個性:奇跡を起こす程度の能力 作:弱小妖怪
雲一つない空に懸かった太陽が、ぽかぽかとのどかな陽光を降らせてくる頃。
葉隠は守矢神社の境内にて、えっさほいさと草抜きに励んでいた。
今日はお天道様の機嫌も大変よろしいようで、夏の到来を予告するように暖かな空気が流れている。体操服の内に籠った熱が鬱陶しくて、それ故に山間を吹き抜ける風が酷く心地良い。
葉隠は額を滴る汗もそこそこにまた一つ草を引き抜くと、ぶんぶんと振って根っこから土を落とし、無造作に背後に向かって放り投げた。その先に聳え立つは、こんもりと盛られた雑草の山。
一帯の草抜きが終わるまで、かの山は際限なく標高を笠増ししていくことだろう。
さて、どうして葉隠が草抜きに勤しんでいるのかといえば、単に早苗ちゃんに頼まれたからである。今までは自分一人でやりくりしていたからだろうか、早苗ちゃんはどうも人を頼ることが苦手なようで、困ったような顔で「草抜きとか……お願いしてもいいですか?」と恐々口にしたのだ。
当然葉隠は快諾した。気持ち前のめりになって了承した。元より手伝いに来ているのだから、否などあるはずもない。
そして、今に至るわけである。ちなみに、早苗ちゃんはしめ縄を編むために何処かに行ってしまった。
この神社は山中にある割に敷地面積が広く、比例して抜くべき草も多い。腰が痛くなるくらいに作業を続け、それでも尚も虎視眈々と小娘の挑戦を待ち構える緑の散兵を目にすれば、流石に嫌気の一つや二つは差すというもの。
「ちょっと休憩……」
だから、少しくらい休んでも罰は当たらないだろうと、服が汚れるのも構わずにどっかりと腰を下ろした。
そうしていると、やおら木々の合間から風が吹いてきて柔らかく体を撫でる。草葉の擦れる音はとても涼し気で、舞い散り空間を彩る桜の花と相まって、なんだか存在しない原風景を刺激されるような心地さえしてくる。
まあ、散り積もっていく花弁を見ると別の思考も湧いてくるけども。
これを毎日掃除しないといけないなんて、早苗ちゃんも大変である。しかも、恐らくは小学生の頃から一人っきりでこの神社を管理しているわけだから、最早何が何だか。
葉隠が小学生の頃は、それはもう無邪気な子供らしく一日中くたくたになるまで遊び回っていたものだ。日々の生活は親に保証されていたし、己の人生を費やしてでも遂行すべき使命だってなかった。
ちょっぴり家事を手伝って、親に頭を撫でて貰ったりしたのが精々か。
葉隠には早苗ちゃんのことが理解できない。どうしてそんなに懸命に神に仕えるのか、どうして一人で神社に住んでいるのか、「風祝」は本当に”個性”なのか、そして「神」とは何なのか。なにもかもが分からない。
そして聞けば答えが返ってくると確信しているからこそ、どこまで突っ込んでいいのかも分からない。
ごろんと地面に寝転がると、抜けるような蒼穹が視界いっぱいに広がった。雲一つない空に、夜に取り残された月だけが浮かんでいる。
握らんとするかのように手を伸ばしてみるけれど、透明な手では覆い隠すことさえ出来やしない。
「よし!」
葉隠はそんな女々しい思考をぽいっと投げ棄てた。うじうじ悩んで、それで一体何が出来るというのか。早苗ちゃんがひたむきに生きる姿はかっこいいし、楽しそうにしてくれると嬉しい。それだけで十分。
これから三年間も共に過ごしていれば丁度良い機会だって生まれるだろうし、その時にでも聞けばいい。
そんなことより差し迫った問題だってある。葉隠は草を抜かねばならぬのだ。
背中に力を入れてふんぬっと起き上がり、
「ふぅむ。もしや貴方は、早苗様の御学友であらせられますかな」
「ひぇあ!?」
盛大に肩を跳ねさせた。
振り返ると、そこにいたのは長芋の詰まった籠を背負い、杖を片手に握ったお爺さん。
いったい誰でどうして私有地に入り込んでいるのかと頭の中がこんがらがったけれど、そういえばここは神社である。参拝客が訪れるのも不思議ではない。
強張っていた体から力が抜ける。
「うん、早苗ちゃんとは友達だよ」
「やはりそうでしたか。近頃の早苗様は以前よりも精力的に活動されているようで……ええ、早朝にもしばしば御姿を拝見すると噂を耳にしました。代わりに布教は控えてらっしゃるのは少々残念ですが……詮無いことでございますか。学校には馴染んでおられるのですかな」
「馴染んでるよー。ちょっとだけ変わってるけど、一目置かれてる感じはあるかな。ところで、どうして早苗ちゃんを様付けで呼んでるの? 早苗ちゃんは風祝……巫女さんみたいなものだよね」
だから、その問も軽い気持ちで発したものだった。
葉隠は神道文化に詳しくない。というか宗教全般に詳しくない。
現代人にとって、宗教とはオカルトとイコールで符号される言葉である。
超常黎明期以前は日本にも様々な宗教が存在していたらしいが、現代において基本的に人は神を信じないし、願いを委ねることもない。昔何かで見た話では”個性”とヒーロー社会の作用が云々と語っていたけども、はて、何だったろうか。
一応初詣などの宗教行事は残っているけれど、それらもイベントの文脈で消費されるものでしかない。
妖怪や悪魔なんかと一緒に創作物の中に出現し、オカルト番組で超自然的な存在を崇める奇妙な組織として取り上げられる。ヒーロー社会における宗教とはそういうものなのである。
葉隠が宗教に関連する事物に対して抱くイメージは早苗ちゃんの影響で変容しつつあるが、それでもステレオタイプな観念が基盤なままだ。だから「早苗様? 様は神様とかに付けるもので……でも神父様とは言うし……いや巫女様とは言わない気も……」みたいな、変てこなコンフリクトが勃発したのだ。
歯に食べ物が挟まったような絶妙なつかえが、葉隠からその疑問を引き出した。
そして、お爺さんの解答は想像の斜め上なもので。
「早苗様はいと尊き神であらせらるからですよ」
「んん???」
葉隠の頭の中で、無数のはてなが躍った。
「早苗ちゃんは神様に仕える巫女であって、神様は存在しな……存在……存在する可能性もあるけども! 守矢神社の祭神は神奈子様と諏訪子様だし、現実じゃなくて別の次元とか空間にいるものなんじゃないの?」
「それは重要な問題ですかな。早苗様は幼き頃から儀式によって奇跡を祈願し、我々に恵みを与えてくださった。儂はヴィランの毒に侵され、余生を病室に閉じ込められるはずでしたが早苗様のおかげでこうして今も歩けています。汚染されて死んだ畑も元に戻り、毎年豊作に与れております。希望と共に目覚め、昼は懸命に働き、夜は感謝を抱いて眠る。これだけ満たされた生活が能うのも、全て早苗様のおかげです。実在するかも不明な祭神が何をしているか議論して、一体如何様な益がありましょうか。我々にとっての神は早苗様です。神様を信仰するのは、然程不思議なことではありますまい」
「ほうほう…………は?」
お爺さんの言葉を咀嚼して、噛み砕いて、飲み込んで──葉隠は、この老人の言説を必ずや否定せねばならぬと決意した。
いや、あるいはそれは熾火のように静かに燃える怒りだったのかも知れない。
どうしてもお爺さんの言説を認めたくない。認めてはならない。
だって早苗ちゃんを神と崇めることは、彼女の願いを無碍にするのと同じではないか。まして、ただの十五歳の少女を人として扱うことも放棄するとは、これ如何に。
葉隠にとって東風谷早苗という少女は素直で真面目でお人好しで信心深くて、ちょっぴり変わっているだけの少女である。人々の
「早苗ちゃんは人間だよ。奇跡を起こしたとしても、それは早苗ちゃんが信じる神様方の力によるもの。絶対に感謝はしないといけないけど、信仰を向ける対象を間違ってる」
「そうですな。しかし、よく考えてみてくだされ。その神様が奇跡の源だとして、その者等は我々に何をしてくださったのでしょうか。常に施しを授けてくださったのは早苗様です。早苗様が奇跡を祈願してくださるからこそ、儂も、他の皆も救われたのです。そもそも、本当に奇跡が玄秘学の神に由来するものと証明できますかな。早苗様はまだ幼くていらっしゃる。過ってオカルトを信じなさっただけで、全て早苗様の
腹立たしい。自分らしくもなく苛々してしまっている。
彼が吐き出す神様は、早苗ちゃんが頻繁に口にする「神様」とは全然違う。
舌先に宿るのは厚かましい利己性と冷たい打算だけ。畏れや敬いも確かにあるのだろうけど、紡がれる言葉に親愛の情はこれっぽっちも載っていない。
「……お爺さんにとっての信仰は取引きなんだね。お金の代わりに供物を奉り、商品として奇跡を受け取る。見ているのは実利ばっかだ」
「そう纏められては寂しい気もしますな。早苗様が荒々しい面を発露せぬものかと恐れていますし、常に和やかにいてくださるよう願ってもおります。無論感謝も。日本の伝統的な信仰とは、然るものでございましょう」
「……ッ! そん──」
「和魂と荒魂のことでしょうか? まあ、否定はできませんね」
反射的に言い返そうとして、その前に暖かな手に口を塞がれてしまった。突如空から舞い降りた早苗ちゃんの仕業である。
「おお、お久しぶりです、早苗様。ご壮健そうで何より。先日長芋の収穫をしまして、お蔭様で豊作に与れましたので奉納に参りました」
「態々ありがとうございます。麓までは車ですか? 春祭りも目前なのに、さぞ大変だったでしょう」
「いいえ、参拝をしますのに手間などあろうはずもございません」
葉隠は一歩後ろに下がって覆いから逃れると、ぶすっと口を引き結んだ。早苗ちゃんが一体いつから話を聞いていたのかは分からないけれど、少なくとも二人が交わしている言葉は穏やかで。
言いたいことは山ほどあるけれど、無粋に割って入ることは出来そうになかった。
「それにしても、早苗様には良い御友人が御出来になったのですね」
「はい、とっても素敵な友達です。自慢の友達です」
「ええ、随分と貴方様を慕っておられるようでした。刎頸には及ばずとも、本音を話せる友人は希少なものですからね。若々しい情熱を見ると、少々昔を思い返してしまいます。なるべく大切になさるのが良いでしょう」
「……? はあ」
「それでは、私は拝殿の方に参ります。また、後ほど」
そんな言葉を残して、お爺さんは神社の奥へと歩き去った。
背中に向かってべーっと舌を出すけど、その程度で晴れるような鬱憤ではない。
だからって、後に引かせるような感情でもないだろう。
目を閉じて深呼吸すること、一回……二回。
葉隠はネガティブな感情を脇に除けてから早苗ちゃんに向き直り。
「あっ、今は忙しいので話は後で」
「え?」
「昼……は休憩のおやつ用にやしょうまも作りたいですし、夜にしましょうか」
というわけで、一緒にお昼ご飯や餅菓子を作ったり、ご飯を食べたり、休憩をしたり、体育祭に向けての訓練や春祭りに向けての共同作業もしたりしつつも先の一件は話題に出さず、時間は瞬く間に過ぎ去って──夜。
夜ご飯も終えた後、お月様の下、二人並んで縁側に座っていた。合間には盆が置かれ、湯飲みが仄かな湯気を立てている。
「あれ見えますか? 北の空の高いところの……北斗七星の近くのやつ。天龍座ですよ天龍座! 諏訪子様曰く、あれは本物の生きている龍で、北極星を食べに行こうとしているらしいです!」
「北斗七星で……北極星? 春の大三角があれで……春の大曲線を伸ばして……ぐぬぬ、全部それっぽく繋げる気がする……っ。星座の識別むず過ぎる……!」
科学が発展した現代では闇夜も人の手に切り開かれ、世界中が文明の光に覆われた。昼間に太陽の光が星を塗りつぶしてしまうように、電灯は夜空の群星を人の眼から隠してしまう。
本来ありふれたはずの満天の星空は、今や人の手を離れ幻想へ旅立とうとしているのだ。
その点を鑑みれば、ここは随分と希少な土地だと言えるだろう。
二人空を見上げながらわちゃわちゃはしゃいで、あれだろうかこれだろうかと指を天に伸ばして──おもむろに、葉隠が切り出した。
「……早苗ちゃん。守矢神社への信仰って、神様じゃなくって早苗ちゃんに向いてるの?」
「まあ、はい。そうですね。ですが、これに関して私が語れることはそう多くありません。神を祀る人間が祀られ、巫女が神になるなんてそう珍しいことではありませんから」
空に視線を送りながら語る早苗ちゃんは、あくまでいつも通りの調子で。
月明りに照らされた横顔にも陰りは見えず、相変わらず透き通るような綺麗さを保持している。
「早苗様とも随分と長いこと呼ばれているせいで、もう慣れちゃいました」
それだけで、葉隠は納得した。ああ、そうかと。早苗ちゃんはとっくに向き合って、覚悟を決めてたんだと。
「だから、今日の朝は本当に吃驚したんですよっ」
ふと、早苗ちゃんの視線が地上にまで降りてきた。目を細め、口も微かに尖らせて、拗ねるような口調で言い放つ。
今日の朝……マムシのかば焼き?
「もう忘れたんですか! 早苗ちゃんウルトラ大好きマジ神ってる~! とか言ってたのに!」
「割と誇張されてない!?」
確かに似たようなことは言ったけど!
でも、振り返ってみると確かに不躾な発言だったと自省していると、それを見透かしたように。
「いえいえ、批難しているわけじゃないです。明らかに籠められた意も違いますし、神ってああいう文脈で使われることもあるんだなあって驚いただけで……んふふ、悪くはなかったですよ?」
そう言って悪戯めいて微笑むのは、何だかズルいような気がする。
紡ぐ言葉にあぐねていると、早苗ちゃんは如何にも真面目な話をしますと宣言するように声のトーンを落とした。
「正直に言いますと、私が神として扱われるのは全然構わないんです。私は守矢神社の風祝ですし、況してや現人神の末裔なわけですから、とうの昔に人と神の二面性を持つことも受け入れました。信仰の形も、まあそういう時代だと考えれば固執することもありません。納得いかないのはそこじゃないんです! 守矢神社の神様は一柱じゃなくて三柱なんですよ! 神奈子様と諏訪子様を祀っているんです! いくら社会構造が宗教に不利とは言え、もっと柔軟になって欲しい!」
落としたけれど、最後の方はぷんすかという擬音が聞こえてきそうな程には溌剌としていて。
結局そこに帰着するのかと、苦笑を浮かべてしまうのも仕方がないだろう。
早苗ちゃんが何と言おうと、葉隠が彼女のことを神と見做すことはあり得ない。早苗ちゃんに神としての側面が存在することは承知したし、人智を超越した何かが関わっているのも理解した。本当に神様の血を引いてるのかもなあと、漠然と思っているくらいである。
実際、この少女の不可思議な”個性”やUSJ後の異常な回復速度も、”個性”とは異なる力が働いていることを前提にするなら納得がいく。
ただ、それはそれとして葉隠にとっての東風谷早苗という少女は、素直で真面目で信心深くて、ちょっぴり変わっている友
「あー、ヒーロー社会による宗教の淘汰って、どこかの番組……いや動画だったかな? で解説してた気がする。確か……何だっけ」
「はえ~、そんなのもあるんですか。私と神奈子様で話し合った解釈ですが、簡単に説明しますとヒーロー社会は善悪二元論を価値観の根底に刷り込ませることで秩序を成り立たせてますから、根本的に神道とは相性が悪いんですよね。ヒーローの悪性を疑うな、ヴィランの善性を信じるなってやつです。ヒーローを絶対的な善、ヴィランを絶対的な悪と定義しているわけですから多面性を許容しないんです」
「ヴィランの犯行動機を軽視しているとかで、時折問題になっているやつだね。ちゃんと事情を鑑みるべきだって」
「ですです。しかも神様の立ち位置までヒーローに取って代わられましたから、もうどうしようもないです。昔は困ったときの神頼みなんて言葉もありましたが、今や救けてヒーローばっかりで、神に祈ってもくれません。あと科学の発達で非科学的な存在を否定する風潮が生まれたのも痛いですよね。個性も科学的に解明できてない癖に」
「でも”個性”は科学的に実在することを証明できているから……ああ、神様は観察することも不可能なんだ」
「更に更に個性は超常の現象を引き起こしますから、万の事物への畏れも薄れるというもの。オールマイトなんて拳一つで天候を変えますからね。完全に神秘の側に属してくれたならまだしも、半端に科学的で、しかも超常への鍵が大衆化までされてしまいました。奇跡の価値は暴落です。神は死んだのです」
「ほうほう」
「だからオールマイトが平和の象徴として君臨したように、マジもんの奇跡で畏敬を喚起し、現世利益を約束することで現代的な信仰を確立しようとしたんですけどね。結局は私一人だけが
「癪だけど、言葉の中でしか存在を確認できない神様より目の前で奇跡を起こす巫女さんを信仰する方が自然だからね。癪だけど。……ところで、早苗ちゃんナチュラルにマジもんの奇跡とか言うんだね!? もう隠す気ないじゃん!」
「今更ですもん」
「そっかあ今更かー。…………本当に今更かも」
そんなこんなで、和気藹々とした雰囲気でお泊り会二日目の夜も更けていった。
なお、早苗さんは個性をそれっぽくでっち上げているだけで、口頭で説明する時は神様の御力とか奇跡を起こせるとか普通に言う。単に誰しもが冗談や狂言の類として受け取っているだけで。
また、嘗ての守矢神社とは異なり、現在の守矢神社では名前だけの神は立てられておらず、二柱共を正式な祭神として祀っている。
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投稿済みの話も時折編集していますので、一応報告をしておきます。顕著なものは
・6話の先生方のお見舞いにおいて脳無に言及するエピソードを加筆
・8話の宗教に関する話を今話に適するよう修正
の二つだけです。