「創様、今日の定例会の資料です」
「ああ、ありがとう」
いつも通り、浄霊を終えて帰宅した創に、枝垂が複数枚の書類を渡してきた。今日は契約黒猫の定例会があり、枝垂はその会に参加していたのだ。定例会の内容は死神にとっても重要な情報が多いので、契約黒猫は死神にもその書類を見せている。創はパラパラと書類を流し見る。
「なになに、死神道具講習会開催のお知らせに、三途の川の掃除のお知らせ、悪霊の手配書と……堕魔死神の注意喚起か」
堕魔死神とは、ノルマ水増しのために生きた人間をあの世に導き、転生を促すという悪質な死神のことだ。寿命の残っている人間を輪廻の輪に乗せることは故意過失問わず重罪なので、堕魔死神は悪霊と同様に取り締まり対象となっている。
「堕魔死神を見つけたらすぐに捕まえること、か。まぁ、いつものことだな……」
数年前から組織的な犯行が増えてきて問題になってはいるが、堕魔死神になるような者は基本的に能力の足りていない馬鹿な死神ばかりだ。なので、大抵は手遅れにならずに済んでいる。そのため、創はそのまま次の書類に目を通そうとした。すると、枝垂が口を挟んだ。
「ですが最近、ある堕魔死神が問題になっているそうですよ」
「問題?」
「ほら、これです」
創が持っている書類の中から、枝垂が一枚の手配書を引っ張り出してそれを見せる。手配書の写真には白と黒のツートンカラーが特徴的なクマのようなものが写っていた。可愛らしさと不気味さが合わさったようなデザインだ。
「堕魔死神……モノクマ? ってなんだよ!? この懸賞金額は!?」
写真の下に書かれた懸賞金額を見て、創は仰天する。懸賞金五百万円。下手な悪霊と比べて遥かに高額だ。枝垂が神妙な顔で言った。
「このモノクマは、他の堕魔死神と違って、面白半分でやっているらしいんです」
枝垂の話を詳しく聞いていくと、モノクマという堕魔死神が非常に厄介で危険な存在であることが否が応でも分かってきた。創は、自分の表情がだんだんと険しくなっていくのを感じた。面白半分で多くの人間を生きたまま転生させる悪辣さはもちろんのこと、行動傾向が出鱈目なために一切素性が分からない点や熟練のベテラン死神を返り討ちにする程の戦闘能力の高さなど、はっきり言って滅茶苦茶だった。懸賞金が高額なのも納得である。
「それで、あまりにも危険なので、万が一出くわしてた際には決して戦うなと言われました。すぐに逃げるか、ベテラン死神や名誉死神クラスを呼べと」
「だろうな。話を聞く限り、まともな人物とは思えない。まぁ、堕魔死神な時点でお察しだけど……」
創としても、そんな相手と戦おうという気持ちはない。創は黙って頷くと、次の書類に目を通した。モノクマの裂けたように鋭い深紅の眼から逃れるように。
――――――――――
そんな話をした翌日、創と枝垂は死神道具の補充に出かけていた。死神道具は消耗品も多いので、定期的に買い足さないといけない。いつもは枝垂に任せているのだが、今日は休日なので気分転換も兼ねて創も一緒にいた。
「よーし。買いたいものは買ったし、領収書も貰ったし、後は帰るだけだな」
「そうですね。折角ですし、三途の川でも眺めながらゆったり帰りましょう」
「お、良いね。それなら串焼きでも買っていくか。奢るよ」
創と枝垂は、あの世にある縁日で買った串焼きを頬張りつつ、三途の川を眺めた。三途の川では五艇のボートが霊達を乗せて進んでいるのが見える。あの世ではいつもの光景だ。とても凶悪な堕魔死神がいるとは思えない平和さだった。
「それにしても、平和ですね」
「ああ。人生を終えたら、ああやって三途の川を渡って、輪廻の輪に乗って次の命へ生まれ変わる。だけど、昨日言っていたモノクマ……だっけか。そいつは何でまた面白半分で人を転生させたがるんだろうな」
「……知りませんよ。おおかた、快楽殺人鬼とかと同じ理由じゃないですかね」
「……悪趣味だな。それならノルマ水増しの方がなんぼか……いや、どっちも同じ穴のムジナか」
「うぷぷぷ、ボクをあんなゴミムシ共と一緒にしないでよ」
「「……え?」」
男なのか女なのか分からない、明るく能天気なダミ声。思わず振り返ると、そこには半身が白と黒に分かれたクマの着ぐるみが立っていた。堕魔死神モノクマ。昨日見た手配書の写真通りの姿に、創は咄嗟に鎌を構えた。枝垂も臨戦態勢を取る。創も枝垂も戦うつもりはない。あくまで逃げるためだ。
「お前は……」
「死神創……だね? 悪いんだけどさ。君がいると色々と邪魔なんだよね。だからさ……ここで消えてよ!」
モノクマは両手からニョキッと鋭い爪を出すと、創に向かって襲い掛かってきた。創は咄嗟に鎌で防御する。だが、想像以上にモノクマの力が強く、押し負けそうだ。
「ぐうっ!?」
「創様!」
枝垂が慌てて加勢しようとするが、いつの間にか出てきたぬいぐるみサイズのモノクマ達が襲い掛かってきた。
「うぷぷぷ、ボクそっくりの可愛いぬいぐるみに埋め尽くされるなんて最高でしょ?」
モノクマは嘲笑しながらそう言うと、鋭い爪を創に向かって振り下ろした。それにより、鎌は真っ二つに折れてしまう。
「鎌が……! ぐはっ!?」
動揺した隙を突かれて、腹に蹴りを入れられてしまい、倒れ伏す創。なんとか顔を上げると、モノクマが創を見下ろしていた。モノクマは先程までとは打って変わって慇懃な口調で語りかける。
「おや、随分となまくらな鎌を使っていますね。一流の死神はちゃんと道具にもこだわるものですよ。もっとも、後悔しても今更遅いのですが」
モノクマは爪を高速回転させながら迫る。創は思わず目を瞑る。その時だった。
ガキンッ!
何か金属がぶつかる音が聞こえて恐る恐る目を開けると、そこには黒い着物を着た白髪の女性がモノクマの攻撃を防いでいた。創が防ぎ切れなかった攻撃を、女性は平気そうな様子で防いでいる。
「あなたは……」
「……ちょっと、なんであんたがここにいるのさ?」
「たまたま通りがかったのよ」
女性はそう言うと、モノクマを弾き飛ばした。弾き飛ばされたモノクマは、すぐさまミニモノクマ達をけしかける。枝垂に集っていたミニモノクマ達は枝垂から離れ、女性に向かって襲い掛かるが、女性はミニモノクマ達を簡単に倒していく。女性は呆れた様子で言った。
「この程度かしら? それなら、そろそろお縄についてもらおうかしらね」
「うぷぷぷ……冗談キツイよ。でも、分が悪いし、ここは退散するしかなさそうだね。しゃーないか。ばいなら、おばさん」
モノクマの足元をミニモノクマの一体が何かしているようだった。ミニモノクマが持っているものを見て、創は目を見開いた。
「あれは……」
円を描くと数秒間だけ霊道を発生させる霊道発生マジックだ。女性がモノクマを取り押さえようと動く前に、ミニモノクマ達が一斉に爆発した。煙が晴れた頃には、モノクマの姿は完全に消えていた。
女性は不快そうに呟いた。
「……逃げられてしまったわね。しかもあのクマ、言うに事を欠いて『おばさん』ですって? 次に会った時は生まれてきたことを後悔させてやるわ」
怒りに震えている。逃げられたことよりも、おばさん呼びされたことの方に怒っているように見えるが、気のせいではないだろう。助かったことに創は安堵しつつ、枝垂に声を掛けた。幸い、軽傷で済んだようだ。
「枝垂、大丈夫か?」
「ええ、何とか。一体モノクマはどうして襲ってきたのでしょう……」
そこは本当に謎だった。創にはモノクマに襲われる心当たりなどなかった。だが、創の名前を口にしていたということは、人違いという線はなさそうだ。
助けてくれた死神の女性が声を掛けてきた。
「あなた達も災難だったわね。二人とも大丈夫かしら?」
「俺も枝垂も大丈夫です。助かりました、魂子さん」
創達を助けてくれた死神魂子は、名誉死神の肩書を持つ非常に優秀な死神の一人だ。そんな彼女に助けられたのは、本当に幸運だったと言える。魂子は少し咎める口調で言った。
「たまたま私が居合わせたから良かったけど、蛮勇は感心しないわよ。モノクマに出くわした際にはすぐに逃げるか、ベテラン死神の助けを呼ぶよう通達があったはずだけど?」
「俺達もすぐに逃げるつもりだったんです。でも、あのモノクマは……」
創は正直にモノクマの方から襲ってきたことを話した。話を聞いた魂子は困ったような表情を浮かべた。
「まぁ、そうだったの……困ったわね。あなた、襲われた理由に心当たりはあるかしら?」
「それがさっぱり……」
「そう……でも、これは重要な情報になるわね。命数管理局の方にも通達しておいた方が良さそうね」
その後、命数管理局から堕魔死神モノクマの注意喚起が徹底され、ベテラン死神達の巡回も厳重になった。結局、創がモノクマに狙われた理由は分からずじまいであった。
――――――――――
「はぁ~だっるいなぁ。ワンオペだからすぐに潰れると思って悪霊三昧にしたのに全然潰れないし。だからこっちからわざわざ始末しに行ったってのに、名誉死神が邪魔してくるなんて本当に絶望的……でもまぁ、良っか。本番はまだこれからだし。でもムカつくから、気晴らしにまた沢山転生させまくってやろうっと。うぷぷぷぷ~」
堕魔死神モノクマ
懸賞金500万円(堕魔死神の中では破格の金額で、そこらの悪霊よりもずっと高額)。
白と黒のツートンカラーが特徴的なクマの着ぐるみを着た堕魔死神。陽気な言動が目立つが、コロコロと言動が変わる。そのため、行動傾向が掴めなず、素性も謎に包まれている。戦闘能力も非常に高く、自分を追ってきたベテラン死神を返り討ちにしている。
どんな生き物でも転生させてしまう輪廻の輪に魅入られている。