入学してから数日が経った。高い才能を持つ者の多くは、良くも悪くも我が強い。そのため、意見の食い違いから衝突することも少なくない。そんな者達の仲裁に駆り出されていたのは、専ら苗木であった。
何故こんなことになっているのか。その理由の一つは、彼が学級委員長に選ばれてしまったことにある。
当初は石丸が立候補していたのだが、あまりにも厳しく取り締まられそうだと危惧したクラスメイト数人(桑田や葉隠、大和田など)に言いくるめられ、その代わりに何故か苗木が選ばれてしまったのだ。その結果、クラス内の揉め事の仲裁だけでなく、様々な雑用まで任されるようになってしまった。
「本当に誠様は、何と言いますか……」
「……運が悪い?」
「……かなり」
苗木と黒鶴はお互いに溜息を吐いた。今更どうこう言っても仕方がないので、苗木も黒鶴も気持ちを切り替える。今は放課後。ここからは死神としての仕事の時間だ。
教室に誰もいないことを確認し、手早く黄泉の羽織を纏うと、自分のリュックを手に取る。リュックの中には、死神として活動するための様々な道具が収納されている。死神にとって欠かせない道具である鎌もその中に入っている。
苗木はリュックから水色の小型の筒を取り出す。筒は片手で握れる程度の大きさだ。見た目だけなら、折り畳み傘と大差ない。
しかし、これは傘ではない。これこそが、苗木が愛用する死神の鎌である。
苗木は柄の部分にあるスイッチを押し、そのまま一振りする。すると、カシャンと音を立てて変形していき、筒は鎌の形へと姿を変えた。
この死神の鎌は、現世でも目立ちにくいようにというコンセプトのもと開発されたものだ。携帯性に特化しており、普段は小型の筒に収めて持ち運ぶことができ、必要な時にはスイッチを押して一振りするだけで鎌へと変形する。
だが、この死神の鎌はなかなか癖が強い。携帯性を重視した結果、一般的な鎌よりも小型な分、浄霊能力がやや劣るからだ。おまけに武骨な鎌を好む昔気質な死神達からは軽薄な印象を持たれてしまっており、市場での人気は低い。
リュックを背負い、苗木と黒鶴は教室を後にする。
まず苗木達がやることは、浮遊霊ハウスの回収だ。浮遊霊ハウスとは、特殊な香りで浮遊霊達を引き入れて捕獲する、超画期的な死神道具である。これを期限内に提出することで、中に入っている浮遊霊達は浄化されて、輪廻の輪に乗って生まれ変わる。苗木や創達も、浄霊の一助として設置しているのだが……
「うわぁ、もう霊がいっぱいになってますよ」
「一昨日置いたばかりなのにすごいな……」
本来なら期限いっぱいまで置けるはずなのに、既に満タンになっていた。黒鶴が回収した浮遊霊ハウスを用意していた段ボール箱に入れていく。回収しながら、苗木が呟いた。
「創先輩が、浮遊霊ハウスは毎日交換しろって言ってたけど、本当だね」
「よっと……これで三十箱目。一昨日置いたのはこれで全部ですね」
「どれ……うん! 三十箱全部ある。放置して期限切れになったら怖いからね」
浮遊霊ハウスは十箱提出するごとに、ポイントが貰える。そして、ポイントカードがいっぱいになれば、死神道具を一割引きで購入可能になる。
多くの死神にとって有難い制度なのだが、期限までに浮遊霊ハウスを提出できないと、ポイントカードが没収されてしまい、今まで集めたポイントが無効になるというペナルティがある。去年、創も学園中のあちこちに仕掛けていたが、ハウスの箱数をかなり厳しくチェックしていたそうだ。
「それじゃ黒鶴、明日このハウスを提出して、代わりに新しいのを貰って来てもらえる?」
「分かりました」
続いて、浮遊霊ハウスでは入らなかった霊達の浄霊だ。苗木は霊達から話を聞きながら丁寧に成仏させていく。中には悪霊化する霊もいるが、そんな霊に対しては死神道具を駆使してどうにか除霊していく。
苗木は創達と違い、人間の血が通っているため、浄霊能力が劣る。それを死神道具で補っているため、死神道具に関する知識や運用技術は同世代の死神達の中でも群を抜いていた。
「誠様、あっちに逃げました!」
「了解! あそこには既に結界を張ってある!」
逃げようとした悪霊は、苗木が仕掛けた結界ガムテープによる結界に阻まれた。
『ぢぐじょう!』
悪態を吐きつつも、すぐに悪霊はその場から離れようとするが、苗木はその前に悪霊に向かってスプレーを吹きかけた。去年の死神道具講習会で配られた未練忘れな草の香りをスプレーにしたもの、未練忘れなスプレーの試供品だ。
『ぐっ!? う、わ……』
スプレーを吹きかけられた悪霊の顔はみるみるうちに険がとれていく。このスプレーは、基となった植物と比べて効果が一時的でしかないが、隙を作るという点では非常に有用な道具だ。
「今のうちに……」
苗木はスプレーを持ったまま、反対の手に握った鎌を振るう。この鎌は浄霊能力こそ低いものの軽量で、片手で扱える。だからこそ、死神道具との連携を前提とする苗木にとっては理想的な武器だった。
一回だけでは除霊し切れないので、鎌を三度、弱体化した悪霊に向かって叩き込む。悪霊は無数の光の粒となって消滅していく。
「これでひとまず今日の分の浄霊は終わりとしようか」
「そうですね。今のところ、最優先で浄霊しないといけない霊はいないようですし」
そう言いながら苗木と黒鶴は、壁に貼っていた結界ガムテープを剥がし、帰り支度を始めた。黒鶴は霊道を通って、先に帰って行った。そのまま一緒に校舎を出るのは色々と面倒なことになりかねないからだ。
黒鶴と別行動を取ることになった苗木は一旦教室に戻って、身に着けていた黄泉の羽織を脱ぐ。苗木としては、さっさと廊下で脱いでそのまま帰りたいところだが、廊下では誰が見ているか分からない。用心するに越したことはなかった。
だが、苗木は失念していた。教室でも誰が見ているのか分からないことを。
ガラガラと音を立てて誰かが入ってきたのと、苗木が羽織を脱いだのはほぼ同時であった。
「……え?」
自分が予想していない事態が起きた。そんな声色だった。
思わず声のした方に視線を向けると、『超高校級の探偵』霧切響子がそこにいた。