月日が経つのは早いもので、希望ヶ峰学園での生活も半年が過ぎようとしていた。最初は滅茶苦茶ハードと思われた浄霊も、半年も経てば慣れてくる。今では片手間に無数にある霊道の封鎖も並行して進めるくらいの余裕が出来ていた。
「創様、あっちの霊道の封鎖が終わりました」
「ああ、お疲れ。こっちもあらかた塞ぎ終えたよ」
現在、創と枝垂は霊道の封鎖作業を進めていた。だが、学園の敷地内に無数にある上に、今もなお新しく霊道が生まれるため、封鎖が追い付かない。そんな現状に、創はうんざりしたように溜息を吐いた。
「一体、なんだってこんなに霊道が出来るんだ……?」
「命数管理局の柊様曰く、立地的な問題ではないかとのことですが……」
「立地って……」
確かに立地的な問題も少なからず関係あるのだろうが、それだけが理由ではない気がする。この希望ヶ峰学園は、七十年以上の歴史を持つ学校だ。七十年もこの状態を放置していたら、今よりもずっとひどい状態になっているはずである。枝垂も言っていておかしいと思ったのか、首を傾げた。
「もしかしたら……」
「何か心当たりがあるのか?」
「いえ、小生も少し小耳に挟んだ程度なのですが……」
枝垂が言うには、この学園で何かキナ臭いことが水面下で行われているらしい。教員と警備員が何やらそういう話をしているのを偶然耳にしたそうだ。枝垂の話を聞いてそういえばと、創もあることが脳裏を過った。
予備学科の受験に合格した時のことだ。合格通知や学費の請求書を貰った際に、あるプロジェクトの説明会を受けさせられたのだ。上位の成績で合格した者を対象に、志願すれば才能を得るための特殊な教育カリキュラムを受けることが出来るという怪しさ満載のプロジェクトだ。しかも、そのプロジェクトに参加すれば、予備学科にかかる莫大な学費も全て免除されるという至れり尽くせりっぷり。正直、かなり怪しかった。
あの学費が全額免除になるのは魅力的ではあったが、かなり怪しいことや浄霊計画の妨げにもなりそうだったので、創は申し込まなかった。他の生徒も創と同じ気持ちだったのか、大半が辞退していたが、数人は参加を志望していたのは覚えている。
だが、このプロジェクトについては、他言無用だと怖いくらいに念を押されていたので、プロジェクトの話が予備学科の間で広まることはなかった。もし広まっていたら、あれだけ本科に行くのを熱望していた九頭龍とかは、真っ先にそのプロジェクトへの参加を志願していたはずだ。
ちなみにその九頭龍は、悪霊エンセンの事件の後、兄と話し合って和解か何かをしたのか、予備学科を去っていった。去る時には多少険が取れた顔つきになっていたので、もう心配はないだろう。そう思いたい。
「この学園は、教育機関だけでなく、研究機関としての面も強いようですし、何かの実験が行われているのかもしれませんね」
「実験か……まぁ、俺には関係のない話だな」
創はそう言って、枝垂との会話を切り上げると、作業を再開した。正直分からないことが多すぎる。下手に首を突っ込む必要もない。そう判断したのだ。
――――――――――
一方、その頃。学園の校舎内には、とびきり厳重な警備が敷かれている部屋があった。予備学科生はもちろん、本科生や教職員達の出入りも出来ない程だ。だが、それも無理もない。その部屋にいるのは、超大物ばかりだからだ。
希望ヶ峰学園評議委員会。希望ヶ峰学園上層部に君臨し、学園を実質的に支配している権力者達だ。いずれも各方面に強い権力を持つ者ばかりで、そんな権力者達の前で報告書を片手に男性が何かの報告を行っていた。だが、男性の報告が進むうちに、評議委員達の顔は落胆を帯びたものになっていく。
「第三段階で被験体Bの拒絶反応が確認。これ以上の実験継続は不可能と判断。断念と至りました。実験後は被験体A・Bともに記憶消去の処置を実行、退学処分としました」
「……これで、今年参加を志願してくれた被験体は全滅、という訳か……」
「……残念ながら」
希望ヶ峰学園では、人間の持つ才能について長年研究が行われていた。才能というのは非常に曖昧なものだ。解明されていない部分が多い。だが、スポーツや芸術といった世界では、その才能という不明瞭なものが重要になってくる。だからこそ、この才能を解明することが出来れば、今後の人類の発展に大きく貢献することになる。評議委員会はそのように考えていた。
そうした考えのもと、希望ヶ峰学園ではある計画が進められている。その名も『カムクラプロジェクト』。学園創始者の名から取っている通り、学園にとって非常に重要な計画である。だが、色々と危険かつ問題が多いため、思うように進んでいないのが現状だった。
このカムクラプロジェクトの被験体は、本科ではなく予備学科の学生のみを対象にしている。これは、何の才能もない人間に才能を埋め込むことで
まず、成績と運動能力がある程度は優秀であること。いわゆる文武両道な生徒でないといけないのだ。才能がないと言っても、ある程度の学力や運動神経がなくては、いくら才能を埋め込んでも意味がない。死んだ土では作物など育たないのだから。そこで、入学試験で上位の成績で合格した者を対象に説明会を行い、参加を呼び掛けているのだが、結果は今一つだった。
そして、特に重要なのは本人及び家族の合意があることだ。この計画は、問題も多いため、もし万が一失敗に終わった際に裁判沙汰になれば、本人や家族の合意がないと大きく不利になってしまう。そもそも下手な瑕疵は作りたくないため、最低でも本人の合意は必要になる。
そうなってくると、全ての条件を満たす被験体はかなり限られてくる。見つけるのもほぼ不可能に近いのだが、今年は奇跡的に二人も被検体が見つかり施術に漕ぎつけることが出来た。
そのため、評議委員達からの期待も高かったのだが、被験体となった生徒達への負担は想定以上に大きいものだった。最初の段階の時点で拒絶反応が起こり、あまりの苦痛に生徒達から計画の辞退を訴えられたのだ。だが、それでも計画の合意を盾に施術を実行。施術を重ねるたびに拒絶反応が大きくなっていき、最終的には実験継続を断念せざるを得ないくらいの拒絶反応が起こった。
「やはり最後まで施術を強行すべきだったのではないのかね? 来年度も被験体が集まる保証などないのだぞ」
「だが、それで被験体が死亡したり、廃人になられたりでもしたら面倒なことになりかねん」
「そのために、本人及び家族の合意があるのだろう? 仮に裁判になったとしても問題あるまい」
「それで計画が外部に漏れでもしたら本末転倒だ」
評議委員達は口々にそんなことを言う。被験体となった生徒達の安否は何一つ考えていない。もっとも、『被験体』などという言葉を使っている時点でお察しではあるのだが。
報告を行っていた研究者の男性が今後の方針について話を進める。
「新しい被験体に関しては来年度に期待……という形になりますかね?」
「そうだな。一応、今年度、昨年度の被験体候補達にも目を光らせておくように。既に辞退されているが、何か問題行動を起こした際に彼らと交渉することも可能かもしれないからな」
「承知しました」
評議委員達の手元にある書類の中には、被験体候補者の名前が書かれたリストがある。二十人くらいの名前が連なっており、『日向創』の名もそこにあった。