年も明けて、早数か月が経過し、三月となった。この時期になると、三年生の先輩達は卒業が控え、残りの生徒達は次の学年に上がるための準備で忙しくなる。
創もまた浄霊の傍らに、希望ヶ峰学園浄霊計画の年度末活動実績書と、次年度計画書をまとめるのに大忙しだった。書類をまとめ上げた創は、パソコンから目を離し、大きく背伸びをした。プリンターから出てきた書類を確認すると、頷いた。
「よし! これで完成だ。後は命数管理局に提出するだけだな。今度こそOKが出ると良いんだが……」
そう言いながら二種類の書類をクリアファイルに入れると、創は命数管理局に向かった。そして、担当記死神である柊に書類を提出する。柊は書類に目を通し、細かな点まで入念に確認していく。何点か質問されたりもしたが、創が質問にしっかりと答えると、やがて柊は納得したように頷いた。
「確認しました。内容についてはこれで概ね問題ありませんが、幾つか修正点がありますので、このように修正した後、再度提出して頂けますか?」
「あ、分かりました……」
やはり実績書ともなると、毎月提出している月別実績と異なり、かなり厳しく審査される。今回で三度目だ。まだ提出締切まで余裕があるが、正直疲れる。だが、これでも最初の頃と比べて修正箇所も少なくなってきた。柊は優しく言った。
「ですが、大分形は良くなってきました。計画についても、次年度から新しく二人も参加されますし、より浄霊がスムーズにいくと思いますよ」
「……そうですね」
次年度では、希望ヶ峰学園浄霊計画に参加する死神が新しく二人追加されることが決定している。二人とも予備学科の入学試験に合格しており、戦闘能力の試験においても文句なしの結果を残した優秀な死神達だ。後輩ができることに、創は素直に嬉しさを覚えていた。だが同時に、胸の奥には少しだけ複雑な感情も芽生えていた。勿論、この計画が一人では到底解決不可能な案件であることは重々承知しているし、人手が増えれば出来ることも増えてくる。だがそれでも、この問題だけは自分の手で解決したかったという思いがごくわずかながら胸の奥に存在した。
「創さん」
「え? あ、はい」
名前を呼ばれて顔を上げると、柊が真剣な表情を浮かべていた。
「改めて言っておきますが、この計画は本来であれば、複数人の死神が数年単位で取り組むものです。つまり、それだけ危険なことであり、解決には長い期間を要します。今年度だけでもA-1グランプリや堕魔死神モノクマなど、一歩間違えれば怪我では済まないような事態が何度かありました。あなたが大怪我を負わずに乗り越えたこと自体、奇跡に近いんです」
そう言われて、創の脳裏に今までの出来事が過った。柊の言う通り、大きな怪我を負わずに乗り越えることができたのは確かに奇跡に近いことなのだ。柊は続ける。
「計画を成功させるには、あなた以外にも複数人の死神の協力が必要不可欠です。あなたがすべてを背負う必要はありませんし、背負うべきでもありません。仲間を頼ることは弱さではなく、計画を遂行するために必要なことなんです」
「……はい」
創は小さく頷いた。頭では理解している。これまでも、死神ではないが枝垂や七海にも助けてもらってきたのだ。自分一人の力だけで乗り越えられた出来事など、一つとして存在しない。
だが、それでも胸の奥に引っかかるものがあった。初めてあの学園を訪れた日から、数え切れないほどの霊と向き合い、多くの事件に巻き込まれながらも前へ進んできた。だからこそ、その結末だけは自分自身の手で見届けたいという思いがあった。
柊はそんな創の表情を見て、どこか察したように微かに笑った。
「もちろん、学園卒業まであなたが中心であることに変わりはありません。新しく参加する二人も、あなたの代わりではなく、あなたを支えるために加わるのです」
「俺を……支えるために?」
「ええ。今のあなたは一年前とは比較にならないほど成長しています。だからこそ、今後は一人で戦うのではなく、仲間を率いることも求められるでしょう」
創は思わず目を瞬かせた。自分が成長している自覚がなかったのだ。これまでの自分は、ただ目の前の問題を解決することに必死だった。しかし来年度からは後輩もできる。自分だけが強くなればいいわけではないのだ。
「……そうですね」
今度は先程よりも素直に言葉が口から出た。
「俺も、少しは先輩らしくならないと駄目かもしれません」
その言葉に、柊は満足そうに頷いた。
「その意気です。では、修正が終わったらまた持ってきてください」
「はい」
創はクリアファイルを抱え直し、命数管理局を後にした。創の足取りは先程よりも少しだけ軽くなっていた。
――――――――――
そして、四月になり、希望ヶ峰学園予備学科に新たな生徒達が入学してきた。創は新しく入学してきた後輩死神達にこの一年で得たノウハウを丁寧に教えていく。
一方で、本科の方はまだ新入生達は入学していない。普通の高校と異なり、希望ヶ峰学園本科の入学式は五月に行われるからだ。希望ヶ峰学園のスカウトマンから才能をスカウトされて、転入という形で入学するので入学時期が他の学校と異なっている。
四月は、スカウトマンが忙しくなる時期でもある。希望ヶ峰学園の入学条件は現役高校生であることが条件のため、才能を持つ中学三年生を卒業前から調査し、高校進学後に正式なスカウトを行う必要があるからだ。
そのためこの時期になると、希望ヶ峰学園のスカウトマン達は全国各地を飛び回り、有望な才能を持つ学生達との接触を試みる。五月の入学式に向けて、まさに最後の追い込みと言える時期だった。
希望ヶ峰学園スカウト部門主任、黄桜公一もまた、そんなスカウトマンの一人だ。
「いやぁ、この時期は酒を飲む暇もないよ」
そうぼやきながら、黄桜は夜行バスの座席に深く腰を沈めていた。彼の手には、何人もの生徒の資料があった。この時期にスカウトする生徒はそう多くはないが、スカウトしない訳にはいかない。昨年度と比べて生徒の数が少ないので、多くの才能を持つ生徒を集める必要があるからだ。幸い、中学時代に十分な実績を上げていて、高校でも十分期待出来るといった理由で候補としていた生徒達は皆、無事スカウトを済ませることができた。そして、中には自分の才能を売り込んでくる者もいた。
「……にしても、まさかあの子がねぇ」
黄桜は一枚の資料を一番上に置き、感慨深そうに呟いた。資料に添付された写真には、紫がかった銀髪のロングヘアで片方だけ三つ編みにしている美少女の姿が写っている。才能の欄には『超高校級の探偵』と明記されている。才能は十分感じられたし、そもそも
「生憎、俺のことは覚えてなかったみたいだけど、まぁ無理もないか。会ったのも随分昔だし。美人になるだろうなとは思ってたけど、俺の目に狂いはなかったな」
そう呟きながら資料をファイルの中に入れた時、まだ一枚資料が残っていたことに気が付いた。
「ん?」
黄桜は眉を顰め、取り出してみる。出てきたそれは、才能の欄に『超高校級の幸運』と書かれているものの、名前や学校名、これまでの経歴といった項目は全て空白の資料だった。黄桜はギョッとした。そして、同時に思い出す。
「そうだった。今年の幸運枠の担当は俺だったっけ……」
『超高校級の幸運』。全国の高校生の中から抽選で選ばれる特殊枠。その決め方も、その年やスカウトマンによって異なる。全国の高校生の戸籍からランダムで選ぶ場合もあれば、任意の高校を一校選んでその中から抽選で選ぶという方法もある。そういったことも全てスカウトマンに一任されている。
「しゃあない。どっか適当な高校から選ぶかねぇ……」
目的地に到着し、夜行バスを降りた黄桜は大きく伸びをした。
「ん~~~……」
コキッ、コキッ。
不健康そうな音が、身体のあちこちから響く。
「寝てる間に着くのは良いんだが、夜行バスは身体が凝るんだよな」
首を左右に傾けながら、黄桜は凝り固まった肩を揉む。
「まぁ、学校選びの前にまずは朝飯にするか……」
時刻はまだ早い。夜行バスが停車した駅の周辺には、早朝から営業している店がいくつかあるようだった。黄桜は早速携帯を取り出し、近くの飲食店を調べようとする。その時だった。
「――っ!」
ドンッ!
「うおっ!?」
突然、横から強い衝撃を受けた。黄桜の身体が大きくよろめき、そのまま尻餅をつく。
「いってぇ……」
「あ、すみません!」
ぶつかってきた人物が、慌てて駆け寄ってくる。高校生くらいの少年だった。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
黄桜は腰をさすりながら、少年が差し出してきた手を取る。
「悪いな」
「いえ、こちらこそ本当にすみません!」
少年は何度も頭を下げた。
「ちょっと急いでいて……前をちゃんと見ていませんでした」
「まあ、怪我がなかったんならいいさ」
黄桜は苦笑した。
「それより、そんなに急いでどこ行くんだ?」
「学校です」
少年は腕時計を確認する。
「寝坊してしまって……」
「なるほどねぇ」
黄桜は少年の姿を改めて見た。真新しい紺色のブレザーの制服。まだ着慣れていないのか、どこかぎこちない。高校一年生だろうか。そんなことを考えていると、少年が突然「あっ」と声を上げた。
「何か落としてますよ」
「ん?」
少年の視線の先を見る。黄桜が尻餅をついた拍子に、鞄の中身がいくつか散らばっていた。
「ああ、こりゃいかん」
黄桜は慌てて拾い集める。そして最後に、少し離れたところに落ちていた一枚の紙へ手を伸ばした。
『超高校級の幸運』。その文字が記された、例の資料だった。黄桜が拾うより早く、少年がそれを拾い上げる。
「おっと……」
黄桜は一瞬だけ焦った。しかし少年は資料の内容を確認することなく、裏返しのまま差し出してきた。
「これですよね?」
「ああ、悪い。助かったよ」
黄桜はそれを受け取る。少年が見ていたのは、何も書かれていない裏面だけ。表面に書かれている『超高校級の幸運』という文字には、気づいていない。もちろん黄桜も、そのことには気づかなかった。
「それじゃ、俺はこれで」
「はい!」
少年は軽く頭を下げた。
「今度はちゃんと前見て走れよ」
「はい。すみませんでした!」
少年はそう言うと、駅の中に入っていった。
「……元気だねえ」
黄桜はその背中を見送った。そして、手元の資料に目を落とし、裏返して中身を確認する。
「危ねえ危ねえ……」
幸運枠の資料。他の既にスカウト済みの学生達の資料ならともかく、まだ何も書かれていないこの資料なら、別に見られて困るような情報ではない。だが、それでもできれば部外者には見せたくないものではある。
「しかし……」
黄桜はふと、先ほどの少年が着ていた制服を思い出した。
「……あの制服、どこの高校だったっけ?」
職務上、全国の高校について網羅している黄桜は、あの制服に見覚えがあった。また人にぶつからないように、隅の方に移動してから、黄桜は鞄から全国の高校一覧資料を取り出す。駅前の人混みを眺めながら、資料を捲っていく。
「あれは……確か……」
パラパラと捲るうちに、ようやく……
「あった。ここか」
目当ての校章を見つけた。少年が着ていた制服と一致する。黄桜は高校名を確認した。
「……三界高校。へえ」
そこまで有名な高校ではない。偏差値も高すぎず、低すぎず。全国的に突出した実績があるわけでもない。しかし、だからこそ悪くない。少なくとも、最初から候補から外す理由はない。
「そういや、幸運枠は高校を一つ決めて、その中から抽選すりゃいいんだったな」
黄桜は手元の資料を見る。まだ名前のない『超高校級の幸運』。誰になるのかは、まだ分からない。ならば……
「……ここにするか」
黄桜は、その高校の名前に小さく丸をつけた。理由は単純だった。たまたま目に入った。たまたま、その高校の生徒とぶつかった。たまたま、その生徒が自分の落とした資料を拾ってくれた。ただ、それだけだ。
「ま、こういうのも何かの縁ってことで」
黄桜は資料を鞄にしまった。そして、先ほど少年が走っていった方向へ一瞬だけ目を向ける。もう、その姿は見えない。少年の名前も知らない。どこの高校なのかも、本人から聞いたわけではない。
ましてや……
これから、自分の通う高校の中からたった一人の幸運が選ばれることになるなど、少年の方は知る由もないだろう。
「さて、と」
黄桜は腹をさすった。
「まずは朝飯、朝飯っと」
そう呟いて歩き出す。
その数時間後。黄桜は正式に、その高校を今年度の「超高校級の幸運」の抽選対象校として申請することになる。
更にその数日後。抽選によって、一人の男子生徒が選ばれた。その男子生徒は奇しくも、黄桜とぶつかった少年だった。
その男子生徒の名前は、苗木誠。第78期の『超高校級の幸運』。そして、黄桜は知らないことであったが、彼もまた……死神であった。
そして五月。新入生として入学してきた苗木誠が、正式に浄霊計画へ加わることになる。
原作と違って、苗木君は境界のRINNEの舞台である三界高校に通っています。なので、六道りんね君や間宮さくらちゃんとはクラスメイトで友人です。
次回から新章に突入します。新しく予備学科に入ってきた後輩死神二人は、その時に紹介します。