個性:奇跡を起こす程度の能力   作:弱小妖怪

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体調不良でぶっ倒れながら書いたので、イベントを無理矢理詰め込んだ感があるかも。
多分、その内推敲します。


お泊り会をする話

「守矢神社、遠いね……」

 

「もう少しですから頑張ってください」

 

 USJで襲撃事件が勃発した二日後の──そのまた放課後。

 お泊り会の決行を決定した私と透さんは、夕暮れの道路をえっさほいさと歩いていた。

 

 新幹線に乗れば一時間くらい移動時間を短縮できたが、私は普段節約のために電車通学をしている身。それを透さんは知っていたため、電車で移動することになり、途中でスーパーが付近に位置する駅で一旦降りて買い出しをしたりしつつ最寄り駅で下車。

 それから自転車の二人乗りは危ないということで三十分ほど待ってバスに乗り、寂れた街並みや田畑を眺めながら他愛のない話をしつつ、家から最寄りのバス停で降りた。

 

 それからはどんどんと家の割合が減ってきて、木々と田畑と時々溜池が目立つ道を肩を並べて歩いている。方向は今にも日が隠れようとしている山の方、つまり登り坂だ。

 今日は土曜日で学校が終わるのが少し早いから西の空はまだ茜色だけれど、東の空は深い紫紺に染まっている。直に夜も訪れるだろう。

 そうなると、ちょっと面倒かもしれない。この辺りは電灯なんて全く設置されていないから、暗くなると本当に何も見えないのだ。

 

 ずっと昔、星が見たいと散歩に出て、懐中電灯を携えた祖父に用水路に落ちないようにと手を引かれて歩いたのも懐かしい。

 皺くちゃの手が酷く大きかったのを今でも覚えている。

 

 とは言えど、今隣を歩いているのは透さんだ。

 

「あっ、あんまりそっちに寄らないでください。マムシ出ますよ、マムシ。冬眠明けですけど、近付くと危ないので」

 

「へえ、マムシ。マムシかあ。食べると美味しいって聞くよね」

 

「美味しいですよ。興味があるなら、見かけたら捕って帰りましょうか」

 

「おお! 食べたい!」

 

 ここを歩く度に数えきれないほど過去を幻視していたけれど、今は手を伸ばせば触れられる距離で友達と歩いている。

 

 夕暮れというものは物寂し気な情緒を喚起するものとして扱われることしきりだが、透さんは朝からずっと元気いっぱいだ。

 透さんは透明だから姿も仕草も見えないけれど、声だけでも楽しいという感情がダイレクトに伝わってくる。友人という存在に不慣れな私にとって、それがどれ程ありがたいことか。

 

……ちなみに、マムシは見つからなかった。

 

 

 

 

 そんなこんなで姦しく話ながら歩いていたら、暮れる前に目的地の手前まで着いた。前方には生い茂った木々の間に切り開かれた道。

 コンクリートの舗装なんてものはなく、踏み固められた土と整備の痕だけが人の手が入った場所だと示している。

 

 神社まで帰るには、この先の山を中腹まで登らなければならない。

 

「ここに入るの……?」

 

 透さんが不安気な声を漏らすが、それを責めることはできないだろう。

 道の先はすっかり闇に覆われていて、草葉の騒めきが不気味さを醸し出し、時折鳥獣の鳴き声まで聞こえてくる。雰囲気的には幽霊や妖怪の類が出てきてもおかしくなさそうだ。

 それになにより単純に夜の山は危険であり、とてもじゃないがローファーで登るようなものではない。

 

「いえ、入らないです。ここはもう私有地ですからね。個性の使用もオッケーなのですっ」

 

「なるほどね。つまり、今回は私が背負われる番ってことだ!」

 

「はい! しっかり掴まってくださいね」

 

 中腰に屈むと、ひゃっほーとはしゃぎながら透さんが背中に飛びついてきた。鞄の重量も相まって、一気に加わった負荷にたたらを踏みながらも受け止め、膝裏に手を回す。

 

 しっかりと密着していることを確認してから、夕暮れの空に飛び立った。

 

 瞬く間に空が近付いてきて、世界が剥き出しのジオラマへと移り変わっていく。

 見慣れた世界だ。

 

 夕日を照り返す、田植えを待つ田圃の水面。遥か遠くまで続く私たちが通って来た道。頭上を羽ばたく塒へと向かう鴉の群れ。月と共に迫り来る夜の境。

 

 私にとっては地元に過ぎないけれど、透さんにはどう見えるのだろうかと気になって──不意に、風の唸りの隙間から息を飲む音が聞こえてきた。

 

「うおー! キレイだ! 早苗ちゃん! これヤバイ! ヤバ過ぎて何がヤバイのかも分かんないくらいヤバイ!」

 

 続くは、空っぽの空を満たしてしまおうとするかのような、山盛りの感情を乗せた歓声。

 背中越しに伝わってくる興奮の、何と激しい事だろう。

 

「ねね、写真撮ろうよ! 折角だからさ、ツーショット!」

 

「落っこちても知らないですよ?」

 

 一応忠告をするが、透さんはただ笑って私に信頼を預けて懐からスマホを取り出した。不可視の腕の先から、内カメの液晶が私たちの姿を映し出している。

 

 頬を擽る髪の毛と肩に触れる熱から透さんの位置は想像がつくものの、カメラが捉えるものは風にはためく制服と私の緩んだ顔だけ。それに気恥ずかしさを覚えながらも一抹の不満も感じつつ、夕暮れに沈む村を背景にシャッターが切られた。

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

 

「ただ今帰りましたー」

 

「おじゃましまーす……」

 

 がらがらと、建付けの悪い扉を開いて居住できるように改築された社務所に帰って来た。続いて透さんも何故か恐る恐る玄関の敷居を跨ぐ。

 

 どうしてそんなに縮こまっているのかと聞いたら、

 

「だって神社だよ! 神様がいるんだよ! 今も見られてるかもしれないじゃん!」

 

 と、器用にも声を潜めながら叫んだ。そういえば先程本殿の方にも挨拶に伺ったのだが、その時もやけに緊張していたなあと思い出す。

 

「うちの神様方はそんなに狭量じゃありませんよ……。というか私が言うのも何ですけど、透さんって神様の存在を信じているんですね」

 

 大概の日本人は文化や生活習慣の裡に宗教を受容しているものの決して信心深いわけではない。家々から神棚が姿を消してから随分と経つし、初詣などの宗教行事もただのイベント事に成り下がった。管理者の不在で衰滅した寺社は数えるのも困難なほどで、かつては隆盛を誇った所も今ではただの観光地扱い。超常黎明期の戦乱で浄土真宗などは息を吹き返したものの、今度はヒーローによって淘汰されかけている。

 かつては誰しもが価値観の根底に精霊崇拝(アニミズム)を備えていたのに、世界中に蔓延する実証主義者たちによって非科学的かつ観察不能な存在は妖しげなオカルトに貶しめられてしまった。

 

 現代社会はどこまでも善悪二元論のヒーロー社会。

 精々オールマイトが主神であり、無数の善神と悪神から成る宗教と見立てることも可能なくらいだ。まあ、それらの神様を数値化した上でエンタメとして消費するわけだけども。

 

 その点を鑑みると、透さんの畏れは些か過剰なように思えた。

 

「いやいや私の宗教観も並みの日本人とそう変わらないよ!? けどさ、早苗ちゃんは本当にかなこ様とすわこ様? が存在するような口振りで話すし、USJでも……こう、静謐というか……霊山というか……説明しにくいんだけど超自然的って感じの気配を感じたから、価値観がとっても揺らいでいるのです」

 

「はえ~、まあ神奈子様と諏訪子様は実在しますしねー」

 

「そういうところだよ!」

 

「……そうですね、そうかもしれませんっ」

 

 それでも尚も落ち着かなさそうにしている透さんを見ていると、なんだか冗談でも言ってみたくなった。それは私の心を擽ってやまない言動ばかりをする彼女に返報したいがための悪戯心か、あるいは別の感情に由来するものかは分からない。

 けれど、丁度玄関という場における定番ネタがあることに思い至ったから、どちらにしろ聞かないといけないことだったし一石二鳥だと、うきうきでその文言を口にした。

 

「ところで透さん、一つ聞いておきたいことがあったのですが、先にご飯にしますか? お風呂にしますか? それともわ──」

 

「言わせるかーッ!」

 

「わぷっ。はふのひょうはんひゃあいえふは」

 

 そうしたら、言い切る前に手の平を重ねられて閉ざされてしまった。

 

「いやいや巫女さんが言うような冗談じゃないよ!? くそぅ、最近の早苗ちゃんはテンションが高過ぎて私がツッコミキャラになってしまう……!」

 

「まるで私がボケてるみたいな言い草じゃないですか。心外ですねー」

 

 一歩下がって覆いを外し、口を尖らせて不満を零すけれども、透さんによると爪先から頭の天辺までボケに染まっているとのこと。

 いくらなんでもそこまでではないだろうと反駁しようと思ったけれど、ちょっぴり自覚があったから私も口を噤んだ。

 

 代わりに、再度問い掛ける。

 

「先にご飯を作りますか? それとも、汗を流します?」

 

「私はご飯派……」

 

「私もご飯派です。それでは荷物は……私の部屋に置いておいて、早速夕飯にとりかかりましょうか」

 

 

 というわけで、云々かんぬんありつつも二人で鍋を拵え、あつあつ言いながら具材を突っついた。

 それからは明日の休日を十全に活用するために勉強会を開いたり、透さんの就寝までの繋ぎの服を探すために箪笥を漁ったり──彼女の裸で寝ているという言葉によって中止された──、透さんがお風呂に入っている間にお守りの補充をしたり布団を敷いたりして、その後に交代で私もお湯に浸かった。

 

 温かいお湯は疲れを洗い流してくれるけれど、近頃は忙しいからあんまりゆっくり出来ない。さっさと浴場の掃除も済ませて居間に戻ると、壁掛け時計は10の数字を指していた。

 文明によって夜闇を払った現代人にとってはまだまだ一日の終わりには遠い時間なんだろうけど、私達の明日は日が昇るよりも早く訪れる。

 

 私一人ならもうしばらく活動していても構わないけれど、透さんは真剣にヒーローを目指している身だから健康な体作りを阻害するようなことはしたくない。

 いやまあ、既に推奨される睡眠時間をそれなりに切ってしまっているけども。

 

 居間に姿が見当たらないのは、先に寝ていて欲しいと言ったからだろうか。

 

 性格的にまだ起きているだろうけど、もしも寝入っているようなら私は作業を続けようかな。

 そう考えながら廊下と自室を隔てる襖を爪の先程度開けてみたら、案の定灯りが漏れだした。

 

 覗き見ると、並べられた布団の内の片方が少し沈んでいて、その上に本が浮いている。

 

 それにしても、あの厚い表紙に教科書よりも尚大きいサイズ。あの本は、たしか……

 

「ああ、学校のアルバムですか」

 

 得心して声を挙げると、私に気付いたのだろう透さんがびくりと肩を震わせた……気がした。

 

「ご、ごめんねっ? 教科書の中に埋もれてたのを見つけて、何だろうなあって……見ちゃダメなやつだった?」

 

 私の部屋はまあまあ汚い。自室ではあるけれど、基本的に居間で活動しているから寝室兼私物置き場みたいな扱いになっているからだ。一応ある程度の整理はしているけども、小学生の時から溜めてきた不要な教科書の山などは端っこの方に無理矢理押しやられている。

 

 その中にアルバムも埋まっていたのだろう。

 

「そんなことはないですけど、つまらなくないかなあと」

 

 私も布団の上にしゃがみ込みながら、そう言った。

 一般論として、知らない人しか載っていないアルバムは見ても楽しめるものではないと思う。

 

 透さんが持っているのが小学校の時のものか中学校の時のものかは定かではないけれど、どちらにせよ私の姿はほとんど映っていないはずだ。精々、集合写真の右上に証明写真みたいなやつが貼られているだけで。

 

「……ううん、そんなことないよ。いくつか発見があったから」

 

「発見、ですか?」

 

「うん。例えば昔の早苗ちゃんも今と同じ髪飾りを付けてるし、この時から可愛かったことも分かったし、あと初めて私服姿も見れた!」

 

 なるほど、確かに私服なんて随分と長い間着ていない。基本は制服か巫女服で済ませるし、寝間着も肌着を代用してばかりだ。最後に着たのなんて、一体何歳の頃だろう。

 風祝としての生き方を定める前だから、七歳か八歳あたり……?

 

 あれ? そう考えると、私服を見られるなんてかなり恥ずかしいことのような……。

 

「あっ、あのですね。私ってどんな服を着てましたか……?」

 

「私服? 白いワンピースだったよ! アニメで出てくる田舎の少女みたいな、フリルが多くて肩も出てるやつ!」

 

 いや、ようなじゃない!

 これは、まさに!

 

「アイデンティティがクライシスする! 風祝なのに! 私、風祝なのに!」

 

 顔が熱くて堪らない。絶対耳まで真っ赤になっている。

 耐えきれず、布団の中に包まった。

 

「え、ええ?」

 

 防壁を貫いて困惑の声が届いてくるけど、それはちょっと理不尽じゃないだろうか。

 

「透さんも透明人間をアイデンティティにしてるじゃないですか! 顔見られたら恥ずかしいって言ってたじゃないですか! それと同じです!」

 

「なるほど確かに! 確かに……?」

 

「理不尽!」

 

「ごめん!?」

 

「許します!」

 

 しかし、同じ立場であるはずなのに理解されぬ不条理も謝られたら許す他ないのだ。

 巫女服でも制服でも下着でも裸でもなく私服を見られるなんて一生の不覚だけども、仕方ない。仕方ないから切り替えるしかない。

 

 よし! 切り替えた! 私は切り替えた!

 

「それじゃあもう寝ましょう……っ。明日も早いので……!」

 

 布団に立て籠もったまま口をぼそぼそと動かせばやはり困惑の声は聞こえてきたけども、しばらくのがさごそという音の後に電気も落とされ、隣の布団に人が入ってきたのが分かった。

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

 

「うん、おやすみ」

 

 まだ頭がぐるぐるとするけれど、私はちゃんと寝付けるだろうか。

 どちらにせよ夜は身勝手に更けていくのだから、薄明前までの短い時間はしっかりと眠りたいものだ。

 




この早苗さんには野生の動植物だけを頼りに食い繋いでいた時期が存在するため、それなりにサバイバル能力が高い。
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