食いのような穴から、冷徹な月光が不吉に透過し、彼女の影を屋上に歪に引き延ばした。

 

「さて、シャーレの先生……連邦生徒会長が残した『希望』。君がこれからおこる絶望的な盤面をひっくり返せるだけのチップを持っているのか……試させてもらおうか」

 

レイは躊躇なく屋上の縁から夜の闇へと身を投げた。

落下する重力。開かれた羽が爆ぜるような音を立てて空気を切り裂く。

彼女の姿は一瞬で夜霧の彼方へと消え、あとには乾いた砂の匂いだけが残された。

 

〈✱〉

 

ミコトからの『匿名通報』。それが法条レイによるものだとは露知らず、私はアヤネと共に夜の帳を切り裂くようにして走った。しかし、セリカの家には静寂だけが横たわっており、その不在が「最悪の事態」を雄弁に物語っていた。

学校へ戻り、私はセントラルネットワークへの不正アクセスという、ミコトに知られれば即座に雷が落ちるような禁じ手を使ってでも、セリカの足取りを追った。

 

一方、揺れる暗闇の中で目を覚ましたセリカは、絶望の淵に立たされていた。

隙間から見えるのは、月光に照らされた死の砂漠。電波も届かず、助けを呼ぶ術もない。

 

「……裏切られたって思うのかなぁ。誤解されたまま、みんなに会えないまま死ぬなんて……。そんなの……ヤダよ……」

 

強気な彼女の仮面が剥がれ落ち、溢れ出した涙が頬を伝う。アビドスを愛し、借金を返すために誰よりも泥臭く働いてきた彼女が、今、孤独な死の恐怖に震えていた。

 

涙が地面に落ちるよりも早く、夜の静寂は暴力的な爆発音によって粉砕された。

衝撃波がトラックの荷台をひしゃげさせ、セリカの体は重力から解放されて宙を舞う。砂の上に投げ出され、混乱する彼女の耳に、通信機越しではない「本物の」声が飛び込んできた。

 

「セリカちゃん発見!生存確認しました!」

 

砂を払い、顔を上げた視界の先に、差し始めたばかりの朝日の光を背負って駆けてくる見慣れたマフラーの少女が映る。

 

「こちらも確認した。……半泣きのセリカ発見」

「なっ……!? 泣いてない! 泣いてないわよ!!」

 

恐怖に支配されていた心に、いつもの、けれど今は何よりも愛おしい怒りの感情が灯る。

 

「なにぃー!?うちの可愛いセリカちゃんが泣いてただと!そんなに寂しかったの!ママが悪かったわ、ごめんねー!!」

「泣かないでください、セリカちゃん!私がその涙、綺麗に拭ってあげますから!」

「あーもう、うるさいってば!!違うったら違うの!黙れ――っ!!」

 

立て続けに到着した仲間たちの騒がしい声。

怒鳴り散らす肩が、安心感で小さく震えているのを誰もが気づいていた。

少し遅れてその輪に加わり、砂漠の冷たい風の中で、精一杯の安堵を込めて言葉をかける。

 

「よかった……無事で」

「な、なんで先生まで!?どうやってここまで来たのよ……!」

 

驚きに目を見開く彼女に、昨日の朝に言われた言葉を思い出し、少しだけおどけて見せた。

 

「伊達にストーカーじゃないからね。それに、攫われたお姫様(生徒)を守るのは、勇者(先生)の役目だから」

「バ、バッカじゃないの!?誰がお姫様よ!冗談やめて!!ぶん殴られたいの!?」

 

真っ赤になって拳を振り回す姿に、周囲の空気もようやく和らぐ。

 

「うへ、元気そうじゃーん?無事確保完了ー」

「よかった……セリカちゃん……私、セリカちゃんに何かあったんじゃないかって……」

 

安堵の溜息が漏れる中、手元の『シッテムの箱』が激しく震えた。表示された名前は――鳳月ミコト。

 

『先生!セリカちゃんは!?』

「大丈夫、もう身柄は確保したよ」

『……よかったぁ。でも先生、まだアビドス郊外の砂漠にいるなら油断しないで。恐らくすぐに包囲されます。こちらからは何もできませんので……どうかご無事で』

 

短く感謝を伝えて通信を切ると、即座に全員へ警戒を促す。

 

「先生の言う通り。戦術サポートシステムでトラックは制圧したけど、ここはまだ敵陣のど真ん中だから」

「だねー。人質を乗せた車両が破壊されたって知ったら、敵さんも黙ってないよ〜」

 

アヤネからも、敵の増援が包囲網を形成しつつあるという警告が入る。その言葉を証明するように、遠方から複数の重い駆動音が響き始めた。

畳まれていた重厚な盾をガシャンと展開し、前線へと踏み出す。

 

「それじゃ、せっかくだからこの包囲網、突破して帰りますかねー」

「……気をつけて。奴ら、改造した重戦車を持ってるわよ。火力が尋常じゃないわ」

「知ってる。Flak 41改良型――ターゲットは既に捕捉済み」

 

全員が同時に銃のボルトを引き、リロードの金属音が夜の砂漠に重なった。

私の指揮と、彼女たちの絆。これだけのチップが揃っていれば、どんな「負け戦」もひっくり返せる。

 

「行こうか!」

 

アビドス対策委員会の反撃が、今、始まった―

 

 

―というのが、

時計の針をさらに深く、闇の底へと巻き戻す。

アビドス対策委員会が砂塵を巻き上げて突入してくるよりも前、夜明けの気配すら拒絶するような深夜の帳の中でのことだ。

 

静まり返ったヘルメット団の臨時拠点――その中心部で、突如として紫色の鋭い閃光が爆ぜた。

轟音とともにコンクリートの壁が崩落し、もうもうと立ち込める白煙の中から、一人の人影が悠然と姿を現す。

 

法条レイは、口元に咥えた煙草から細く紫煙を吐き出すと、手にしていた数枚の書類を無造作にめくった。足元には、何が起きたのか理解する間もなく無力化されたヘルメット団員たちが転がっている。

 

「ふむ……。やはり、これは早めに手を打っておくべきか」

 

書類に記載されていたのは、件のターゲットに関すること。

その冷徹な文言をオッドアイの瞳でなぞりながら、彼女は不快そうに目を細めた。

 

「奴らの好きにさせとくのも、どうにも気に食わん……」

 

レイは片手でスマホを取り出すと、その書類の重要な箇所だけを淡々と撮影していく。その指先には迷いも焦りもない。

一通り記録を終えると、彼女は吸い殻を地面に捨て、まだ火を噴いている残骸の炎の中に、価値を失った書類をまとめて放り込んだ。

 

紙面が炎に巻かれ、黒い灰となって夜風に散っていく。

燃え盛る火を背に、レイは再び闇の中へと歩き出した。

 

「さて……舞台は整った。あとは、この盤面をどう動かしていこうか…」

 

不敵な笑い声が、誰にも届かないであろうアビドスの砂漠に、悪魔の嘲笑のように響き渡った。

 

それは、救済を待つ祈りの声でも、正義を叫ぶ勇者の咆哮でもない。ただ純粋に、混沌という名の盤面を支配し、強欲な者たちが積み上げた砂の城を崩そうとする「博打打ち」の愉悦。

 

「……フフ、ハハハッ!」

 

レイは暗闇に溶け込みながら、闇夜に翼を広げる。

その笑い声は、夜風にさらわれて砂塵へと消えていったが、彼女の瞳に宿る熱は冷めるどころか、さらに鋭く研ぎ澄まされていた。

 

〈✱〉

 

セリカを無事に救出し、私たちはアビドス高等学校へと帰還した。

連日の重労働と拉致のショックが重なったのか、セリカは保健室のベッドに倒れ込むようにして深い眠りについている。

 

対策委員会の教室では、重苦しい空気の中で今回の事件の事後処理が行われていた。

アヤネが解析し、ミコトが連邦生徒会のデータベースと照合した結果、驚くべき事実が判明する。

 

「回収された戦車の駆動系パーツ、および火器管制ユニット……これらはキヴォトス全域で使用が厳格に禁止されている違法規格品です。ただのヘルメット団が、自力で調達できる代物ではありません」

 

アヤネの言葉に、私は腕を組んで考え込む。

ヘルメット団という「格下」の背後に、巨大な資本と悪意を持つ「何者か」が潜んでいる。その流通ルートを辿れば、奴らがアビドスの土地に何を求めているのか、その真の狙いが見えてくるはずだ。

私は、これから始まるであろうさらに巨大な嵐に備え、慎重に策を練らなければならないと自分に言い聞かせた。

 

 

キヴォトスの夜を彩る高層ビルの最上階。

冷徹な眼差しで摩天楼を見下ろす大きな影が、忌々しげに舌打ちをした。

 

「……格下のチンピラごときでは、あの程度が限界か。主力戦車まで横流ししてやったというのに、このザマとは。無能な駒ほど高くつくものはないな。」

 

その人物の言葉に鼻を鳴らし、影は再び手元にある資料を指先で叩いた。

そこには、砂漠で再会を果たしたアビドス対策委員会の面々と、そして「先生」の姿が鮮明に記録されていた。

 

「ふむ……となると、目には目を。生徒には、同じ土俵の生徒をぶつけるのが定石か。……『専門家』に依頼するとしよう」

 

影は迷いなく受話器を取り、ある番号を呼び出した。数回のコールの後、受話器の向こうから、若く、それでいてどこか芝居がかった落ち着きを見せる少女の声が響く。

 

『はい。――世の不条理から、日常の些細な不満まで。金さえ積めばどんなことでも解決いたします。便利屋68です』

 

「仕事だ。……アビドスの『掃除』を頼みたい」

 

〈✱〉

 

Es ist vorbei(終わりだよ)

 

重厚な散弾の炸裂音が、ナイトクラブの喧騒を貫いた。

上階のVIPエリアで放たれたその轟音は、階下のフロアで踊り狂う群衆には、単なる低音のスパイスとしてしか認識されない。

 

その無機質な暴力すら、この場所――ブラックマーケットで最も「熱い」と称される『Deathpot』の熱狂に飲み込まれていく。

放たれた弾丸は肉を抉り、鮮血の飛沫をキャンバスのように壁に叩きつける。

 

誰が言ったか、『Deathpot』とは「死の在処」だと。

ここで執り行われる「ゲーム」において、参加者はある特別な契約に縛られる。たとえ頭上に神秘(ヘイロー) を冠する生徒であろうとも、その身に降りかかる鉛の弾丸は、かの脆弱な大人たるシャーレの先生と同様、等しく命の灯火を奪い得る――。

 

「起きろ。まだ……『ゲーム』は続いているぞ」

 

少し上ずった、愉悦の混じった声が響く。

頭上に設置された無機質な機械から、バチバチと火花を散らす高電圧の電流が放たれた。限界を超えた衝撃がプレイヤーの肉体を叩き起こし、強制的な蘇生を開始する。

 

キヴォトスの常識ではあり得ない現象。だが、彼女の持つ 神秘(能力) が、理不尽なまでの奇跡()を叶えていた。

法条レイ、彼女が自らの神秘に冠した名は 「契命」 。

 

彼女の眼前で結ばれたあらゆる契約を、世界の絶対的な「法」として定義し、契約者を逃れられぬ運命へと縛り付ける力。

それがどれほど強固な神秘への耐性であろうとも貫通し、通常であれば即死を迎えるような損傷ですら、死の直前の「仮死」というグレーゾーンに契約者を留まらせる。

 

世界の理すら再定義し、契約を絶対のものとする。それはまさに、この世界のテクスチャすら書き換えるに等しい力だった。

 

    "Denke über den Tod nach,spüre das Leben.(死を想い、生を感じろ)"。

 

その言葉に準ずるように、今日も彼女は自らに銃口を向ける。

硝煙の中で、レイは再び獲物へと銃口を向け、不敵な笑みを浮かべた。

生死の境界線で踊る、地獄のギャンブルが再び、はじける火花とともに再開された。

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