「ここが、希望ヶ峰学園か……」
希望ヶ峰学園の正門前に、一人の少年が立っていた。今年度から第78期生として、この学園に入学することになった少年――苗木誠。
全国の高校生の中から抽選で選ばれた、『超高校級の幸運』である。外見も内面も、自他共に認める平凡な少年。特別な才能があるわけでもなく、本人も自分をそう思っている。
ただし、たった一つだけ普通の生徒――いや、人間と違うところがあった。
それは……彼が、人間の血を引く死神であることだ。
死神である苗木が、わざわざ人間の学校に通う必要は本来ない。しかし、苗木家の方針によって、彼は小学校から高校まで、人間の学校と死神の学校、その二つに通い続けてきた。
大変なことも多かった。それでも、人間の学校に通ったおかげでたくさんの友達ができたし、様々な思い出を作ることもできた。だから苗木自身は、悪くなかったと思っている。
そんな彼が今着ているのは、紺色のブレザーに緑色のネクタイという制服だった。以前通っていた高校――三界高校の制服である。
「まだ制服が出来ていないから、前の高校の制服でいいって言われたけど……やっぱり場違い感があるな」
周囲を見渡しながら、苗木は苦笑する。
希望ヶ峰学園。
全国から選りすぐりの才能を持つ高校生たちが集められる、超名門校。そこに、どこからどう見ても普通の少年である自分がいる。しかも、制服まで違う。目立つなという方が無理な話だった。
ふと、苗木は以前の学校へと思いを馳せる。
前の高校も大変なことは多かったが、それでも楽しかった。自分と同じ死神の少年や、霊が見える少女と一緒に、浄霊を手伝ったりもしたものだ。
「元気にしてるかなぁ、六道君や間宮さん。六道君、間宮さんに迷惑かけてないといいけど。金銭面で」
思わず遠い目になる苗木。
すると、隣から呆れたような声が聞こえてきた。
「感傷に浸ってないで、そろそろ校舎に入ったらどうですか? 遅刻しちゃいますよ?」
「……うん、そうだね。ありがとう、黒づ――」
そこまで言って、苗木は固まった。そして、ゆっくりと隣へ顔を向ける。
そこにいたのは、一匹の黒い子猫だった。苗木の契約黒猫――
「く、黒鶴!? なんでここにいるんだよ!? 寄宿舎にいるように言っただろ!?」
「なんでって……誠様が心配だから、付いてきたに決まってるじゃないですか」
黒鶴は平然と答える。
「『超高校級の幸運』なのに、変なところで不運だったりするでしょ、誠様って。もし不運に巻き込まれたら、あたしが助けないといけませんし」
「うっ……」
そう言われると、苗木は何も言い返せない。なぜ自分が『超高校級の幸運』に選ばれたのか、未だに本人にもよく分からない。抽選に当たったという意味では確かに幸運なのだろう。しかし、苗木は昔から妙なところで間が悪かった。
「だから、あたしが付いて行ってあげますよ! さぁ、早く行きましょう!」
「って、ちょっと! 待ってよ!」
なぜか自分より先に校舎へ入ろうとする黒鶴を、苗木は慌てて追いかけた。
――――――――――
今年入学した希望ヶ峰学園第78期生は、前年度の77期生と比べれば人数こそ少ないものの、個性はかなりのものだった。あるスカウトマンが「粒揃い」と称したほどである。だからこそ、教室に入った苗木が最初に思ったことは――
(帰りたい)だった。
事前に軽く調べただけでも、野球選手、スイマー、プログラマー、アイドル、暴走族など、様々な才能を持つ生徒が入学すると知っていた。それだけでも軽く目眩がしたものだ。しかし、実際に本人たちを目の当たりにすると、想像以上だった。前の高校とは雰囲気が違いすぎる。なんというか――現世とあの世くらい、世界が違うのだ。
昨日の入学式の時点では、そこまで気にしていなかったが、こうして教室に勢揃いすると、あまりにも濃い面子だった。
そんな苗木を、黒鶴が隣からジッと見つめる。その目が、「仕事を忘れるなよ?」と言っているように見えた。
「……分かってる」
小声でそう呟くと、苗木は教室の扉に貼られていた座席表を確認し、自分の席へ向かった。黒鶴も当然のように付いてきて、そのまま苗木の机の上で丸くなる。
苗木は、この学園に本科生徒として入学するにあたり、『希望ヶ峰学園浄霊計画』に参加することになっていた。先輩死神である創から、この計画については以前から聞いていた。そのため、希望ヶ峰学園への入学が決まった際、苗木自身から参加を申請したのだ。
命数管理局としても、本科生徒として学園に入ってくれる死神がいるのはありがたいらしく、申請は二つ返事で許可された。そういうわけで、今日の放課後には他の計画参加者と合流し、挨拶する必要がある。
先輩の創は昨年度から予備学科に在籍しており、そして今年度では予備学科には新たに二人の死神が入ったらしい。つまり、自分を含めれば、この学園には四人の死神がいることになる。
(創先輩はともかく、他の二人とは仲良くなれるかなぁ)
そんなことを考えていると、不意に声を掛けられた。
「あの、苗木君ですよね?」
「え?」
顔を上げる。苗木の目の前には、黒髪のロングヘアーをした、整った顔立ちの少女が立っていた。どこかで会ったことがあるような気がする。しかし、すぐには思い出せなかった。
(誰だっけ……? 現世の小学校とか、中学校にいたっけ……?)
「えっと……」
苗木が困ったように首を傾げると、少女は少し申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、覚えていませんか? 根暗六中の……」
「根暗六中……?」
昔通っていた中学校の名前を聞いて、苗木の記憶が少しずつ蘇ってくる。
(根暗六中……? でも、こんな人クラスにいたっけ……?)
しばらく考えていると、別の記憶が浮かんだ。
(……あれ? そういえば中学時代、アイドルが同級生にいるって話題になったことがあったような……)
そこでようやく、目の前の少女と記憶が結びついた。『超高校級のアイドル』として、この希望ヶ峰学園に入学した少女。
「……そうだ。思い出した。舞園さんか」
「はい!」
苗木が名前を口にすると、舞園はホッとしたような表情を浮かべた。正直なところ、苗木にとって舞園さやかは、それほど強く印象に残っている相手ではなかった。同じ中学校に通っていたとはいえ、同じクラスになったことはない。それに当時の苗木は、死神中学にも通っていたため、毎日が忙しかった。そのため、名前と顔を思い出すまで少し時間が掛かってしまったのだ。
「苗木君もこの学校に入学だなんて、驚きました」
「ホントにね。まさか、この学園に幸運枠で入ることになるとは思わなかったよ」
「ところで……」
舞園の視線が、苗木の机の上へ向かう。
「その子猫はどうしたんですか?」
黒鶴と目が合う。黒鶴は、ジッと舞園のことを見つめ返していた。
「ああ、僕の猫だよ。寄宿舎から勝手に付いて来ちゃったみたいでね。校舎前でそのことに気付いたんだけど、戻っていたら遅刻しそうだったから……仕方なく一緒に来たんだ」
「そうなんですね。名前はなんて言うんですか?」
「黒鶴だよ」
「黒鶴……ですか。良い名前ですね!」
「みゃぁ」
名前を褒められて悪い気はしなかったらしい。黒鶴が、人懐っこい声で鳴いた。
「ふふっ」
舞園も思わず頬を緩める。どうやら黒鶴を気に入ったようだ。そんな二人の様子を見ていた何人かの生徒が、苗木の席へ近付いてきた。
「君ぃっ! 教室に動物を連れ込むのは校則違反だ!」
大声を上げたのは、白い軍服のような制服を着た男子生徒だった。
「この『超高校級の風紀委員』石丸清多夏がいる限り、校則違反は断固として認めんぞ!」
「えっと、ごめんなさい」
苗木は素直に頭を下げる。
「実は寄宿舎から勝手に付いてきちゃったみたいで……。校舎前でそのことに気付いたんだけど、引き返したら遅刻になっちゃうし。仕方なく連れて来たんだ」
「……むぅ」
石丸は腕を組み、しばらく考え込む。やがて大きく頷いた。
「事情は理解した! 初日から遅刻するのも問題だからな!」
どうやら事情は理解してくれたらしい。そんな石丸を、別の少女が宥める。
色黒の肌をした、活発な運動部といった印象の少女だった。
「まぁまぁ、そんな固いこと言わなくてもいいじゃん! 悪気があってやった訳じゃないんだしさ!」
少女は黒鶴に顔を近付ける。
「ねぇ、その子の名前なんて言うの~?」
「え? ああ、黒鶴だよ。えっと……」
「私は朝日奈葵! 『超高校級のスイマー』だよ! よろしくねぇ、黒鶴ちゃん!」
「みゃぁ」
「うわ~、可愛い!」
朝日奈は嬉しそうに笑う。
「この子、大人しくて良い子だね!」
そのとき、教室の扉が開いた。
「よーし、全員来ているな。席に着け~」
担任らしき男性教師が教室へ入ってきた。
「はいっ!」
石丸が元気よく返事をし、自分の席へ戻っていく。他の生徒たちも、それぞれの席に座っていった。
「早速だが、お互いクラスの仲間同士ということで、自己紹介をしてもらいたいと思う」
教師は教壇に立って教室を見渡す。
「ちなみに、私はこのクラスを担当する飯塚だ。よろしく。席順ということで、まずは朝日奈さんから」
「えっ、あっ、はい!」
先程の少女――朝日奈が、やや緊張した様子で立ち上がった。ちなみに、このクラスの席は五十音順ではなく、かなりバラバラに配置されている。苗木は背が低い方なので、背の高い生徒の後ろだと黒板が見えなくなってしまう。恐らく、そうならないように配慮された席順なのだろう。朝日奈の自己紹介が終わると、次々と生徒たちが自己紹介を始めていく。
『超高校級の軍人』戦刃むくろ。
先程苗木に注意した『超高校級の風紀委員』石丸清多夏。
『超高校級の格闘家』大神さくら。
『超高校級の暴走族』大和田紋土。
『超高校級の探偵』霧切響子。
『超高校級の野球選手』桑田怜恩。
なぜか桑田は、自己紹介の間も苗木に対してどこかライバル心剥き出しの視線を向けてきた。
(なんでだろう……)
苗木には心当たりがない。続いて、『超高校級の御曹司』十神白夜が自己紹介を終える。
「次、苗木」
「はい」
先生に指名され、苗木は立ち上がった。
「えっと、僕は苗木誠です。三界高校出身で、『超高校級の幸運』で入りました。趣味はゲームとかです。よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げる。まばらな拍手が起こった。その時――
「みゃおん」
鳴き声が響いた。飯塚先生が、苗木の机の上で丸まっている黒鶴に気付く。
「うん? 苗木、その子猫は?」
「えっと、僕の猫です。寄宿舎から勝手に付いてきてしまって……仕方なく連れて来てしまいました。すみません」
「いや、なに。心配はいらん」
飯塚先生は、あっさりと笑った。
「一つ上の77期生の中には『超高校級の飼育委員』がいてな。規格外な動物を連れ込んだりするから、それと比べれば君の子猫くらい可愛いものだ」
「そ、そうなんですか……」
「随分と大人しい性格のようだな。名前はなんて言うんだ?」
「黒鶴です」
「ほぉ。風情のある名前だな」
「みゃぁ」
そのとき、別の席から声がした。
「それにしても、『超高校級の幸運』であるあなたが、不幸の象徴である黒猫をペットにしているなんて……随分アンバランスですわね」
声のした方へ苗木が視線を向ける。黒いゴスロリ服に身を包み、黒いツインドリルの髪型をした少女が、黒鶴を興味深そうに見つめていた。
「みゃぁ」
黒鶴が不満そうな声を上げる。すると、別の席に座っていた少女が反論した。三つ編みと眼鏡が特徴的な少女で、どこか卑屈そうな雰囲気を漂わせている。
「ふ、ふん。黒猫が不幸の象徴だっていうのは、お、欧米の話よ……。古来、日本では『福猫』として幸運の象徴だったんだから」
「あら。そうでしたの」
ゴスロリ姿の少女は、少し意外そうに目を瞬かせる。
「わたくし、そういうことにはあまり興味がありませんでしたから」
そう言って、ツンとした態度でそっぽを向いた。
「……コホン!」
飯塚先生が咳払いをする。
「それじゃあ自己紹介を再開するぞ。次は葉隠」
「了解だべ!」
先生に指名された男子生徒が、元気よく返事をした。
『超高校級の占い師』葉隠康比呂。かなり特徴的な髪型をした男子だった。
続いて、『超高校級の文学少女』腐川冬子。
その次に、『超高校級のプログラマー』不二咲千尋が自己紹介をする。苗木は最初、可愛らしい女の子だと思っていた。しかし――実は男だった。教室中からも驚きの声が上がった。
そして、教室に来て最初に苗木へ話しかけてきた、『超高校級のアイドル』舞園さやか。
その次に、黒いゴスロリ姿の少女、『超高校級のギャンブラー』安広多恵子。ただし、本人は頑なに『セレスティア・ルーデンベルグ』と名乗り続け、最終的には半ば強引に全員へ認めさせてしまった。
そして最後に、『超高校級の同人作家』山田一二三。
全員の自己紹介が終わる。苗木は小さく息を吐いた。
(……なんというか、とんでもないクラスだな)
机の上では、黒鶴がクラスメイト達に視線を向け、最後に少し同情を帯びた視線を苗木に向けた。その姿を見ながら、苗木はこれから始まる高校生活に、期待と不安が入り混じった複雑な感情を抱いていた。