個性:奇跡を起こす程度の能力 作:弱小妖怪
「うぅ、揺らさないで……」
心地の良い眠りに浸っていたのに、断続的な揺れが煩わしくてたまらない。
「おき……の! 返……して!」
「五月蠅いわね……」
「名前……かる? 自……の名前を……って!」
「ねむい、ねたい、ねる……」
「起ーきーてー! 死んじゃったらヤだよぉ!」
「……わかった、わかったから」
あんまりにもしつこいものだから不承不承目を開けると、私は宙に浮いていた。確かに体の下に体温を感じるし、何かにしがみついている感触もあるのに、私の目には何も映っていなくて。
つまり、宙に浮いていた。
「…………ゆめだ」
「現実だよ!」
「透さんの声……? おぶさってる……お泊り会?」
「脈絡がない……早くリカバリーガールに診てもらわないと……!」
いつの間にか爆発のような音まで連続して轟き出して、体の芯が震えた。
「花火……もりや神社も、はる祭りの準備いそがないと……」
「春祭り……っ? いいじゃん私も行きたい。準備も手伝うよ……っ」
一緒に……? それはいいね。友だちが来てくれたら、いつもの春祭りもきっと賑やかで素敵なものになるはずだ。
「楽しみね……」
「うん、楽しみ……っ。だから、ちゃんと生きて帰ろうねっ!」
ふわぁ、眠い。
◇
「破産した……」
見慣れない、真っ白な天井を眺めながら私は呟いた。目線を横にやれば、アニメとかでよく見かける点滴スタンドが視界に映った。
どうやら私は入院しているらしい。
しかも、部屋に私一人しかいないから良い所かもしれない。
畢竟、破産した。
人生お先真っ暗である。暗闇の荒野に進むべき道を切り開くことも出来そうにありません。
こっから逃げ出したら有耶無耶にならないかな……? ならないか……。
とりあえずナースコールを押して話を聞いてみると、今日は入院した日の夜であり、体調次第では明日にでも退院できるようだ。
リカバリーガールの処置で負傷こそ治癒できたものの、一向に意識を取り戻さないことと、元の怪我の状態は途轍もなく悪かったことから念のためにと病院に放り込まれたらしい。
気絶していたのは霊力の枯渇が原因だから、文句を言うのは筋違いだろう。
それに家で寝ているだけで回復するとは言え、もう少し霊力が戻らないと家にさえ帰れないわけだし。
加えてただ回復が早いだけであって、怪我も右腕が粉砕骨折していたり、それ以外の骨や内臓も損傷し、出血量も洒落にならないレベルで、生きているのが不思議なくらいだったとか。リカバリーガールの個性は対象の体力を利用するから、通常は応急処置以上の治癒は不可能な領域であり、私が完治したことが不可解でならないとかも言われたのだ。
こんなの、誰だって入院させるに決まっている。
……ふと、嫌な予感を覚えて手を左の横髪にまで持っていった。結ばれていた髪は解かれていて、動かせど動かせど引っかかる感触はない。
髪飾りが、なくなっている。
どっと冷や汗が吹きあがって、焦燥で頭の中がこんがらがる。恐怖と後悔に精神を掻き回されながらも周囲を見渡し、探し──テーブルの上に置かれた私の鞄の中に髪飾りを見つけて、ようやく長い長い息を吐いた。
蛙と白蛇を象った髪飾り。神奈子様と諏訪子様からの贈り物。
………………起きていてもすることはないし、明日の神社でのお勤めに備えて寝よ。
次に起きたら、窓から朝日が差し込んでいた。
昨日と今日の睡眠時間を合計するとどれくらいになるのだろう。
普段からしたら考えられないくらい長いこと眠っていた気がする。
手持無沙汰にぼけーっと待っていると、医師が来て何やら検査されたり説明されたりした。要約すると、三時頃には退院してもいいとのことだ。あと、ぽつりと「まさに奇跡ですねぇ」と呟いていた。
まあ、奇跡なんて結局のところただの偶然の頂点である。自分の関与しないところで人智を超えた事象が発生していたとしても、ただ受け入れるのが吉だ。
「やぁ、東風谷さん!」
「校長先生? おはようございます」
それからもぼけーっと待っていると、哺乳類と思しき二足歩行の謎生物──雄英高校の根津校長先生がやってきた。
そしてもう一人。
「私がお見舞いに来た。ということで、おはよう! 東風谷少女!」
「あっ、はい。おはようございます」
トップヒーローのオールマイト先生も。
時間を奪うことに対して申し訳なさを感じるのを飛び越えて、世界に生じる損失さえ気にかかるようなビッグネームコンビである。彼等は肉体と知能、それぞれの分野における最高峰であり、社会的名誉という点でも”平和の象徴”と”個性道徳教育の偉人”という世界トップクラスの途轍もない人たちだ。
そんな現実的に世界征服も狙えそうな彼等の要件が何かと言えば、雄英高校の不手際で怪我を負わせたことに関する謝罪であった。ヴィラン襲撃の兆候を察知していたにも関わらず、オールマイトが遅刻したりと警戒を怠っていただとか云々かんぬん。
「そう言われましても、この怪我は自業自得な部分が大きいですし……」
事実として怠慢はあったんだろうけど、謝罪を受け取るには私の立ち回りが良くなかった。
最初から脳無さんに万全の警戒で当たっていたら、そうでなくても咄嗟に身体強化にまで霊力を回せる練度があればこうして病室に収まる事態にはならなかっただろうし。
だから頭を下げないでくださいむしろ踏ん反り返ってください心臓に悪いからと頼み込み、頭が私の目線よりも高くなったところで話をすり替えた。
「それよりも、あのヴィランはどうなったんですか? 私以外に怪我人はいますか?」
実際、こっちの方が気にかかる。昨日、どう終局したのか分からないせいでぼーっとしている間もずっと悶々としていたのだ。
「ヴィランは大方捕まえたが、死柄木と黒霧は捕り逃がしてしまった。生徒では緑谷少年が”個性”の影響で重傷を負ったけど、保健室で治療し、その日には退院したよ。13号先生も命に別状はない。それから相澤くんは……両腕粉砕骨折に顔面骨折、眼窩底骨にも罅が入っていたようだ。しかし! それだけで済んだのは君が救けに入ったからだ! ありがとう! 東風谷少女!」
さらに詳しく話を聞くと、相澤先生は今はまだ動けないけれど、明日には復帰して授業も進めるらしい。ガッツが凄い。
出久さんに関しては、まあいつものやつだ。入試では心配したし、個性把握テストでもはらはらしたものだが、四回目ともなると流石に慣れが生じてしまった。
それからも話は色々と進んで、やがて補償へと話題が移った。
どうやら、治療費や入院費は建て替えてくれるらしい。破産の心配も失せ、ようやく憂いなく安堵することができた。
入試で容赦なく高額そうなロボットを使い捨てていた雄英にとっては端金かもしれない。けれど、これから授業でロボットを扱うことがあったら壊さないよう注意しよう。
そんなことを心中で思って。
「それじゃあ慰謝料についてだけど──」
「──いやいやいや慰謝料? いいですいりませんいらないです」
自業自得の怪我なのに治療費とかを立て替えて貰えただけで感謝感激なのに、慰謝料まで貰ってしまっては神様に叱られる。
「本当にいいのかい? 君は生活も楽ではないだろうに」
「確かに苦労はしていますが、奨学金ありきとは言え学校に通えるくらいには余裕があるんです。神社の管理だって何とかなってます。詫びなり感謝の心なりがあるなら、賽銭箱にお札を入れてくれるだけで十分です」
「それでもお金があるに越したことはないだろう? 君には受け取る権利があるのさ」
それなのに根津校長は奇妙なくらいに押しが強くて、簡単には頷いてくれず、断るためにそれなりの問答を交わす羽目になった。
遂に引き下がってくれたのは、口を開くのも億劫になるくらい時間が経ってからだ。
それでこのお見舞いも終了かと思えば、彼等はまだ続きがあると嘯きやがる。
「はぁ……で、次は何ですか? 交通費の話でもするんですか?」
「もっと簡単な話さ。あの脳無と呼称されていたヴィランについて、何か感じたことはないかな? 今は情報が不足していてね、どんな些細なことでも構わないのさ。協力を頼めるかい?」
「脳無さん……ですか?」
ああ、なるほど。その話だったか。
「あの人は生きる屍ですよ。ゾンビか屍鬼か僵尸か、はたまたフランケンシュタインの怪物かは知らないですけど、一般的な人間からは外れてるんじゃないですかね?」
そんなこんなで雄英高校のスケールに悩まされつつも、騒がしく午前のひと時は過ぎ去っていった。
さらにその日のお昼。
雲の形に動物を見出して遊んでいた頃、バンッと勢いよく扉が開かれた。
そうして雪崩れ込んでくる、大勢の人影。
「早苗ちゃん!!」
「東風谷!」
「東風谷さん!」
「東風谷ちゃん」
「東風谷……!」
「早苗ちゃん」
「ええ、何事ですか!? 事件ですか!?」
現れたのはA組女子の六人だった。
今日が臨時休講になったとは聞いたけれど、どうして態々ここまで訪れたのだろうか。どうせ、明日には教室で再会できるのに。
透さんに至っては抱き着いてまできやがった。
それどころか皆して「よかった生きてた」と大はしゃぎするものだから、私が怪我したにしても大袈裟過ぎるし何か事件でも起きたのだろうかと想像を巡らせていると、そうじゃないと否定された。
どうやら彼女たちが最後に見た私の姿は相当に酷いものだったらしく、皆二度と会えなくなるんじゃないかと気が気でなかったらしい。
「そんなに酷かったんですか?」
「早苗ちゃんの立ってたところ、血がいっぱいに溜まってて……!」
「巫女服どころか頭の天辺から足元まで真っ赤っかになっとるんやもん……」
「それに耳が良いからさ、先生たちが「覚悟はしておくべきでしょうね」とか、「生徒には何と伝えたものか」とか話してるのが聞こえてきたんだよね……」
「リカバリーガールの処置を受けて完治したが、用心して病院に運び入れたと言われましたわ……」
「いくらリカバリーガールでもそんなのあり得ないからさ、手遅れなのを隠してるんじゃないかって話になって……」
「ケロ……」
「一斉に言われても聞こえないですよ私は聖徳太子じゃねえです!」
興味本位で問いかけてみたら、予想していたものの数倍の文言で返答が返ってきた。というか透さんは耳元で大声を出さないで欲しい。
何とか咀嚼できた内容を継ぎ接ぎすると、実情は違っても外から見ると私は死にかけで、先生も私の死を暗示するようなことを言ったせいで勘違いが蔓延したようだ。
うん、まあ。実際普通の人間なら死んでたっぽいし、さもありなん。
「まあ、ご心配をおかけしました。見ての通り私は至って無事です。元々外見程深刻ではありませんでしたし、とうに完治してます。態々来てくださってありがとうございました」
だから病衣の袖を捲って無事をアピールしつつ、心配を払拭するために定型句らしきものを口にしたのだが、たったそれだけの言葉で皆の表情が綻ぶ様子を見ていると、どうにも不思議な気持ちになってくる。
ふと、目には見えないけれど、確かに私を抱き締めている透さんの肌の温もりが服越しにも一際強く感じられた。
そういえば、こうして誰かと触れ合うのはいつ振りだろうか。
神様方とはそもそも触れ合えなくて、両親とも実質的に絶縁していて、私に好くしてくれた祖父母も亡くなってから随分と経つ。近所の人とも交流はあるにせよ、巫女ではなく神様として扱われている分何処となく距離はあるし。昔は風祝としての務めを果たすのに精一杯だった上に異質視もされていたから、学校で友達を作れたこともなかった。
「本当によかった……生きててくれて」
病室だからか、静かにされど和気藹々と話し出す皆を眺めていると、またもや透さんの声が耳朶を擽った。
それはあんまりにも切実な響きを伴っていたものだから、返す言葉に詰まってしまって。
「……あの、夢を見たんです」
なんか、変な切り出し方をしてしまった。
「やけに白い道……いや黒だったかな……いや、緑かも。ちょっと曖昧ですけど、兎に角道を透さんにおぶって貰って歩いてたんですよ。そうしてたら突然花火がの爆発音が聞こえてきて、もうすぐ春祭りだなー準備急がなきゃなーって思っていたら透さんが遊びに来てくれるって言ってくれて……それが嬉しかったんです」
これは……あれね。脈絡がない。
自覚こそないけれど、死に触れ続けたせいで少し頭がおかしくなっちゃってるかもしれない。
命を削ることで生を繋ぎ、一度の失敗で死に収束する戦闘はかなり神経を削る。
今思い返してみると、弾幕ごっこみたいで楽しいと感じたのも気が触れていた証拠ではないだろうか。
「……ううん、夢じゃないよ、現実だよっ!」
「夢じゃない……?」
そんな意味の分からない話題に対する返しは予想外も予想外。
「え、いや、そんなはず……ああまさか、寝惚けてました!? どうしましょう何か変なこと言ってませんでしたか?」
「どうだろね? 言ってたかもしれないし、言ってないかもしれないよ。真実は私の頭の中だけにある!」
ぽんこつな脳味噌を唸らせて記憶を掬い上げようとするけれど、当然サルベージできるはずもなく。
微かに残った夢──いや、現実の残滓からして相当頓珍漢なことを言っている気がするけれど、真実は迷宮入りしてしまっている……。
「……私、訓練ではコスチュームを着てたからさ、早苗ちゃんを背負ったとき温度とか直に感じたんだよね」
そうやってうんうんと唸りながらも笑い合っていたら、また透さんはシリアスモードに入った。
けれど、今度は陰を感じさせず、どこか吹っ切れた色を纏っている。
「滴ってくる血は熱いのに、早苗ちゃんは氷みたいに冷たくて……命が零れてるみたいで、それで…………」
その言葉の続きは吞み込まれたけれど、言わんとしていることは分かった。
言う必要がないことも。
「……だから! 私、守矢神社の春祭り絶対行く! 準備も手伝う! 約束!」
「……なら、指切りしましょうか。ちょいとお手を拝借」
背中に回された右手を取り、小指と小指とを絡める。
ゆびきりげんまん うそついたら はりせんぼん のーます ゆびきった
◇
「守矢神社って春祭りあるの? 私も行きたーい!」
「私も気になるわ。どんな催しをするのかしら」
「ウチも興味あるかな。というか、ここにいる皆そうでしょ」
「おお! 参拝だけでも大歓迎です! 是非いらっしゃってください!」
透ちゃんとの話に一区切りついたら皆して急に押し寄せてきた。守矢神社に吉兆が出てるかもしれない。
流れで七人でも指切りしたら、私の小指に六人分の小指がびっしりと巻き付いたせいでコイルみたいになった。
……人と神の狭間を中途半端に漂う私はどちらにつくことも出来ないから、いつか拒絶されてしまうかもしれないけれど。いつまでもこうして笑い合うことができたら、とっても素敵だと思う。
脳無との戦闘の理由が、偏に信仰を貫くためだけだったとは限らない。神でも詐術師でもない、ただの素直で信心深い少女は今日も友達との接し方を模索中である。