自己紹介や連絡事項が終わり、帰る時間になった。皆、思い思いに過ごす中、苗木は荷物を纏めて教室を出る。
苗木は一旦、男子トイレに入って支度をすることにした。人間の血が通う苗木は、創のように簡単に霊体化・実体化出来る訳ではない。専用の道具が必要になる。
苗木は鞄から一着の羽織を取り出し、制服の上から身に纏った。萌葱色の生地に、白い梅の花模様が特徴的な羽織である。『黄泉の羽織』という着用者を霊体化させる死神道具だ。前の高校の友人、六道りんねも持っているが、彼のものと比べて苗木のそれは性能が低い。あくまでも着た者を霊体化するだけなので、六道の羽織のように霊を実体化させたり、様々な死神道具を収納することは出来ないのだ。
羽織を纏った苗木はそのままトイレを出る。周囲の生徒達が苗木に気付く様子はない。そのまま本科校舎を出て、待ち合わせ場所である中庭に向かった。
待ち合わせ場所には創ともう一人、先客がいた。制服を見る限り、本科の生徒のようだ。創が苗木に気付いて声をかける。
「苗木、こっちだ」
「やっほー、後輩君」
「どうも、創先輩。えっと、彼女は……?」
苗木が尋ねると、その本科生こと七海が自己紹介を始めた。
「私は七海千秋って言いまーす。『超高校級のゲーマー』でーす。ゲームはオールジャンルいけまーす。死神じゃないけど、霊が見えまーす」
どこか独特なテンポで自己紹介をする七海。苗木は聞き捨てならない発言に眉を顰めた。
「ちょっと待って。霊が見えるだって? 一体どうして? まさかあの世の食べ物を食べたり……」
「いや。七海の場合は臨死体験をしたことがあるらしくてな。それが原因だ」
「あ、なるほど……前の学校のクラスメイトに、七海さんみたいに霊が見える人がいたからさ……」
「へぇ、私以外にもいるんだ……」
七海は意外そうに目を瞬かせた。どうやら、自分以外にも霊が見える人間がいるとは思っていなかったらしい。創が補足をする。
「七海はこの計画の協力者なんだよ。予備学科生の俺は本科の校舎に自由に出入りできないから、その代わりに霊が見える七海に怪しい霊がいないか確認してもらっているんだ。まぁ、去年はそういった霊は一体もいなかったけど」
「ん? 本科校舎……?」
「あ、えっと、そのことなんだけど……」
「お待たせしました!」
声のした方に三人が視線を向けると、そこには二人の死神がいた。一人は金髪のセミロングヘアに音符の形をしたヘアピンが特徴的な少女で、もう一人は黒のキャップを深く被った少年だ。死神の少女は元気に挨拶をする。
「あなたが今月に入学した本科の死神だよね! 私は楓、よろしく!」
「……終一です。よろしく」
終一と名乗った死神の少年はペコリと軽く頭を下げる。そんな終一を見て、苗木は「あれ?」と首を傾げる。彼の顔に見覚えがあったからだ。
「あれ? 終一君って死神第三小の?」
「え? 君、もしかして……苗木君、なのか?」
終一は苗木の顔を見て、目を見開いた。創が尋ねた。
「ん? 苗木、終一と知り合いだったのか?」
「うん、死神小学校の時にクラスメイトだったんだ」
苗木の言葉に終一も頷く。
「でもまさか、終一君もこの計画に参加しているとはね。驚いたよ」
「まあね。推薦がかかったんだ。久しぶりだね……」
「うん、久しぶり」
「ちょっとちょっと! 二人だけで盛り上がらないでよ!」
「あ、ごめんごめん」
楓が不満そうに口を挟んできた。確かに彼女を無視するような形になってしまったので、苗木は素直に謝る。楓は改めて自己紹介を始めた。
「さっきも言ったけど、私は楓。趣味はピアノで、特技もピアノ! とにかくピアノが大好きなんだ!」
「楓は音楽の力で霊を浄霊する一族の出身なんだよ」
「へぇ……」
創が補足すると、苗木は感心したように頷いた。苗木も自分の自己紹介を始めた。
「僕は苗木誠。『超高校級の幸運』として本科に入学したんだ。趣味は死神道具を集めることかな。よろしくね」
「ああ、よろしくな!」
「うん、よろしく」
「……よろしく」
「よろしくねー」
他の四人からそれぞれ返事が返ってくる。創が苗木のことを補足する。
「苗木は死神道具にすげぇ詳しいんだ。道具のことなら苗木に聞けば大体分かるぞ」
「やめてくださいよ、創先輩」
苗木が照れくさそうにそう言うと、七海が思い出したように言った。
「ねぇ、日向君。本科校舎のことなんだけど……去年は何かの道具による影響かもしれないって言ってたよね」
「え? ああ、まあ、そうだな」
「今週に入ってから、霊が本科校舎にも出てくるようになったんだ。どうしてだろう……?」
七海の言葉に、その場の空気が僅かに張り詰めた。
「え? そうなのか?」
「あ、それは僕もちょっと違和感を感じてさ。聞いてた話と違うなって。黄泉の羽織も普通に羽織ることができたし、霊もちらほら見かけたんだ」
苗木の言葉に創達はお互い顔を見合わせた。楓が七海に尋ねる。
「えっと、先週までは何も変化はなかったの?」
「うん、先週まで霊はいなかったよ」
「どういうこと、なんだ……?」
終一も首を傾げる。どうやらまずは本科校舎について調べる必要がありそうだ。といっても、本科の校舎に堂々と入れるのは七海と苗木だけなので、調査は二人にお願いする。入るだけなら創達もできるのだが、校舎に霊が入れないようにしたら、一昨年の死神達のように騒ぎになりかねない。それに死神道具の専門家である苗木がいれば、去年は分からなかった本科校舎の謎も分かるはずだ。
残った創達は霊の浄霊を進めることにした。本科の新入生達が入ったことで、また負のオーラが強まったような感じがする。このままでは悪霊化が進行してしまう。
「すみません、七海先輩。死神じゃないのに巻き込むような形になってしまって」
「ううん、気にしないで。私もどうして急に霊が出るようになったのか気になるし」
苗木の謝罪に、七海は何てことないかのように返す。
「でも、見たところ特におかしな箇所はないんだよな、この校舎……」
苗木はコンコンと壁を叩く。霊避けの道具にはいくつか心当たりがあるが、それをピンポイントで見つけるとなると、苗木でも難しい。その時だった。
「うわっ、なんだコレは!?」
空き教室から声が聞こえた。声のした教室に入ってみると、そこには一人の男子生徒がいた。苗木が声を掛ける。
「あの、どうかしましたか?」
「ん? ああ、いや……掃除していたら変なものを見つけてさ」
そう言って、男子生徒はチリトリを見せる。チリトリの中には、細かなガラス片と木片、虹色に輝く砂があった。
「この机の中に入っていてね。多分砂時計か何かだろうけど、粉々になっていたんだよ」
苗木はそれを見て、動きが止まった。そんな苗木に七海は声を掛ける。
「……苗木君?」
「……え? ああ、ごめん。ねぇ、そのゴミなんだけど、もし良かったら貰っても良いかな?」
「え? 別に構わないけど……ちょっと待ってて。ビニール袋に入れてやるから」
男子生徒は怪訝そうにしながらも、懐から小さなビニール袋を取り出して、ゴミを袋の中に入れる。袋の口を結びそれを受け取ると、苗木は男子生徒にお礼を言った。
「ありがとう」
「じゃあ、オレはこれで。まだ掃除しないといけないし」
男子生徒と別れ、二人きりになると、七海は尋ねた。
「それで、何か分かったの?」
「うん、多分これが霊が出るようになった原因だね」
――――――――――
「除霊砂時計?」
「……なるほど。それでか。確か十年くらい前に出てた道具だよね?」
その後、本科校舎を後にした苗木達は、外で浄霊作業をしていた創達に説明した。創と楓は今一つピンと来ていないようだったが、終一はその道具に覚えがあったのか、合点がいったように頷いた。苗木の説明に終一が二言三言補足する。
苗木達が見つけたのは、除霊砂時計という死神道具の試供品だった。十年前に出ていた試供品で、これを使えば、建物一棟分は霊から守ることができるという優れモノだ。ただ、効果が強力すぎるため、霊はおろか死神でさえも入れなくなってしまうという欠点があるが。除霊砂時計が壊されたことで、除霊効果も消えてしまい、本科校舎には再び霊が出入りするようになったらしい。
「ということは、もう一度、その除霊砂時計を用意すれば問題は解決するってことだね?」
楓が明るく言うと、苗木は難しい顔で首を横に振った。
「いや、そういう簡単な問題じゃないんだ……」
「え? どういうこと?」
「もしかして、もうその試供品は出回っていないとか?」
苗木の言葉に、七海が首を傾げ、創が慌てて尋ねた。
「この道具、十年前から長期実証試験が続いていたんだけど、珍しく評判が良くてね。ようやく来月に商品化が正式に決まったんだ……」
歯切れ悪く言う苗木に、創達の頭に疑問符が浮かぶ。何をそんなに問題なのかと。確かに一か月は使えないだろうし、無料ではないだろうけど使えるようになるのではないか。
「価格は二万円で」
「にま……っ」
創達は思わず絶句した。十年間の除霊実証を経て除霊効果が認められ、しかも小さいため置き場所には困らない。高価なのも当然と言えば当然だろう。
だが、流石にこれは経費で請求したとしても下りないだろう。新しく購入するのは諦めた方が良いかもしれない。
「……これは地道にやるしかないね」
終一が引き攣った様子でそう言うと、苗木は苦笑いを浮かべたまま頷いた。創は少し同情混じりの視線を苗木に向けた。
「こう言っちゃなんだけど、今年苗木が入学してきて本当に良かったよ」
「はは……役に立てたなら良かったけど、こういう厄介事にばっかり遭遇するんだよね。僕って……」
苗木は溜息を吐いた。創の言う通り、本科校舎に霊が発生するようになった年に苗木が入学してきたのは幸運ではあるが、苗木からしたら厄介事でしかなかった。
予備学科の後輩死神は、楓と終一。V3のキャラを登場させました。