お昼休み。学生達が思い思いの時間を過ごしている。創も昼食後に軽く散歩をしていると、何か騒がしいのを感じた。
予備学科の男子生徒が三人程、本科の男子生徒に詰め寄っているのだ。詰め寄っている予備学科生達には創も見覚えがあった。素行が悪くて評判が悪い連中だ。だが、先生などの大人の前ではそういった素振りを一切見せない小賢しさを持っていた。教室で、彼らが本科の生徒に対して不平不満をたらたらと零していたのは創も知っていた。まさか、本科の生徒に突っかかるとは思っていなかったが。
希望ヶ峰学園において、本科生と予備学科生は天と地ほどの差がある。『超高校級』の肩書きを持ち、将来の成功が約束されている本科生と、そうではない予備学科生とでは価値が違うのだ。だからこそ、大抵の予備学科生達は本科生に対して敵意のような嫉妬の念を抱いている。そのおかげで、霊が悪霊化しやすくなってしまうのだから、実に迷惑な話である。
本科の生徒は自分の立場を分かっているのか、予備学科生達相手に引く様子はない。それどころか、どこか馬鹿にした様子だ。そんな態度に我慢できなくなったのか、一人が本科生突き飛ばす。
創はあっと声を漏らす。突き飛ばされた本科生は、尻もちをついたと同時に、彼の頭があった位置を通って何かが猛スピードで飛んできた。サッカーボールだ。
「へぶっ」
飛んできたサッカーボールは、突き飛ばした予備学科生の顔面に激突した。「すみませ~ん」という声が遠くから聞こえる。サッカーボールが顔面に激突した予備学科生はそのままぶっ倒れる。それを見た友達は大慌てだ。
「た、谷! 大丈夫か!?」
「駄目だ! 完全に失神してる!」
二人は谷と呼ばれた予備学科生を担いで、慌ててその場を後にした。そのまま彼を放置しない辺り、最低限の友情はあるようだ。残された本科生はポツリと呟いた。
「……運が良いね。まさか、『超高校級のサッカー選手』のボールがボクを助けてくれるなんて。ところで……いつまで隠れているつもりだい?」
どうやら、創の存在に気付いていたようだ。創が物陰から出てくると、本科生は露骨に嫌そうな顔をする。まぁ、先程予備学科生から嫌がらせを受けていたのだから無理もないが。
「……君も予備学科の人か。才能もない癖に、嫉妬だけは一人前な奴がボクに嫌がらせをしに来たのかい?」
ねっとりした声音だが、はっきりと嫌悪の色を宿った声に、「随分嫌われてるな」と創は内心苦笑する。
「別に嫌がらせなんてする気はないさ。ちょっと騒ぎの音が聞こえたから来ただけだ。にしても、君は……」
「ボクは『超高校級の幸運』……だからね。逆に言えば、それしか取り柄はないけど」
どうやら、この本科生は『超高校級の幸運』の肩書きの持ち主だったようだ。なるほど、谷達が嫌がらせをする訳だと創は納得する。
『超高校級の幸運』。全国の一般的な高校生の中から毎年一人だけ抽選で選ばれることでそう呼ばれる肩書きだ。全国の高校生の中からたった一人だけ選ばれるのだから、確かに『超高校級の幸運』と呼ばれるだけあるだろう。だが、才能も何もない予備学科生からすれば、自分達と同じく才能を持ってない癖に本科に通っている奴という認識なのだ。
だが、今の出来事を見るだけでも、彼には『超高校級の幸運』と呼ばれるだけの才能を持っているように感じた。
「まぁ、君達がボクに嫉妬するのは勝手だけどね。少なくとも、他の……希望の象徴と呼べる彼らの足を引っ張るような真似をされるよりずっと良いし」
そう一方的に吐き捨てると、本科生は去って行った。
――――――――――
「ああ、多分狛枝君だね」
「狛枝?」
放課後、浄霊を終えて七海と昼休みにあったことを話すと、七海は心当たりがあるのかその本科生の名前を出した。
「うん、クラスメイトなんだ。狛枝凪斗。ちょっとクラスで浮いてるけど、良い人……だと思うよ」
「浮いてるって、やっぱ『超高校級の幸運』って本科でも良く思われてないのか?」
同じ超高校級の肩書きを持つ者達からも迫害されているとなると、あの狛枝という生徒も少し気の毒に感じる。だが、創の言葉に七海は首を横に振って否定する。
「ううん、違うよ。彼、すごく卑屈というか……事あるごとに自分を卑下するんだ。それに彼、希望が大好きで時々突飛な行動を起こすこともあるし」
どうやら、彼が浮いているのは、彼自身の行動にあるようだ。
「でも悪い人じゃないよ。彼のことだから、予備学科の人を悪く言ってたかもしれないけど……」
それでも七海が少し消極的な擁護をする。と言っても、創は別に気にしていないため、ヒラヒラと手を振る。
「別に気にしちゃいないって。でも、七海の方こそ大丈夫なのか? 俺と仲良くしてて、七海が悪く言われたりしていないか?」
実際、『超高校級の写真家』である小泉と仲良くしている佐藤なんかはかなり悪目立ちしている。創も一応、姿を消してはいるが、絶対に誰からも姿を見られていないとは限らない。下手に悪目立ちして計画の邪魔になるのは困るし、七海がそれで不利益を被っていたら申し訳なかった。
「全然。日向君のこと、全然知られてないみたい」
「そっか。それなら良いけど」
七海の性格的に、ベラベラと創のことを吹聴しないだろう。以前会った田中には、自分の正体を軽く明かしたが、流石に本当に死神とは思っていないだろうし、本物だと思って誰かに話しても普段の田中の言動から信じる者はいない。
「それにまぁ、男と二人きりでいたら、色々誤解されるかもだしな。そうならなくて良かったよ」
「誤解?」
キョトンとした様子で首を傾げる七海。それを見た創は呆れたように言った。
「ただゲームしているだけとは言え、男女二人きりでいたらそういう関係なんだって思う奴がいるだろ?」
創の言葉に、七海は確かにと頷いた。実際クラスメイトの中に、そういう人がいるからだ。
「……私は嫌じゃないんだけどな」
「えっ?」
「ううん、なんでもない」
創と七海はそのままゲームの対戦にのめり込んでいき、話はそれで終わった。
――――――――――
そして、翌日。喉が渇いたので何か飲み物を買うことにした創は、自動販売機の前に立つ狛枝の姿を見つけた。狛枝は、創の姿を見ると、露骨に顔を顰めた。
「……また君かい? 悪いけど、ちょっと今運良くスロットが当たってしまったから、少し待ってもらえるかな?」
「へぇ、自販機のスロットって当たることあるんだな」
創はそう言いながら待っているが、全然終わる様子がない。狛枝の手には抱えきれない程のジュースがあった。それでも当たりが途絶えず続く。創が頬を引き攣らせながら尋ねた。
「……壊れてるのか?」
「ボクは運が良いからね」
運が良いってレベルじゃないだろ。思わず心の中でそう突っ込む創。そのまま大人しく待っていると、狛枝が振り返った。
「欲しいやつがこの中にあるのなら、一本あげるからさっさと立ち去ってくれるかな? どうせ最初の一本以外はタダだし、君みたいなのがいると落ち着かないんだ」
(うわぁ、本当に俺達みたいなのが嫌なんだな……)
昨日、七海から聞かされていたので、狛枝の言葉に怒ることはない。苦笑しつつも、創はお言葉に甘えてジュースを一本貰うことにした。ブルーラムと書かれたドリンクを取ろうとすると、狛枝は低い声で言った。
「……君はボクからこのブルーラムを奪うのかい? 才能のない者の分際で」
どうやら、このブルーラムは、狛枝が大好きなやつだったらしい。創は軽く謝罪してから、別のやつ(ウーロン茶)を代わりに取る。最後に創は改めてお礼を言った。
「じゃあ有難くこれを貰うよ。ありがとな」
狛枝は何も返さずに、無言で自動販売機のスイッチを押す。自動販売機の全ての飲み物が持って行かれるまで止まらなそうだ。
創はウーロン茶を開けながら、その場を後にした。あれもある意味才能だな、とそう思いながら。放課後、その自動販売機の目の前を通ったところ、全ての飲み物が売り切れになっていた。