「つ、疲れた……」
音楽祭『ホープ・ザ・ライヴ』に出ることになった苗木達は、あれから毎日放課後の浄霊後に時間を作って、楽器の練習に明け暮れていた。楽器や練習場所を確保し、披露する曲も苗木の十八番に決まったのだが、そのための楽器の練習がなかなか難しかった。それでも、初心者だった三人もどうにかコツを掴み、四人で合わせて演奏できるようになっていた。
もっとも、これは楓の超スパルタ指導のおかげでもあった。何度も何度も細かくダメ出しされて、同じところを何度も何度も練習させられる。いつもの楓とのギャップが激しい。なにせ、練習前と練習後は、明るくて優しい性格なのに、いざ練習が始まると鬼教官みたいになるのだ。そのギャップが苗木には怖かった。
「お疲れ様です、誠様」
黒鶴が労いの言葉と共に麦茶を差し出す。震える手で苗木が受け取り、一気に飲み干した。
「ぷはー、生き返る……っ!」
「随分ハードですね。毎日こんな遅くまで」
「……あはは、まあね」
苗木は壁に立て掛けているギターを眺めた。
「音楽祭は無事に演奏できそうですか?」
「うん、手応えは確実に感じてるからさ。……ねぇ、一回聞いてもらっても良い?」
「構いませんよ。この部屋は防音ですし」
「ありがと」
苗木はギターを取り出して、アンプに繋ぐ。そして、当日に演奏する曲をひと通り演奏し始めた。ギターの音に合わせて、苗木自身の歌声が響く。
以前はぎこちなかったギターも、今ではかなり自然に弾けるようになっていた。演奏が終わると、黒鶴が拍手を送った。
「最初の頃よりずっと上手になってますね。大したものです」
「良かった。この調子なら恥をかかずに済みそうかな」
「ですが、楓様のことですから、まだまだダメ出しが来そうですね」
「うっ……」
苗木は思わず遠い目をした。
――――――――――
そして、翌日。
「へぇ、リハーサルもあるのか」
「うん、本番は来週の土曜日だから、その前日にやるみたい」
いつもの練習場所で、リハーサルのお知らせについてのプリントを創達に見せる苗木。
「じゃあ、その日までに練習を頑張らないとね!」
「それから、照明の演出とかも考えないといけないみたいだね」
終一がプリントの内容を確認しつつ、付け加えた。それを聞いた創が腕を組んで考え始める。
「照明か……そういうのも俺達で考えておく必要があるのか」
「一応本番は、『超高校級の演出家』の人が照明演出をやってくれるそうなので、その人に完全にお任せするというのもできるそうですが、どのようにしたいか自分達の要望を伝えてほしい、と書いてありますね」
「なるほど。じゃあ、こっちでも色々考えてみようよ」
それから苗木達は、演奏の合間に照明の演出について意見を出し合っていく。
「ふぅ、大分形になってきたね!」
「ああ。まさか俺達がここまでやれるとはな」
「本当にね。楓さんがめちゃくちゃスパルタだったからどうなるかと思ったけど、この短期間でここまで上達したことを考えると、これで良かったんだろうね」
「大変だったけど、ある意味充実してたからなぁ。それじゃあ、照明もひとまずこれで案として出して、演出家の人からもっと良いのを提案されたらそれにすることも考えよう」
「「「異議なし!」」」
――――――――――
練習を重ねるうちに一週間はあっという間に過ぎ去り、気付けば本番前日。リハーサルの日を迎えた。場所は体育館だが、普段の体育館とは様子がまるで違っていた。
ステージが設置され、客席が並び、天井には大量の照明機材。大型のスピーカーや音響設備まで用意されている。
飾り付け等は、『超高校級の演出家』松原大朔の指揮のもと既に済ませており、本物のライブ会場と遜色ない状態となっていた。
「うわぁ、すごいな」
苗木が思わず感嘆の声を零した。
「体育館って、こんな風になるんだ……」
「うんうん! 凄いね!」
楓も目を輝かせている。
「これなら、本当にライブ会場みたい!」
「確かにな」
創も辺りを見回す。
「照明だけでも相当な数があるぞ」
「流石は『超高校級の演出家』といったところだね」
終一も感心した様子だった。
苗木は、机の上に置かれたプリントを手に取って内容を確認する。
この音楽祭での出場者・バンドは全部で二十二グループ。当日は第一部、第二部にそれぞれ十一グループずつ分かれて行われる。苗木達の出番は、第二部の一番最初だ。その後に続く名前を見るに、自分達は場を温める役割なのだろう。
「まぁ、予想はしていたけどね」
「音楽で有名な人達と比べたら見劣りするからな。無理もない」
苗木の言葉に、創も同意する。楓がポジティブに言った。
「でもトップバッターも大事だよ! この後の流れを決める大事な役割なんだから!」
「あはは、そうだね」
苗木達がそんなことを話していると、終一は「あれ?」と首を傾げた。そんな終一を見て、楓が尋ねる。
「どうしたの?」
「いや、出場者を見てみると、ソロは無理だとしても、僕達みたいな即席バンドとかに予備学科の学生が一人もいないなと思って。一応、予備学科も参加できるはずだし、出場数の上限もなかったはずなのに」
「どれどれ……あっ、本当だ! 予備学科の中で参加しているの、私達だけだね」
終一の言う通り、この音楽祭に予備学科生は創達以外、一人も参加していない。
「存在自体知らないって人も少なくないだろうね。予備学科では掲示板に貼られているだけで、大っぴらに宣伝されていなかったし。実際、僕も楓さんに言われるまで存在を知らなかったから」
「そう言われると俺も、七海に言われて初めて知ったからな。まぁ、知っていても出ようとは思わなかっただろうけど」
「周りが周りなだけに、敷居が高く感じちゃうかもね」
「え〜? こういうのは実際に出て演奏しないとつまらないと思うけどな〜」
そんなことを話している苗木達に、声を掛けてくる者がいた。
「あっ、苗木君」
声のした方に視線を向けると、そこには舞園がいた。
「やあ、舞園さん。君も出場するんだね」
「はい。ちょうどスケジュールも空いていましたし、折角の機会ですから」
「へぇ……この会場入り切るかな……」
「そんな大袈裟ですよ」
舞園が照れくさそうに言った。
「グループの皆もいませんし、ソロでの出場ですからどうなるかは分かりません。それにしても、苗木君も参加していて驚きました。えっと、そちらは……」
そう言いながら、舞園が創達に視線を向ける。
「俺は予備学科二年の日向創だ。よろしくな」
「私は、一年の赤松楓だよ」
「……同じく一年の最原終一。僕達は、苗木君と中学の頃の付き合いでね。それで折角だからバンドをやろうってことで今回参加したんだ」
「へぇ、そうなんですね……中学ってことは三人とも根黒六中ですか? 私も同じ中学だったんですよ!」
終一としては、それとなく自分達の関係を誤魔化すためについた嘘だったのだが、まさか舞園が苗木と同じ中学出身だと思わず、一瞬頬を引き攣らせる。そんな終一に、舞園は首を傾げた。
「あの、どうかしましたか?」
「あれれ? 創ちゃんじゃないっすかー! おーーい!!」
舞園の疑問を掻き消すかのように大きな声が聞こえてきた。振り返ると、そこには派手な髪型が特徴的な女子、澪田が駆け寄ってくるのが見えた。
創が反応する。
「澪田か。そういえば、七海と出場するんだったな」
「そうなんすよ! 千秋ちゃん達と一緒に出るんす! っていうか創ちゃんも出るんすか!?」
「まあ。一応な」
「おおー! これは意外な伏兵の登場っすね!」
その時、後ろから苛立った声が飛んできた。
「ちょっと澪田おねぇ! 急に走っていくなって言ったよね!?」
「西園寺さん、待って」
高校生というにはかなり小柄な少女がこちらへやってくる。そのすぐ後ろには七海もいる。
「おーい! 二人とも、こっちっす!」
「ったく、勝手に突っ走らないでよ……ってあんたら誰?」
「……あれ? 日向君? それに苗木君や赤松さん、最原君も」
小柄な少女は創達を見て、首を傾げた。反対に、七海は目を瞬かせる。
「日向君達も出るの?」
「ああ、折角だからな。皆でバンドを作ったんだよ」
「……ふーん」
創の答えに七海は少しだけジト目を向ける。そんな七海を余所に、澪田が小柄な少女に創を紹介し始めた。
「創ちゃん! 彼女は西園寺日寄子ちゃん、『超高校級の日本舞踊家』っす! それで、日寄子ちゃん、彼は日向創ちゃんっす! 予備学科の人で、前にゲーセンで仲良くなったんすよ!」
「……予備学科?」
「予備学科」と聞いて、西園寺は露骨に顔を顰めた。
「なんで予備学科なんかがここにいるの?」
「なんかって、俺達も音楽祭に出るからだよ」
「はぁ?」
西園寺は創達を上から下までジロジロ見て、鼻で嗤った。
「あんたらみたいなのが出るの?」
「……一応規定は満たしているはずだけど?」
「そういう問題じゃないんだけど」
終一の反論に対して、西園寺はこれ以上言い返すことなく、踵を返した。
「まぁ良いや。精々私達の足引っ張らないでよね。行こ、澪田おねえ、七海おねえ!」
「あっ、日寄子ちゃん!」
そう捨て台詞を吐きながら、さっさと歩く西園寺を、澪田は慌てて追いかける。七海は創達に謝った。
「えっと、ごめんね。西園寺さん、口は悪いけど、根は悪い人じゃないから。お互い頑張ろうね」
七海はそう言って、二人を追いかけて行った。
七海達が去り、その場には創達と舞園だけが残された。舞園が苗木に話し掛けた。
「……なんというか、個性的な人達でしたね」
「う、うん」
苗木は曖昧に笑った。その時、ステージの方から声が響いた。
「それじゃあ、定刻になったので、明日の本番に向けてリハを始めるよ~!」
リハーサルが始まった。
今後、多分登場することのない、オリキャラ紹介
松原 大朔
希望ヶ峰学園76期生で、『超高校級の演出家』。様々な舞台や映画、イベントで活躍している。