「全員、持っている武器を捨てて、その場に伏せて!」
照明がパッと復旧した銀行ロビーに、鋭い怒声が叩きつけられた。
声を上げたのは、狼の耳を覗かせた覆面姿の少女。その横では、同じく覆面を被ったネフティスの令嬢が、おっとりとした口調ながらも逃げ場のない銃口を群衆に向けている。
「言うことを聞かないと、痛い目にあいますよ~?」
ここはブラックマーケットで絶大な影響力を誇る、カイザー社傘下の銀行。
そして、その阿鼻叫喚の渦中に、私もいた。
ブラックマーケットでそれなりに名の知れたナイトクラブ『Deathpot』の謎のディーラー。
それが私の裏の顔だ。だが、今の私は、鳥を愛するあのトリニティの不審な生徒と同様に、紙袋を逆さまに被って銃を構えている。客観的に見れば、どこからどう見ても彼女たちの仲間――凶悪な「銀行強盗の一味」そのものだった。
「あ、あはは……皆さん、怪我しちゃいけないので……伏せてくださいね……」
引きつった声を出しながら周囲を牽制する少女の横で、私はリボルバーの重みを感じながら、心の中で激しく叫んでいた。
(どうして……どうして私がこんなことを――っ!!)
引き金にかけた指が、冷や汗で滑りそうになる。
なぜ、真っ当な(?)ディーラーであるはずの私が、アビドスの「覆面水着団」などという突飛な集団に混じって銀行を襲っているのか。
かつて生死を賭けた『ゲーム』を回していたこの手が、今や物理的に他人の資産を奪うための道具に成り下がっている。
時計の針を、数日前――すべての配牌が狂い始めたあの日へと巻き戻す。
〈✱〉
「いやぁー。悪かったってば、アヤネちゃーん。ラーメン奢ってあげるからさ、怒らないで、ねっ?」
「怒ってません……」
昼食時の柴関ラーメン。アヤネの機嫌取り……もとい、仲直りのための食事会に、私たちはまた足を運んでいた。
ホシノの情けない謝罪に、頬を膨らませて麺を啜るアヤネ。ノノミが母親のように彼女の口元をおしぼりで拭こうとするが、「赤ちゃんじゃありませんっ」と無下に拒まれている。そんな賑やかな光景を、私は少し離れたカウンター席から静かに観察していた。
(……あれがアビドスの対策委員会の生徒とシャーレの先生。先日の戦いでチンピラとはいえ、三大校の戦闘組織にも並ぶ戦闘能力を見せた生徒たちに、キヴォトス唯一の大人であり、有能な指揮官……)
手元に提供されたラーメンの麺を啜りながら、私は思考を巡らせる。
ちなみに、このラーメンはなかなかの味だった。こんな砂に埋もれかけた街でこれほどのクオリティに出会えるとは、やはりアビドスも捨てたものではないなと納得する。
「ごめんなさい、騒がしくしてしまって……。あれ、うちの学校の子たちで」
注文を取りに来た猫耳の少女――セリカが、申し訳なさそうに私に頭を下げる。
「あぁ、全然構わないよ。それにしても、このラーメンは美味しいね」
「そうだろう? お客さん、初めてだったかい?」
厨房の奥から、柴犬の姿をした大将が気風のいい声をかけてくる。
「はい、アビドスに来る機会もあんまりなくて」
適当に言葉を返しつつ、私は入り口の扉が開く音に意識を向けた。
現れたのは、おどおどとした様子の紫髪の少女。ハルカと呼ばれたその子は、メニューの「安さ」を確認すると一度店を出て、すぐに三人の連れを伴って戻ってきた。
赤いコートを羽織り、不敵な(しかしどこか危うい)笑みを浮かべたリーダーらしき少女――アル。
ポニーテールを揺らし、悪戯っぽく笑うムツキ。
そして、パーカーに身を包み、鋭い目つきで周囲を観察するカヨコ。
(……『便利屋68』。噂の専門家(プロ)というわけか)
彼女たちが注文したのは、ラーメン一杯。それを四人で分け合うという、涙ぐましい経済状況だった。
しかし、ここでセリカという少女の「甘さ」……あるいは「お節介」が炸裂する。
「お金がないのは罪じゃないよ! 胸を張って! お金は天下の回りもの、ってね」
借金九億円を背負う学校の生徒が言うと、その言葉には奇妙な説得力があった。セリカが厨房に駆け込み、大将と目配せをする。運ばれてきたのは、器から麺が溢れ出しそうな、優に十人前はあるであろう「一杯のラーメン」だった。
「ちょっと手元が狂っちまってな、量が増えちまったんだ」
大将の粋な計らいに、便利屋の面々が目を丸くする。やがて隣の席のアビドス勢――特にノノミが彼女たちの輪に加わり、経済的苦境にある生徒同士、奇妙な連帯感が生まれ始めていた。
(……平和だねぇ。自分たちがこれから、その隣で笑い合っている連中を「掃除」しなきゃならないとも知らずに)
カヨコという少女だけは、どこかこの状況に違和感と危機感を抱いているようだが、アルの「想定内よ!」という虚勢に飲み込まれている。
さて、そろそろ潮時か。
私は最後の一口を飲み干し、旱煙管(ひきせる)を懐にしまった。
「大将、ごちそうさん。会計をお願いできるかい?」
「あいよ、セリカちゃん、レジ頼めるかい?」
「わかりました!」
セリカがレジに向かう。私は立ち上がり、コートの襟を正した。
レジで支払いをするその瞬間、私は意図的に、隣のテーブルに座っていた「先生」へと視線を流した。
一瞬、視線がぶつかる。
私のオッドアイ――サングラス越しでも伝わるであろう、獲物を見定める猛獣のような眼差し。先生の背筋が微かに凍りつくのが私の目に映る。
そのことに気づかず、続けて楽しそうにラーメンを分け合う生徒たちを冷ややかに一瞥し、私は店員に背を向けた。
「また来るよ、大将。そう遠くないうちにもう一回」
「おう、いつでも待ってるぜ」
店を出ると、アビドスの乾いた熱風が髪を揺らした。
背後からは、まだ賑やかな笑い声が漏れ聞こえてくる。
(今一度、確かめておくか…)
私はとある場所に向かうために、店先に停めてあったオフロード仕様のバイクに跨った。エンジンの咆哮が砂漠の静寂を切り裂き、私は砂塵のまう寂れた町を加速していく。
〈✱〉
「ふぅ…いい人たちだったわね」
ラーメンを食べ終わり、アビドスの連中と別れて早々、我らが便利屋68の社長はそんなことを言い出した。満足げな表情を見て、もしやとは思ったが、やはり彼女は気づいていなかったらしい。
ムツキはイジるチャンスと言わんばかりに、口角を上げている。
「社長。…あの子たちの制服、気付いた?」
「えっ?制服?何が?」
予想通りの返答に、私は思わず額に手を当てた。続けてムツキが社長の右側からひょこっと顔を出し、ニヤニヤと笑う。
「アビドスだよ、あいつら」
その言葉を聞いた瞬間、社長は歩いていた足を止め、沈黙した。数秒の空白の後、彼女は突然目を大きく見開き、叫んだ。
「ななななっ…何ですってーーーー!?」
デフォルメ化すれば、間違いなく白目を剥いているだろう表情だ。ムツキはその反応にとてもご満悦そうだが、私は深くため息を吐いた。
「えっ?そ、それって私たちのターゲットってことですよね?わ、私が始末してきましょうかっ!?」
この中で一番好戦的、というより暴走気味なハルカが銃に手をかける。
「あははは!遅い遅い!どうせもうちょっとしたら攻撃を仕掛けるんだし、その時暴れよっ、ハルカちゃん」
ムツキが宥める。私も同意見だ。あそこで交戦するのはリスクがありすぎる。一方、社長はというと……。
「う、嘘でしょ…あの子たちが?アビドスだなんて…う、うぅ…なんという運命のいたずら…」
完全に自分の世界へ入ってしまっていた。
「何してんの、アルちゃん。仕事するよ? 」「バイトのみんなが、命令が下るのを待ってる」
私たちがそう言っても、未だその目は明らかに正気を失っている。
「あはは…心優しいアルちゃんに、この状況はちょっとキツイね」
ムツキの言葉通りだ。社長は洋風の映画に出てくるようなハードボイルドに憧れているが、基本はお人好しだ。それが彼女のいいところでもあるのだが、彼女の望むハードボイルド像とは似ても似つかない。
「『情け無用』『お金さえもらえれば何でもやります』がうちのモットーでしょ?今さら何を悩んでいるの?」
「そ、そうだけど…」
助けられた恩もあり、昨日のヘルメット団のようにはいかないらしい。完全に参っているようだ。
「こ、このままじゃだめよ、アル!一企業の長として、このままじゃ!」
自身を奮い立たせるように彼女は頬を叩き、足早に歩き出した。ハルカが慌てて後を追い、ムツキと私はその背中を追う。
「そういえば…ムツキ、気づいた?」
「ん?何が〜?」
「ラーメン屋で、カウンターに座ってた…」
私が社長に気づかれないような小声で囁くと、ムツキもそれを察したようで、黙って首を縦に振った。
「あの人、最近私たちのことをずっと探ってるよね」
「多分あの感じ、ブラックマーケットの人間だね」
「アルちゃんは気づいてないっぽいし…特に私たちにとって不利益もないしね〜」
「警戒だけはしておこうか」
私たちはそう話し合い、ひとまず直近の課題に集中するように、前の彼女たちを追いかけていった。
〈✱〉
「校舎より南15km地点付近で大規模な兵力を確認!」
アヤネがモニターを指し、その声が弾む。
学校外へ展開させていた偵察ドローンの映像が、司令室のモニターに投影される。
「まさか、ヘルメット団が?」
シロコがライフルを拾い上げ、警戒の色を強める。
「ち、違います!ヘルメット団ではありません!…傭兵です!恐らく日雇いの…実戦経験が豊富な部隊です!」
アヤネの報告を聞き、それまでうつ伏せで休んでいたホシノが、すっと体を起こした。
「へぇ〜傭兵かぁ。結構いいギャラ、払ってるんだろうねぇ」
「これ以上接近されるのは危険です!先生、出動命令を!」
私がタブレットを操作し、作戦領域を表示させる。皆が戦う準備を整えるのを見届け、私は短く告げた。
”よし…全員、出動だ!”
〈✱〉
アビドスの校舎屋上。私は人知れず、校門の前で便利屋を待ち受けるアビドスの一同を眼下に見下ろしていた。
身に着けているのは、先ほどラーメン屋で着ていた服装そのままだ。顔にはディーラーを表す仮面を被っている。もし正面から顔を合わせたとしても、正体がばれることはないようにしているため……まあ、一応持ってきた愛銃にその機会は巡ってこないはずだ。
私は双眼鏡のレンズ越しに眼下の状況を追いつつ、耳に仕込んだイヤホンで、ラーメン屋で「先生」のポケットにこっそりと潜り込ませた盗聴器からの音を拾っていた。
「前方に傭兵を率いている集団を確認!」
アヤネの緊迫した声がイヤホン越しにも響く。対峙した便利屋の一団を認め、ネフティスの令嬢が驚きの声を上げた。
「あれ…ラーメン屋さんの…?」
便利屋の社長は、その指摘に「マズイ」と言わんばかりに表情を強張らせる。
「誰かと思えばあんたたちだったのね!!ラーメンも無料で特盛にしてあげたのに、この恩知らず!」
セリカが怒りを露わにする。
……それに関しては本当にそうだ。私だって…いや、何を考えているんだ。ラーメン屋のバイト娘の言っていることは、至極真っ当だというのに。
「あははっ、その件はありがと。でも、それはそれ、これはこれ。こっちも仕事でさ」
ムツキが軽薄に笑い飛ばし、カヨコが冷徹な視線を投げる。
「残念だけど、公私を混同するわけにはいかないわ。受けた仕事はきっちりこなす…」
(なるほど…やはり便利屋の支柱はあの二人か。あのポンコツ社長もだが、彼女ら二人が便利屋を『便利屋』たらしめている。特に鬼方カヨコか…良い人材を持っているな…)
「…なるほど。その仕事っていうのが、便利屋だったんだ」
狼耳が敵意を隠さずライフルを構える。
「もう!学生なら、他にもっと健全なアルバイトがあるでしょう?それなのに便利屋なんて!」
彼女の指摘ももっともだ。だが、今のゲヘナではまともなバイトなど望むべくもない。
風紀委員会を筆頭に、美食研究会や温泉開発部など、ネジが飛び散った組織ばかりだ。
彼女らはその中でも、まだ常識的な部類に入るだろう。
……まあ、私が言えたことでもないが。
「ちょっ、アルバイトじゃないわ!れっきとしたビジネスなの!肩書だってあるんだから!」
アルは胸を張り、自信満々に叫ぶ。
「私は社長!こっちのムツキが室長で、こっちのカヨコが課長!」
各々の肩に手を置いて自慢する姿は、大人に憧れる子どものようだ。……実際そうなのだが。
「……はぁ。社長、ここでそういうことを言っちゃうと、余計に薄っぺらさが際立つわよ」
対するカヨコはため息をつき、現実を突きつける。彼女はポケットに手を突っ込み、けだるげな態度を装いつつ、アビドスの生徒たちの力量を冷静に分析しているようだった。
「誰の差し金?…いや、答えるわけないか…。力尽くで口を割らせるしかないね」
シロコがライフルのボルトを叩き、戦闘の意志を固める。アビドスの面々からは血気盛んな空気が漂うが……便利屋側も同様らしい。
「ふふっ…それはもちろん企業秘密よ。総員!攻撃!」
アルの号令を合図に、少人数精鋭のアビドスと、多数の傭兵を率いる便利屋との決戦が幕を開けた。
「ふっ……やるじゃない!」
「そっちこそ。でも、傭兵ももう底をついてるんじゃないの〜?」
この戦い、ハッキリ言ってアビドスが優勢だ。
先ほどからあの『先生』とやらの戦闘指揮を盗聴しているが、まるで私のように高所から戦況のすべてを見通しているかのように正確で、無駄がない。
その指揮のおかげか、小鳥遊ホシノも本来の出力を隠そうともせず暴れている。
加えて、あの狼耳をした娘のドローン運用、そして眼鏡をかけた娘の的確な後方支援。便利屋にとって、この連携は相当に苦しいはずだ。
だが……面白い。傭兵たちが次々と無力化されていく一方で、あの便利屋のメンバーは未だ誰一人として戦闘不能に陥っていない。そちらも圧倒的な戦闘能力…
ここからが、私の見たい『ゲーム』の核心―
キーンコーンカーンコーン――
「あっ、定時だ」
傭兵の一人が無造作に時計を確認し、隣の仲間に声をかける。
「今日の日当分はここまでだね。後は自分たちで何とかして。みんな、帰るわよ」
気絶して倒れ伏している仲間を無造作に担ぎ上げ、彼らはあろうことか、まだ戦闘が続いているというのに戦線を離脱し始めた。
「は、はぁ!?ちょ、ちょっと待ってよ!!」
あの赤コートの社長が声を荒らげるものの、傭兵たちは背中も見せずに去っていく。そのあまりのプロ意識(?)に、私は思わず口角が上がった。
社長の引き留める手は空を切り、戦場には便利屋の一団とアビドスの生徒たちだけが取り残された。
カヨコらしき黒髪の少女が、唖然として冷や汗を垂らしている。ムツキらしき娘も焦りを見せていた。
「こりゃヤバいね。まさかこの時間まで決着がつかないなんて…社長?どうする?逃げる?」
社長はプライドと生存本能の間で激しく葛藤した末、捨て台詞を吐いて踵を返した。
「こ、これで終わったと思わないことね!アビドス!!」
「待って!…あ、行っちゃいましたね」
「うへ〜、逃げ足早いね、あの子たち」
イヤホン越しに聞こえる、背の高い令嬢の拍子抜けした声と、ピンク髪の寝ぼけ眼の少女の気だるげな呟き。
「…詳しいことはわかりませんが、敵兵力の退勤…いえ、退却を確認」
眼鏡をかけた事務方の少女の声を聞き、私は双眼鏡をポケットに突っ込んだ。
長居は無用だ。あのアビドスの最高戦力に目をつけられる前に、校庭とは反対側の柵へ足をかけ、誰にも気づかれることなく校舎から姿を消した。
「困りましたね、妙な便利屋にまで狙われるとは、先が思いやられます。一体何が起きているのでしょうか…」
イヤホンからは、まだ彼女たちの会話が続いている。
「まぁ、少しずつ調べるとしよう。まずは社長のアルって子の身元から洗ってみたら?何か出てくるよ、きっと」
「はい。皆さん、お疲れ様でした。一旦、帰還してください」
どうやら彼女たちも撤収するらしい。タイミングは完璧だ。
「先生、ちょっと…」
ふいに、ピンク髪の寝ぼけ眼の少女の声がイヤホン越しに響く。
その直後、何かが布に触れるような音と、ブツッという乾いたノイズ。
私が仕掛けた小さなチップが、彼女の手によって物理的に破壊された音だと、瞬時に理解する。
(……流石というべきかねぇ。アビドスの最高戦力……いや、キヴォトス最強の一角、小鳥遊ホシノ)
私は苦笑しつつ、イヤホンを外して耳から放り捨てた。
私のバイクが、砂漠の静寂を切り裂くように咆哮を上げる。
これで少しは『先生』とやらも警戒するだろう。だが、盤面はまだ動き出したばかりだ。
私はアクセルを回し、再びあの混沌とした
〈✱〉
その翌日…。
アビドス校門前。
現金輸送車に乗り込むカイザーローンのロボットを、アビドスの面々は見送っていた。
「はぁ、今月も何とか乗り切ったねー」
「完済まであとどれぐらい?」
「309年返済なので…。今までの分を入れると…」
「言わなくていいわよ。正確な数字で言われるとさらにストレス溜まるし。どうせ死ぬまで完済できないんだし!計算してもムダでしょ!!」
セリカの悲痛な叫び。ノノミが不思議そうに首を傾げる。
「ところで、カイザーローンはなぜ現金でしか受け付けないのでしょうね?わざわざ現金輸送車まで手配して…」
シロコが何かを閃いたような顔をする。
「シロコ先輩、あの車は襲っちゃダメだよ」
「うん、わかってる」
「計画もしちゃダメ!」
「……うん」
シロコが少し凹んでいるのを見ながら、ホシノが促す。
「ま、とりあえず先に解決するべきは、目の前の問題の方でしょ。とにかく教室に戻ろう」
私たちは重い足取りで校舎内へと戻った。
会議室。休憩を挟み、アヤネが議長として状況整理を開始する。
「最初に、昨日の襲撃の件です。私たちを襲ったのは『便利屋68』という部活です。ゲヘナで悪名高い、危険な生徒たちの集団で…。リーダーの名前は「陸八魔アル」。自らを『社長』と称しています」
アヤネの説明は詳細を極めていた。ムツキたち四人の構成、肩書――室長、課長、そして「平社員」まで。
「いやぁ〜、本格的だね〜」
「社長さんだったんですね!すごいです!」
「いえ、あくまで『自称』なので……今はアビドスの肩書……いえ、エリアにまで入り込んでいるようです。今朝も会いましたし」
アヤネの口調には、明らかに怒りが再燃していた。ミコトから聞いた「ゲヘナの生徒はだいたいもれなく
「次はとっ捕まえて取り調べでもするか〜」
「はい、機会があればぜひ……」
今日のアヤネは、いつも以上にアグレッシブだ。
「続きまして、ヘルメット団の黒幕についてです!手に入れた兵器の破片を分析した結果……現在は取引されていない型番だということが判明しました」
「もう生産していないってこと?」
「それをどうやって手に入れたのかしら」
アヤネは地図の外れを指差した。
「生産が中止された型番を手に入れる方法は……キヴォトスでは「ブラックマーケット」しかありません」
ブラックマーケット。ミコトに「一人では絶対に行くな」と口酸っぱく言われている場所だ。便利屋68もそこで活動しているらしい。事態は確実に、より危険な領域へと踏み込んでいるのを感じていた。
『それ…ぁあブラック…ーケットに出発だ―!』
小鳥遊ホシノの声とともにガタガタと準備をしているであろう音が右耳に入る。
「……」
イヤホンを外し、椅子の背もたれに深く体重を預ける。
昨日の襲撃時、シャーレの先生につけた盗聴器を見つけられた際のバックドアとして、どさくさに紛れて対策委員会の教室に仕込んでおいた盗聴器。
それが拾い上げた情報を咀嚼し、私は一つ溜息をついた。
ヘルメット団から得た情報、カイザーに纏わりつく巨額の負債。……嗅ぎ取ったのは、明白な闇の世界の匂いだ。だが、立ち止まるという選択肢は最初から用意されていない。どちらにせよこの泥沼への介入は、逃れられぬ運命だったのだ。
胸ポケットから最後の一本を取り出し、火を灯す。吐き出した紫煙が淀んだ天井へと溶けていく。視界が薄く白んでいく中で、私はテーブルの中央に置かれたリボルバーへと手を伸ばした。
掌に伝わる、ずっしりと重い金属の冷たさ。
私は迷いなく、その銃口をゆっくりと自身の眉間へと据える。
「フゥ……」
覚悟と共に、トリガーを絞る。
――カチリ。
乾いた空虚な音が、静まり返った部屋を支配した。シリンダーが一つ分、虚しく回転する。
「……どうやら、今日はまだ“運”が残っているらしい」
首筋を伝う冷や汗を拭いもしないまま、私は口角を無理やり引き上げた。死神に拒絶された安堵か、それとも嘲笑か。
コートの懐にリボルバーを滑り込ませ、机の上に仮面を置いて背を向ける。
『Deathpot』の重厚な扉を押し開くと、未だ薄明の光に包まれたブラックマーケットの冷気が、私の顔を打った。