個性:奇跡を起こす程度の能力 作:弱小妖怪
「わーたーしーがー!!」
雄英高校の入学から二日目の午後。春の麗らかな陽気に包まれ、つい船を漕いでしまう頃合い。
「普通にドアから来た!!!」
ピッチピチのコスチュームを装ったオールマイトが教壇に立った。
午後の最初の授業はヒーロー基礎学。ヒーローの素地を作るため様々な訓練を行う課目であり、誰あろうオールマイトが担当する授業だ。
NO.1ヒーローを学校に押し込むなんて酷く贅沢な人材の活用に思えるけれど、オールマイトも現役なれど年は結構いっている。
後進の育成に精を出すのも当然のことかもしれない。
朝からずっとそわそわしていたクラスメイト達のモチベーションも爆上がりだろう。
そして今日の授業内容は戦闘訓練とのこと。
「そしてそいつに伴って……こちら!!」
オールマイトがリモコンを操作すると壁がせり出し──
「入学前に送ってもらった個性届と要望に沿ってあつらえた……
「おお!」
恰好いい!
こんなギミックを隠していたとは、雄英も中々やりおる。浪漫を分かっているじゃない。
「着替えたら順次グラウンド・βに集まるんだ!!」
初っ端から気分も上がったところで、我先にとコスチュームを受け取って更衣室に向かうクラスメイトに付いていった。
そうして場所は変わって女子更衣室。
早速皆ケースを開け、目を輝かせながら自分だけのコスチュームに見入っている中で、さっさと慣れた手つきで着替えていく。
さらしの上から白地に青の縁取りがされた服を纏い、水玉や御幣のような模様の書かれた青いスカートを履く。
緋袴ではなく青色で、脇もがっつりと開いているが、守矢神社の正式な巫女服だ。
コスチュームというには活動を補助する機能は一切搭載されておらず、素材的にも優れたものはではないけれども、私が分社なれども守矢神社の風祝である以上、これ以外の服装は考えられない。
周りを見渡してみると、構造が複雑だったり単純に着慣れなかったりで中々苦戦しているようだ。
先にグラウンドに出ようかしら、それとも待っていようかしらと悩んでいると、視界の端っこに浮遊する手袋が映った。
少し視線を落とすとブーツもひとりでに動いている。
ほえ~ポルターガイストかなあと暢気な考えが浮かんで……ふと気付いた。
クラスに透明人間がいたなと。
「いやいや、まさかそんなはず…………あの、透さん……でしたっけ? それボディースーツとか着てますよね? よもや裸ではないですよね?」
「うん! 裸だよ!」
「お、女の子が公衆の面前で裸になるなんて破廉恥です!」
「ちっちっち。しかぁし、誰にも私の姿を捉えられぬのだー!」
そういう問題なの……?
そういう問題かも……?
「あー。あーでもねー。見えないものを見る奇跡なんてありふれていると思いません?」
「………………え、見えてる?」
「いいえ、今は見えてないですよ……?」
「…………………………すぅ、ところで! 東風谷ちゃんのは巫女服っぽいけど、本物の巫女さんなの!?」
露骨に話を逸らしたわね。
透明人間は素顔が見られるのが恥ずかしいって俗説は本当なのかしら。
「はい、巫女です。守矢神社の風祝ですよ」
「おお! それじゃ、コスチュームも守矢神社? の巫女服を改造したものなんだ!」
「え? いや、百パーセントそのままですよ?」
「え? でも、脇空いてるよ?」
「え?」
「え?」
◇
「始めようか有精卵共!!! 戦闘訓練のお時間だ!!!」
戦闘訓練のお時間になった。
場所は入試でもお世話になった演習場だが、今回は市街地演習ではなく、屋内での対人戦闘訓練に手を出すとのこと。
新人教師らしくカンペを読むオールマイトによると、ヴィランがアジトに核兵器を隠していてヒーローはそれを処理しようとしている状況を想定しているようだ。
これは2対2での対戦であり、ヒーロー組の勝利条件は制限時間内での核兵器の回収かヴィランの確保、ヴィラン組の勝利条件は制限時間まで核兵器を守るかヒーローを確保すること。
そしてコンビ及び対戦相手、役回りはくじで決定するらしい。
くじにて私が引いた番号はI。ペアは透さんだった。
「よろしくね!」
「はい、よろしくお願いします」
そんなこんなで第一戦が始まり──波乱万丈の末に終わった。
ビルには爆発によって大穴が開き、担架で保健室に搬送される人も出た。
何やら根深い因縁があったようだけれども、ただの訓練にしては両者共に危ない真似をする。もしもこれが標準なら、これからヒーロー科でやっていけるか不安になるなあ。
うっかりで死んでしまったらたまったものじゃない。
まあ、何はともあれ第二戦。
ペアは透さんで、こちらはヴィラン側。相手は氷と炎の複合個性だろう焦凍さんと大柄多腕な目蔵さんだ。
先程とはまた違う建物の、核兵器が配置された部屋で作戦会議をする。
「透さんの個性は透明人間ですよね」
「うん! そう! 今日は私本気出しちゃうよ! 手袋もブーツも脱ぐ! 奇襲は任せて!」
透さんは鼻息荒くうおー!! とか言いながら手袋とブーツをぽいぽい脱いでいった。
視覚では完全に捉えられなくなったけど、うん。
「東風谷ちゃんの個性ってなに? 風を操ったり飛んでたりしてたよね!」
「私の個性は風祝です」
「かぜはふり」
「軽く説明しますと、ゲームでいうMPみたいな不思議エネルギーを使って体を強化したり弾幕……エネルギー弾を撃てます」
「ほうほう。強個性じゃん!」
「それと守矢の神様の御力で
「おっと急に胡散臭くなってきた」
「まあ基本的にはそんな感じで、体術はからっきしですが前衛も中衛もある程度いけます! あっ、あと呼び捨てでいいですよ」
「そっかー。そっかそっか。うん! 何となく分かったよ!」
おお! と、素直に感心する。我ながらどうかと思うくらいには曖昧な説明だったのに。
「早苗ちゃんは相手の個性知ってる? 個性把握テストからして、どっちも高順位だったし正面戦闘は強そうだよね」
「ですよねー。私も昨日見た以上のことは知りませんが、目蔵さんはフィジカル以外にも強みがありそうです。あの瘤から腕だけじゃなくて、耳や鼻を生やして索敵したりとか? 焦凍さんは……よく分かんないですねー。制御能力はかなり鍛えてそうですけど」
「わーありそう! 私は不意打ち命だから、バレるとキツいんだよね」
ヒーロー組が建物に入ってくるのは五分後から。
それまでに作戦を立て、準備まで完了させないといけない。
目蔵さんは透さんを認識できる程度の索敵能力を持ち、焦凍さんは勝巳さんと同程度の戦闘能力を持つと仮定して作戦を練っていく。
けれど相手の個性や戦略といった不確定要素、その尽くを考慮する程に割り切る必要性が生まれ。
陣営が逆だったらきっと余裕だったろうになあとか益体のない思考が脳の片隅を陣取る頃、透さんが一つの革新的な案を打ち出した。
それは確かな必勝の可能性を感じさせるものだったから、軸に据えてぱぱっと形を整え。
「アンブッシュ・アンド・アンブッシュ……トリプルA作戦を決行する!」
「「えいえいおー!」」
不可視の手と私の手とを重ねて、天に向けて打ち上げた。
◇
「轟、内部の音が消えた」
「……最上階か?」
「ああ」
演習場として指定されたビルの前に、ヒーローチームとして指定された轟焦凍と障子目蔵は立っていた。
既に作戦の共有は終わり、後は五分の経過を待つばかりだ。
轟にとって、今回の対戦相手は決して容易くない存在だ。
一人は透明人間か、それに類する個性を持つであろう葉隠。
人間は認識の大部分を視覚に依存しているため、目に映らないことによるアドバンテージは計り知れない。
その奇襲性能は言わずもがなであり、もしも格闘技術も修めているなら相当に厄介な手合いとなるだろう。
そしてもう一人。轟の警戒をより強力に喚起する少女──東風谷早苗。
風を自在に操り空をも飛翔する姿や、相性差があるとは言え個性把握テストで轟に土を付けた事実は、どうしようもなく推薦入試でトップの成績を勝ち取った夜嵐を想起させる。
顔も性格も名前も全く似ていないが、それでも一種のリベンジのような意識を轟に持たせていた。
幸い、地理的有利は此方にある。
室内という閉鎖された空間では、高い機動力を活かすこともできず、飛翔による位置的有利の確保も不可能。
そして何よりも、この程度のビルならば全域が轟の射程に収まっている。
障子の索敵が機能しない可能性も出てきたが、それも想定の範囲内だ。
開幕の一撃──全域攻撃という屋内戦の掟破りによって相手の作戦を破壊しつつ低体温による弱体化を食らわせ、風の使用にもリスクも付けてから慎重に詰める。
相手は両者共に──特に葉隠は薄着だったから、これは殊に効くだろう。
『それでは第二戦、スタート!!』
「いくぞ」
「ああ」
だから轟は合図が聞こえると同時に右半身に集中し──
「上だッ!! …………グゥッッ!」
──瞬間、彗星のように空から落下してきた東風谷が大幣を障子に叩きつけ、鈍重な音が大気を揺らした。
その一撃にはどれ程の威力が込められていたのだろうか。
複製腕を重ねて防いだ障子の足元には亀裂が入り、マスク越しでも見て取れる程に顔は苦悶に歪んでいる。
防衛を放棄するどころか、屋内戦闘訓練にも関わらず屋外にまで攻め入る暴挙。
正真正銘の掟破りな不意打ちに、刹那の間思考に空白が生まれた。
しかし、幼い時分からトップヒーローになるために戦闘訓練を積んでいるだけあって瞬時に復帰し、真下に飛翔することで障子を大地の磔にせんとする東風谷を引き離そうと氷を放つが──
「確保ーっ!!」
「なっ!?」
一糸まとわぬ姿になることでほぼ完全に不可視化した葉隠によって、轟に確保テープが巻き付けられてしまった。
そうして人数差が生まれれば、東風谷の対処に掛かり切りな障子にも為す術はなく。
『ヴィランチーム、ウィ───ン!!!」
「「いえーい!!」」
勝者を讃えるアナウンスと、少女達の軽いハイタッチの音が状況の終了を告げた。
◇
「んっふっふ。完璧に決まったね!」
「はい! 勝負に勝つことぐらい、奇跡でも何でもないです!」
いえーいと透さんと勝利の喜びを分かち合った後、お祓い棒でぶん殴った目蔵さんに向き直った。
不慣れなりにあまり損傷は与えないよう気を遣ったが、それでも彼の巨体を封じ込めれるよう割と本気を出した。
衝撃を与えるより力を加え続けることに注力したとはいえ、私の腕にかかった負荷からして骨が折れていてもおかしくない。
だから大丈夫かと問い掛けてみれば、彼は至って無事だという。
ほっと安堵の溜息を零し──私たちは待合室に帰還した。
すると、クラスの皆が歓声と共に出迎えてくれた。照れる。
勝てばよかろうの精神で練られた作戦による、開幕奇襲での塩試合。
もしかすると非難されることもあるかもと思っていたから、安心することしきりだ。
「今戦も甲乙つけがたい素晴らしい試合だった! 決着は一瞬だったが、皆よくベスト尽くした! 音声のないモニタールームからでは読み取り難い部分も多かっただろう! 各チーム、作戦を話してくれるかな? まずはヒーローチームから!」
「ああ、俺らは──」
「ええ!? 丸ごと凍らす!?」
「なんて出力だよそりゃあ! ……いや、そういやさっきも建物ぶっ壊れてたな」
「仲間を巻き込まず、核兵器にもダメージを与えずに敵を弱体化する。素晴らしい手ですわ」
「うわあ……想定してた最悪を上回ってきてる…………」
「うひゃあ! ぎりぎりの勝利じゃん!」
そうして始まった講評で、語られたヒーローチームの作戦に私は結構引いた。MAP兵器は駄目だろ。それも全域を攻撃しつつ索敵できるなんてバランス調整必至だ。
先の戦いで大火力を発揮した二人みたいに状況設定的に忌避するような性質でないのもいやらしい。
素直に防衛に応じていたら、相手が詰めを誤らない限り負けていただろう。
それでも、勝利したのは私たちだ。
ヒーローチームがゴングが鳴ると同時に盤面を薙ぎ払って”王”以外の駒を落とそうとしたならば、私たちは相手が駒を指す前に無防備なプレイヤーを殴り飛ばすつもりだった。
相手が何をしてくるか分からない? それなら何かする前にやっちゃえ!
脳まで筋肉に染まっている? 馬鹿を言え。これは啓蒙だ。
透さんの案に乗っかると決めた時点で時間はあんまり残されていなかったら、ちょっぴり話し合いつつも慌てて屋上に移動し、敵を捕捉。
適当な配置につく時間も当然なかったから、試合開始と同時に飛び降りて急襲することで合意。
私は加速しながら目蔵さんに殴りかかって注意を引き、風で減速しつつ無音で降り立った透さんが焦凍さんを捕縛。
確保テープのために完全な透明化は出来なかったけれど、所詮は手の平に余裕をもって収まる程度のサイズだから、人の視界が上下方向に狭いこともあって認識するのは困難極まりない。
結果、呆気ないほど見事に奇襲は成功したわけだ。
「つってもよー、これは屋内戦闘訓練だろ? 屋外戦はありなのか?」
「いい質問だね!」
誰かが零した当然の疑問。ただの独り言だろうそれが、オールマイトに拾われた。
そう、これこそがこの作戦の欠点。
即ち、授業の趣旨外し過ぎ問題。
伝説の体現者たるトップヒーローからお小言が飛んでくるのではないかと、透ちゃんと揃って肩を震わすが──どうやらそんなことはないらしい。
「確かに訓練としては減点かもしれないが、ルールには一切反しておらず、設定された状況に対して適切な行動を取っている! 屋内戦という常識に囚われずに最も勝算の高い策を採択する──実戦を想定した場合、これは中々できることじゃないぞ! 改めて素晴らしい試合だったぜ!」
それからも順当に試合は進み。
「お疲れさん!! 緑谷少年以外は大きな怪我もなし! しかし真摯に取り組んだ!! 初めての訓練にしちゃ皆上出来だったぜ!」
最後の講評が終了し、オールマイトが今日の統括を口にした。「想像していた雄英」って感じの真っ当な授業に、称賛と困惑とが飛んでいるのはどうしてだろうか。
「それじゃあ私は緑谷少年に講評を聞かせねば! 着替えて教室にお戻り!!」
ともあれバヒューンと盛大に土煙をあげてオールマイトは走り去った。
これで今日の授業も終わり。
最後に相澤先生から所連絡を聞いたら解散だろう。
二日目も濃かったなあと思いながら伸びをしていると、ちゃんとした自己紹介がてら訓練の反省会をしないかという提案が上がった。
「けっ」と言いながら去った人や全く見向きもせずに帰った人もいるが、概ね参加する意思を表明している。
私は……どうしようか。
帰宅するにもそれなりの時間がかかるし、神社をあまり空けておきたくない思いもある。
けれど、このクラスは割と居心地が良いし、参加するのも悪くないだろう。
私も参加すると答えようとして──ふと、視線に気付いた。
ぶどう頭の小さい人がこちらを見上げている。
「晒か。いいね。チラリズムの鼓動を感じる」
「は?」
は?
結局、反省会には参加した。
この早苗さんは幼くして習得した相伝の秘術に絶対の自信を持っているため、ただの一度として戦闘訓練を行ったことはない。勿論、実技試験の対策も。