「ふわあぁ……まさか夜通しかかるとは…… 最近忙しくて整理どころじゃなかったとはいえ、少しため込みすぎたかなぁ……」
大欠伸をしながら、教室に入る苗木。そんな苗木を見つけると真っ先に霧切が話しかけてきた。
「……苗木君」
「えっ?」
苗木は霧切の顔を見て驚いた。霧切の目元にはクマができていた。
「えっと、霧切さん? どうした……」
「少し聞きたいことがあるのだけれど、構わないわよね?」
有無を言わさぬ霧切の様子に、苗木は思わずたじろぐ。
「う、うん……大丈夫だけど」
「なら放課後に付き合ってもらうわ」
「放課後?」
「ええ。多分、話が長くなるでしょうし。じゃあ、お願いね」
それだけ言うと、霧切は自分の席へ戻っていった。
「……何だったんだ?」
苗木は首を傾げながら自分の席へ向かう。
そして、放課後になり、苗木と霧切は空き教室に移動して話をすることになった。霧切は単刀直入に尋ねた。
「昨日あなたと話をした後から、変なものが見えるようになった。これは一体どういうことかしら?」
「へ、変なもの?」
「ええ、例えば、あそこ」
霧切が示した方向に視線を向けると、そこには浮遊霊がいた。
「他には、あそこにも」
霧切が指したところには、やはり霊がいた。それを見て、苗木は彼女が霊を見える体質になってしまったことを悟る。
「……霧切さん」
「何かしら」
「昨日、変なものを食べなかった?」
「変なもの?」
今まで霊が見えなかったはずの霧切が霊を見ることができるようになっている。修行したわけでもなければ、臨死体験したわけでもない。であれば、原因はあの世の食べ物を食べたくらいしかなかった。苗木の問いに霧切は少し考え込む。
「特にはないはずよ」
「本当に? 僕の部屋で何か飲み食いしたりは?」
「……そういえば」
何かを思い出したかのように霧切が眉を顰めた。
「あなたの家の玄関に置いてあったクッキーなら食べたわ」
それを聞いた苗木は思わず頭を抱えた。
「噓でしょ……玄関まできっちり見送るべきだったか……?」
昨日の自分の行動を呪う。
「え、どういうこと……? 私の身体はどうなっているの?」
霧切は少し慌てた様子で問い詰める。苗木は溜息混じりに答えた。
「現世の人間があの世の食べ物を食べたら、霊が見える体質になるんだよ」
「……は?」
霧切は思わず呆けた声を漏らした。
「どういう理屈なのかはこの際置いておくとして、それって……治るの?」
苗木は答えなかった。だが、霧切にとって、その沈黙だけで十分だった。
「……そう」
霧切は目を伏せる。ショックを受けているようだ。無理もない。霊が見えるのは決して良いことではない。見たくないものがずっと見えるようになるのだから。
「……苗木君」
「……うん」
顔を上げた霧切はそこまで悲観している様子はなかった。
「確かに、霊が見えるようになるのは気持ちの良いものではないわね。いつも誰かの視線を感じるようになるし、それに、霊が見えるということは、推理において常に答えを教えてもらっているようなものだもの。探偵としては複雑ね」
霧切は苦笑しつつ、苗木を見据えた。
「苗木君、改めて聞くけれど、あなた達の目的は一体何? 私はもう霊を見ることができない一般人ではない。少なくとも、話を聞いて推理することくらいはできるはずよ」
苗木は少しの間、考え込む。やがて、観念したように頷いた。
「……分かったよ。でも皆に事情を話してからでも良いかな?」
苗木はそう言いながら、黄泉の羽織を制服の上から纏う。霧切も頷いた。
「良いわ。じゃあ、行きましょう」
――――――――――
今日は死神達の状況報告の日だ。中庭には、創、楓、終一といった死神達と、計画の協力者である七海の姿があった。
「やっと来た。随分遅かった……な」
苗木に気が付いて声をかけた創が、霧切の姿を見て言葉を失う。ただ霧切がやってきただけでは、創もそんな反応はしないのだが、彼女は明らかに自分達が見えているかのような態度を取っていた。しかも、苗木もどこかバツが悪そうだ。創は真っ先に苗木に問い詰めた。
「……おい、苗木。これはどういうことだ?」
「えっと、実は……」
苗木は昨日の出来事を洗いざらい話した。話を聞いた一同はしばらく言葉を失った。死神三人はこれがどういうことなのか理解しているため、全員苗木に呆れた視線を向けているが、七海はどういうことなのか分からず首を傾げていた。
「お前、マジで迂闊すぎだろ……」
「うん、これは流石にちょっと……」
「……」
三人の言葉に、苗木は返す言葉もなかった。七海も、あの世の食べ物を食べたら霊が見えるようになることを知ると、同様に苗木へ呆れた視線を向けていた。この場に苗木の味方はいなかった。そんな苗木の状態を知ってか知らずか、霧切が尋ねた。
「それで、あなた達の目的は一体何なの?」
霧切の問いに、その場にいた全員が顔を見合わせた。しばらくの間、沈黙が流れる。やがて創が小さく溜息を吐いた。
「……ここまで来たなら、もう隠しても意味はないか」
「良いんですか?」
「ああ。苗木もそのつもりで彼女をここに連れて来たんだろ?」
苗木は黙って頷いた。創は霧切の目を見ながら、自分達がここにいる目的を口に出した。
「俺達がこの学園にいるのは、『希望ヶ峰学園浄霊計画』に参加しているからだ」
「希望ヶ峰学園……浄霊計画……?」
七海が補足した。
「この学園って、霊が特別集まりやすい場所なんだって。しかも、悪霊化もしやすいみたいで危ないから、日向君達は学園の生徒になって、学園に集まる霊を皆浄霊しているんだよ」
かなりざっくりとした説明だったが、霧切は頷き、創達に視線を向けた。
「何点か、質問しても良いかしら?」
「……どうぞ」
創が頷いたのを見て、霧切は指折り数えながら質問した。
「まず一つ目。その計画には何人の死神が担当しているの?」
「俺達四人だな」
「……四人だけ?」
創の答えに、霧切は眉を顰めた。
「二つ目だけど……」
創は黙って続きを促す。
「浄霊をするだけなら、外部からでもできるはずよね? それなのに、どうしてあなた達四人は生徒としてこの学園で活動しているの?」
「あ……」
七海は目を瞬かせる。今まで考えつかなかったが、確かに謎だった。七海も気になるようで創に視線を向ける。創は答えた。
「この学園は特殊でね。死神は基本的に入ることができないんだよ」
「……どういうこと?」
「分からない。俺も聞いたことはあるんだが、教えてもらえなかった」
「そう……」
「確かなのは、一介の死神は希望ヶ峰学園に立ち入れないってことだ」
「それで生徒になる必要があったと」
「ああ。だから、予備学科ができた年にこの計画が立てられた」
「……なるほど」
霧切は合点がいったように小さく頷いた。だが、その目にはまだ疑問の色が残っていた。
予備学科ができたことがきっかけで、悪霊化が深刻になったということを創は口にしなかった。彼女が希望ヶ峰学園の学園長の娘であることを知っていたからだ。もしもこの事実を知れば、彼女が学園長経由で予備学科の廃止に動くかもしれないと危惧したのだ。
「最後に……この計画の最終目標は?」
その質問に、創達は一瞬だけ黙り込んだ。
先程までと違う。
今度の沈黙は、どう答えるかを考えるためのものだった。創の代わりに終一が口を開いた。
「まず大前提の話だけど、通常、建物や敷地では霊が通り抜けていくのが自然なんだよ」
「つまり、今のように霊が留まったりするのは不自然だということかしら?」
「そういうこと。今、僕達は浄霊をしつつ、その原因を探っているところなんだ。最終的にはその原因を断つ。それが最終目標になるね」
霧切は頭痛を堪えるように、こめかみを揉んだ。気持ちは分かる。色々情報量が多すぎたのだろう。
「ま、まぁ、とにかく!」
楓が努めて明るく言った。
「今のところ霧切さんにしてほしいのは、七海さんみたいに本科の方で何か怪しいことがあったら、私達に教えてほしいってことかな。あっ、これ私の連絡先ね!」
楓はそう言いながら、メモ帳の切れ端に自身の連絡先を書き込み、それを霧切に手渡す。霧切はやや圧されつつもそれを受け取った。
「……分かったわ。何か気になることがあったら連絡する」
「うん、お願い!」
楓は嬉しそうに頷いた。
「ただし……」
霧切が静かに言う。
「私も気になることがあれば勝手に調べるわよ」
「それはこっちとしても助かるね」
終一が苦笑した。『超高校級の探偵』の調査も借りられるのは、こちらとしても心強い。
こうして、希望ヶ峰学園浄霊計画の協力者に『超高校級の探偵』が加わることになるのであった。
――――――――――
「……ところで七海さん。参考に聞きたいのだけれど、霊に対してはどのように対応すべきなのかしら?」
「うーん、基本的には無視で。何か言っててもスルーして。下手に反応すると、しつこくついてくるから」
「……そう」
七海の実感のこもった回答を聞いて、改めて自分が難儀な身体になったのだと自覚する。霧切は小さく溜息を吐いた。