個性:奇跡を起こす程度の能力   作:弱小妖怪

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人命救助訓練・後

 黒い霧に飲み込まれ、水難ゾーンに送り込まれた緑谷は梅雨ちゃん、峰田くんと共に窮地を脱し、広間で戦う相澤先生の様子を窺っていた。

 ヴィランにも僕らの力が通用したのだから、隙を見て先生の負担を減らせるのではないかと安易な考えを抱いて。

 

 しかし今、相澤先生は今まで微動だにしていなかった大男によって組み伏せられている。

 視界が何かが過ったと思った次の瞬間には、全部終わっていた。

 

 恐怖によって瞳孔が拡大し、冷や汗が際限なく湧いてくる。

 

 男は機械的に相澤先生の腕をへし折り、頭を掴むと大地が罅割れる程の力で叩きつけ──先生の苦悶の声がここまで届いてきた。

 助けにいかなければならない。そうしなければ、相澤先生が殺されてしまう。

 

 そう思いはすれど、緑谷には呆然と見ていることしかできなかった。

 

 

 それでも、動く者はいる。

 自らの力を過信したが故の蛮勇か、相手の力量を見誤る愚昧さ故か、兎角、空から緑の巫女は降って来た。

 かつての戦闘訓練を彷彿とさせる様相で。

 

 振り抜かれた大幣に、技術は欠片も宿っていない。

 速度こそ正義と言わんばかりの、重力を引き連れた大味な一撃。

 

 それは見事に大男の肩に直撃し、威力を物語るかのように轟音が空気を劈くものの──相澤先生を押さえ付ける大男に、一切の揺るぎはない。

 

「あー、これは駄目なやつかも」

 

「あ? おい脳無、そいつを殺せ。なるべく惨たらしくだ」

 

 衝撃と諦観とを孕んだ声音が耳を通り抜け、玩具に向けるかのような喜色を伴った声が背筋を掻いた。

 とめどない悪寒を前に逃げろと叫ぶ間もなく──豪風が肌を撫で、緑谷たちの背後の水面に何かが着弾した。

 

 先のスマッシュで発生したものよりずっと高い水柱が打ちあがり、級友を襲った脅威に悲鳴を上げる間もなく、押し寄せる波に緑谷たちの体が激しく引っ張られる。

 

「私が行くわ」

 

「……っ! お願い!」

 

 耐えるのが精一杯で思うように身動きも取れない緑谷と峰田くんを尻目に、梅雨ちゃんが荒れ狂うプールの中心へと潜っていった。

 

「ちっ、木偶の坊め。惨たらしくの意味も知らないのか? 無力な教師の前で泣き叫ぶ生徒を殺すことに意味があるってのに……まあいい。お前が弱いから助けに来た子供が殺されたよ、ヒーロー。ねえねえ今どんな気持ち? 教えてくれよ」

 

「死柄木弔」

 

「……黒霧、何の用だ。今いいところなんだよ」

 

「13号は行動不能には出来たものの……一名、逃げられました」

 

「は?」

 

 その間にも状況は無慈悲に進む。黒霧の失敗によって作戦が崩壊したことを悟った死柄木は神経質に手で覆われた顔を掻き毟り、仕方なさそうに帰還することを宣言した。

 それに安堵したのも束の間、悍ましい悪意を宿した死柄木の視線がこちらを貫き──

 

「ケロ」

 

──ひょっこりと、梅雨ちゃんが水面から顔を出した。

 

 梅雨ちゃんが東風谷さんを連れて来ずに戻ってきたということはつまり。

 

 緑谷の脳裏に最悪の予想が横切るが、彼女はいいえと否定する。東風谷ちゃんは生きていると。

 それに呼応するように、頭上から声が降って来た。

 

「死ぬかと思った……」

 

「ああ? 脳無。お前、殺せてすらないのかよ。マジで能無しだな」

 

「は? 全身ぼろぼろよ。賠償して欲しいものね」

 

 彼女は全く無事であるかのように泰然と振舞っている。軽口の応酬も軽妙で、目を塞いでいたら本当にそうだと錯覚してしまうかもしれない。けれど右腕は寄る辺なくぷらぷらと揺れており、全身に傷を負い、血と水が混じって濡れそぼった姿は見ているだけで痛々しい。

 それはそうだ。あれ程の速度で大質量の塊である水に着弾したのだから、怪我の程度は想像もつかない。しかも、船の砕片も混じった渦の只中にいたことを鑑みれば、平気そうにしていること自体が不思議なくらいだ。

 

 

 彼等の話からするに誰かが救けを呼びにいってくれたようだ。未だに追撃する意思を見せているが、時間さえ稼げば確実にプロのヒーローたちが──オールマイトがやってくる。そして話に付き合っている間は脳無と呼ばれた男も動かない。状況はどこまでも好転し続けるのだ。

 

 だから、会話で時間を稼ぐつもりでそんな振る舞いをしているのかと思ったが──違う。

 一瞬、ほんの一瞬こちらに向けられた視線は──そんな軟な意図を許容していなかった。

 

 戦うから、離れておけと。

 

「仲間を救けるためさ。知ってるだろ? 他がために振るう暴力は正義として認められるんだ」

 

「理由も目的も関係ないです。知ってるかしら? 正当防衛でない限り、個性を用いた暴力はおしなべて免許制なのよ」

 

「……お前ヒーロー科の学生か?」

 

「当たり前のことを聞くのね。私は風祝の早苗。今や絶え果てた現人神の末裔。奇跡を起こす神の力で、貴方たちに報復するわ」

 

「いいね。やれ、脳無。土産にコイツの命を貰おう」

 

 轟音を背後に脳無が東風谷さんに向かって飛び掛かり、重力の軛と風の結界によって弾かれる。東風谷さんは中空まで舞い上がり、一言、何かの技名を宣言した。

 

 準備「サモンタケミナカタ」、と。

 

 瞬間、世界の彩が変わった。

 赤色と青色。それぞれの色の光弾から成る五芒星が一定の規則に沿って地上に降り注ぎ、大地で弾けて弾幕の華を咲かす。

 

 まるで流れ星か、それとも花火か。

 現実離れした光景に息を飲む。

 

「……離れるわよ、緑谷ちゃん、峰田ちゃんも」

 

「あ、ああ」

 

「そうだね……って、ちょっと待って。相澤先生が!」

 

 これも東風谷さんによるものだろうか、独りでにごろごろと転がって来た相澤先生を抱え、無力さに唇を噛み締めつつ三人は入口に向かって離脱した。

 

 

 

    ◇

 

 

 

「弾幕ごっこでもないし宣言する必要はないんだけど、やっぱり名前は大事よね」

 

 張り巡らされた弾幕の結界を物ともせず突っ込んでくる脳無さんをひらりひらりと避けながら独り言ちる。

 割と霊力を込めているにも関わらず、どれだけ当たっても傷の一つも負わないところを見ると嫌になってしまう。肉体強度だけで耐えないで欲しい。

 

 神様たちが言っていた幻想の郷で、大妖怪や神霊を相手に弾幕ごっこを挑む弱小妖怪や人間に共感できるかもしれない。

 いや、違うか。だってHPで耐えるのはルール違反だもの。

 

 ああやって大地を這いまわって避けてくれると嬉しいのにね。

 名前は弔さんだったろうか。そっちはメインターゲットじゃないからあんまり関係ないけれど。

 

「面倒だな。黒霧、撃ち落とせ」

 

「はい」

 

 と、そこで黒い霞が地上から弾幕を吞み込みながら迫って来た。律儀なことに、弾幕を反射するおまけつきだ。

 だが、機動力は私の方が上だ。

 

 最早無差別に撒き散らされる赤青の弾幕と、地上と屋根とを反射しながら、時々霧も通して撃ち出される脳無の弾丸の中を泳ぐ。

 効果がなくとも構わない。これは、圧縮に圧縮を重ねた詠唱のようなものでしかないから。

 

 ただ、目減りする霊力だけは憂慮せざるを得ない。一分も稼げれば十分だが、果たして、最後まで持つか。

 

 全部脳無さんとかいう化け物のせいだ。背後に飛んで受け流した上でお守り代わりに持ち歩いていた符まで使い切って最大限の障壁を貼ったのに、儚く砕けて盾にした右腕まで壊されるし。

 真面に喰らえば即死するのは明らかだから、今だって霊力をどばどば蕩尽して何とか避けているだけだし。

 

 あれが同じ人間なのかも疑わしい。脚力だけで天地の間を跳ねまわるな。地上も天井もクレーターでぼこぼこになってますよ。

 必要性がないなら、コイツよりも戦いたくない相手はそうそういない。精々オールマイトくらいじゃないかな。

 

 帰って寝たい。ぐっすり寝たい。けれどこれも信仰のため。

 

 自らの弾幕で自爆することは許容し、何としてでも脳無さんの突進だけは回避する。

 軸を無軌道にずらすことで狙いを甘くし、黒霧さんとは距離を取ることで不意な攻撃を予防する。

 

 けれど突如進行方向から霧が渦を描いて収束し──そっか、転移もあるのか。

 こめかみから滴る血を乱雑に拭いながら、螺旋軌道で落下する。

 

 序に欲張るなら吹き飛べと、圧縮した風の爆弾を設置しておくが──退き時は弁えているようね。

 

 

 これは弾幕ごっこそのものではないけれど、まるで伝え聞いていたそれを遊んでいるみたいで。

 死のリスクはあるものの、まあ元からたまに死んでいるらしいし。

 

 

 ああ、うん。楽しい。

 弔さんとか、どうでもよくなっちゃうくらいに。

 

 けれど、そう考えたのがいけなかったのだろうか。

 彼は一番されると嫌なことをしてきた。

 

 即ち。

 

「チッ! 羽虫かよクソが! 脳無、そいつは放っておけ、きりがない。入口の方にまだうじゃうじゃいるだろう。そっちを狙え」

 

 無視という選択。

 

 幸いにも、脳無さんと私と入口の高台とで直線関係になっている。

 一度だけなら、立ち塞がる機会がある。

 

 

「神奈子様、御力を御貸しください」

 

 

 こうなっては、儀式を続ける余地はない。

 体感では十分くらい過ぎているけれど、実時間ではどれだけ持たせることができただろうか。

 

 四十秒くらいはあればいいと考えて──ふと自嘲が漏れた。

 小さな奇跡なら一言、天変地異なら数日、なら私が求める奇跡はどれくらいだろうかと。

 

 まあ足りなかったら、足りるまで霊力を注ぎ込んでどうにかしよう。

 

 

 弾幕ごっこならば、今から宣言するスペルの名は”大奇跡「八坂の神風」”だったろうが、これは弾幕ごっこじゃない。

 故に美しさと思念に勝るものもあり、単純な実力主義も肯定する。

 

 畢竟、これは弾幕でなく。

 

 正真正銘、八坂の神風だ。

 

 簡易な儀式故、規模は弘安における神風にも遠く及ばない。

 神秘遠き世界故、雲が大龍に化身するようなこともない。

 信仰薄れし世界故、神様方は些細な干渉しかできない。

 

 されど、されどだ。

 

 これなるはいと尊き神の御業──その顕現である。

 

 巫女服を風にそよがせつつ、大地に降り立つ。

 手より滴る血を環を描くように撒けば、そこは異界。

 

 現人神に流れる鮮血にして、無垢な風祝の浄血が創り出す結界の境。

 現世の理を退け、幻想の神秘を招来し、守矢の祭祀場を定義すれば、其は紛れもなく神域である。

 

 静寂に閉ざされた世界に、稀薄ながらも温かな気配が降りた。

 

「……諏訪子様まで。ありがとうございます」

 

 穏やかな風が肌を撫でる。

 かつて麗らかな午後の縁側で耳にした、涼やかな風鈴の音色や葉擦れの歌声まで聞こえてくるのは果たして幻聴だろうか。

 

 怪物が迫り来る。黒染めの巨体を躍動させ、大地を粗暴に踏み砕き、剥き出しの脳を冠して迫り来る。

 

 対して私は、ただ折れた右腕を掲げた。

 

 神風は勝利を約束し、因果は廻りて祟りを招くのだから。

 

 

 ぱんっ! と、呆気なく、それはもう拍子抜けするほど呆気なく脳無さんの四肢が弾けた。

 血霧が舞い、肉と骨だったものが散乱する。

 

 彼は突進の勢いそのままに倒れ伏し、階段の手前まで轍を刻んだ。

 同時に、神様方の気配も消え去った。

 

 どっと込み上げてくる疲れに膝を付きたくなる。足の親指の付け根程度とは言え、信仰は薄れ幻想も否定された現代に神様の力を招来するなんて無理をしたせいで霊力がすっからかんだ。

 けれどもうひと踏ん張りだと、ぐっとガッツを入れた。

 

「は? お前、何をしやがった」

 

「勝負に勝つことぐらい、奇跡でも何でも無い……とは金輪際言えないかもしれませんね」

 

「イラつくなあ。もう戦勝気分か? まだ終わってねえだろ」

 

「私の報復は終わったのよ。これ以上呪えば、私の墓穴を用意しないといけなくなっちゃう」

 

「ハっ、用意しなかったことを後悔しやがれ。起きろ、脳無」

 

「……っ! まさか!」

 

 咄嗟に振り返ると、弔さんの声に応えるように脳無さんの断面が蠢めいている。

 骨が作られ、筋線維が再生し、絶望を予感させながらも──すぐに何事もなかったように凪いだ。

 

「…………本っ当イライラさせられるなあ、イレイザーヘッド。さっさと殺しておくべきだった。……ああ、クソクソクソクソクソ! …………あ?」

 

 けれども、凪の後には波が来るのが道理とでも言うつもりなのか、明滅する電灯のように、再生と停止を繰り返している。

 

「そうか! そうかそうかそうか! 無理をするなよイレイザーヘッド! その”個性”が切れたらゲームオーバーだ!」

 

 相澤先生は頭部に酷いダメージを負っている。きっと、この均衡を保つために相当な無理をしているに違いない。

 私が弔さんと黒霧さんだけでも捕まえれたら状況は変わるかもしれないけれど、残念ながら霊力が枯渇してしまって戦えそうにない。これ以上の無理をすると、本当に命に関わってくる。

 着水の衝撃と自分の弾幕に被弾したせいで、血を結構流してしまっているのもそれに拍車をかけている。

 

 襲い来る眩暈と頭痛と吐き気と全身の痛みに耐えて、平気そうな素振りで立っているのが限界だ。

 今狙われたら、例え連れてこられただけのチンピラにでも負ける自信がある。

 

 

……戦いを始める前に、会話を引き延ばして時間を稼いでおくべきだったかしら。……いや、どちらにせよね。相手もあんまり付き合う気はなさそうだったし。

 

 だから、只管救援が到着するのを祈り。

 

 永遠とも感じられる程の須臾が経過した頃、ばあん! と音を立てて入口の扉が吹き飛んだ。

 

「もう大丈夫。私が来た」

 

 舞い上がる土煙の只中に立つは、表情を憤怒に染めたオールマイト。

 同時に、再生を終えた脳無が屹立した。

 

「あー……、コンテニューだ。脳無、黒霧、オールマイトを殺すぞ」

 

 そして四者による戦闘が始まった。

 どんどかずどどんと轟音が鼓膜を揺らして、風も激しく打ち付けてくるけれど、流石にもう耐えられそうにない。私は寝る。寝た。おやすみー。




原作よりもオールマイトの勘が働くのが一分二十秒遅かった。
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