希望に潜む死神達   作:マロニエ19号

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原初の魔獣

実技試験も終わった翌週、朝のHRで担任の雪染から全員合格した旨を聞くと、クラスの雰囲気は緩まった。誰一人欠けることなく、試験を乗り切ることが出来て、安堵したのだ。

 

七海もどこかホッとした様子で、ゲーム機を取り出した。そして、いつもやっているお馴染みのゲームを楽しんでいたその時だった。

 

「貴様っ、何を考えている!?」

 

誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。思わずゲーム機から顔を上げて声のした方に視線を向けると、視線の先には一人の男子生徒が女子生徒に激昂しているのが見えた。

 

その男子生徒のマフラーからは数匹のハムスターが顔を覗かせている。『超高校級の飼育委員』である田中眼蛇夢だ。田中は険しい表情で目の前の女子生徒、『超高校級の王女』ソニア・ネヴァーマインドを睨みつけている。

 

「貴様……サンDに何を与えようとした……」

「えっと、ナッツチョコレートですけど……」

「その暗黒物質がハムスターにとって劇毒であると知っての上での狼藉か……?」

「えっ……」

 

ソニアはショックを受けた様子で呆然としていた。どうやら彼女は知らなかったようだ。彼女は、肩書の通りノヴォセリック王国という小国の王女だ。三十か国の言語を扱ったりと様々な知識を持っているのだが、一般常識に欠けたところもあり、チョコレートがハムスターにとって猛毒であることを知らなかったのだ。そんなソニアを庇うように別の男子生徒が突っかかる。『超高校級のメカニック』である左右田和一だ。ソニアに片思いしている彼は、田中に責められているソニアを放っておけなかった。

 

「おい、田中! ソニアさんはそのことを知らなかったんだ! 別に悪気があってやった訳じゃ……」

「悪気の有無など問題ではない!」

 

左右田の擁護は、田中の怒りの炎に油を注いだだけだった。田中の迫力に、左右田は思わず半歩後ずさる。

 

「『無知は罪』というものだ。貴様は他人の無知によって家族を殺されたとして、悪気がなければ無条件で許しを与えるのか?」

「そ、それは……」

「ごめんなさい!」

 

ソニアは素直に頭を下げて謝罪した。王女であるソニアが一介の高校生に頭を下げる。この光景に、教室内が騒めく。サンDが田中の耳元に何かを囁くように鳴き声を上げる。それを聞いた田中はフンと鼻を鳴らした。

 

「……サンDが許した以上、俺から言うことは何もない。だが、ゆめゆめ忘れぬことだ。我が魔獣に害を為そうとする者は、災禍が降り注ぎ、地獄に堕ちることになるとな」

 

そう言って、田中は教室を出て行った。

 

――――――――――

「今朝、そんなことがあってね」

「へぇ……それにしても、話を聞くたび思うけど、七海のクラスメイトって……」

「個性的?」

「……かなりな」

 

放課後、いつものようにゲームをしている創と七海はそんな会話をしていた。七海からクラスメイト達の話をよく聞くのだが、『超高校級』と称されるだけあって、個性の強い者ばかりだ。だが、それでも七海のクラスは比較的まとまりがあるようで、他の先生からも驚かれるらしい。これに関しては、担任教師の雪染と学級委員長の七海の尽力あってのものだろう。

 

浄霊について関係のない内容が殆どだが、ゲーム以外のことで楽しそうに話す七海を見て、創も黙って聞いていた。単純に話の内容が面白いというのもあるが。

 

そんな会話をした翌日の放課後だった。創が田中を見かけたのは。彼の頭には、マフラーに潜むハムスター達とは別のハムスターが乗っかっていた。そのハムスターは体が透けており、明らかにこの世のものではないのが分かる。

 

(……霊か。害はないようだけど、あの感じ……昨日今日憑かれた感じじゃないぞ)

 

七海が言ってこなかったということは、本科の校舎にまでは入っていないようだが、校舎から出れば今のように憑いている状態なのだろう。小動物といえど、霊が人間に憑く状態は好ましいとは言い難い。何が起こるか分からないからだ。もしも悪霊化したら、たとえ小さな動物でも危険なことになりかねない。

 

そこで創は、直接本人に話を聞いてみることにした。七海から聞いていた人物像通りであれば、話を一切聞かないなんてことはないだろうという判断だ。

 

「なぁ、ちょっと良いか?」

「む? この俺に何用だ? 漆黒に身を包んだ者よ」

 

田中は胡乱な目を創に向ける。創は気にせず話を続けた。

 

「実は俺、霊感があってさ。ちょっと変わった霊が君に憑いていたから気になってね」

「ほぉ、あの世の存在を感知できるとな? ふむ……余興くらいにはなるか。ならば聞かせてみよ。この俺様に取り憑いていると言う、存在とやらを!」

「あ、ああ……」

 

一応創の話を聞いてくれるようだ。大仰な仕草に若干引きつつも、創が田中に憑いているハムスター霊の特徴を説明していくと、田中の顔はみるみるうちに蒼褪めていった。

 

「まさか、そんな……何故貴様が奴のことを知っている……!?」

「奴って……心当たりがあるのか?」

「貴様……まさか本当にあの世の存在を感知できると言うのか!? 俄かに信じ難いことではあるが、奴を、コロKを知る者は限られている……」

「コロK?」

「奴の真名だ。俺が最初に盟約を交わした原初の魔獣。そして、俺の配下、破壊神暗黒四天王の祖にあたる存在でもある」

 

どうやら、このハムスター霊は田中が最初に飼っていたペットだったようだ。田中のことが心配で成仏出来なかったのかと創が納得していると、田中は震える声で尋ねた。

 

「コロKは……俺を恨んでいるのか……?」

「恨む?」

 

創はコロKに視線を向けるが、とても田中を恨んでいるようには見えない。

 

「いや、恨んでいないみたいだけど」

「嘘を吐くな! そんなはずはない! 奴は俺を恨んでいるはずだ! 俺は奴の……奴の命を奪ってしまったのだから……!」

 

半狂乱になって叫ぶ田中に、創は驚く。『超高校級の飼育委員』と言えど、様々な生き物の世話をしていれば、別れも多く経験することになるだろう。だが、田中の言い方が気になった。

 

「どういうことかよく分からないけど、とりあえず話を聞かせてくれよ」

 

近くのベンチに田中を腰掛けさせ、彼の話を聞いてみることにした。ベンチに腰掛けて、少しだけ落ち着いたのか、ポツリ、ポツリと田中が語り始めた。

 

「当時の俺は無知で未熟だった……」

 

仰々しい言い回しなので、解読に少し苦労したが、要約するとこんな感じだった。コロKは、田中が幼い頃に飼っていたペットだったのだが、ある時、誤ってチョコレートを与えてしまったらしい。ハムスターにとって、チョコレートは猛毒なのだが、幼い田中はそれを知らなかった。無知による悲劇である。当然、チョコレートを食べたコロKは死んでしまったそうだ。決して悪意があってやった訳ではないが、田中が殺したも同然であった。

 

「俺の無知により、コロKの命を奪ったのだ。そんな俺をコロKが恨んでいないなど……」

 

だが、創が見る限り、コロKは田中を恨んでいない。心配そうに田中に寄り添っている。このままでは埒が明かないので、コロKの姿を見えるようにしてやることにした。創は、死神道具の一つ、霊体用カラーボールを取り出した。これは、現世の人間でも見えるよう霊を着色する死神道具だ。

 

霊体用カラーボールを優しくコロKに当てると、コロKの体はみるみるうちに着色されていき、田中にも見えるようになった。現れたそれに、田中は目を見開いた。彼のマフラーから顔を覗かせるハムスター達も同様に驚いている。

 

「コロ…K……」

 

田中は土下座する勢いで謝罪し始めた。

 

「すまなかった! 謝罪如きで恨みが晴されることはないのは分かっている! だが……」

 

田中の言葉はこれ以上続かなかった。コロKが優しく田中に抱き着いてきたからだ。やはり、コロKは田中のことを全く恨んでいなかったのだ。コロKが鳴き声を上げる。創には何を言っているのか分からなかったが、田中には通じたようだ。

 

「何を言う……お前と過ごしたあの日々は俺にとっても……」

『チュウ………』

 

コロKは満足そうに目を閉じると、姿が消えていった。成仏したのだ。田中は、しばらく虚空を見つめ、創に尋ねた。

 

「……これから、コロKはどのような運命を辿る?」

「転生して新しい命として過ごすことになるよ」

「ふむ、輪廻転生というやつか。叶うものなら……来世でも再び俺と盟約を交わしたいものだな」

 

 

――――――――――

「今ここで貴様に問おう。貴様……一体何者だ?」

 

ある程度落ち着くと、田中は創にそんなことを尋ねた。仰々しい田中の言い回しにも慣れてきたのか、創は自分の名を名乗る。

 

「俺は日向創。死神だよ」

「冥府の使者……か。此度の一件が無ければ、世迷言として切り捨てていたところだが……まず礼を言わせてもらおう。貴様がいなければ、コロKは今もなお現世(うつしよ)を彷徨い続け、俺の心奥にも楔が深く突き刺さったままだっただろう。深く感謝する」

 

仰々しい言い回しではあるが、心からお礼を言っていることは伝わるため、創も照れ臭さを感じつつも礼を受け取る。

 

「良いって。でも俺のことは他言無用で頼む」

「む? だが、そうか。貴様の正体を考えれば無理もないこと。良かろう。俺の真名は封印されている故、伏せさせてもらうが、俺のことは田中と呼んでくれて構わない」

「あ、ああ。分かった。そうさせてもらうよ。それじゃあな、田中」

「では、さらばだ、冥府の使者よ」

 

田中と別れた創は、近くの樹の影でゲームをしている七海を見つけた。

 

「うおっ、七海? いつからここに?」

「田中君とハムスターの話をしてたから邪魔しちゃ悪いかなって思って」

「そ、そうか。悪いな、気を遣わせちゃって」

 

長時間、待たせてしまったかなと創が申し訳なく思っていると、七海は首を横に振る。

 

「ううん、大丈夫。こっちこそごめんね。田中君にあんな霊が憑いてるなんて知らなかったから……」

「ん? ああ、気にするなって。別に七海のせいって訳じゃないし」

 

おそらく田中が本科校舎にいる間は、校舎から離れていて、校舎を出たら憑いていたのだろう。校舎外でも会っていれば七海も気付いただろうが、そうでないのならば、気付くのは難しい。創もそれが分かっていたので、七海を責めるようなことはしなかった。

 

少ししょんぼりした七海を慰めつつ、創はいつもの場所でゲームをして過ごした。




コロK
田中が最初に盟約を交わした魔獣。享年二歳。メス。食いしん坊な性格。田中が食べていたおやつをねだり、食べさせてもらった結果命を落とした。名前の由来は某少年漫画雑誌から。


田中の言葉、難しい……
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