BlueArchive ―唯なる運命の特異点―   作:匿名

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作者「連邦生徒会編かなり重そうだな―、こりゃ設定多少リペアだ。うーん、何とかなれー!」


Episode5  ん、銀行を襲う

前回のあらすじ

私、法条レイは、あろうことかアビドス高等学校およびシャーレの『先生』と接触、行動を共にすることになった。

え? 名前が違う、だと? まぁ、偽名なんてのはこの街のドレスコードのようなものだ。しばらくは『フォン』と呼ばれることになるだろうが、それも悪くない。

 

時は少し進み、現在――。

 

アビドスの生徒らが追っている「違法な流通物」の手がかりを探し、私たちはブラックマーケット中を歩き回っていた。

一旦の区切りがついたところで、ネフティスグループの令嬢……ノノミの提案もあり、私たちは路地裏のたい焼き屋で足を止め、一時休憩を取ることにした。

 

彼女は「私がおごりますよ~」などと豪勢なことを言ってくれたが、流石に今日知り合ったばかりの余所者が、女子高生に財布を預けるわけにもいかない。そこは丁重に断り、自分の分は自分で買い揃えた。

 

アビドスの面々が賑やかにたい焼きを頬張っている隙に、私は手元の端末でミコトへ連絡を入れる。

ついでに、シャーレの先生が銀髪の狼娘に勧められるがまま、たい焼きを口に運んでいる光景や、アビドスとトリニティの生徒が和気あいあいと食事をしている様子をこっそり撮影して送信してやった。

 

即座に『いいな〜美味しそう、ずるい!』などと、緊張感のない返信がミコトから飛んでくる。

私は画面の中の彼女へ向けて、心の中で中指を立てながら、熱々のたい焼きを頬張る自撮り画像を送りつけて返信に代えた。

 

そうこうしているうちに、食べ終えた「へんてこ鳥好き」のトリニティ生――ヒフミが、現在の状況に対して不安げに首を傾げていた。

 

「しかし……ここまで情報がないなんてありえません。妙ですね……」

 

「確かにね。戦車の情報なんて、本来ならもっと早く耳に入ってくるはずだ。絶対にどこかには流れているはずなのに、数時間歩き回っても尻尾すら掴めない。……これは、かなり不自然だ」

 

私がそう言うと、ヒフミは「そうですよね……」と深刻そうに頷いた。

 

しかし、驚いているのはこちらの方だ。

どうしてただのトリニティの一般生徒が、ここまでブラックマーケットの「情報の回り方」について深く理解しているのか……。

阿慈谷ヒフミ。この少女、やはりただの「ヘンテコ好き」ではなさそうだ。

 

「販売ルート、保管記録…全て何者かが意図的に隠しているような、そんな気がします。いくらここを牛耳っている企業でも、ここまで想定してブラックマーケットを統制することは不可能なはず…」

 

彼女の指摘は鋭い。だが、それに近い芸当を平然とやってのける組織に、私は心当たりがある。もちろん、それをわざわざこの場で私が教えてやる義理はないのだが。

 

「それって、そんなに異常なことなの?」

セリカが不思議そうに首を傾げる。

 

「異常というより、『普通ここまでやるか?』という違和感だな。ここにある企業の多くは、自分たちが悪いことをしている自覚がある。だからこそ、変に隠蔽して余計なコストをかけるような真似はしない。もちろんそれが外に出て利益を損なうとなれば話は別だが…」

 

自分のことを棚に上げた物言いだが、彼女たちには知る由もない。

「例えば、あそこのビル。あれがブラックマーケットに名を馳せる『闇銀行』です」

ヒフミが指差した先には、周囲を威圧するようにそびえ立つ無機質な建造物があった。

 

「ブラックマーケットで最も大きな銀行の1つです。聞いた話だとキヴォトスで行われている犯罪の15%の盗品があそこに流されているそうです…」

「犯罪で得た汚れた金が、あそこで新たな兵器に姿を変え、また次の犯罪に使われる。まさに悪循環の震源地だ。……キヴォトスの犯罪のほとんどはここから始まると言っても過言じゃない。……にしても、君は本当になんでそんなことまで知っているんだ……?」

 

思わず漏れた私の独り言に、ヒフミは困ったような、どこか曖昧な苦笑いを返すだけだった。やはり、深く追求されたくない事情があるように見える。

 

「……そんなの、銀行が犯罪を煽っているようなものじゃないですか」

 

「その通りです。というより、この場所においては、銀行そのものが巨大な犯罪組織なんです」

 

アビドスの生徒たちが、一様に言葉を失い、沈黙した。初めて目の当たりにする「外の世界」の剥き出しの理。これこそがブラックマーケットの真実であり、彼女たちがこれから足を踏み入れる世界の深淵なのだ。

「ひどい! 連邦生徒会は一体何やってんのよ!?」

 

真っ先に声を上げたのは、ラーメン屋のバイトに精を出している猫娘――セリカだった。彼女たちの怒りや戸惑いはもっともだが、それが現実だ。

 

(やれやれ。災難だね、ミコト。あんな「器用貧乏」が撒き散らした火種の後始末を、私たちが押し付けられることになるなんて。)

 


 

一方その頃…

「ハ、ハックシュンッ!! ……んぅ、流石に連日の残業が祟ったかな。風邪……じゃないといいんだけど。とりあえず、さっさと今日の分の仕事を片付けちゃわないと……」

 

シャーレ、連邦捜査長官室。

山積みの書類の山に埋もれながら、一人の少女が力なくペンを走らせていた。

 


 

『お取り込み中失礼します。武装した集団がそちらに接近中……!』

 

アビドスのドローンから投影されたアヤネのホログラムが、緊迫した声を上げる。その報告と同時に、アビドスの面々は弾かれたように警戒態勢に入った。

 

騒がしくなった街路の先、組織立って接近してくる重武装の集団を認め、私は思わず「マーケットガードか……」と呟いた。

 

「マーケットガード?」

ノノミが小首を傾げる。それに答えたのは、鳥好きのトリニティ生だった。

 

「先ほどお話しした、このマーケットにおける治安機関の中でも最上位の組織です! 見つかる前に急ぎましょう!」

 

彼女の言葉に従い、私たちは近くのコンクリートの物陰へと身を潜めた。

息を殺して様子を伺っていると、マーケットガードたちは戦車並みの装甲を施された護送車を幾重にも取り囲んでいる。どうやら、極めて重要な「積み荷」を護衛しているようだ。

 

車が闇銀行の正面に停止すると、厳重に警戒されたハッチが開き、職員と銀行員たちが現れた。彼らは事務的に書類へ署名し、手慣れた様子で重厚なアタッシュケースを銀行の中へと運び込んでいく。

 

「もしかして……あれって……」

 

シロコが低い声を漏らす。アビドスの連中も、その光景が意味する残酷な真実に気づいたようだ。自分たちが血の滲むような思いでカイザーローンへ返済し続けてきた「利子」が――巡り巡って、このブラックマーケットの闇銀行に集積されているということに。

 

「か、カイザーローンですか!?」

誰かが漏らしたその名を聞いて、ヒフミが驚いたように身を乗り出した。

 

「ヒフミちゃん、知ってるの?」

ホシノが目を細めて尋ねる。

 

「カイザーローンといえば、あの有名な『カイザーコーポレーション』が直接運営する、高利貸しの金融業者です……。そんなところと契約しているんですか……?」

「有名な? まずいところなの?」

シロコの問いに、私は肩をすくめて補足を入れた。

 

「カイザーグループそのものは、表向きには犯罪組織じゃない。だが、武器の流通や資材の供給……法の網目を縫うように『合法と違法のグレーゾーン』で立ち回る狡猾な多角化企業だ。他校の自治区にも強引に進出しては利権を貪るから、各学園も対策に追われている。ただ―」

 

私は再びかぶったフードの隙間から闇銀行を見つめ、苦々しく吐き出した。

 

「経済的な繋がりが深すぎて、連邦生徒会やヴァルキューレですら容易には手を出せない。……キヴォトスで最も巨大で、最も面倒な『権力(怪物)』の一つだよ」

 

私がそう吐き捨てると、ヒフミが深刻な面持ちで同意した。

「はい…実際トリニティでは『ティーパーティー』が目を光らせていますし…」

「あのトリニティの生徒会が、ね」

 

ホシノがどこか含みのある、物言いたげな雰囲気を醸し出す。状況の異常さを、シャーレの先生も肌で感じ始めているようだった。

 

「ところで皆さんの借金とはもしかして…アビドスはカイザーローンから融資を…?」

『借りたのは私たちじゃないんですけどね…』

 

「話すと長くなっちゃうんだよね〜。アヤネちゃん、さっき入ってった現金輸送車の進行ルート、調べられる?」

「話すと長くなっちゃうんだよね〜。アヤネちゃん、さっき入っていった現金輸送車の進行ルート、調べられる?」

ホシノがドローン越しに指示を飛ばすが、アヤネからの返答は芳しくなかった。

『……すみません、オフラインで通信を行っているようで、ここからの追跡は不可能です。』

 

自分たちの返済金が、このブラックマーケットで犯罪資金の源泉として利用されている――。その事実に、アビドスの面々は静かな、しかし激しい憤慨を滲ませる。

 

『ま、まだそうハッキリとは…証拠もありませんし、あの輸送車の動線を把握するまでは…。』

アヤネが慎重に言葉を選ぶ中、全員が沈黙に沈んだ。だが、その沈黙を破ったのはヒフミのひらめきだった。

 

「…あ!さっきサインしてた集金確認の書類…。それを見れば証拠になりませんか?」

その提案にアビドスの面々が顔を輝かせるが、私と先生は即座に首を横に振った。

「理屈はわかるが、書類は銀行の奥だ。大勢のマーケットガードが固めている闇銀行に忍び込んで盗み出すなんて、まぁ学園を挙げての正面突破ほどでなければまず無理だね」

私が突き放すように言うと、シロコが静かに、しかし決然とした瞳でこちらを見た。

「……他に方法はないよ」

 

「「・・・えっ?」」

 

私とヒフミ(鳥好き)の声が重なる。アビドスの面々の空気が、一瞬にして変わった。

 

「ホシノ先輩、ここは……例の方法しか」

「なるほど、あれかー。アレをやっちゃうのかぁ〜」

「…アレ?」

 

首を傾げる私の横で、ノノミやセリカも「覚悟はできています」と言わんばかりの反応を見せる。先生に至っては、もはや運命を悟ったように顔を覆って俯いていた。

 

「……あのぅ、全然話が見えてこないんですけど……」

 

困惑する私たちをよそに、アビドスの四人がガサゴソと私物を漁り始める。

「残された方法はただ1つ…」

 

狼娘は手に握った『青色の布』を広げ、無造作に頭へと被った。

それを見た先生は深いため息を吐き、隣のヒフミは声も出せずに絶句している。

――事実、私も目の前の光景に、思考が数秒停止した。

 

「銀行を襲う」

 

青色の覆面をかぶった変質者(狼娘)が淡々と宣戦布告する。

続いてノノミ、セリカ、ホシノまでもが次々と覆面を装着し、武装集団へと変貌していく。

 

その異様な光景に、私は心の底から叫んだ。

 

 

こいつらイカれてやがる!!

 

 


 

そして、私と「鳥好き」は、たい焼きを買った際についてきた茶色の紙袋に穴を開けて被らされ、なぜか銀行強盗の片棒を担がされる羽目になった……。

 

「緊急事態発生!緊急事態発生!」

 

けたたましく鳴り響く警報。だが、ピンク髪の「年長者」は、あくびでも出そうなほど余裕の表情だ。

 

「うへ〜無駄無駄ー。外部に通報される警備システムの電源は落としちゃったからねー」

「ほら、そこ!! 伏せてってば! 下手に動くとあの世行きだよ!?」

セリカが銃口を向け、容赦なく客や行員を床に這いつくばらせる。……なぜだろうか、この面々、手際が良すぎる。もしかして今回が初めてではないのかと、私は背筋に冷たいものを感じていた。

 

「みなさん、お願いだからジッとしててください……あうう……」

紙袋を被ったヒフミも、自信なさげながら必死に事態を収めようとしている。この状況にこれほど早く適応しているあたり、彼女の「平凡」という自己評価は一度疑うべきかもしれない。

 

「うへ〜、ここまでは計画通り! 次のステップに進もう! リーダーのファウストさん、指示を願う!」

私が冷や汗を流しているのを横目に、ホシノが「鳥好き」の方を向いてそう言った。

 

「えっ!? ええっ!? ファウストって、わ、私ですか? リーダーですか? 私が!?」

どうやら彼女は、この「強盗団」のリーダーに無理やり仕立て上げられてしまったようだ。

 

「リーダーです! ボスです! ちなみに私は……『覆面水着団』のクリスティーナだお♧」

ノノミが楽しそうに、とんでもないことを言い出した。

 

「なにそれ! いつから覆面水着団なんて名前になったの!? それにダサすぎだし!」

「……嘘でしょ?」

あまりのネーミングセンスに絶句する私とセリカ。アビドスの「お嬢様」のセンスは、どうやら常人の理解を超えているらしい。

 

「うへ、ファウストさんは怒ると怖いんだよー? 言うこと聞かないと怒られるよー?」

「あぅ……リーダーになっちゃいました……これじゃあ、ティーパーティーの名に泥を塗る羽目に……」

 

ヒフミは紙袋の中で、自分の運命と所属する学園のプライドが天秤にかけられ、無残に砕け散る音を聞いたことだろう。

 

「……泥を塗るだけで済めばいいけどね」

私はこのカオス極まる状況に深い溜息を吐き、半分諦めに似た境地で、銀行のそとから指揮を執る先生の指示が右から左に通り過ぎていかないようにするのが精いっぱいである。

 

先生の声が通信越しに「シロコ、右の防犯ゲートを確認!」「ノノミ、カウンター奥の警戒を!」と矢継ぎ早に指示を飛ばしているが、被らされた茶色の紙袋のせいで視界は極端に狭く、匂いもたい焼きの匂いしかしない。五感のすべてがノイズと化した私の耳にはもはや戦場の喧騒と先生の切実な声が混ざり合ったシュールなBGMのようにしか聞こえない。

 

「ファウストさん、次の指示を!」

「あぅ……先生、えっと、ええい、ままよです! 皆さん、そのまま確保を続けてくださいー!」

 

リーダー――もとい「ファウスト」ことヒフミが、自棄っぱち気味に先生の指示を復唱する。その隣で、私は「法条レイ」としてのプライドをブラックマーケットの塵と共に捨て去る覚悟を決め、ただただこの「覆面水着団(仮)」の狂騒が早く終わることだけを願うのだった。

 

(ん? アレは……)

 

紙袋の穴から覗く視線の先に、場違いなほど静かに待合室の椅子に座っている四人組が映った。

見覚えのある顔ぶれに、この場の誰にもバレないよう、にやりと口の端を吊り上げる。

おそらくほかの人物は気づいていないようで、私の意識はこそこそと話している彼女たちに向けた。

 

「あいつら……」

「あ……アビドス……?」

 

案の定、あちらもこちらに気づいたらしい。カヨコとムツキが、信じられないものを見るような目で覆面集団――もといアビドスの面々を凝視している。

 

「だよね……アビドスの子たちじゃん。知らない顔もいるけど。……ここで何やってるんだろ? それも覆面なんかしちゃって」

 

呆れ半分、困惑半分といったムツキの呟きが聞こえてくる。無理もない。まさかアビドスの連中が、真っ昼間からブラックマーケットの銀行を襲撃しているなど、誰が予想できるだろうか。

「ねっ、狙いは私たちでしょうかっ!? それなら返り討ちにしちゃいましょうか!?」

 

鼻息を荒くして銃を構えようとするムツキを、カヨコが慌てて制する。どうやらあっちにも厄介なバーサーカーがいるようで、苦労人ポジションのカヨコには同情を禁じ得ない。

 

「いや、ターゲットは私たちじゃないみたい……あの子たち、どういうつもり? まさかここを……」

 

「も〜、アルちゃんは何してるのさ」

 

ムツキが呆れたように声を上げる中、私は目線だけを彼女たちに向けたまま、視界の端で柱の陰に隠れてゴソゴソと動く銀行員の姿を捉えた。

その銀行員が懐から何かを取り出そうとした瞬間――私は迷わず引き金を引く。乾いた銃声と共に、銀行員の放り出したピストルが床を転がった。

 

「ピストルね……舐めたマネしてくれるじゃん」

 

私は流れるような動作でそのピストルを拾い上げ、回収する。紙袋越しでも、私の視線が「余計な真似はするな」と告げているのが伝わったはずだ。

 

「監視カメラの死角、警備員の動線、銀行内の構造、すべて頭に入ってる。無駄な抵抗はしないこと。……さぁ、そこのあなた。このバッグに、少し前に到着した現金輸送車の書類を入れて」

 

狼娘がカウンターの銀行員にバッグを突き出す。

 

「わ、わかりました! 何でも差し上げます! 現金でも、債券でも、金塊でも、いくらでも持っていってください!!」

 

よほどさっきの私の狙撃が衝撃的だったのか、銀行員はたいそう焦った様子で、頼んでもいないものまで差し出そうとしてくる。これには流石のシロコもうろたえていた。

 

「ど、どうぞ! これでもかと詰めました! どうか命だけは!!」

 

差し出されたバッグは、明らかに書類だけではないであろう重量感と膨らみを帯びている。

 

「あ……う、うーん……」

 

戸惑いながらも、計画通り(?)ブツを受け取った彼女は、すぐさま退却準備を促した。

私が再び便利屋の方に意識を戻すと、そこには目を輝かせたアルがこちらを凝視していた。……恐怖ではなく、明らかに「ハードボイルドな悪」への憧れの眼差しだ。

 

「社長は全然気づいてないみたいだけど……」

「むしろ目なんか輝かせちゃって」

 

「あ、あの……私たちはここで待機でしょうか?」

 

「……あの子たちを手助けする理由も、銀行に助太刀する理由もない。それに社長が今あんな状態だから……とりあえず隠れていよう」

 

カヨコが冷静に現状を分析し、便利屋の面々は身を潜める。ちょうど彼女たちの密談が終わったタイミングで、ホシノから撤収命令が下された。

 

「うへ〜、お仕事終了! 全員、迅速に離脱だよ〜!」

 

私たちは風のように、素早くその場をあとにした。背後で鳴り響くサイレンと、便利屋社長のキラキラした視線を置き去りにして…。

 


 

銀行からかなり離れた場所まで戦闘を継続し、マーケットガードの執拗な追跡をようやく振り切った。外で指揮を執っていた「先生」と合流するやいなや、アビドスの生徒たちは安堵の息をつきながら覆面を外していく。

 

しかし、シロコだけはなぜか覆面を被ったままだ。もはや天職とも言うべき銀行強盗の才能を見せつけた彼女に対し、フォンは畏敬の念すら抱きつつあった。封鎖地点を完全に突破した一行は、ようやく一息ついて休憩を取る。

 

「まさか本当にブラックマーケットの銀行襲撃を、よもやこの人数で成功させるなんてね……ますます気に入ったよ」

フォンの言葉に、シロコは「フフン」と満足げに胸を張った。よほど自分の仕事ぶりに自信があるらしい。

 

「シロコちゃん、集金記録の書類はちゃんと持ってるよね?」

ホシノの確認に、シロコはバッグを叩いた。

「う、うん。バッグの中に……」

そう言ってバッグを開けた瞬間、一同は絶句した。中には目当ての書類だけでなく、溢れんばかりの札束が敷き詰められていた。思わぬ光景に、現場は一転して大慌てとなる。

 

「書類はちゃんとある。でもこのお金は、銀行の人が勝手に勘違いして入れたみたいで……」

困惑するシロコを横目に、フォンが中身を冷ややかに見積もる。

「およそ一億といったところかな。闇銀行の資産からすれば氷山の一角だろうが、現金としては相当な額だね」

 

「やったぁ!! 何ぼーっとしてるの、早く運ぶわよ!」

セリカが色めき立って声を上げるが、ヒフミが真っ青になって割って入った。

「ちょ、ちょっと待ってください! そのお金、使うつもりですか!?」

「当たり前でしょ! 借金を返さなきゃ!」

「そんなことをしたら……本当に『犯罪』になってしまいます、セリカちゃん!!」

 

「犯罪だから何よ! このお金はもともと私たちが汗水垂らして稼いだお金なのよ! それがあの闇銀行に流れていただけじゃない。それに、そのままにしておいたら犯罪者の兵器に化けていたかもしれないんだから、悪人のお金を奪って何が悪いの!?」

 

まくしたてるセリカに、ノノミもどこか同意するような表情を見せる。確かにお金があれば借金問題は一気に解決するだろう。だが……。

 

「それじゃあ、やり口がカイザーと同じだな」

先生がそう考えていた矢先、隣にいたフォンが全く同じ言葉を口にした。

 

「シロコちゃんはどう思う?」

ホシノの問いに、シロコは静かに首を振った。

「……私が意見を述べるまでもない。ホシノ先輩が反対するだろうから」

その言葉にセリカは驚くが、ホシノは満足そうに目を細めた。

 

「私たちに必要なのは書類だけ。お金じゃない。今回は悪人の犯罪資金だからいいとしても、次はどうする? その次は? こんな方法に一度慣れちゃうと……ゆくゆくはきっと、平気で同じことを繰り返すようになるよ」

ホシノの声は、いつもの気の抜けた調子とは違い、重く説得力に満ちていた。

「そうやっていつかピンチになった時、『仕方ないよね』って言いながら、一線を越えてしまう。うへ〜、おじさんとしては、可愛い後輩がそうなっちゃうのはイヤだな。そうやって学校を守ったとしても、そんなの何の意味もないよ。そんな方法を使うくらいなら、最初からノノミちゃんのゴールドカードに頼っていたはずだしね」

 

ホシノの言葉に、誰も反論できなかった。

「先輩の気持ち、わかります。いくら頑張ったって、正当な方法で返済しない限り、アビドスはアビドスではなくなってしまう……」

ノノミの言葉に、ホシノは頷く。

「うへ、そういうこと。だから、このバッグは置いていく。頂くのは必要な書類だけ。これは委員長としての命令だよ」

 

セリカは悔しそうに嫌味を言いつつも、最後には納得した。

「あ、もし欲しかったらフォンちゃんが持って行ってもいいよ〜」

ホシノが冗談めかして振ると、フォンは肩をすくめた。

「冗談じゃない。たかが一億ぽっちでブラックマーケット中の敵になりたくはないからね。それは『災いの種』そのものだ」

 

「仕方ないですね。このバッグは私が適当に処分しておきます」

ノノミが書類だけを抜き取り、再びバッグのジッパーを閉めた。

 

「それじゃあ、私はここで失礼するよ。これから少し用事があってね」

フォンが別れを切り出す。

「いや〜、面倒事に付き合わせちゃってごめんね〜」

「構わないさ。またそっちの柴関ラーメンでも食べに行くよ」

先生が「一応、連絡先を交換しておいてもいい?」と尋ねると、フォンは承諾し、互いのモモトークに登録した。

 

「Tschüss(チュース)」

短く異国の挨拶を残し、彼女は路地の闇へと消えていった。

「最後……なんて言ったの?」とセリカが首を傾げると、先生は「またね、だってさ」と答えた。

「洒落てるね〜」と感心するホシノに、「先輩の感想がもろにおじさんですよ」とセリカが鋭く突っ込む。

 

そんなやり取りをしていると、アヤネから緊迫した連絡が入った。誰かがこちらへ向かってきているという。

「マーケットガード?」

「……いえ、敵意はないようです。……あ! あれは、便利屋のアルさん!?」

アヤネが叫んだ直後、遠くから走りにくそうな靴音を響かせ、懸命にこちらへ駆けてくる人影が見えた。一同は慌てて再び覆面を被り直す。

 

「安心して、敵じゃないから」

先生の言葉通り、アルは熱烈な眼差しでこちらを見ていた。どうやら彼女たちを「覆面水着団」という伝説のアウトロー組織だと思い込んでいるらしい。

「銀行の襲撃、見せてもらったわ……。闇銀行をわずか5分で攻略して撤収するなんて、あなたたち、稀に見るアウトローっぷりだったわ!」

 

アルの興奮した感想は止まらず、ついには組織名まで問われる。

「はいっ! 私たちは、人呼んで『覆面水着団』です!」

ノノミが堂々と答えると、アルはその名に面食らいつつも、どこかクールな響きを感じ取ったようで動揺している。

「本来はスクール水着に覆面が正装なんだけどね、今日は緊急だったからこれだけなんだ〜」

ホシノの補足に、先生は(それだとただの変質者だな……)と心の中で毒づく。さらにノノミが適当な設定を付け加えていくと、アルはますます感激した様子で聞き入っていた。

 

「目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我道の如く魔境を行く。これが私らのモットーだよ」

「な、なんですってー!!」

ホシノのキメ台詞に、アルは完全に心を射抜かれたようだ。背後では、追いついてきた便利屋の他メンバーが呆れ顔でヒソヒソと話している。

 

「(もういいでしょ? 適当に逃げようよ!)」

セリカが耐えきれずに耳打ちすると、一同は撤収のタイミングを合わせた。

「それじゃあこの辺で、アディオス!」

「行こう! 夕日に向かって!」

「夕日、まだですけど……」

ヒフミのツッコミを背に、アビドス一行はそそくさとその場を立ち去った。

 

アルは拳を握りしめ、「我道の如く魔境を……その言葉、魂に刻むわ!」と夕陽(を想定した空)に向かって叫んでいる。

「(事実を伝えるべきなんだろうけど……いつ言おうか?)」

カヨコが尋ねると、ムツキは悪戯っぽく笑った。

「(面白いからしばらく放置で)」

 

そこへ、ハルカがおずおずとバッグを差し出した。

「あの……このバッグ、どうしましょう? あの人たちが置いていったみたいなんですけど」

「え? これはまさか、覆面水着団が私のために……?」

「いや、ただの忘れ物でしょ」とカヨコがなだめるが、ムツキが「結構重いよ」と中を覗き込む。

「……えぇー!?」

中身を見たアルたちが絶叫した。そこには大量の札束が詰まっていたのだ。

 

「これって……」

おそらく銀行から持ち出されたものだろうが、なぜこれほどの大金を置いて行ったのか。彼女たちには知る由もない。

「……もしかしてこれで、もう食事を抜かなくてもいいんですか?」

ハルカの切実な言葉に、彼女たちはバッグを持ち帰ることを決意した。

 

一方その頃、アビドス一行もようやく現金の入ったバッグを忘れてきたことに気づき、複雑な表情を浮かべていた。

そして、しばらくしてようやく「覆面水着団」の正体がアビドスであったことを知らされたアルは…

「ななな、覆面水着団が、アビドスだったですってぇぇ!?」

とキヴォトス中に響き渡るような絶叫を上げ、ムツキの爆笑を誘うことになるのだった。

 


 

時は戻り、まだブラックマーケットに朝日すら差し込まない、深夜と早朝の境界線――。

昨夜新たに舞い込んだ「依頼」をこなすため、そして活動資金の融資を相談するため、私たちはこの闇の街にいた。カヨコは、先日のアビドスとの戦闘中に屋上で見た「黒い影」の存在をずっと気にしているようだった。

 

今回の依頼人である「魔女」といった人物が、私たちを監視している人と同一人物かもしれないという憶測をたてつつ、ひとまず依頼をこなすことに集中する。

今回の依頼人である自称「魔女」なる人物と、その監視者が同一人物ではないかという憶測。だが、今は目の前の仕事に集中するしかない。

 

「まぁ、これだけの報酬をもらったんだから、気合入れなきゃだよねー」

 

ムツキが振る封筒には、前払い分としての札束が詰まっていた。その膨らみは十分すぎるほどだったが……この数時間後、彼女たちがその何十倍もの「忘れ物」を手にすることになるとは、この時はまだ誰も知る由もない。

 

「お金の額なんて関係ないの。私たちはお金さえもらえれば何でもする便利屋なんだから」

「報酬の額なんて関係ないわ。私たちはお金さえもらえれば何でもする『便利屋68』なんだから」

 

珍しくハードボイルドな決め台詞を吐いた社長に、私とムツキは思わず拍手を送る。

「さぁ、行くわよ。指定場所――『デスポット』へ!」

 

錆びついた階段を上るアルの背中は、どこか誇らしげだった。依頼の手紙には「一人で来ること」と厳命されていたため、私たちは渋々ここで見送ることになった。

「無事で帰ってきてよ、社長」

重い鉄の扉の向こうへ消えていく彼女の姿を、私は祈るような心地で見つめていた。

 

 

扉の向こう、薄暗い部屋の奥で待っていたのは、静寂と硝煙の匂い。

そして、冷徹な視線を放つカラスマスクの人物だった。

 

「……免責同意書にサインしな」

 

突き出された紙に、アルは震える手でペンを走らせる。

「さぁ、プレイヤー。どのゲームを御所望だ?」

「ええっと……おすすめとかはあるかしら?」

 

アルの問いに、カラスマスクの主は無機質な声で答えた。

「ならば――『ロシアンルーレット:ダブル・オア・ナッシング』」

 

「……それでお願いするわ」

「賭け金は?」

「10万よ!」

「分かった。その椅子に座れ」

 

指示されるまま、アルは古びた椅子に腰を下ろす。机の上には、一挺のショットガンと、不気味な小道具(アイテム)が並べられていく。

 

「このゲームのルールを説明する。ラウンド開始時、ショットガンには実弾と空砲がランダムに装填される。装填順は不明だが、それぞれの弾数は開示される」

 

カラスマスクの指が、重厚な銃身をなぞる。

「先攻はプレイヤーだ。銃口を自分に向けるか、相手に向けるかを選べ。自分に向けて撃ち、空砲だった場合は相手のターンをスキップして再び自分の番となる。実弾を自分に撃つか、相手に発砲した場合は、成否に関わらずターンが交代する」

 

「……ちょっと、実弾って……。体力って一体何の話?」

 

怯えるアルを無視して、説明は続く。

「アイテムは発砲前に使用可能だ。複数を同時に使うこともできるが、次の勝負へ移る際にはすべて没収される。どちらかの体力が尽きるまで、これを繰り返す」

 

カラスマスクの奥で、冷たい瞳が細められた。

 

「待ったなしだ。ゲームを開始する……」

 


 

二時間ほどが経過しただろうか。重厚な扉が開く音が静まり返った廊下に響き、便利屋の面々が弾かれたように顔を上げた。

 

そこからふらふらと現れたのは、頬に赤黒い返り血のような跡をつけたアルだった。

 

「!? 社長!」

真っ先に駆け寄ったのはカヨコだ。

 

「大丈夫!? 社長!!」

悲鳴に近いカヨコの問いかけに対し、アルは焦点の合わない瞳で、消え入りそうな声を漏らす。

 

「……20万勝ってたのに……最後の最後で、30万負けちゃった……。今月の事務所の家賃が、あぁ……」

 

絶望の淵に立たされた彼女は、魂が抜けたような顔で呟くと、そのまま糸が切れた人形のようにカヨコの腕の中へ倒れ込んだ。

 

一方、彼女が後にした扉の向こう側――。

そこには、朝日が昇りきったことさえ気づけないほど赤黒く染まった凄惨な光景が広がっていた。

使い古されたショットガンを握りしめ、力尽きたディーラーが机に突っ伏している。

 

ギャンブルと暴力が等価交換されるこのブラックマーケットにおいて、彼女たちは「魔女」が仕掛けた死のゲームの片鱗を、身をもって味わったのだった。

 

「……とりあえず、社長を連れて撤収するよ。ここは空気が悪すぎる」

 

カヨコは苦々しく吐き捨て、気を失ったアルを支えながら一時。この数時間後に、失った額を遥かに上回る「一億」という名の幸運が、別の形で転がり込んでくるとは、今の彼女たちには知る由もなかった。

 

そして、現在――。

 

私は髪をまとめ、ディーラーの姿の象徴たるカラスマスクを装着した。ブラックマーケットの中では、マーケットガードが手当たり次第に犯人を捜索し右往左往しているが、私の姿を認めた途端、彼らは誰もが顔色を変えて視線をそらした。

 

喧騒が遠のく中、私はマスクの奥で静かに目を閉じ、数時間前の出来事を反芻していた。

 

アビドスの少女たちによる「銀行強盗」、無理やりリーダーに仕立て上げられた「ファウスト」、そして意図せず大金を手にした「便利屋68」。すべてが混沌としていながら、奇妙な糸でつながっていた。

 

「……ファウスト、ね……」

 

口の中でその名を転がし、少し苦笑いを浮かべる。あの騒動も、このマーケットの闇も、すべては盤上の出来事に過ぎない。

 

(これで……すべての采配は済んだ。あとはうまくやるんだな、ミコト)

 

私は闇に溶け込むように歩き出し、次なる「ゲーム」の気配を感じながら、静かにマーケットの奥底へと消えていった。

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