『超高校級の暴走族』大和田紋土。関東最大規模の暴走族チーム『暮威慈畏大亜紋土』の二代目総長だ。肩書きに見合う通り、粗暴で喧嘩っ早い性格の彼は何度かクラスメイトと衝突を起こしていた。
そんな彼と衝突を起こすのはもっぱら……
「大和田君っ!! いい加減、その髪型を直して来たらどうなんだね!? それにその服装はどういうつもりなのだっ!?」
「ああ!? オレがどんな格好してようが、関係ねぇだろうがっ!?」
『超高校級の風紀委員』石丸清多夏だ。入学以来、石丸と大和田は顔を合わせては衝突を繰り返している。その光景は78期生の教室ではもはや日常の一部と化していた。
「マジでうっせぇなぁ。毎日毎日……」
桑田がうんざりした様子で言った。ドーナツを頬張りながら朝日奈も頷いた。
「ホントにね~。よく飽きないよね、あの二人」
「互いに譲れぬものがあるということなのだろうな」
『超高校級の格闘家』の大神が頷く。
「せめてどちらかが美少女であれば、王道ラブコメとして成立するのですが……男同士ではむさ苦しいだけですな」
『超高校級の同人作家』の山田がどこかズレた感想を呟いた。
そうこうしているうちに、大和田と石丸の口論はヒートアップしていく。こういう時、大抵は学級委員長である苗木が仲裁に駆り出されるのだが、当の本人は担任の飯塚に呼ばれ、手伝いのため教室を離れていた。
「大体、バイクで走るのが好きなら一人でもできるはずだろう!? 何故群れる必要があるのだっ!? それこそ一人では何もできない弱虫であることの証拠ではないか!?」
「弱虫だぁ!? 知った風なこと抜かしてんじゃねえぞ、テメェ! 単車が好きな奴ら同士で集まって走ることの何が悪いってんだ!」
「制限速度も交通規則も守っていない時点で良いわけがないだろう! そういった危険行為は、自分だけでなく他人までもを危険に晒すのだぞっ! 分かっているのかね!? 自分の愚かな行いのせいで被害を受けるのは、君だけではないのだぞ!?」
次の瞬間、大和田は石丸の胸倉を掴んで締め上げ始めた。大和田の表情は今までに見たことがないレベルで怒りに染まっていた。
「……テメエ、もう一回言ってみろっ…! オレのせいで被害を受ける……だとぉ?」
「や、やめ…たまえ…!!」
そんな光景を見て、クラスメイト達も慌て始める。
「お、おい……これヤバくねえか?」
「あわわわ……」
「ど、どうしようさくらちゃん!」
「……止むを得ん。力づくで止めるか……?」
「………」
そんな時、大和田の暴走を止めたのは意外な人物だった。といっても、その人物を視認できるのは、この教室では一人だけだが。
『止めねえか!! 紋土!!』
思わず耳を塞ぎそうになるほどの怒声が教室に響いた。もちろん、その声が聞こえたのは霧切だけだ。声の主は、大和田の側にいた霊にして彼の兄、大和田大亜だ。この声は霧切にしか聞こえないのだが、大和田の動きがピタリと止まる。何かを感じたのかもしれない。
怒りに呑まれそうになっていた大和田は石丸を睨み続ける。やがて、石丸から手を放した。
「……チッ、胸糞悪ぃ」
大和田はそう吐き捨てて、教室の入口に向かう。大亜の霊も彼について行く。
「オレは今日早退する。先公にはそう言っとけ」
「お、大和田君…待ちたまえ…!」
石丸の制止も虚しく、大和田は教室から出て行った。そんな大和田と入れ違いに、教室に入って来たのは苗木だった。
「あれ? どういう状況?」
――――――――――
「……なるほど、そんなことが。いつもながら、大和田君のお兄さんに感謝だね」
「いつも……ね」
放課後、霧切から事情を聞いた苗木はそう呟いた。そんな苗木に霧切はジト目を向ける。
「……苗木君、まさかと思うけど、怒った大和田君を諫めてもらうために彼を放置しているんじゃないでしょうね?」
「そ、それは違うよ! まぁ、そういう部分も少しだけなくはないけど……」
「……はぁ、確かに彼が止めてくれなければ、取り返しのつかない事態になっていたかもしれないけど。それより、少し気になったのは……」
霧切は大和田がブチ切れた時の言葉と、その直前の石丸の言葉を苗木に伝えた。
「石丸君の言葉のどこに大和田君の逆鱗に触れたのかは分からない。でも、大和田君のお兄さんが亡くなったのは事故だったのよね?」
「そう聞いているよ。服装から察するに、お兄さんも暴走族だったみたいだし、ひょっとしたら石丸君の言葉によって、大和田君のお兄さんが亡くなった時のことを思い出させたのかもね」
それだけであそこまで激怒するものなのか、気になるところではあるが、今はそれ以上は分からなかった。
翌日、大和田はやや決まり悪そうに教室に入って来た。そんな大和田を見るや否や、真っ先に駆け寄って来たのは石丸だった。
「大和田君っ! 昨日は申し訳なかったっ!!」
「うおっ!?」
石丸から開口一番に謝罪されて、大和田は困惑する。
「な、何だよ突然……」
「あの後、僕なりに考えたのだが……僕自身も無神経な言い方をしていた。本当にすまなかった」
「……構わねえよ。オレもついカッとなっちまって、悪かったな」
互いに謝罪し合う石丸と大和田を遠巻きに見ていたクラスメイト達はホッと安堵の溜息を零した。もっとも、仲直りしたのは最初だけで、しばらくするとまたいつもの言い合いに発展していった。これにはクラスメイト達も呆れ顔だ。言い合いが終わる頃には、二人は何故か放課後にサウナ対決をすることが決まっていた。また、その立ち合いとして何故か苗木が巻き込まれることなった。放課後、クラスメイト達から同情の視線を受けつつ、二人に引きずられるようにしてドナドナされる苗木であった。
――――――――――
「はぁ、酷い目にあった……」
ふらふらになりながら、寄宿舎へ歩みを進める苗木。結局、二人のサウナ対決に巻き込まれる形で自分までサウナに入る羽目になったのだ。途中で限界を迎えた苗木は抜けることになったが、自分が抜けた後であの二人がサウナで死んでいないことを願いたいところだ。一応、従業員に伝えてはあるので、万が一のことはないだろう。本当に散々な一日であった。良かったことと言えば、大和田の口から兄のことを聞くことができたことくらいだろう。
(大和田君がお兄さんを尊敬していること、お兄さんの跡を継いでチームの総長をやっていることとかが分かったけど……)
『なぁおい、ちょっと良いか? 苗木』
「……え?」
不意に自分を呼ぶ声に振り返ると、そこには大亜が立っていた。大和田から離れ、苗木と話をするためだけに姿を現したのだろう。
『さっきは弟の無茶に付き合わせて悪かったな』
「いえ……どうしたんですか?」
『紋土のことでな……』
苗木は怪訝そうに眉を顰めた。
「大和田君が……ですか?」
『ああ』
大亜は視線を逸らしながら、言った。
『……アイツ、自分が俺を殺したと思ってやがる』
「えっ……?」
その一言に、苗木は息を呑んだ。それから大亜は、あの事故の日……自分が死んだ時のことを語り始めた。
サウナ対決の時に、大和田から兄である大亜のことは聞いていた。自分が総長を務める暮威慈畏大亜紋土は元々、大和田の兄である大亜が作ったものであること、自分も兄に憧れてチームに入ったこと、親の仇かってくらいに扱かれながらもチームのナンバー2になったこと、兄から総長の座を譲り受けたこと、そして、兄は自分が挑んだ単車での勝負で、自分に負けたくないがために無茶な走りをした末に死んでしまったこと。
大亜の話は、大和田の話と大きくは変わらないが、死んだ内容については違っていた。
実際に無茶な走りをしたのは、兄に勝つことに焦った大和田の方だった。最終的に大亜は、対向のトラックに轢かれそうになっていた大和田を庇う形で命を落とした。大亜は死に際に弟とある約束を交わした。『絶対にチームを潰すな』と。それが男の約束だと。
苗木は黙って話を聞いていた。
『言っとくが、別に俺は紋土を恨んでるわけじゃねえんだ』
大亜はポリポリと頬を掻いた。
『アイツは俺の言葉が呪いになっちまってる。俺はその状態がどこか危ういように思えてよ。あのままじゃ、アイツは潰れちまうかもしれない。だから……』
――――――――――
「「だっはっはっは!!」」
昨日まで犬猿の仲であったはずの大和田と石丸が肩を組んで馬鹿笑いしていた。
「うわぁ……」
苗木が若干引いていると、朝日奈がうんざりした様子で話し掛けてきた。
「あ、苗木。おはよ~。あの二人さ、一体何があったの?」
「いや、僕もさっぱり。途中で抜けちゃったからさ」
サウナの熱で頭がやられてしまったのだろうか。そんなことを思っていると、大和田と石丸も苗木に気が付いて声を掛けてきた。
「よぉ、苗木! 昨日は勝負に付き合ってもらって悪かったな!」
「苗木君! 体調は大丈夫かね!?」
「えっと……どうしてこうなったの?」
正直、気持ち悪いくらいの豹変具合に苗木は思わずそう呟いた。
「うむ! 話せば長くなるが……一言で言えば、限界まで男気を競い合った末にお互い認め合ったといったところだ!」
「おう、兄弟! 良いこと言うじゃねえか!」
「「はっはっは!!」」
「あ、そうなんだ……」
苗木は頭痛を覚えた。昨日までのようにいがみ合う関係なのもあれだが、これはこれで極端な気もする。
(これ……お兄さんの頼みに乗らなくても解決するんじゃないのか?)
そんな気もしたが、このままでは大亜の成仏にも繋がらないので、作戦を実行することにする。
「はっはっは……って、おい何だよ。苗木の猫か。シッシッ、あっち行けって。今日は食べ物持ってねえぞ」
楽しそうに笑っている大和田が、鞄に近付いた黒鶴に気が付き、軽く追い払う。石丸が苗木に注意する。
「こら苗木君! また猫を連れ込んだのかね!」
「あ、ごめん! 黒鶴、またついてきて!」
苗木は黒鶴を抱きかかえながら、周囲に聞こえるように叱る。そのまま黒鶴を胸元に引き寄せ、誰にも聞こえないよう小声で尋ねた。
「……入れた?」
「みゃお」
黒鶴は小さく頷く。大和田の鞄の隙間から、白い紙の端が覗いていた。それを確認した苗木は小さく頷いた。これで準備は整った。あとは、大和田がそれを読むだけだ。