浄霊には色々と金がかかる。毎日のように現れる悪霊と戦って鎌が傷付けば、修理も必要になる。浄霊に使う死神道具も消耗品が多い。
この学園の学費は補助が効いて他の生徒よりは安くなっているし、除霊にかかった経費も月毎に決算書を作成して命数管理局に提出すれば支払われる。しかし、それはあくまでも必要経費だ。高価な道具を無闇に使ったりしても、そんな費用は認められない。学費は実家が支払ってくれているが、補助で引かれたとはいえ、やはり高額なので家族に迷惑をかけられない。だからこそ、創は節約の鬼になる他なかった。
放課後、創は誰もいなくなった教室で今月かかった費用の算出を行っていた。命数管理局に提出する決算書を作るためだ。枝垂から受け取った領収書を基に、電卓を叩いて数値を出していく。
決算書を作り終えて一息吐くと、ここからは死神としての仕事の時間だ。片付けをしていると、教室に一人の女子生徒が入って来た。どこか勝気な雰囲気が漂っている。女子生徒の顔を見て創はつい最近入った転入生だったと思い出す。転入早々、かなり棘のある挨拶をしていたのが印象に残っている。その女子生徒は創を見つけると、話しかけてきた。
「あんた、まだ帰ってなかったの?」
「まあね。今から帰るところだよ」
完成した決算書をファイルにしまい、電卓や領収書を鞄にしまう。帰りの支度を始めていると、女子生徒は机の上に散らばる領収書を見て、馬鹿にするように言った。
「それ、領収書? あんた、そこまで生活に困ってる癖にこの学園に来たの? バッカみたい」
「否定出来ないな。まさかここまで金がかかるとはね」
「外でスカウトされなかったから、予備学科に来れば、本科に入れるかもとか思ったの? そんな浅はかな考えで入れる訳ないじゃん」
「本科……ね」
創は窓の向こうにそびえ立つ本科の校舎に視線を向けた。創としては、別に『超高校級』の肩書に興味はない。だが、予備学科生だと色々制限があるし、学費も馬鹿みたいに高い。予備学科生は本科生と違って、学園内の一部の敷地しか入ることが出来ない。本科と言われて、ふとこの間の七海という少女の顔が脳裏を過った。
「ま、どうせ。あんたじゃ本科なんて無理だろうけど。あたしと違って」
「ほぉ?」
創の反応に、女子生徒は得意げに言った。
「なんたって、あたしは『超高校級の妹』なんだから」
「? 何だそりゃ」
何がどうすごいのかよく分からない肩書に、創は思わず困惑の声を漏らす。
「知ってるっしょ? 構成員三万人以上の指定暴力団、九頭龍組」
「九頭龍って君の苗字じゃ……」
目の前の女子生徒の苗字も九頭龍だったはずだ。創の言葉に女子生徒は頷いた。
「そういうこと。九頭龍組はあたしの実家。それで、あたしのお兄ちゃんは組の跡取り。『超高校級の極道』なんだ。そんなすごいお兄ちゃんの妹なら、あたしは『超高校級の妹』って訳。どう? 納得した?」
すごい屁理屈だ。そもそも本科の身内も本科に入れるなら、本科生徒の数は今の倍になっているだろう。創は皮肉を返した。
「でもスカウトされなかったから
すると、九頭龍の顔は分かりやすく歪んだ。
「まだ才能がないと決まった訳じゃないし。あんたらと違ってね。あたしはあいつらとは違う。絶対にどんな手を使ってでも本科に行く」
「それに……」と九頭龍は意地悪く笑った。
「本科で誰か辞めれば、補欠で入れるかもだしね」
その言葉で、創は九頭龍が何を言いたいのかを察した。もう片付けは終わったし、ここに用はない。さっさと教室を出ることにした。
「悪いけど、時間だしもう行くわ。そんな方法で本科に行けるとは思えないけど、行けると良いね。『超高校級の妹』さん」
創はそう言い捨てて、荷物を持って教室を出ようとする。九頭龍は一瞬呆けていたが、創に馬鹿にされたと感じて腹が立ったのか、「待ちなさいよ!」と怒号を放ち、追いかけてきた。だが、教室を出た瞬間に、創はネクタイピンを外したので、九頭龍は創の姿を見失ってしまった。
「き、消えた……?」
九頭龍の困惑した声が背後から聞こえてきた。
――――――――――
「何を焦ってるのか知らないけど、あれじゃ本科は無理だろうな。そもそも、本科生徒の数に上限なんて無いのは分かるだろうに」
入学してから希望ヶ峰学園について少し調べたが、本科の生徒数は期によって違う。三十人以上の時もあれば、二十人弱の時もあった。つまり、本科生徒が辞めたところで、入れ替わりで誰かが入るなんてことはないのだ。
それから創は学園内の悪霊を除霊したり、数人の霊を浄霊していった。へとへとになりつつ、家に帰ろうとしたそんな時だった。
「ってあれは……」
中庭の噴水前で、熱心にゲームに勤しんでいる少女の姿があった。この間出会った、霊が見える七海という本科生徒だ。七海はゲーム機から顔を上げて、創の姿を見つけると軽く手を挙げた。
「やっほー、死神君」
「君はこの間の……」
「ねぇ、一緒にゲームやらない? ギャラオメガ。二台持って来たんだ」
「……は?」
そのまま押し切られて何故か、七海と一緒にゲームをやることになってしまった創。最初の数回は久しぶりにやるのもあって、すぐにやられていたが、何回もやるうちに感覚を思い出してきたのか、ある程度は続くようになってきた。
ゲームをやりながら、七海は自己紹介を始めた。
「そういえば、まだ自己紹介してなかったね。私は七海千秋。『超高校級のゲーマー』って言われてる。ゲームならオールジャンル何でもいけるよ」
「俺は創。日向創だ。死神だよ」
自己紹介が終わると、少しの間お互い無言になる。中庭にはギャラオメガのBGMだけが響く。七海が口を開いた。
「死神ってどんなことをするの?」
「基本的には現世に留まる霊の浄霊。後は、悪霊の除霊とかもやるな」
「悪霊の除霊……? この前みたいなの?」
「そ、この前みたいなの」
「ふーん……」
また少しお互い無言になる。今度は創が質問した。
「ところで七海は、どうして霊が見えるんだ? 普通の人間には霊や俺達死神の姿は見えないはずなんだけど」
「うん、私、小さい頃に事故に遭って、それから霊が見えるようになったんだ。私はよく覚えてないんだけど」
「ああ、そういうことか。なるほど」
おそらく、彼女はその時に臨死体験をしたのだろう。偶にあるケースだ。彼女が霊を見ることが出来る理由を察して納得した創は、早速ある頼みを切り出した。
「それで、七海。一つ頼みがあるんだけど、良いかな?」
「……頼み?」
怪訝そうに言うが、彼女のゲームをやる手は止まらない。
「君は霊が見える本科生徒だ。だから、本科の方で何か霊的な問題があったら教えて欲しいんだ」
「うん、良いよ〜」
「えっ?」
あまりにもあっさりしたOKに、思わず拍子抜けしてしまう創。七海のゲーム機からクリアのBGMが流れる。そこで七海はゲーム機から顔を離し、創に視線を向けた。
「この前みたいな悪霊がまた出てくるかもってことでしょ? 私もこの学園にはそれなりに愛着があるし、別に良いよ。クラスの皆が危ない目に遭うのなんて嫌だし」
「そ、そうか。ありがとう。といっても、七海にはそこまで大したことはしてもらわなくても良いんだけどな。あくまで霊関連の問題が本科で起こったら、それを教えてほしいだけだから」
霊が見えるだけの彼女に、浄霊とかを任せるつもりは更々ない。あくまで本科の方で異常がないかどうかを知りたいだけなのだ。少し安堵した創は、ホッと一息吐く。
「正直、予備学科の方でてんてこ舞いで、本科まで見に行くことが出来なかったから助かるよ。そもそも物理的に入るのが難しいというのもあるけどさ」
予備学科生は本科の建物に入ることは出来ない。創の場合、入ることは容易いが、七海のように自分の存在に気付くことが出来る者がいないとは限らない。七海のように話が通じれば良いが、面倒な事態になるのは極力避けたかった。
その時、七海は「あれ?」と疑問の声を漏らした。
「この学園って、日向君以外に死神はいないの?」
「ああ、それは……」
それから創は、自分が参加している「希望ヶ峰学園浄霊計画」について簡単に説明した。
「へぇ、この学園って、やけに霊が多いなとは思っていたけどそういう理由だったんだね」
「まあな。そんな霊達を俺が相手しないといけないんだけどな」
「そういうことなら、私も協力するよ。本科で何かあったら、日向君に伝えれば良いんだよね?」
「ああ、それで十分だよ。ありがとう」
「でもその代わりに……」
「えっ?」
何か条件があるのかと身構えていると、七海はゲーム機を掲げてにっこり笑った。
「これから毎日ゲームしよっ!」
「えぇ……」
流石に毎日はキツいと、交渉した結果、週四でどうにか手を打って貰った。こうして創は、これからの計画で七海千秋という協力者を得ることが出来たのだった。