音楽祭『ホープ・ザ・ライヴ』が無事に終わり、いつもの日常が再び始まった。
月曜日。苗木が登校すると、舞園が話しかけてきた。
「苗木君、一昨日の音楽祭、お疲れ様でした」
「舞園さんもお疲れ様。舞園さんも他の皆も凄かったよ。新曲披露した時、観客席が凄い盛り上がってたし」
「ふふ、ありがとうございます。苗木君達の演奏も良かったですよ。会場も盛り上がっていましたし」
「ありがとう。練習した甲斐があったよ。でも演奏前は滅茶苦茶緊張したなぁ。舞園さんはそういう緊張とは無縁そうだけどさ」
「私だって、一昨日は少なからず緊張していましたよ」
「えっ?」
苗木が思わず舞園の顔を見る。
「こういう演奏はやり直しが利きませんから。それに、いつも一緒に活動している皆もいない初めてのソロライブでしたから、多少は緊張しますよ」
「そうだったんだ、舞園さんでも……」
舞園とそんな会話をしていると、他のクラスメイト達もやって来た。
「おーす、苗木も舞園ちゃんも凄かったね! 特に苗木はあんなに歌やギターが上手だなんて知らなかったよ!」
「あ、うん。ありがとう、朝日奈さん」
朝日奈の称賛に苗木は頬を掻きながら、礼を言う。葉隠も同様に絶賛する。
「スゲーぞ、苗木っち! あれなら一儲けできそうだべ!」
「感想がそれなの?」
葉隠の言葉に思わず朝日奈がツッコミを入れる。そんな苗木達に不満そうな表情で割り込んできた者がいた。
「おい苗木! なんでオレを誘ってくれなかったんだよ!」
『超高校級の野球選手』こと、桑田怜恩である。野球の才能に溢れている彼だが、野球に対する情熱は薄く、入学後は何故かミュージシャンになると嘯いていた。『ホープ・ザ・ライヴ』の開催が通達された時も、「オレの実力を見せてやるぜ!」と得意げに言っていたが、メンバー集めに失敗したらしく結局出場することはなかった。
「誘ってくれりゃあ、このオレがボーカルとして協力してやったのによぉ!」
「ボーカルって、せめて苗木みたいにギターくらいは弾けるようになりなよ」
「オレはボーカル専門だから良いんだよ!」
「専門って楽器が面倒くさいだけでしょ……」
「ち、違ぇし!」
桑田が咄嗟に否定するが、少し言葉に詰まる。
「と、とにかくだ! 次はオレも呼べよ、苗木!」
「えぇ……」
「………」
そんな苗木達の様子を、少し離れた席から霧切は静かに見つめていた。
――――――――――
「えっと、この道具はまだ使える……これもまだ期限に余裕がある……」
休日。苗木は死神道具の整理を行っていた。他の死神以上に、浄霊を道具に依存しがちだ。更に趣味も相まって、苗木の部屋にはとんでもない量の死神道具がある。そのため、定期的にどの道具がまだ使用可能で、どの道具が使用できなくなっているのか把握しておく必要があった。朝から作業をしているが、未だに終わる気配がない。
そんな時、インターホンの音が響いた。
「……誰だ? こんな時に、黒づ……って、そうだった。黒鶴は今日は休暇を取っていたんだっけか。仕方ない……」
足の踏み場もない程に雑多に転がっている死神道具を避けながら、苗木は玄関まで移動する。そして、ドアの覗き穴を覗いた。その向こうには霧切の姿があった。
ドアを開けると、霧切が口を開いた。
「苗木君、ちょっと時間良いかしら? あなたの仕事のことで聞きたいことがあるのだけれど」
「僕の仕事?」
「ええ。少し確認したいことがあるの」
「えっと、今は死神道具の整理中で部屋がすごい散らかっているんだけど……」
「構わないわ」
「あ、そう……」
そういう訳で霧切を部屋に上げると、霧切は部屋一面に転がっている死神道具に絶句していた。
「これは……思ってた以上にすごいわね……」
霧切が座れる場所を作り、苗木は道具の整理を再開した。
霧切は床に並ぶ道具の数々へ視線を向ける。
「予想以上だったわ」
「……何が?」
「死神というより、収集家ね」
「まぁ、半分趣味みたいなところもあるから。それで、話って?」
苗木は手を止めずに、霧切に尋ねた。
「……苗木君。あなたの、いえ、あなた達の目的は一体何?」
苗木の手が止まる。
「……どういう意味?」
「あなたが死神だということは前に聞いた。でも、全てを話していた訳ではない……そうでしょう?」
霧切は苗木の目をジッと見つめる。苗木は無言だ。
「本科生と予備学科生が基本的に交流がないことや、あのバンド名から……先週の音楽祭で一緒に演奏していたあの予備学科生達もあなたと同じ死神なのよね?」
「………」
しばらく無言を貫いていた苗木だったが、やがて溜息とともに苦笑を浮かべた。
「探偵というのは怖いね」
「……認めるのね」
苗木は頷いた。
「確かに、彼らも僕と同じ死神だ。それに、目的があることもその通りだよ」
「ではその目的について聞かせてもらえるかしら?」
「悪いけど、流石にそれは話せないよ。霊を祓うことも、霊を見ることすらできない人が関わるべき話じゃないんだ」
苗木がきっぱりとそう告げると、霧切の目が鋭くなる。苗木は、この希望ヶ峰学園浄霊計画に、霧切や七海のような一般人が関わることを良く思っていない。七海は霊が見える上に数少ない本科生だ。だからこそ、協力者として黙認しているが、それでも関わらせるのは危険だと思っている。
「……それは私に判断する権利すらないという意味かしら?」
霧切の問いに、苗木は小さく頷いた。霧切と苗木はしばらく視線を交わす。やがて霧切は小さく息を吐くと、苗木から視線を離し、立ち上がる。
「……これ以上聞いても埒が明きそうにないわね。少なくとも、あなたに仲間がいることや何かしらの目的があることは分かったし、もう良いわ」
霧切はそう言って、玄関に向かって歩き出した。苗木はその背中を複雑な表情で見送る。玄関の方からガチャンという音が聞こえた。
霧切が出て行ったことを確認して、苗木は大きく溜息を吐いた。
「……これで良かったのかな? はぁーーこの場に黒鶴がいてくれたら……」
この計画に、霊の見えない一般人が関わるべきでないという考えは変わらない。この場に黒鶴がいれば、また違う意見も出てくるのかもしれないが、いないものは仕方がない。
それに、霊が見えるようになる方法も一応は存在する。
祓い屋や巫女がするような修行を積んだり、臨死体験をせずとも、あの世の食べ物を食べたりすれば簡単に霊を見ることができるようになる。といっても、その体質は一生ものなため、気軽に人に勧めることはできない。
「霧切さん、これで諦めてくれると良いんだけど……やっぱ無理かな……」
そう呟きながら、苗木は死神道具の整理を再開した。だが、思うように進まない。夜に黒鶴が帰ってきた時も、全然片付いておらず、黒鶴から怒られることとなった。
プリプリ怒りながら黒鶴が作業を手伝っていると、違和感を覚えて「あれ?」と首を傾げた。
「誠様、玄関前に置いてあった『あの世クッキー』食べました?」
「え? いや、食べてないけど」
「おかしいですね。一つ減っているような気がしましたが。記憶違いでしょうか……」