人を始めとした生き物は死んだ後、霊となり、あの世に行く。生前に悪行を重ねていたら地獄に落とされることもあるが、大抵の者は成仏し、輪廻の輪という巨大な輪に乗り、転生する。
そんな霊達をあの世へと案内し、輪廻の輪に乗せて転生させる存在が、死神と呼ばれる者達だ。
「くそっ、くそっ、くそぉ……!」
あの世にある一軒の家。その中の一室で一人の死神が怨嗟の声を漏らしていた。そんな死神に対して、黒い猫耳を生やした少年が同情混じりに諫める。少年の口元は白いマスクで覆われていた。
「創様。気持ちは分かりますが、安静にしてください」
「分かってるよ、
創と呼ばれた死神は涙目で、自身の相棒である黒猫の少年を睨んだ。今日は死神界のエリート校、死神一高の受験日だ。創は今日のためにずっと努力を重ねてきたのだ。その結果が
創は、昔から凡庸な死神だった。実力が低い訳では決してない。だが、非常に優秀かと言われるとそうでもない。所謂、器用貧乏な能力を持った死神……それが創だ。
創はそれが堪らなく嫌だった。自分に誇れる自分になりたい。そう思って生きてきた。死神一高に入って、エリートになれれば、何か変わるかもしれない。そんな思いを胸に中学時代努力を重ねてきた。だが、その努力が無駄になっていく現実に、創はただ涙を流すことしか出来なかった。そんな創に対して、契約黒猫の枝垂は何も言わなかった。
それから数日後。今ではすっかりインフルエンザも治ったが、ダメージは未だに残っていた。勿論、精神面の方のだ。絶望した様子の創を見かねた枝垂はあることを提案した。
「創様、もし良ければこの学校に通ってみてはどうですか?」
枝垂がニ枚の紙を差し出した。紙を受け取り、一枚目に目を通した創は首を傾げた。ある学校の公式パンフレットだ。
「……希望ヶ峰…学園?」
「はい、現世にある学校なんですが、なんでも『超高校級』と呼ばれる才能に溢れた人間が通う学校らしいです」
「そんな学校になんで俺が?」
創が訝しげに尋ねると、枝垂がもう一枚の紙を見るように示す。すると、ある計画の概要が書かれていた。
「希望ヶ峰学園……浄霊計画?」
内容を纏めるとこうだ。
この希望ヶ峰学園という学校は、数年前から無数の霊道(霊の通り道)が繋がってしまったらしく、それが原因で大量の霊が迷い込む事態となり問題となっていた。だが、事態の解決のために死神を派遣しようにも、学園内の警備はこれまた非常に厳重なため、解決が思うように進まずにいたのだ。
長年、希望ヶ峰学園は「超高校級」という才能を認められた者でしか入学を許されなかったのだが、昨年度から一般の人間でも入学が出来る「予備学科」と呼ばれる学科が新設された。それにより、死神も合法的に入ることが可能になったのだ。
「へぇ……」
「ですが、裏面を見てください」
「裏面?」
裏返して見てみると、昨年度の計画実績が書かれていた。昨年度に予備学科に入学出来た死神はたったの三人だけで、しかも学園で大量発生した悪霊に襲われたことで三人とも重傷、一年経たずに全員が自主退学という散々な結果で終わっていた。
三人しか入学出来なかった原因は主に二つ。一つは、希望ヶ峰学園というブランドにより入学希望者が殺到、倍率がとんでもないことになったのだ。しかも、入学後の学費は他の学校と比べて高額となっている。これでは、通うことが出来る死神も限られてくる。
「……昨年度の結果を踏まえて、この計画に参加出来る死神は一定の浄霊実績・戦闘能力が認められた者になっているのか」
浄霊実績は、今の創であれば問題なく認められるレベルだ。戦闘能力は予備学科の受験合格後に試験が行われるため、そこで結果を出せば、計画に参加することが出来る。更に今年度からは、計画に参加するにあたり、予備学科の学費に対して補助を受けることが出来るようになっている。
「ですが、この計画はかなり危険なものになると思います。それでも参加しますか?」
枝垂が心配そうに尋ねた。幼馴染で、昔から創を支えてくれた相棒の言葉に、創は少し考えつつも頷いた。
「……やるよ。俺、この計画に参加する」
枝垂は創の目を見て、同様に頷く。そう言うと分かっていたのだろう。
「分かりました。サポートなら小生に任せてください」
「ああ、頼む。ところで、この予備学科の受験は……」
「えっと、受験日は……三週間後で、願書の締切は明後日までですね」
「マジか!? 急がないと!」
希望ヶ峰学園浄霊計画に参加するには、希望ヶ峰学園予備学科の入学試験に合格する必要がある。入学試験に挑むにあたり、親の説得や願書の提出、受験対策と、今の創にはやることが一杯だ。だが、先程までのような絶望した表情は一切浮かべていなかった。
その後、両親をどうにか説得した創は見事、希望ヶ峰学園予備学科の合格を勝ち取ることが出来た。両親は最初、創の選択に驚いたものの、それでも創の選択を尊重してくれた。そんな両親の気持ちに創の胸は熱くなり、より受験勉強に集中することが出来た。
創が希望ヶ峰学園の受験を決意して一か月が経った。あの世には命数管理局という組織がある。人間の寿命の管理以外にも様々な公務を担っている場所だ。
現在、創と枝垂はその命数管理局にいた。希望ヶ峰学園浄霊計画の参加を申請するためだ。窓口で要件を伝えて、中央のソファで待機していると見覚えのある人物が見えた。
「あれ……架印だ」
「む……? お前は……創か」
同じ死神中学の同級生、架印だった。成績の良かった架印なら死神一高を目指すことが出来たのだろうが、実家が貧乏な関係で受験を諦めていたはずだ。
「架印はどうしてここに?」
「……俺は命数管理局に就職するんだ。知ってると思うが、うちは貧乏だからな。今日はその挨拶に来た。そういうお前はどうした? 死神一高に受験したんじゃなかったのか?」
「あ、はは……実は……」
気まずそうに創が事情を話すと、架印は憮然とした表情で言った。
「ふん、体調管理を怠るからそんなことになるんだ」
「……うん。返す言葉もないよ……」
「だが……大丈夫なのか? その希望ヶ峰学園浄霊計画はかなり危険を伴う仕事だったはずだが」
「ああ、分かってる。だけど、俺はそれでも自分が出来るってことを証明したいんだ」
「……分かっているなら無理矢理止める気はない。だが、危なくなったら素直に退くことだ」
「……ありがとう」
「ふん……」
そう言って、架印は去って行ってしまった。枝垂が首を傾げる。
「あれ、心配してくれてるんですか?」
「多分そうだと思うよ」
『死神創様、五番窓口へお越しくださ〜い』
「おっと、呼ばれたな」
創と枝垂は呼ばれた窓口へ歩みを進める。
「死神創様。希望ヶ峰学園浄霊計画の参加希望ですね?」
「はい。参加資格である、浄霊実績と希望ヶ峰学園予備学科の合格通知書です」
創が必要な書類一式を提出する。合格通知書の合格者には『日向創』となっていた。死神は、基本的に苗字を持たないので、日向という苗字は偽名である。受付の女性は書類に一通り目を通して、不備がないことを確認すると頷く。
「確認致しました。それでは戦闘能力の試験をこれから行いますが、よろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「では付いてきてください」
案内されて通された場所は、地下二階の大会議室だ。だが、机や椅子の類は全て撤去されている。
「ではこれより、戦闘能力試験を開始します。本試験では本物の悪霊を使う訳にはいきませんので、この改良型悪霊風船を使用させて頂きます」
悪霊風船というのは、膨らませると悪霊の形になって襲うという死神道具だ。本来は本物の悪霊と戦うために製造されたものだったのだが、敵味方関係なく襲いかかる欠陥から製造中止になったという経緯を持つ。その後に改良されて、以降は死神の実践訓練用として使われるようになった。
そんな悪霊風船が三十体程、創と枝垂の目の前に浮かんでいる。だが、創も枝垂も表情に恐れはない。
「用意は良いですね?」
「「勿論!」」
そして、創と枝垂は抜群のコンビネーションで悪霊風船を全て撃退して文句なしの合格を勝ち取った。
「おめでとうございます。これにより、希望ヶ峰学園浄霊計画の参加をお願いします」
「はい、頑張ります」
「あの、ところで……他に参加者はいないんですか?」
枝垂がそう尋ねると、受付の女性は少し気まずそうに答えた。
「えっと……現時点では死神創様、お一人ですね」
「…………へ?」
創は思わず呆けた声を出した。
「実は、昨年度の結果から参加希望者が少ない状況でして……」
ショックから、創は受付の女性の話を聞けていなかった。
(これ……俺、無事で済むのかな……)
そんなこんながありつつも、死神創の希望ヶ峰学園浄霊計画の参加が決定することになった。他に参加する死神がいなかったため、一人での参加だ。創はこれから先を考えて気が重くなった。
現時点では、学園に通う死神は創しかいませんが、今後登場していきます。