「ドローン展開……」
シロコが放ったドローンからのミサイルがアルやムツキの至近で炸裂し、便利屋の面々に大きなダメージを与えた。
「はぁ……はぁ……こいつら……! なんでこんなに……しぶと……」
アルが息を切らしながら言いかけたその時、突如として周囲に異様な空気を切るような音が鳴り響く。直後に凄まじい爆風とが吹き荒れ、その場は視界を遮るほどの黒い煙に覆われる。
「うっわ!? 今度は何なのさ!?」
「……これは……!」
ムツキが叫び、状況を分析したカヨコは苦々しい表情を浮かべた。一方のアビドス側も一瞬の混乱が生じるが、アヤネからの緊急報告が通信に割り込む。
「砲撃です!! 3kmの距離に多数の擲弾兵を確認! 標的は私たちではなく便利屋の方のようですが……もう少し確認を……」
「迫撃砲ですか?」
「50mm迫撃砲といえば……」
アビドスの生徒たちはその攻撃の「色」でおおよその察しがついたようだったが、シャーレの先生である私にはまだ状況が掴めない。だが、その正体もすぐに明らかとなった。
「兵力の所属、確認できました!! ゲヘナの風紀委員会! 個中隊規模の戦力です!」
ゲヘナ風紀委員会
その名を聞き、私は数日前の出来事を回想していた。
シャーレのオフィスでミコトと休憩していた時のことだ。
「キヴォトスで一番強いのは誰って?」
私が「先生として自分を上回る戦闘能力を持つ生徒について知っておきたい」と尋ねると、ミコトは少し呆れたような、それでいて真剣な表情を見せた。
「それこそ先生よりも強い生徒なんてごまんといますが……それに、どうせ先生のロマンでしょ? ゲームでいう最強論争的な」
「うぐっ……」
図星をつかれた私はバツが悪そうに視線を逸らすことしかできなかった。そんな私をからかうように見つめていたミコトは、少し真面目なトーンに声を落として言葉を続けた。
「強いて言うなら……戦闘能力や立場的な部分も込みして考えるなら……やはりゲヘナ風紀委員会の委員長、空崎ヒナさんじゃないですか?」
空崎ヒナ。ミコトによれば、彼女はゲヘナの
「ミコトは彼女と戦ったことがあるの?」
「ないですけど……戦ったことのある知り合いがいるのと、戦闘しているところを見たことはありますよ」
「じゃあ……もし戦うことになったら、どうする?」
「また急な仮定ですねぇ……もし戦うことになったら……ですか……。う〜ん……」
ミコトは困ったように視線を彷徨わせた。結局、その問いへの答えは曖昧なまま終わってしまい、今日まで聞くことはなかった…。
「社長! ムツキ! ハルカ! 早く隠れよう! 奴らがきた!」
カヨコの冷静な指示が瓦礫の街に響く。 その言葉にムツキが「やつらって?」と首を傾げる間もなく、カヨコは迫撃砲の砲撃を避けながら鋭く指示を飛ばした。
「うちの風紀の連中だよ! ここまで追ってくるなんて……! それもこのタイミングで……!」
だが、その瞬間、カヨコは自らの言葉に潜む違和感に気づき、ハッとした表情を浮かべる。
「いや、こんなタイミングだからこそ……!?」
その呟きが消えぬうちに、至近距離で爆炎が上がり、衝撃に吹き飛ばされたカヨコはその場に沈黙した。
『対象、沈黙しました』
立ち込める硝煙の中、黒い制服に身を包んだ風紀委員の生徒が淡々と報告を上げる。
その報告を受けたのは、銀色の髪をツインテールにまとめ、その腕に「風紀」の証たる腕章を巻いた少女、銀鏡イオリであった。
「よし。歩兵、第二小隊まで突入」
イオリが冷徹に命を下す中、隣にいた火宮チナツが不安げに問いかける。
「……イオリ、あの方たちはどうします?」
その視線の先には、困惑するアビドスの面々がいた。 イオリは事も無げに吐き捨てる。
「あぁ、アビドス? 当然、公務執行を妨害する輩は全員敵だ」
チナツは「あちらに事情を説明するのが先かと……」と宥めようとするが、イオリの決意は揺るがない。
「説明? 必要か、それ? 邪魔するなら、部外者だろうと問答無用で叩きのめすまでだ」
一方、アビドス側もこの異常事態に激しい反発を見せていた。 セリカは顔を真っ赤にして憤る。 「な、なにっ? 風紀委員会が便利屋を捕まえにきたってこと!? 便利屋は私たちの獲物なんだから、冗談じゃないわよ!」
シロコもまた、自分たちをも射程に含んだ風紀委員会の強引なやり口を、静かな怒りで見据えていた。
しかし、ノノミはより深刻な事態を懸念していた。
「ゲヘナの風紀委員会は他校の武力集団とは性質が異なります。一歩間違えれば、政治的な紛争の火種になりかねません……」
現在、アビドスの精神的支柱であるホシノとの連絡が途絶えている中、アヤネもまた焦燥感を募らせていた。
そんな彼女たちの迷いを見抜き、私は静かに問いかけた。
”じゃあ、便利屋をこのまま風紀委員会に引き渡しちゃうの?”
少し真剣な私の問いに、ノノミは戦慄し、セリカは「じゃあどうしろっていうの?」と食ってかかる。 そこで沈黙を守っていたシロコが口を開いた。
「他に選択肢はない。風紀委員会を阻止する」
その決断に、アヤネも凛とした声で応じる。
「はい、その通りです。私たちの自治区で、許可もなくこんな暴挙を敢行していいはずがありません」
セリカもまた、自分たちの権利と、壊された『柴関ラーメン』の落とし前をつけるため、銃を強く握り直した。
風紀委員会の陣営で、チナツはその様子を冷徹に監視していたが、ある「確信」を得た瞬間にその表情が凍りついた。
「……ちょ、ちょっと待ってください、イオリ。アビドス側に……シャーレの先生がいます」
「どういうことだ?」と訝しむイオリを、チナツは懸命に引き止める。 彼女は知っていた。
シャーレの先生の的確な指揮が加わった時、生徒たちがどれほどのポテンシャルを発揮するかを―。
「先生があっちにいるなら、この戦闘、行ってはいけません!」
だが、その忠告も虚しく、前線からの交戦開始の報告が響き渡る。 イオリはチナツの懸念を振り切り、戦火の渦中へと走り去っていった。
現在の戦況はほぼ五分、あるいはアビドス側が数で押され、やや劣勢といったところだろう。先生の的確な指揮によって一般の風紀委員を順調に無力化してはいるものの、次から次へと現れる増援に、遮蔽としている車や瓦礫も限界を迎えつつあった。
「ノノミ!」
先生の指示が飛ぶ。
「分かりました! ノノミ、いきま〜す!」
ノノミはミニガンの銃口を前方へ向け、凄まじい掃射で隊列を組んでいた風紀委員たちを一掃した。だが、それによって後方に控えていた本命が引きずり出される。
「お前たち……我々の公務の邪魔をするとはいい度胸だな。便利屋とまとめて私が制圧してやる!」
不敵に言い放ったのは、風紀委員会の切込隊長、銀鏡イオリであった。
「そっちこそ、私たちの邪魔してるんじゃないわよ!」
セリカが叫び、リロードを終えた銃でイオリを狙う。しかし、イオリは重力を無視するかのような軽快な動きで弾道を躱し、縦横無尽に戦場を駆け抜ける。その動きは、流石はゲヘナ最強の武力集団の一角と思わせる圧迫感を放っていた。
「セリカ、無理に狙わなくていい!」
先生の制止も、昂ったセリカには届かない。
「うるっさい! こいつは私が……」
「その程度で……!」
突如、イオリがセリカの隠れていた瓦礫へと急接近する。一瞬すくんだセリカが引き金を引こうとしたが、イオリの踏み込みの方がわずかに早かった。銃身を跳ね上げられて射線を逸らされたセリカに、イオリは容赦なく銃弾を叩き込む。
「私が負けるわけがないだろうが!」
苦痛の声を漏らし、セリカがその場に崩れ落ちる。イオリは息つく間もなく、反応の遅れたノノミへも肉薄し、至近距離からの射撃で彼女の動きを封じた。
「くっ!?」
一人残されたシロコが車を遮蔽に応戦するが、イオリの接近を許してしまう。弾切れの隙を突いたイオリの鋭い蹴りがシロコの腹部を捉え、彼女の体は背後の車へと叩きつけられた。
「シロコ先輩!!」
アヤネが救援物資を投下しようとするが、イオリがその射線を遮る。
(くそっ……流れが悪い。ここでシロコまでダウンしたら……)
先生の額に冷や汗が流れる。イオリは無慈悲に、倒れ込んだシロコの眉間へと銃口を突きつけた。
「思ったよりもかなり厄介だった。だが……わざわざ我々風紀委員会に喧嘩をふっかけたのが運の尽きだったな」
引き金に指がかけられたその時、戦場に場違いなほど落ち着いた声が響いた。
「
「っ!?」
背後からの声に反応しようとしたイオリだったが、それよりも早く背中に激痛が走る。即座に距離を取り、部下たちの元へ下がったイオリは忌々しげに叫んだ。
「お前、誰だ!?」
そこに立っていたのは、不気味なカラスマスクを被った人物だった。しかし、先生とアヤネはその立ち姿に見覚えがあった。
「まさか……あれって」
フードを脱ぎ捨てたその人物の肩からは、毛先にかけて赤紫へと変化していく美しい青紫の髪がこぼれ落ちた。
「法条レイ。忘れてもらっちゃ困るよ、風紀委員会」
レイが手にするライフルの側面には、ゲヘナの校章が刻まれている。
「なんで……フォン……? がここに?」
「この際もはやこの名を偽る必要もないですから、レイと呼んでもらって構いませんよ。別にフォンでもいいですが……」
レイはマスク越しにライターを取り出そうとして、自身の姿を失念していたことに気づき、苦笑を漏らすようにタバコをポケットに戻した。
「ちょっと用事がありましてね。それに、今便利屋を捕まえられては私としても都合が悪い。悪いが――」
彼女の視線が鋭くイオリを射抜く。
「ゲヘナ風紀委員会、お前らをここで止める」
「指名手配犯……か。安心しろ、便利屋と一緒にお前も捕まえてやる!」
イオリの威嚇を「あっそ」と聞き流し、レイはシロコに手を差し伸べた。
「大丈夫か? 狼娘」
「ん、狼娘じゃない。私は砂狼シロコ」
シロコは不満げながらもその手を取り、立ち上がる。
「はいはい、他のもさっさと起きろ、戦うんだろう?」
その言葉に呼応するように、ノノミとセリカも執念で立ち上がった。前衛が4人に増えたことで、戦場に漂っていた絶望感は霧散していく。
「これで前衛は4人。勝てる可能性は上がった!」
「はい! 私も全力でサポートします!」
レイは愛銃をリロードし、静かにその名を呟いて構えた。彼女の右目はヘイローの如き鋭さで敵を捉えている。
「反撃開始!!」
「流れは我々にある。行くぞ!!」
両陣営の叫びが交差し、アビドスの市街地は再び激しい戦火に包まれようとしていた。