個性:奇跡を起こす程度の能力 作:弱小妖怪
「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の先生の三人体制で見ることになった」
また日を跨いだ午後。
特に何事もなくヒーロー基礎学の時間を迎え、相澤先生が教壇に立った。どうやら、今回はオールマイトではないようだ。
取り出されたカードもまた、前回とは様相が異なる。戦闘訓練では「BATTLE」と表記されていたが、今相澤先生が手にしているカードには「RESCUE」の文字。
つまり、今回の授業内容は。
「災害水難なんでもござれ、
その言葉に教室内がどっと沸くが、相澤先生が恐ろしい眼光を添えて注意するとぴたりと止んだ。
A組生徒は順調に調教されている。
「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上、準備開始」
それだけ言い切ると、皆めいめいに動き出したけれど、私はどうしたものだろうか。
私のコスチュームは守矢神社の巫女服をそのまま登録したものであり、当然ヒーロー活動に耐えうるようには製作されていない。用途からしても、体操服とどちらが救助訓練に優れているかは自明の理である。
でも、決して動き難いものではないし、幼い頃から着続けているだけあって勝手もよく知っている。何せ、学校に行くときと寝るとき以外は巫女服で活動し続けているくらいだもの。
結局、逡巡は僅かなものだった。巫女服でいいなら巫女服を着るにきまっている。
私も壁からせり出したコスチュームを受け取り、更衣室に向かう女子達に付いていった。
◇
「透さん、コスチューム着るんですか!?」
「うん! 折角の機会だからねー」
「私が言うのもあれですが、無用な怪我をしないか心配です……」
透さんのコスチュームは透明化の個性を活かすために手袋とブーツだけで構成されており、それを着ることは服を脱ぐことに直結してしまう。
手と足の先端以外、全部素肌が露出しているのだ。
救助訓練ともなれば危険な環境で活動することになるかもしれないし、そもそも身を隠すべき敵だって存在しない。
変に怪我をしてしまわないか、はらはらする。
「バスの席順でスムーズにいくよう、番号順に二列で並ぼう」
さて、場所はグラウンド。
停車しているバスの前で、大きな声と身振り手振りで天哉さんがそんな指示を出した。ぴっぴっと聞き慣れた音も響いているが、どうしてホイッスルまで持っているのかと疑問を抱くのは野暮だろうか。
とりあえず皆逆らうことなく整列してから乗り込んだが、バスの座席は想定していたものとは異なる配置だったようで、各々思い思いの場所に腰を落ち着かせた。
天哉さん曰く、「こういうタイプだった、くそう!!!」とのこと。
「私思った事を何でも言っちゃうの、緑谷ちゃん」
「あ!? ハイ!? 蛙吹さん!!」
「梅雨ちゃんと呼んで」
そんな彼を他所に、出久さんと梅雨ちゃんはお決まりのやりとりをしていて。
「あなたの個性、オールマイトに似てる」
発せられた問いは、車内によく通った。
一気に空気が緊張感を帯びたのが、肌に伝わる。
最近、密かにに囁かれている噂がある。それは、出久さんがオールマイトの隠し子ないしはそれに類する存在であるという説だ。
出久さんの個性がオールマイトを想起させる超パワーであることや、前ぶりもなく現役バリバリのトップヒーローが教職に就いたこと、オールマイトの個性が秘匿され続けていることなどが結びついて形を成した噂だと思われる。
とは言え、噂は噂。火のないところに煙は立たぬと言えども、こじつけと妄想から陰謀論は生じるのだ。だから誰も信じていなかったのだが、
「そそそそそうかな!? いやでも僕はそのえー」
その反応は何かありますと全力で自白しているようなものだろう。
空気が更に凍えるが、そこで鋭児郎さんが助け舟を出した。
「待てよ梅雨ちゃん。オールマイトはケガしねえぞ。似て非なるアレだぜ」
まあ何か繋がりがあったとしても、個性が似ているから引き取った弟子とかそんなのだろう。
既に片鱗は見せているし、後継者として期待されていても不思議ではない。
仮に血縁があったとしても、全く外見は似ていないから相当な遠縁じゃないかな。
そこから話は個性談義に派生し、云々かんぬんあって「派手で強えっつったらやっぱ爆豪だな」と鋭児郎さんが口にしたが、いやそれはちょいと待てい。
「私のも派手で強いですよ! めっちゃ派手で強いです!」
私が現存する守矢神社の最後の管理人であり、唯一の風祝である以上、必然的に看板の役割も一手に担うことになっているのだ。
故に私が侮られることは神奈子様と諏訪子様が侮られることとイコールで繋がってしまう。見縊られるのは許されない。
「つってもよー、俺は空を飛んでるとこしか見たことないぞ?」
「戦闘訓練も一瞬で終わったからなー、印象が薄い」
自業自得だった。
「ならば次の戦闘訓練では玄妙華麗な弾幕を披露しましょう。皆さんの度肝を抜いてやります!」
「おう、楽しみに待ってるぜ」
夢で聞く幻想の郷で遊ばれ錬磨されたものと比べれば稚拙だろうが、それでも見事な仕上がりだと自負している弾幕で挽回しよう。
それから間もなく目的地に到着し、バスから降りてドーム状の訓練施設の中に入ると、私たちの視界にテーマパークを想起させる光景が広がった。
「水難事故、土砂災害、火事……etc。あらゆる事故や災害を想定し、僕がつくった演習場です。その名も……
そう説明するのは、災害救助で目覚ましい活躍をするヒーロー、13号。完全な宇宙服な見た目のコスチュームを纏っているためかずんぐりむっくりとしたシルエットが特徴的であり、紳士的なヒーローとしても人気を博している。
また、どうもお茶子さんが熱心なファンなようだ。
「えー、訓練を始める前に、お小言を一つ二つ……三つ……四つ……」
三人体制と説明があったにも関わらずオールマイトが見当たらないが、それに関する説明はないままにお小言が始まった。
超人社会は個性使用を資格制にし制限をかけることで取り繕われているが、同時に各々が容易に人を殺せる力を所持している状況にある。
13号の個性である”ブラックホール”も沢山の人を災害から救っているが、使い方を誤れば簡単に人を殺してしまう力でもある。
今までの授業で自身の力が秘めている可能性を知り、人に向ける危うさも体験したのだから、次は人命のために活用する術を学んでいこうというものだ。
「君たちの力は人を傷付けるためにあるのではない。救けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな。以上! ご清聴ありがとうございました」
13号先生が右手を胸に恭しく礼をすると、私たちは拍手喝采で応えた。
天哉さんに至っては「ブラボー!!」と連呼している。
「そんじゃあ、まずは……」
話が終わったことを確認した相澤先生が何か言いかけようとしたが、どうしてか訝し気に背後に視線を遣り──刹那、らしくなく焦燥さえも孕んだ声で叫んだ。
「一かたまりになって動くなッ!! 13号! 生徒を守れ!!」
噴水広場に黒い靄が広がっている。
それはワープゲートの役割でも果たしているのだろうか、自らを悪だと主張するかのように悪趣味な恰好をした人間が続々と現れた。
彼らの行進は止まらず、個性の影響か姿形も様々であり、その様相はまるで百鬼夜行。
「何だアリャ!? また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」
「動くな! あれはヴィランだ!!!」
「どこだよ……せっかくこんなに大衆引きつれてきたのにさ……オールマイトがいないなんて……子供を殺せばくるのかな?」
それでも、まだ暢気な気分でいられた。ヴィランはヒーローに退治されるものという観念が常識になるまで刷り込まれていて、加えてここはヒーローの学校。
一枚の液晶、リングのロープ、それらを隔てているような感覚が現実感を希釈し、危機感の伝播を阻害していた。
けれど、どうしようもなく分かってしまう。
あの悍ましい悪意は、確かに私たちを認識している。
「先生! 侵入者用センサーは!」
「もちろんありますが……!」
「現れたのはここだけか学校全体か……なんにせよセンサーが反応しねぇならむこうにそういうことが出来る”個性”がいるってことだな。校舎と離れた隔離空間。そこに少人数が入る時間割。バカだがアホじゃねぇ。これは何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」
焦凍さんが冷静な指摘をすると、更に場の緊張度が増す。
「13号避難開始! 学校に連絡試せ! センサー対策も頭にあるヴィランだ。電波系の個性が妨害している可能性もある。上鳴、お前も個性で連絡試せ」
相澤先生も必要な指示を出すと、13号先生に任せたと言葉を残して広場に正面から突っ込んだ。
相澤先生の”個性”は『抹消』。凝視している間、視た者の"個性"を抹消するだけの”個性”だ。
異形型には通じず、発動したところで個性なしの戦いを強制するだけであり、決して対多数に有利なものではない。
だから不安を抱いたのだが、それでもプロヒーローの面目躍如といったところか、危なげなく無双していたから直ぐに視線を切った。
13号先生に従って避難を開始するが、流石に相手も易々と逃げさせる気はないらしい。
黒い靄が壁を成すように広がり、行く道を塞がれてしまった。
「初めまして、我々は
恭しい名乗りとは裏腹に、この黒い人が語る内容は酷く物騒。
だって、拳一つで天候を変える化け物を殺すと言っているのだ。
その途方もない難易度も、目標達成によって引き起こされる混乱も承知しての宣言ならば……しかも希少な転移系個性を擁する規模の組織が動いているなら……ああ、神奈子様、諏訪子様、吉兆どころか特大の凶兆が見えるのですが。
勝巳さんと鋭児郎さんが左右から仕掛けるものの透かされ、次の瞬間、爆発的に広がった黒い靄に私たちは呑まれ──
「あっつ!」
──景色が火災に呑まれたビル群へと移った。
落下しているようだったから浮遊し、周囲を見渡す。炎上するビル群、直ぐ傍には施設を区切る外壁、その向こうには聳え立つ断崖絶壁。ここはおそらく、燃え盛っていたエリアの端っこだろう。
眼下には夥しい数のヴィランが集ってる。
ざっと数えて、およそ十から二十といったところか。
「ちっ。浮遊個性持ちか、面倒臭え」
「ぎゃはは! マンハントだ。俺が落ち落としてやる」
「お前の汚ねえエイムで当たるもんかよ! 黙って俺の狙撃を見とけ!」
私以外に送り込まれたクラスメイトはいなそうだ。……透ちゃんが先に来ていて
「透さーん! いたら返事してくださーい!」
一応声をかけてみたけれど、返ってくるのは罵声ばかり。
ならと、とりあえず狙いも美学もクソもない弾幕の絨毯爆撃で地上を薙ぎ払った。
さて、これからどうしたものだろうか。
うーんうーんと唸りながらくるくるりんと一回転、二回転……三回転。
……クラスメイトを助けにいこうかな。
サンプル数は一つではあるけれども、私みたいに多対一を強制された例もあるわけだ。
皆倍率300倍の壁を突破して入学しただけあって優秀だけれど、数の暴力は多少の才能を踏み躙る程度には偉大だ。
直接戦闘には不向きだとか準備を要する個性のクラスメイトが単独でヴィランの集団の只中に放り出されてしまったら、救援が到着する前に殺されてしまってもおかしくない。
オールマイトを殺すだけの策があるなら相澤先生も危ないかもしれないし、実際はさっさと救援を呼びに行くべきかもしれないけれども、最善の選択肢なんてちっとも分からない。
その時はその時で臨機応変に柔軟な云々かんぬんで何とかすればいいだろう。
手始めに同じエリア内で騒動の音を拾えないことを確認してから、隣の岩山エリアに飛び立つと──丁度、電気さんが放電してヴィランを一掃したところだった。
地面から這い出ようとしていたヴィランの手を踏み折りながら着地する。
「調子はどうですか?」
「東風谷さんは流石ですね。私たちもどうにか……それより皆さんの方が心配ですわ。オールマイトを殺すと豪語する根拠が気にかかります」
「うェ~~~い」
絶縁シートと思しき布から出てきた百さんはあられもない恰好になっていたが、自爆して頭がやられた電気さん以外は目立った怪我もないようだ。むしろ、この場で一番危ういのは放電を食らったヴィランの命かもしれない。
「あっ、響香さんって地中に攻撃できますか? 私の足元にヴィランが潜んでいるんですが」
「うわっ、マジじゃん! 気絶させたよ」
「それじゃあ私はこれで」
返事が届くより先に飛翔して離脱する。
とりあえず三人の無事は確認できた。
次の目的地は広場だ。
高い所からはよく施設内を見渡せる。
私の視力は人間相応だから纏めて全貌を把握することは不可能だけれど、状況把握に役立つ情報も少しは拾えた。
土砂に塗れたエリアは広い範囲が氷に覆われているし、水難がテーマと思しきエリアでも団子のような塊にされた人の群れが水柱に打ち上げられたのを確認した。また空白地帯には誰もおらず、広場と入口にはいっぱいの人影がわさわさしている。
全く様子が分からないのは、最も施設の手前側にあるドームに覆われたエリアと倒壊したビルが目立つエリアだけ。
だから広場に向かったのだけれど──相澤先生がピンチっぽいね。あっ、誰か……天哉さんかな? が逃げた。
ひとまず相澤先生から黒男を引き剝がすことが優先か。
さらに加速し、御払い棒を力任せに全力で叩きつけ──
「あー、これは駄目なやつかも」
──手応えはあったのに、何の痛痒も感じていないように黒男は立ち続けている。
「あ? おい脳無、そいつを殺せ。なるべく惨たらしくだ」
そして次の瞬間には、私は深い水の中に沈んでいた。
この早苗さんは守矢神社の盛衰が己の双肩にかかっていると認識しているため、生来の生真面目さと相まって空回りしがち。