霊が見えるようになった霧切も、最初は驚きこそしたが、次第に慣れていった。大抵の霊は自分のことを見えていないと思っているため、霧切のことをスルーしている。そのため、ただ視界に入るだけの飛蚊症と同じようなものだと割り切れば、特に困るようなことはなかった。
慣れてくると、霊を観察する余裕も出てくる。そうして霊を観察してみると、大きく分けて三種類に分かれていることに気づいた。
まず、ただ校舎などを通り抜けている霊。以前、終一が言っていた霊で、殆どの霊がこれだ。あくまで学園が通り道で、あの世に向かって移動しているだけなので、基本的には害がない。
次に、どこかへ移動しようとせずに、学園内に留まろうとしている霊。いわゆる地縛霊というものだろうか。自分が知っているものとは少し違うような気もするが、これもそこまで害があるわけではない。苗木達が日常的に浄霊しているのも、主にこの手の霊だった。
そして、特定の誰かに憑いている状態の霊だ。苗木もそういった霊に対しては見つけ次第、速やかに浄霊を進めている。だが、それでも一部の霊達は何故か放置していた。しかも、憑かれた状態で放置されているのは、全員クラスメイトだった。気になった霧切は放課後、浄霊作業をしている苗木に尋ねた。
「苗木君、どうしてセレスさん、戦刃さん、腐川さん、大和田君に憑いた霊達を放置しているの?」
苗木を責めているわけではなく、単純な疑問だった。霧切の質問に、苗木は難しい顔を浮かべて言った。
「うーん……一筋縄にはいかないんだよ。この希望ヶ峰学園に来てから憑いたような霊なら比較的簡単に浄霊できるんだけど、あの四人は入学前から憑いている状態だからね。特に大和田君以外の三人に憑いている霊達は憎悪も強いし」
「そういえば……でもどうして腐川さんはあんなに……?」
霧切は首を傾げた。苗木の言う通り、セレス、戦刃、腐川に憑いている霊達は皆、三人を酷く恨んでいる様子だった。彼らがセレスや戦刃を恨む理由はまだ理解できる。『超高校級のギャンブラー』であるセレスは、ギャンブルで多くの対戦相手を破産に追い込んだことがあるらしいし、『超高校級の軍人』である戦刃も大勢の人間を殺してきたのだから。
だが、『超高校級の文学少女』である腐川がその二人と同じくらいに恨まれている理由が、霧切には分からなかった。確かに彼女はコミュニケーションに問題を抱えているが、だからと言ってあそこまで憎悪を向けられる理由にはならないだろう。
「僕も腐川さんがどうしてあそこまで霊達に恨まれているのかは分からないんだ。霊達の憎悪があまりにも強すぎて話もまともに聞けないし。だから精々、こうやって……」
苗木は教室の後ろのロッカーを開けた。ロッカーには紫色の小包が入っている。小包を広げると、そこにはお香が入っていた。
「悪霊の憎悪をできる限り減らすためのお香だよ。無臭だからバレにくいんだけど、効果が強すぎてね。相手の記憶とかそういうのまで全て完全に消しかねないんだ」
苗木が見せたお香は非常に強力だ。本来、悪霊を一瞬で無害化することを目的に開発されたのだが、霊の記憶など諸々全てが消えかねない程であり危険ということで生産中止になった代物である。小包に入れてロッカーにしまった状態でも、本科校舎中の悪霊化を防ぐくらいの効き目はあった。
苗木の話を聞いて、霧切は彼なりにあの霊達を対処していることを理解し、同時に感心もした。
「じゃあ、大和田君のは? あれはセレスさん達と違って一人だけだし、特に彼を恨んでいる様子もなかったけど」
大和田に憑いている霊は、特攻服を着た大和田と同じリーゼントの髪型が特徴の青年だった。どこか大和田に似ている顔立ちをしており、大和田のことを気にかけている様子だ。
「彼は大和田君のお兄さんみたいでね。少し前に、事故で亡くなったんだけど、弟である大和田君のことが心配で成仏できないみたいなんだ」
「そう……」
霧切も少し顔を歪ませる。霧切もまた、姉のように慕っていた人物との別れを経験していたので、他人事には思えなかった。
「いわゆる背後霊というやつかしら? 大和田君のために残っていて、害もないから放置しているということ?」
「いや、それが……どうも訳ありみたいなんだよね。あの兄弟は」
「……訳あり?」
「僕も一回それとなく、大和田君からお兄さんのことを聞いてみたんだけど、怒ってしまって話にならなくてね。お兄さんの方も事情を話してくれないし。霊の記憶を探る道具もないわけじゃないけど、あれは霊の同意がないといけないしな……」
苗木の言葉に、霧切は顔を顰める。何かが引っ掛かった。
自分や家族が亡くなった時の話をしたくないという気持ちは分からなくもないのだが、二人揃って、何かを隠しているかのようにも見えたのだ。
「まぁ、そういうわけだから、あの四人に関しては時間をかけて進めるしかないんだよね」
苗木はそう締めくくった。霧切も、苗木の言葉に対して特に反論しなかった。一応、苗木も注意しているようだし、これ以上引っ掻き回すのも良くないと判断したのだ。もっとも、これまでの彼の迂闊さ(教室内で黄泉の羽織を脱いで霧切に正体を見られたり、自室にあの世の食べ物を放置して霧切に食べられたりした前科)を考えると、やや心配ではあるのだが。