「ん? 何だこりゃ?」
帰宅後、大和田は鞄の中に何か紙が入っていることに気が付いた。紙には大きな文字で『果たし状』と書かれていた。
「果たし状だぁ? このオレに勝負を仕掛けてくるたぁ、上等じゃねえ……か」
果たし状の内容は、単車である場所を走るレースという、シンプルなものだった。そして、場所は大和田の地元の山道だった。大和田が率いる暮威慈畏大亜紋土がよく走っていた場所なので、大和田にとっては庭みたいなものだ。そして、あの事故があった場所でもあった。
一瞬、あの事故のことがフラッシュバックするが、大和田はブンブンと振り払うように首を振る。
「……随分味な真似をしてくれるじゃねえか。誰に勝負を挑んだか、後悔させてやる……!」
大和田はグシャリと果たし状を握り潰した。勝負の日は休日だ。まだ時間はある。
「上等だ……」
吠えるように呟くと、大和田は部屋を飛び出した。向かう先は共用のガレージだ。そこに大和田の愛車が待機している。愛車の整備を妥協したことは一度もない。それでも今回ばかりは念の入れようが違った。エンジン音一つにすら妥協を許さない。
そんな大和田の様子を苗木と大亜がこっそりと見ていた。苗木は黄泉の羽織を着ているので、普通の人には姿が見えない。
「気合十分みたいですね」
『ああ、そうなってもらわねえと困るがな。アイツが完全に前へ進むには、本気の勝負で勝つしかないんだ』
「でも……」
苗木はまだあまり納得していないようだった。大和田に大亜の姿を見えるようにして、直接会話をするという方法もある。わざわざ勝負をする必要があるようには思えなかった。大亜は、そんな苗木の気持ちを察したのか、苦笑いをしながら言った。
『まぁ、オメェの気持ちも分かる。こんな回りくどい方法なんかしなくてもってな。俺が『お前は悪くない』と言ってもアイツは納得しねえだろうし、何より……俺自身決着をつけずに成仏するのが我慢ならねえんだ』
大亜自身も、勝負の決着をつけていないという未練があった。苗木は少し呆れた様子で溜息を吐くも、仕方がないとばかりに頷いた。大亜はガレージの中で愛車を弄る弟を見つめながら、呟いた。
『……アイツは自分の力ってのを分かってない。弟だからってだけで総長の座をくれてやるほど、俺も甘くない』
――――――――――
「……テメェか。オレに勝負を挑んできたのは」
『………』
休日。大和田は、例の勝負の場にいた。そこには既に先客がいた。黒いライダースーツに身を包み、頭はフルフェイスのヘルメットで覆われているので顔は分からない。
「一体何モンだ?」
『………』
「何とか言えや!」
大和田が怒鳴ると、男は口を開いた。ヘルメットでくぐもっているが、どこか懐かしいような声だった。
『名乗る程の名はねえな。だが、敢えて名乗るとしたら……『超高校級の総長』といったところだ』
「ああ!? 『超高校級の総長』だぁ!? テメェ、何言って……」
『オメェ、『超高校級の暴走族』とか言われて良い気になってるようじゃねえか。随分と安くなったもんだなァ。暮威慈畏大亜紋土の総長ってヤツはよ』
ブチッという音が響いたような気がした。
「テメェ……今なんつったぁ……っ!?」
大和田の唸るような声に動じる様子はない。男はクイクイッと指を折る。
『証明してみろよ。この俺にな』
「上等だ……っ!!」
こうして、勝負が始まった。
「うわぁ、すごいな……」
苗木は呆れ半分、感心半分で遠くから勝負の様子を眺めていた。
「一応事故が起こらないように、立ち入り禁止の看板は設置しているから大丈夫だと思うけど……大和田君、勝てるかな」
このまま大亜が勝ったところで、勝負の決着をつけたいという大亜の未練は晴れるだろうが、それでは意味がない。今回救わなければならないのは、大亜だけではなくて大和田の方なのだから。
かといって、勝負に水を差すわけにもいかない。一番ベストな方法は、大和田が大亜との勝負に打ち勝つことだが、今の状況は大和田が劣勢だ。最初のカーブで差をつけられてから、なかなか差が縮まらないのだ。しかし、苗木ができるのは大和田を信じることだけだった。
「頑張ってね、大和田君」
(クソッ……なんだコイツは……!)
大和田は焦っていた。最初こそ頭に血が上っていたが、数回コーナーを抜けた頃には相手が只者ではないことを理解していた。抜群のテクニックに、冷静なコントロール。こんな走りができる人間を、大和田は一人しか知らない。
(コイツ……まるで兄貴みたいな……っ!)
一瞬だけ大亜の顔が浮かぶが、すぐに振り払う。そんなはずはないからだ。
このままでは追いつくのは難しい。大和田は賭けに出ることにした。
この先、ショートカットできる場所がある。だが、とても危険なものだった。何せ、あの事故が起きたのはこのショートカットを使おうとしたことが原因なのだから。それでも、勝負に勝つにはそれしか方法が思い浮かばなかった。
その時だった。
『紋土!』
「っ!?」
突然呼ばれたその言葉に大和田は一瞬だけ硬直する。気付いた時には、既にショートカットへの分岐を通り過ぎていた。だが、悔やんでいる暇はない。
(クソッ! 今オレ何をしようと……っ! 負けることを考えるなんざオレらしくもねぇ! そんなんじゃ、暮威慈畏大亜紋土の名折れだろうがっ!!)
大和田は、グリップを強く握る。
(見せてやるよ! マスク野郎! オレの本気はこっからだ!!)
後ろから大和田の闘志を感じ取った大亜は、ヘルメット越しに笑みを浮かべた。
勝負はそこから更に激しくなっていく。ゴールが見え始めた最後のカーブ。
ついに大和田の単車が大亜の単車を捉えた。そして最後のカーブで、イン側へ滑り込むようにして抜き去る。初めて両者が逆転した瞬間だった。だが、その差はほんの僅か。少しでも気を抜けば、すぐに抜き返される。
だからこそ、大和田は最後までアクセルを緩めなかった。
そして……先にゴール地点に到着したのは、大和田紋土だった。
「うりゃああああ!! 見たかオラアアァァ!!」
大和田が雄叫びを上げる。
『……負けたぜ。やるな』
「オメェもな! 言うだけのことあるじゃねえか!」
大和田は上機嫌に手を差し出した。大亜は少し迷う素振りを見せつつも、大和田の手を握った。その瞬間、大亜の身体が光に包まれた。大亜はヘルメットを外し始めた。
「な、なんだ!? おい! どういうことだ!?」
『……紋土』
「っ!? その声……」
ヘルメットが脱げたことで声がよく聞き取れるようになり、大和田はその声に、思わず動揺する。二度と聞くことができないはずの声だからだ。大亜はヘルメットを脱ぎ捨てる。
「あ、兄貴……!?」
『よぉ、紋土』
「な、なんで……兄貴はもう……っ」
大亜はニヒルに笑った。
『最後に勝負がしたくてな』
「しょ、勝負……だとぉ?」
『あの時は決着がつかずじまいだったからな。見事に負けちまったけどよ』
大和田は怒鳴った。
「勝負ってなんだよそれ!? オレを恨んでるんじゃねえのかよ!? だって、兄貴はオレが……」
『ふざけんな!!』
笑みを浮かべていた大亜の顔が怒りに変わる。
『俺がテメェに殺される程弱えって言いてえのか!? 寝言は寝てから言え!』
大亜は大和田を強く睨み付けた。大和田は思わず後ずさる。
『俺が死んだのは、俺の意志によるものだ。弟を守る兄貴としての俺の意志だ。だから、テメェが気にするようなことはハナからないんだよ』
だからこそ、大亜は最初から大和田のことを恨んでいなかった。
『んなくだらねえこと言ってる暇があるなら、チームを引っ張って行け! 俺に勝った男としてな!』
「兄貴に……勝った……」
大和田はハッとしたように呟く。そうだ。今まで勝負していた男は、自分が憧れ、今まで後ろを追いかけることしかできなかったはずの男だった。そんな男に自分は勝ったのだ。
そうこうしているうちに、大亜の身体は消え始めていた。
「あ、兄貴……!」
『俺達のチームを潰すんじゃねえぞ、紋土。胸張ってけ。頼んだぜ、二代目……総…長………』
「兄貴ぃぃぃぃっ!!!」
大和田の慟哭が響く。
――――――――――
数日後のあの世。成仏した霊達は、あの世で未練を洗い流し、輪廻の輪に乗って転生する。そこで成仏した大亜が苗木と話していた。
『それで、最近の紋土の様子はどうだ?』
「大分立ち直ってきたと思います。心なしか、前より明るくなった気もするし。それに、今まではチーム名が書かれた学ランを着て来てたのに、今日は希望ヶ峰学園の制服を着て来たんです。石丸君なんか、泣いて喜んでいましたよ」
『そうか……』
大亜は、苗木に頭を下げた。
『今までありがとうな、苗木。色々と付き合ってもらっちまって。あのライダースーツや単車のおかげで、最高の勝負ができた』
大亜が使っていたライダースーツや単車は、現世に未練がある霊が使うための死神道具で、あの世でレンタルが可能な代物だ。これを使うと、普通の人間でも視認が可能になるし、触ることも可能になる。
「そういえば、転生先は何になるか決まりましたか?」
『おう! どうやら俺の来世はダチョウになるらしいぜ!』
「ぶふっ!?」
苗木は思わず噴き出した。ある意味ぴったりだった。大亜は豪快に笑った。
『次はアフリカ中を走り回ってやるさ!』
「あ、あはは……」
苗木は思わず、リーゼントをしたダチョウの群れがアフリカの平原を駆け回る光景を幻視した。そして、その光景は近い将来現実のものになる。