BlueArchive ―唯なる運命の特異点―   作:匿名

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Episode8 ゲヘナ最強の−

フォン、改め法条レイがアビドス対策委員会へと加勢したことで、戦場の天秤は劇的に傾いた。彼女の放つ弾丸は、まるで意志を持つかのように空中に弧を描き、次々と風紀委員会の前線を無力化していく。それに呼応するように、シャーレの先生による指揮も一段と鋭さを増した。アヤネの完璧なタイミングでのサポート、そして三人の集中攻撃——的確な采配を受けたアビドスは、圧倒的な数差を跳ね返し、じりじりと敵陣を押し戻していった。

 

「くそっ!? 私たちが負けているだと!?」

少人数のアビドスに遅れを取るなど微塵も考えていなかったイオリは、屈辱と困惑に顔を歪め、忌々しげに舌打ちをした。

「風紀委員会、一時攻撃停止!」 彼女の鋭い号令が響くと同時に、これまで鳴り止まなかった銃声がぴたりと止み、戦場には不気味な静寂が訪れる。

 

アビドスの生徒たちが恐る恐る遮蔽物から顔を出す中、その沈黙を破ったのは穏やかな先生の声だった。

 

「久しぶり、チナツ」

 

いつものように変わらぬ顔を見せる先生に対し、チナツは申し訳なさに肩を落とした。「先生……こんな形でお目にかかるとは。先生がいらっしゃると知った瞬間に後退すべきでした。それに法条レイさんの介入……他の脅威を軽視していた、私たちの失策です」

 

チナツが沈痛な面持ちで語り終えると、アヤネのドローンがイオリの目の前へと進み、ホログラムを投影した。

『アビドス対策委員会の奥空アヤネです。所属を明らかにしてください』

 

イオリが返答に詰まったその時、風紀委員会側からもドローンが飛来し、青い髪を湛えた女性の姿を映し出した。

 

『それは私から答えさせていただきます』

 

「アコちゃん……?」「アコ行政官……?」

イオリとチナツがその名を呼ぶ。ホログラムの中の女性は、アビドスの面々へ向けて冷徹な笑みを浮かべた。

『こんにちは、アビドスの皆様。私はゲヘナ学園所属の行政官、天雨アコと申します』

 

「チッ……一番面倒くさいのが来たよ……」

レイは吐き捨てるように呟き、不快そうにポケットに手を突っ込む。アコはその声を意に介さず、事務的な口調で話を続けた。

 

『今の状況について少し説明させていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか?』

 

狼狽えるイオリを余所に、アコは容赦なく言葉を重ねる。『イオリ。反省文のテンプレートは私の机の左の引き出しにあります。ご存じですよね?』

暗に失策を責められたイオリは、不満げな表情を浮かべるしかなかった。

 

その均衡の最中、崩壊した『柴関ラーメン』の跡地では、放置されていた便利屋68の一人、伊草ハルカが密かに身じろぎをしていた。アコの登場に注目が集まり、監視の目が完全に逸れたその瞬間を、彼女は逃さなかった。

 

「ああ、みんな集まってます。……チャンスですね」

 

虚ろな目でそう呟き、ハルカは静かに立ち上がる。

「許さない、許さない、許さない……」

怨嗟の言葉を漏らしながら、負傷した片足を引きずり、彼女は闇に紛れるように路地裏へと消えていく。その異様な姿を、先生だけがじっと見守っていた。目が合った刹那、先生は何かを察したように、あえて静かに視線を逸らした。

 

 

『行政官ということは……風紀委員会のナンバー2……』

 

まさか風紀委員会の実質的な副官が直々に現れるとは思わず、アビドス対策委員会の面々は一様に警戒を強めた。 しかし、ホログラムの中の天雨アコは、余裕を崩さぬまま微笑を浮かべる。

 

『あら、実際はそんな大したものではありません。あくまで風紀委員長を補佐する秘書のようなものでして……』

「本当にそうなら、そこの風紀委員たちがそんなに緊張するとは思えない」

 

シロコの鋭い指摘に、イオリは「誰が緊張してるって!?」と色をなして反論するが、アコは動じることなくシロコを見つめた。

『なるほど、素晴らしい洞察力です。砂狼シロコさん、でしたか?』

 

アコはそのまま、アビドスには生徒会が5名在籍しているはずだと言及し、欠けている一人の行方を問う。

『…まさか、そちらの指名手配犯がその一員というわけではないでしょうし。……して、残るお一方はどちらに?』

 

「いちいち癪に障る言い方を……」

 

レイの吐き捨てた言葉は、通信越しにも確かに届いたはずだ。しかし、アコは柳に風と受け流し、その涼しげな表情に微塵の揺らぎも見せなかった。

アヤネが「今は不在です。それに私たちは生徒会ではなく対策委員会です」と臆せず正すと、アコはさらに怪しげな笑みを深めた。あくまで「生徒会」という公的な責任者との対話を求めるアコの慇懃無礼な態度に、セリカが「生徒会は解散したの! 文句があるなら私らに言いなさい!」と吠え、ノノミも銃を向けられたままの対話は不適切だと不快感を示した。

 

「それもそうですね。失礼しました。全員、武器を下ろしてください」

 

アコの一声で、軍隊さながらの統制をもって風紀委員たちが一斉に銃を下ろす。アコはイオリの無差別発砲を「不手際」として謝罪しつつも、ゲヘナの校則違反者を逮捕するという大義名分を盾に、対策委員会へ協力を仰ぐ。

 

しかし、アヤネは一歩も引かなかった。

『他の学校が別の学校の敷地内で、堂々と勝手に戦闘行為をするなんて! 自治権の観点からして、明確な違反です!しかも便利屋は私たち(アビドス)の自治区でこれだけの被害を与えました、便利屋の処遇は私たちが決めます!』

他のアビドスの生徒もまた、それに賛同する。

「生憎私も捕まりたくはない。今回はアビドスの肩を持たせてもらうよ」

レイについても、アビドスの生徒と同様風紀委員会との交戦の意を示した。

 

『…なるほど。ふぅ、この兵力を前にしても怯まないだなんて…。これだけ自信に満ちているのは…やはり、信頼できる大人の方がいるからでしょうか?…ねぇ、先生?』

交渉が平行線をたどる中、アコは標的を先生へと定めた。

『シャーレの先生。あなたも、対策委員会と同じご意見ですか?』

問われた先生は、アコの瞳を真っ直ぐに見つめ、諭すように答える。

“便利屋は困った子たちかもだけど……アルは悪人じゃないから。ちょっとバカかもだけど、バカな子ほど可愛いってね”

 

そのあまりに「先生らしい」返答に、セリカが「悪人に決まってるでしょ! ラーメン屋を爆破したのよ!?」と即座にツッコミを入れる。一方でシロコは「爆破は手違いで、見栄を張っただけ」と便利屋の失敗を看破しており、その的確すぎる推測にレイは(しっかりバレているではないか……)と天を仰いだ。

「交渉は決裂です! ゲヘナ風紀委員会、直ちに退去を要求します!」

アヤネが堂々と宣言したその時、アコの表情がわずかに曇った。慇懃無礼な余裕の裏側に、思い通りにいかない苛立ちがわずかに滲む。

 

『これは困りましたね……やるしかなさそうですね?』

 

その瞬間、予期せぬ銃声が戦場に轟いた。

「許さない、許さない……!」

狂気に染まったハルカが背後から強襲し、イオリにショットガンの接射を浴びせる。同時に、アコのホログラムの向こう側に、鬼方カヨコが姿を現した。

 

「嘘をつかないで、天雨アコ。最初からあんたが狙ってたのはこの状況だった」

 

背後から突き刺さるような声に、アコは弾かれたように振り返った。そこには、いつの間にか包囲を抜け出し、冷徹な瞳で自分を見据える鬼方カヨコの姿があった。

 

「偶然なんかじゃないでしょ。最初からあんたが狙ってたのは、この状況だった」

 

カヨコの姿を認めた瞬間、アコの表情が明確に変貌した。それがかつての同僚への警戒なのか、あるいは計画を狂わされた動揺なのかは判然としない。カヨコに続くように、便利屋68のメンバーが次々と復帰し、いつもの軽口を叩きながらも鮮やかな連携で風紀委員を無力化していく。

 

『あらっ……包囲網を抜けて……?』

予期せぬ反撃に、風紀委員のみならずアビドスの面々も困惑を隠せない。だが、その中でレイだけは例外的に、口角を上げて不敵な笑みを浮かべていた。風紀委員の部隊長が慌てて包囲網の再構成を仰ぐが、アコはそれを手で制する。

 

「それよりも面白いことを言いますね、カヨコさん」

アコの挑発的な言葉にカヨコが口を開こうとした瞬間、一歩前に出てその場を支配する者がいた。

「それなら私も混ぜてくれよ、行政官―」

そういってレイはカヨコと対照的な位置に立ち、アコを挟み撃ちにする形で睨み据えた。

 

「……なぜ風紀委員会がここに現れたのか、その真実についてね」

「……あなたもですか、法条レイさん」

目元を細め、いやなものを見るような目でレイのほうに視線を移す。

「法条レイ……? 確か、ヒナから直々に指名手配されたっていう……。いや、今はそんなことはどうでもいい」

カヨコは一瞬視線を走らせたが、すぐに本来の目的へと意識を戻す。二方向から向けられる鋭い視線に、アコの余裕がわずかに削り取られていく。

 

「最初はどうして風紀委員会がここまで現れたのか、理解できなかった。他の自治区まで執拗に追ってくる理由……それが私たち便利屋や、レイを狙うためだけに?」

カヨコの問いを引き継ぐように、レイが言葉を重ねる。

「だけど、こんな非効率なやり方、空崎ヒナなら絶対にやらない。だから行政官、これはお前の独断的な行動だ。そうだろう? 鬼方カヨコ」

カヨコは無言で頷き、主導権を再びその手に握った。

 

「それに、私たち便利屋を相手にするにしては、あまりにも多すぎるこの兵力。レイの乱入は想定外だったとしても、最初から『他の集団』との戦闘を想定していなければ、これほどの中隊規模を動かす説明がつかない」

 

カヨコは一拍置き、逃げ場のない結論を突きつけた。

「とはいえ、このアビドスは全校生徒を合わせてもわずか5人……なら、答えは一つしかない」

 

カヨコの声が冷たく響く。

 

 

「アコ、あんたの目的はシャーレ。最初から、先生を狙ってここまで来たんだ」

 

 

“・・・私!?”

 

カヨコが突きつけた衝撃的な結論に、アビドス対策委員会の面々は一様に驚愕の声を上げた。かくいう私自身も、事の核心が自分自身にあった事実に動揺を隠せずにいた。

 

アコはただ黙ってカヨコを見つめていたが、やがて艶然とした笑みを浮かべた。

『ふふっ、なるほど……。あぁ、便利屋にカヨコさんがいることをすっかり失念していました。のんきに雑談なんてしている場合ではありませんでしたね。……まぁ、構いません』

 

アコが指を鳴らすと、周囲の廃墟や路地裏から次々と風紀委員が集結し、その場を幾重にも取り囲んでいく。それはまさに大軍と呼ぶにふさわしい、圧倒的な兵力であった。

 

「この廃れた土地で総力戦でも始めようっていうのか、行政官?」

レイの皮肉めいた問いかけに、アコは事も無げに応じる。

『うーん……少々やりすぎかとも思いましたが、相手はあの「シャーレ」なのですから。これくらいあっても困らないでしょうし……。まぁ、大は小を兼ねると言いますからね』

 

「包囲は抜けたと思ったけど……二重だったか……」

カヨコが苦渋に満ちた表情を浮かべる一方で、アコはどこまでも清々しい表情を崩さない。

 

『はい、その通りです。それにしても、流石はカヨコさんですね。法条さんまで気づくとは意外でしたが……先ほどのお話は正解です。……いえ、得点としては半分くらいでしょうか?』

 

アコは一度言葉を切り、諭すように続けた。

『確かに私は、シャーレの先生と衝突するという最悪のシチュエーションも想定はしていました。しかし、この状況を意図的に作り出そうとしたわけではありません。それだけは信じていただきたいのですが……どうやら、難しそうですね』

 

アコは芝居がかったため息を吐くと、事の真相を語り始めた。

『仕方ありませんね。ことの次第をお話ししましょう……きっかけはティーパーティーでした。もちろんご存知ですよね、ゲヘナ学園と長きにわたって敵対関係にあるトリニティ総合学園の生徒会のことです。そのティーパーティーが、シャーレに関する報告書を手にしているという情報が、うちの情報部から上がってきまして……』

 

その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏にはヒフミの姿が浮かんだ。彼女の取った行動が、結果としてゲヘナの風紀委員会を動かす引き金になってしまったらしい。

 

『当時は私も「シャーレ」とは一体何なのか、全く知りませんでしたが、ティーパーティーが握っている情報となれば、私たちも等しく知る必要があります。それで、チナツさんが書いた報告書を確認しました』

 

その説明を聞きながら、チナツが(確認するのが遅くないですか……)と言いたげな、何とも言えない表情を浮かべていることに気づく者は、今のこの緊迫した場には一人もいなかった。

 

『連邦生徒会長が残した正体不明の組織……大人の先生が担当している、超法規的な部活。どう考えても怪しい匂いがしませんか? シャーレという組織は、とても危険な不確定要素に見えます。これからのトリニティとの条約にも、どんな影響を及ぼすのか分かったものではありません。ですから……』

 

アコは私に向かって微笑みを浮かべ、その続きを語った。

『せめて条約が無事締結されるまでは、私たち風紀委員会の庇護下に先生をお迎えさせていただきたいのです。ついでに、居合わせた不良生徒たちも処理した上で……といった形で』

 

そうアコが話し終わると、カヨコやレイは沈黙したままアコを鋭く睨みつける。だが、アビドス側は逆に戦意を剥き出しにした。

 

「ん、むしろ状況が分かりやすくなって良いかも」

「先生を連れて行くって? 私たちがそれで『はいそうですか』って言うとでも思った?」

 

セリカの言葉通り、アビドスの生徒たちの戦意はより一層増しているようだ。

『……ふふ、やっぱりこういう展開になりますか。では仕方ありませんね、奥空アヤネさん?』

 

アコの問いかけにアヤネは困惑するが、アコは無慈避に説明を加える。『ゲヘナの風紀委員会は、必要でしたら武力を行使することもあります。私たちは一度その判断をすれば、一切の遠慮をしません』。その宣言にアヤネは目を見開いて驚き、焦燥を覚える。

「はぁ……その様子だとシャーレの先生あたりまでしか調べてなさそうだな。行政官という名が聞いてあきれる杜撰な調査だな……」

レイの呟きに、アコは珍しく反応を示した。

「どういう意味ですか?」。

 

「そのままの意味だ。――だからあいつは……」

 

何かを言いかけ、レイは苦虫を噛み潰したような顔で口を閉ざす。アコはそれを「何かの比喩でしょうが、いったい何の逆鱗に触れるのでしょうね?」と受け流すが、レイは「……自分で考えろ」と突き放し、愛銃のリロードを終えた。

 

後方では、復帰したアルがスナイパーライフルを構え、状況を注視していた。カヨコはアルに「包囲網の薄いところから突破して逃げる」よう助言するが、アルは不敵な笑みを浮かべてそれを拒む。

 

「……ねぇカヨコ、あなたはもうとっくに私の性格、わかってるんじゃなくて? こんな状況で、こんな扱いをされておいて、背中を向けて逃げる? そんな三流悪党みたいなこと、私たち便利屋がするわけないじゃない。あの生意気な風紀委員会に一発食らわせないと気が済まないわ!」

 

ムツキやハルカが歓喜して応じる中、カヨコだけが兵力差を懸念して困り顔を見せる。しかし、その懸念はアビドス側からの意外な提案で解消された。

「よっし、便利屋っ! 挟み撃ちするわよ! この風紀委員会、コテンパンにしてやらないと!!!」

「先生の盾になってもらう」

「先生をみんなで守ります、いいですね?」

 

驚くほどスムーズに協力関係が構築され、アルもまた「当たり前よ! 信頼には信頼で報いるわ! それが私たち便利屋68のモットーだもの!」と高らかに宣言した。ハルカもまた、先生への恩義を返そうと意気込む。

(……私、なんかしたっけ?)

内心で困惑しつつも、私は状況を整理する。アルが「間違えて店を爆破したわけではない」と言い訳を重ねて墓穴を掘っているのを横目に、私は戦術を練った。

アコは合同戦線の構築にわずかな困惑を見せたものの、依然として余裕を崩さない。

 

『まぁいいでしょう。それでは……風紀委員会、攻撃を開始します。対策委員会と便利屋、法条レイ氏を制圧して、先生を安全に確保してください。先生はキヴォトス外部の方なので、怪我をさせないように十分注意を』

アコの命令一下、風紀委員が一斉に動き出す。そこには、先ほど気絶していたイオリも憤怒の表情で加わっていた。

 

『敵、包囲を始めています! 突破してください! 先生、私たちと便利屋68の指揮をお願いします!』

「任せて! 行くよみんな!」

私の号令に皆が力強く応える中、ただ一人、レイだけがポケットの中のスマホの明かりに気づかないまま、険しい表情でアコを睨みつけていた。

「(……小娘め)」

 


 

再び包囲網を突破すべく、私たちは次々と風紀委員を倒していった。先生の指揮を受けた生徒たちの奮戦により、堅固だった包囲陣に明らかな綻びが生じ始める。

 

しかし、その惨状を目の当たりにしてもなお、天雨アコは冷静さを失っていなかった。

「なるほど、だいたい把握できました。シャーレの力、必要となるであろう兵力……。予想を遥かに上回っています……素晴らしいですね。決して甘く見ていた訳ではないのですが、もっと慎重に進めるべきだったかもしれません」

 

アコはあえてこちらに聞こえるような声で呟き、冷徹な分析を続ける。

「それでも、決して無敵というわけでもありません。弱点も見えましたし、おおよその戦況は読めました。この辺りをもう少し押していけば……折れるのは、時間の問題ですね。——第八中隊。後方待機をやめて、突入してください」

 

アコの非情な増援指示と同時にアヤネからの悲鳴に近い通信が入り、私たちは再び幾重もの包囲に閉じ込められてしまった。度重なる激戦で、生徒たちの体力は限界に近い。このまま継戦すれば、ジリ貧になるのは目に見えていた。

そんな中、カヨコが戦場の違和感を鋭く指摘する。

 

「これはもう、アコの権限で動かせる兵力を超えている。ということは、この襲撃……アコの独断じゃなくて、まさか……」

「……風紀委員長が?」

 

ムツキの言葉に、アルが顔を真っ青にして取り乱した。「えっ、ヒナが来るの!? 無理無理無理!? 逃げるわよ、早く!!」

しかし、レイがその動揺を鋭く制した。

 

「落ち着け、撤退判断をするには時期尚早すぎる。……それに、これは空崎ヒナのやるようなことじゃない。奴のやり方とはあまりにかけ離れている」

「じゃあどうすればいいのよー!!」というアルの叫びを背に、レイはため息を吐いたかと思えばただ一人、前線へと飛び出した。

 

「ちょ! 一人で勝手に!」

セリカの制止を、レイは冷たく突き放す。

「見てろ、バイト娘」

 

レイは首元に手をかけると、コートのジッパーを一気に引き下げた。前が開ききるよりも早く、降り注ぐ銃弾を避けるために空中で身体を鮮やかに反転させる。その刹那、翻る黒のコートの間から、隠されていた巨大な翼が解き放たれた。

それは穴だらけで、およそ美しいとは言い難い——むしろ不気味とさえ思える異形の翼だった。

レイはカラスマスクの奥から覗く全ての標的に対し、正確無比な銃撃を叩き込む。それは傍目には乱射しているようにしか見えなかったが、放たれた弾丸は確実に、そして絶対に対象を穿つという異様な迫力に満ちていた。

 

瞬きをする間の一瞬。前線にいた大量の風紀委員たちは、なす術もなく地に伏していた。

レイは、ホログラム越しのアコに向けて声をかける。

 

「おい、小娘……」

『……もしかして、私のことですか?』

「お前以外に誰がいる……。一つ聞こう、これは空崎ヒナの『正義』に基づいてやったことか?」

 

唐突な問いにアコは驚きの表情を浮かべたが、即座に事務的な顔に戻った。

『当たり前です。すべては、ゲヘナのためにすべてを捧げる委員長のため——』

その答えを聞いた瞬間、レイは羽をおもむろに広げ、ボロボロになったコンクリートを砕くほどの勢いで地面に突き刺した。

「そうか……なら、空崎ヒナが来ないうちに……」

 

レイのライフルに赤と青の光が収束し、膨大なエネルギーが充填されていく。しかし、それを放とうとした直前、彼女はふとポケットを気にする仕草を見せ、舌打ちをした。そして、放つはずだった一撃を止め、一回の跳躍で私たちの元へ戻ってくる。

 

「悪いが……私は戦線から離脱させてもらう」

あまりに突然の発言に、セリカやアルが詰め寄ろうとするが、シロコとカヨコがそれを静かに止めた。

 

「安心しろ、この戦いもじき終わる。——奴が機嫌を損ねなければな」

レイはそれだけを言い残すと、再びフードを深く被り、路地裏の闇へと消えていった。

 

「なんなのよ!急に来て急にいなくなるじゃない!!」

セリカの叫びは、現場の誰もが抱いた困惑を代弁していた。その動揺は、敵であるはずのアコも例外ではない。

 

「逃がすな、追え!」と息巻くイオリを横目に、アコは戦慄していた。「……いったい何だったのでしょうか。一瞬でこれだけの被害を出す個体を、なぜ今まで把握できていなかったのか……。ですが、その主戦力の一人がいなくなった以上、これ以上は……。委員長に知られてしまったら、イオリさんと仲良く反省文ですね」

 

アコが委員長の怒った顔を想像して身震いしながらも、「三度目の正直」として攻撃を再開しようとしたその時、強引な通信が割り込んだ。ホログラムとして投影されたのは、小柄ながらも圧倒的な毛量を蓄えた白髪と、紫色の巨大なヘイローを持つ少女。

 

『アコ』

 

その冷徹な声に、アコの思考は完全に停止した。ゲヘナ最強の象徴、風紀委員長・空崎ヒナの登場である。アビドスの面々も、ホログラム越しですら肌を刺すような風格に息を呑む。

「ひ、ひ、ヒナ委員長!?」と狼狽するアコに、ヒナは淡々と問いかける。

『アコ、今どこ?』

 

『わ、私ですか? 私は……そ、その……えっと……ゲ、ゲヘナ近郊の市内あたりです! 風紀委員のメンバーとパトロールを……』

あまりの嘘八百にセリカでさえツッコミを入れそうになる。アコの独断専行であったことを知り、周囲に安堵の空気が流れるが、ヒナの追及は止まらない。

『さっき帰ってきた』

『そ、そうでしたか……! その、私、今すぐ処理しなくてはいけない用事がありまして、後ほどまた……! い、今はちょっと立て込んでて……!』

『立て込んでる……? パトロール中なのに珍しい。何かあったの?』

 

ヒナの問いに対してアコはなにかいい言い訳がないかを探すものの、その必要はすぐになくなった。

「他の学園の自治区で、委員会のメンバーを独断で運用しないといけないようなことが?」

その言葉にアコは絶句し、恐る恐る後ろを振り返った。

 

すると、そこにはホログラムではない、実体の空崎ヒナが立っていた。

「……アコ。この状況、きちんと説明してもらう」

 

紫色の瞳で射抜くような眼光を向けるヒナの威圧感はまさにゲヘナ最強の名を冠するに相応しいものであった。

「そ、その……これは、素行の悪い生徒たちを捕まえようと……」

「便利屋68のこと? どこにいるの? 今はシャーレとアビドスと対峙しているように見えるけど」

「え、便利屋ならそこに……」

アコが便利屋のいた場所を振り返るが、そこにはもはや影も形もなかった。

「い、いつの間に逃げたのですか!? さ、さっきまでそこにいたはず……!」

なおも言い訳を重ねようとするアコだったが、ヒナの静かな怒りに屈し、ついに項垂れた。

「……分かりました。すべてお話いたします……」

 

涙目で白状しようとするアコに対し、ヒナは周囲を一瞥して首を横に振った。

「いや、もういい。だいたい把握した。察するに、ゲヘナにとっての不安要素の確認および排除。そういう政治的な活動の一環ってところね」

図星を突かれたアコは、なぜそこまで見抜かれているのかと目を丸くする。

「でもアコ、私たちは風紀委員会であって、生徒会じゃない。そういうのは『万魔殿(パンデモニウム・ソサイエティー)』にでも任せておけばいい。詳しい話は帰ってか――」

ヒナがハッと目を見開くと説教を切り上げ、空を見上げた。アコはシュンとして頭を下げる。

 

『申し訳ありませんでした。私は通信を切って反省文を―』

「待って、アコ。」

そう声をかけたヒナのほうにアコはアコを上げる。

「…あなたの行いがどれほどのものなのか、どんな世界に足を突っ込んだのか、その目に焼き付けなさい」

きょとんとするアコ。イオリが不思議そうに尋ねる。

「……そういえば委員長、なぜここに?」

「……私は人に呼ばれたから来ただけ」

その場の誰もが一体誰に?と思った。ある者は便利屋の誰か、ある者はこの馬にいない小鳥遊ホシノを思い浮かべる。

「どうやら、当の本人も“いらっしゃった”ようよ…」

 

直後、頭上から穏やかな、しかし芯の通った声が響いた。

「案外早かったですね、ヒナさん。私よりも早いとは思いませんでしたよ~」

そう声が聞こえると同時にその場に風が吹く。上から下に降ろされるような、そんな風が。

先ほどまで灰色の雲によって覆われていた空に薄明光線が振り注ぐ。

その太陽光を反射して七色に輝く翼を羽ばたかせ、一人の少女がゆっくりと舞い降りる。白の制服と軍帽に身を包み、背中には朱色の髪が流れている。

「はじめまして、風紀委員会の皆様。私は連邦捜査部部長兼連邦捜査長官、鳳月ミコトです。以後お見知り置きを」

 




どうも、作者です。
いつも読んで頂きありがとうございます
これまで毎週投稿を心がけておりましたが、私生活があまりにも多忙になってしまい、これから毎週投稿ができなくなる可能性があります。それでも展開の構想自体は決まっていますので、しっかり書き切りたいと思います。
また、感想や評価等していただけると本当に喜びますので、よろしくお願いします。
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