十二月も半ばに差し掛かった頃。いつもと比べてこの時期は悪霊が発生しやすくなる。あるイベントが近付いてくるからだ。
クリスマス。子供にとってはプレゼントが貰える最高の日なのだが、大人……それもリアルが充実していない大人になるにつれて、その最高の日は別の日へと変わってくる。
『うおおぉぉぉっ!!』
『リア充がぁぁぁ』
『リア充爆発しろぉぉ!!』
そう、リア充を妬むあまり、悪霊化する霊が多くなるのだ。生前の影響もあってリア充を妬む悪霊達が大量発生するという、死神にとって実に迷惑な日であった。「カップルでクリスマスを過ごす」という風潮はドラマか何かで生まれたらしいが、実に迷惑な風潮を立ててくれたものである。
そして、ここ希望ヶ峰学園も例外ではない。クリスマスが近付くにつれて、そういう空気になっている。何も知らない一般人だったら、ただの甘酸っぱい青春の一場面で済んだのだが、死神にとってはそうはいかない。
創も、悪霊の除霊に大忙しである。今も、本科生のカップルに襲い掛かろうとした悪霊と戦っているところだ。どうにか悪霊を除霊し終えると、創は一息吐いた。
「はぁ、クリスマスになると、毎年これだ」
「バレンタインなんかもそうですね」
隣にいる枝垂もうんざりした様子で呟いた。まだ学園には悪霊達がいる。これらを早急に除霊しないと大変なことになるのは間違いない。創と枝垂は顔を見合わせてほぼ同時に頷くと、除霊に動き出した。
それから、学園で発生した悪霊達の除霊をある程度終わらせ、枝垂は先に帰って行った。残された創はベンチに腰掛けて一息吐く。そんな時、少し離れた所に七海がいるのが見えた。だが、一人ではない。本科の男子生徒と一緒だった。彼の制服のポケットからは三つのぬいぐるみが顔を覗かせている。男子生徒は七海に何かを告げると、足早に去って行った。七海は少し立ち尽くしていると、創に気が付き、声を掛けてきた。
「あ、日向君」
「よーす、七海。どうしたんだ? 何か男子から言われてたみたいだけど」
創がそう言うと、七海は少し気まずそうな顔をした。
「うん。えっと、明日一緒にゲームセンターで遊ばないかって誘われたんだ」
「へぇ、もしかして二人で?」
「……うん」
どうやら、先程のあれはデートのお誘いだったようだ。
「同級生だけどクラスが違うから、その人のことはよく知らないんだけど……どう、かな?」
「どうって?」
「遊びに行っても良いと思う?」
七海がどこか期待するような表情で尋ねた。だが、創としては、そんなことを聞かれても困るというのが本音だ。
「俺に聞かれても……七海が決めることだしな。俺がどうこう言える立場じゃないだろ。良いんじゃないか? 行っても。折角のクリスマスなんだしさ」
創がそう言うと、七海は目をパチクリとさせた。そして、くるりと振り返ると踵を返した。
「そう、だね。分かった。じゃあ、明日行ってみるよ。楽しんでくる。じゃあね」
そう言って、七海はさっさと行ってしまった。顔は見えなかったが、どこか不機嫌そうに見えた。一人残された創は溜息を吐いて空を見上げた。
「七海って、マイペースだけどルックスは良いからな。そりゃモテるか。今までそういった話が出てこなかったのがアレだったんだ、うん」
創はそんなことを呟きながら頷く。
(そうだよ。別に七海に彼氏が出来ようが、俺には関係ないんだ。あいつはただの友達で、計画の協力者なんだから。俺がどうこう言える立場じゃない)
そんなことを悶々と思いながら、ベンチの上で寝転んだ。元々、創はこの学園に遊びに来た訳じゃない。浄霊をしに来たのだ。自分に誇れる自分になるために。だから恋愛にかまけている暇など、創にはない。
そもそも、死神と人間の間での恋愛には色々と障害が多い。前例がない訳ではないが、種族間の寿命の差など難しい問題が多いことは創も知っている。だからこそ、創は七海とそういう関係になるつもりは毛頭なかった。
だが、それでも創の胸のうちにあるモヤモヤというか、地獄でガムを踏んでしまったかのような不快感が拭えずにいた。
――――――――――
翌日。その日はクリスマス・イブであり、休日だ。今日、明日が休日で本当に良かったと思いつつ、創はゲームセンターから少し離れた場所で様子を窺っていた。
「七海はまだ来てないみたいだな。あいつ、寝坊してないと良いけど」
創の服装はいつもの予備学科の制服と違って私服姿だ。なので、いくら霊が見える七海でもパッと見では気付かれないだろう。そうしてコーヒーでも飲みながら、七海が来るのを待っていると、近くで聞き覚えのある声が聞こえた。
「いやぁ、楽しみっすね! 千秋ちゃんがちゃんとデートを楽しめるのか!? 彼氏君のお手並み拝見っす!」
「なんでオレまで巻き込み事故食らってるんだよ……くっそ、せめてソニアさんがいたら……」
「ソニアちゃんは国に帰っちゃったんだから仕方ないっすよ! まだ冬休み前っすけど、国のしきたりじゃあ無理に引き留める訳にもいかないっす!」
「それはそうだけどよぉ……」
声のした方に視線を向けると、そこには一組の男女が創と同様に七海を見張っていた。一人は創も見覚えがあった。以前、車の九十九神の件で世話になった左右田だ。しかし、もう一人の方は見覚えがなかった。派手な髪色と髪型とアクセサリーをしていて、底抜けに明るい雰囲気を纏っている女子だ。何をしているのか気になったので、創は念のためにズボンのポケットに入れていたネクタイピンを取り出して、胸ポケットに差し込んだ。これで創の姿は周りの人から見えるようになる。左右田は創に気が付き、声を掛けてきた。
「おう、日向じゃねえか。え? もしかして、お前も七海のデートを尾行しに来たのか?」
「ま、まあな。ちょっと心配になって」
歯切れ悪くそう答えた創を見て、左右田は呆れた様子で言った。
「だからさっさと付き合っとけば良かったんだよ。変な言い訳してねぇでさ」
「あれれ? この人、和一ちゃんの知り合いっすか?」
「ああ、こいつは日向創。予備学科でな。この間、自動車修理を手伝って貰ったんだ」
「へぇ……あ、唯吹は澪田唯吹っす! 澪田唯吹の澪に、澪田唯吹の田に、澪田唯吹の唯に、澪田唯吹の吹で、澪田唯吹っすよ!」
「お、おお……元気な人だな」
やけにテンションの高い澪田に押されつつも、創は尋ねた。
「それで、左右田と澪田はどうして七海の尾行を?」
「だって千秋ちゃんのデートとか面白そうじゃないっすか! それでこっそり後を付けて見てみようって提案したんすけど、和一ちゃんしか捕まらなくて……まぁ、日寄子ちゃんとかは着物だから目立っちゃってしょうがないんすけど」
「オレは運悪く捕まっちまってな。折角の休みだってのに……」
「な、なるほど……」
創はチラリと七海の待ち合わせ場所に視線を向けると、昨日七海に話し掛けていた男子が待っているのが見えた。集合時間前だからか、七海はまだ来ていないようだ。服のポケットに複数の人形が入っているという特徴的な姿の男子を見て、左右田が呟いた。
「それにしても、七海を誘ったのが染屋だったとはな……」
「染屋?」
左右田はその男子のことを知っていたようだ。澪田も同様に彼のことを知っているようで、創に説明する。
「染屋涼太。『超高校級の童話作家』っすね。生徒会にも入ってる超エリートっすよ」
「ふーん……」
「だ、大丈夫だぜ日向! そりゃあお前は予備学科だけど、良いやつだからよ! まだ負けると決まった訳じゃねーぞ!」
何か勘違いした左右田が、変な慰めをしてくる。その時、丁度七海もやって来た。染屋と何か話すとそのままゲームセンターに入って行った。それを見た澪田がさっさとゲームセンターに入って行ってしまった。そんな澪田を追いかけるように創と左右田も続く。
ゲームセンターは、休日ということもあって、中は人でごった返していた。創達が少し歩いていると、七海と染屋を見つけた。二人は格闘ゲームをやろうとしているところだった。普段から七海にボコボコにされている創は、それを見て大丈夫かなと少し心配になった。そして案の定、七海は格闘ゲームで染屋をコテンパンに倒してしまっている。それも、周囲がドン引くような嵌め技で一方的に。
「うわぁ、容赦ないっすね……」
「え、えげつねぇ……」
「嫌な予感はしたけどやっぱりか……」
こっそり様子を窺っていた創達は頭を抱えた。その後も、レースゲームや音ゲー、シューティングゲームでも七海は圧倒的な点差で勝利を重ねていった。『超高校級のゲーマー』である七海は、接待プレイなんてものはしない。分かってはいたことだが、それでも本当に容赦がない。惨敗続きで、心なしか染屋も顔を引き攣らせていた。
「日向、お前よく七海とゲームを続けてられるな? 心折れねえの?」
「俺は自分の中で目標を立てたりとかしてるからな。七海相手に一点取れれば、目標達成……みたいな感じで」
「あぁなるほど、確かに千秋ちゃんに勝つとかよりは、そういった目標を立てといた方が精神的に良いかもしれないっすね」
「……もっとも、最近は七海の方も対策してきたのか、何も出来ずに惨敗することが多くなってきたけどな」
「「うわぁ……」」
のんびりした雰囲気をしているが、七海はゲームに関しては滅茶苦茶負けず嫌いだ。染屋もそういった七海の雰囲気に騙されたんだろうなと、創は彼に少し同情した。
――――――――――
「結局、あんまりデートらしいデートにはならなかったみたいっすね……」
「まぁあんだけボロクソに負けりゃあ、男としての面目丸潰れだわな」
それから、様々なゲームで染屋をボロクソに負かした七海は、お昼前には別れることとなった。ただただゲームをしに来ただけだったのかもしれないが、おそらく染屋の心が折れたのだろう。一応、クレーンゲームでの七海の神プレイによって色々ぬいぐるみをゲット出来たので、全てが無駄ではなかったようだが。染屋と別れた七海はあまり気にしていない様子で、格闘ゲームに熱中している。
「これ見てると、マジでゲームで七海に付き合えるのは、日向くらいなのかもな」
左右田がポツリとそんなことを呟いた。澪田もうんうんと頷く。その時、ヌッと影が一つ。
「何してるの?」
「「「っ!?」」」
気付けば、先程まで格闘ゲームに熱中していたはずの七海がすぐ後ろに立っていた。
「左右田君に、澪田さんに……日向君。こんな所で何してるの?」
「何って、そりゃあ……俺らもゲーセンに遊びに来たんだよ。ほら、日向とはこの間の自動車修理のこともあって仲良くなったし、澪田もノリノリで付いてきたっつーか……クリスマスだってのに暇だったからさ」
無表情の七海からの問いに、左右田はしどろもどろになりながらも答えた。左右田の言葉に、創もコクコクと首を縦に振る。だが、ここで澪田が余計なことを口走った。
「そうっす! 決して千秋ちゃんのデートが面白そうだから付いてきた訳じゃないっすよ!」
「あっ、バカ!」
左右田が慌てると同時に、創が澪田の脇を突いた。七海の目が少し鋭くなる。
「……付いてきたの?」
創達は七海から目を逸らすも、ジッと見つめ続ける彼女の視線に耐え切れず、やがて小さく頷いた。それを見た七海は、ふぅと溜息を吐き、奥にあるゲーム筐体を指差した。
「じゃあ、皆であのゲームやろうか。折角四人いるんだし」
こうして創、左右田、澪田の三人は、七海の気が済むまでゲームに付き合わされる羽目となった。