『超高校級の文学少女』腐川冬子が、実は連続殺人鬼ジェノサイダー翔だった。それにより、色々と辻褄が合ったものの、何かが解決したわけではない。むしろ問題は以前より厄介になったようにさえ思えた。
この状況を放置していても、霊が悪霊化したり、また新たな犠牲者が増えるだけだろう。浄霊しようにも、ジェノサイダーが話にならないのは先程のやりとりでも明らかだった。
この問題を放置するわけにはいかない。だが、どうすれば解決できるのか、苗木には全く見当がつかなかった。
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「それはまた……」
部屋で黒鶴に、先程の出来事を話すと、黒鶴も難しい顔をした。
「うん、腐川さんの別人格がジェノサイダー翔なのは間違いないんだけど、問題は腐川さん自身がどこまで分かっているのかってことなんだよね。知っていて放置しているのなら大問題だし、知らないなら早急に対処が必要になる」
「……そうですね。そうした方が良いでしょう」
そういうわけで翌日腐川に聞くことにしたのだが、運の悪いことに腐川は今日欠席だったため聞くことができなかった。
仕方がないので、放課後の空き時間に図書室でジェノサイダー翔と多重人格について調べることにした。多重人格についてはともかく、ジェノサイダーについてはダメ元だったのだが、意外と文献は見つかった。と言っても、殆どは都市伝説とかにある考察本のような胡散臭い内容のものばかりだったが。
「……うーん、世間一般で出回っているのは終一君が言っていたような情報が殆どみたいだね。多重人格とかそういったのは一切出てきてない。あまり参考にはならないか。多重人格についても人によって症状とか違うみたいだし、これも今ひとつかな……」
「……何をしている?」
「うん?」
不機嫌そうな声がした方に視線を向けると、そこには『超高校級の御曹司』こと十神白夜が立っていた。
「ちょっと調べ物をね。十神君の方こそどうしたの?」
「見て分からないのか? 読書に来たんだ。蔵書数もジャンルの幅広さもその辺の図書館とは比較にならん。希望ヶ峰学園における数少ない評価点だな」
「そ、そう……」
十神はそう言って近くの椅子に腰掛けて、本に目を通す。苗木もそれ以上何も言わずに、本を片付け始める。やはり腐川本人から話を聞くしかないかと落胆していると、不意に十神が口を開いた。
「……ジェノサイダー翔について調べているのか?」
「知ってるの?」
「当然だ。我が十神財閥の書庫には、日本中のあらゆる機密事項が記されたデータベースがある。当然警察の未解決事件なんかもそこに含まれている。子供の頃からの趣味の一つとして閲覧しているが、最近俺が興味を持っている事件の一つが、このジェノサイダー翔事件だ」
「そ、そうなんだ。そういったものまで読めるなんてすごいな……」
十神は机の本を一瞥する。
「それにしても、奴が重度の解離性同一性障害を患っているとよく見抜いたものだな。それについての情報は公になっていなかったはずだが」
「ま、まあね。もしかしたらと思ったんだけど、まさか当たりだったとは思わなかったよ……」
本当はジェノサイダー本人に出くわしたからだとはとても言えなかった。十神は続ける。
「……ジェノサイダー翔が狙うのは全員男性。それも容姿が良ければより残虐に殺されている。解離性同一性障害は、幼少期のトラウマで発症するケースが多いことから考えると、男絡みで何かあったことくらいは想像がつく」
「幼少期のトラウマ……」
ふと腐川の顔が脳裏を過る。十神は鋭い視線を苗木に向けた。
「奴に同情しているのか? 下らんな。理由はどうあれ、奴は薄汚い犯罪者に過ぎん。そして、男性であるお前も狙われる可能性があるわけだ。精々無様に死なないよう気をつけることだな」
「あはは……ありがとう。どちらかと言うと、十神君の方が注意するべきだと思うけど……」
「ふん、そんな人間以下のゴミごときにこの俺が殺されるだと? 寝言は寝てから言うものだぞ」
「そ、そう……」
一体どこからその自信が湧いてくるのか。その時、昨日のジェノサイダーの言葉を思い出した。白夜様を殺る前の前菜にしてやるとか何とか。つまり、ジェノサイダーは十神を完全にターゲットにしている。
「えっと、十神君。冗談抜きで本当に気を付けた方が良いよ」
「くどい」
苗木の忠告は聞き入れられることはなかった。
――――――――――
「大丈夫かな、十神君。一応、気付かれないように『番犬紙』を仕込んでおいたけど」
苗木は白い犬の形をした折り紙を見つめながらそう呟いた。
番犬紙とは、犬の式神を呼び出して対象を悪霊や人間から一回だけ守ることができる死神道具である。一回限りの使い捨てだが、一般の人間には見えないので使い勝手が良い。本来は自分のために使う予定だったのだが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。何もしないよりはマシなはずだ。もっとも、それで十分かどうかは分からなかったが。
「苗木君」
「うん?」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには霧切がいた。
「霧切さん」
「随分考え込んでいるようだったけれど。もしかして腐川さんについて何か分かったの?」
「ああ、うん。っと、その前に場所を変えよう」
「……分かったわ」
そう言って二人は空き教室に移動した。それから苗木は分かっている範囲のことを洗いざらい話した。話を聞き終えると、霧切は頭痛が痛いといった様子でこめかみを押さえた。
「……まずは整理させて。腐川さんは多重人格者で、別人格は連続殺人鬼のジェノサイダー翔だった。彼女に憑いている霊達はジェノサイダー翔によって殺された被害者達。そして、ジェノサイダー翔は霊を見ることができて、霊達の浄霊を拒んでいる……そういうことで良いのね?」
「うん、それで今日腐川さん本人に話を聞こうと思ったんだけど、欠席だったからね。まだ腐川さん自身の認識がどうなっているのかは分からないんだ」
「そう……厄介ね」
霧切は腕を組んでそう言った。
「ひとまず、腐川さんから直接聞かないことにはなんとも……」
霧切の言葉はそれ以上続かなかった。背筋を凍らせるような禍々しい気配が校舎のどこかから広がった。霧切の顔色が悪くなる。苗木の手にあった番犬紙が突然ビリッと破れる。それを見た苗木は血相を変えて黄泉の羽織を身に纏う。
「っ!? マズい……!」
「え? ちょっと……!」
苗木は急いで教室を飛び出して行った。それを見た霧切も、只事でないことを察し彼の後を追う。
苗木達が向かった先は先程までいた図書室だった。中はかなりの惨状だった。本棚は倒れ、無数の本が散乱している。
「これは……」
霧切が言葉を失う。まるで大型の台風でも通り過ぎた後のような有様だった。
「キヒャヒャヒャッ!!」
奥から甲高い笑い声が聞こえてくる。苗木と霧切は急いで声のした方に向かう。
奥には十神と、腐川もといジェノサイダー翔が向かい合っていた。ジェノサイダーは両手に持った鋏をジョキンジョキンと鳴らしながら近寄る。
「チョロチョロ逃げ回ってくれちゃって……デュフフ、やっぱ何度見ても良い顔だぁ。ぶっ殺し甲斐があるよぉ」
「……まさかお前がジェノサイダー翔だったとはな。品性の欠片も無い女だ」
十神は表情を変えずに、ジェノサイダーに侮蔑の視線を送る。そんな十神にジェノサイダーは身悶えしつつも、挑発的に笑った。
「ホンット、アンタって良い男だよ。そのすまし顔が切り刻まれたらどんな感じで歪むか楽しみィ……」
「……それはどうだろうな。少なくともお前はもう終わりだ」
「あ~確かにね。だったらまずは……邪魔者からぁっ!!」
ジェノサイダーは苗木達を見ずに、彼らの方へ鋏を投げつけてきた。苗木は鎌で飛んでくる鋏を叩き落とす。金属音が図書室に響く。投げつけられた鋏は床を跳ね、大きく回転しながら本棚へ突き刺さった。
「あーーん?」
そこでようやくジェノサイダーは振り返った。
「チッ、またアンタかよ。うざってえなぁ。しつこい男は嫌われんぞ、このストーカーチビが」
「? おい、一体何を言っている?」
十神はジェノサイダーの言っている意味が分からずつい聞き返した。この場にやってきたのは霧切だけのはずだ。誰に向かって話しているのか見当もつかない。
そんな十神を無視して、ジェノサイダーは苗木に襲い掛かった。彼女の周囲には悪霊化寸前の霊達がおり、どの霊もいつも以上に憎悪で顔が歪んでいた。
『ユルサナイ……』
『また犠牲者を……!』
『また殺すのか……』
『フザケルナ……』
霊達の呪詛が聞こえてくる。苗木は叫んだ。
「ジェノサイダー! 戦うのは後だ! まずはその霊達を何とかしないと!」
「だからアタシの推しだっつってんだろ! 横取りすんじゃねーーよっ!!」
「違うっ! このままだと君の身体が……」
このまま放置して悪霊化してしまえば、その悪霊達が襲う先はジェノサイダーもとい腐川だ。霊を見ることはできても霊を祓うことができないジェノサイダーではたちまち取り殺されてしまうだろう。
こうなったらジェノサイダーから恨まれること覚悟で強制成仏に踏み込むしかないかと、黄泉の羽織の内ポケットに手を入れたその時だった。中に何かが入っていることに気付き、同時にその正体を思い出す。
「……こうなったら一か八かだ」
効かない可能性も高いが、もしかしたらこの場を収めることができるかもしれない。そう呟いて苗木が取り出したのは、注射器のようなものだった。
霊眠剤。それを打ち込むことで憑依した霊を眠らせ、本人の意識を呼び出すことができる死神道具である。あくまで霊に憑依された場合に使う道具なので、別人格の場合で効くかどうかは分からない。だが、本人の意識を呼び戻すという意味では、もしかしたら効くかもしれない。苗木はそれに賭けることにした。
「はい死んだぁっ!!」
「ぐっ!?」
右手に鋏が突き刺さった。激痛が奔るが、それでもどうにかジェノサイダーの首筋に霊眠剤を打ち込むことに成功した。彼女が油断してくれたのも大きかった。
「アンタ、一体何を……!」
激昂するジェノサイダーだったが、突如異変が起きる。急激な眠気が襲ってきたのだ。
嫌だ。まだ殺っていないのに。まだ萌える男子がそこにいるのに。
だが、眠気には勝てず、ジェノサイダーもとい腐川の身体はゆっくりと前から倒れかかった。それを慌てて苗木が支える。霧切が声を掛ける。
「終わった……の?」
「……その場しのぎだけどね。痛っ」
そう答えつつも、右手の激痛に苗木は顔を顰める。
「保健室に行きましょう。腐川さんも」
「そう、だね」
「おい、霧切。お前は一体誰と……うぐっ!?」
「ちょっと、苗木君!?」
苗木は無言で十神の口にあるものを押し込んだ。死神道具の一つ、忘れ玉だ。この道具は忘れたい記憶を特殊な紙に書いて玉に入れてそれを飲み込むと、その記憶について綺麗に忘れることができる。図書室に駆け付ける途中で念のために、この時間帯を書いておいた。これで十神はこの時間帯の記憶は残らない。
「……催眠術じゃ失敗する可能性が高いからね」
「だからって……」
「俺は一体……」
そう呟きながら周囲を見渡した十神は滅茶苦茶になった図書室を見て絶句していた。忘れ玉の効果で、今までの出来事を忘れているようだ。
「……誰かが暴れたみたいね。後で直しておくわ」
「霧切か。チッ、折角読書に来たというのにこれでは台無しだ」
十神は不機嫌そうにそう吐き捨てて、図書室を出て行った。それを見送った後、霧切は苗木へ振り返った。
「それじゃあ、あなたの手の治療と腐川さんとの会話のために保健室に行きましょう」
――――――――――
「一体何があったんですかぁ!?」
苗木の手を見て、素っ頓狂な声を上げたのは『超高校級の保健委員』罪木蜜柑だ。そんな彼女に対して運悪く鋏が刺さってしまったと答える苗木。気弱な罪木とは思えない程の説教を受けつつも、苗木と霧切はベッドで眠る腐川が目覚めるのを待つことにした。しばらくすると、ベッドの方から「んん……」という声が聞こえてきた。
そして、ガバッと腐川がベッドから跳び起きた。パニックを起こしているようで、どこか落ち着きがない。罪木が声を掛ける。
「あ、腐川さん、目が覚めたんですね! 良かったぁ……そこの苗木君と霧切さんがここまで連れて来てくれたんですよぉ。苗木君は怪我をしていますけど」
そう言って、包帯が巻かれた苗木の右手を見せる罪木。包帯越しに薄っすらと血が滲んでいる。それを見て、腐川の顔が青ざめる。これはただ血が苦手だからというわけではなさそうだった。霧切の目が鋭くなる。
「罪木さん、ありがとうございました。腐川さんも目を覚ましたようですし、私達はそろそろお暇します」
「そ、そうですかぁ。分かりました。苗木君。しばらく右手は使わないようにお願いしますよ。あくまで応急処置ですからね!」
「は、はい……ありがとうございました」
「それじゃあ行くわよ。苗木君、腐川さん」
「うん」
「わ、分かったわよ……」
保健室を後にした三人は、そのまま解散……とはならなかった。空き教室に入ると、腐川がどこか自棄になった様子で叫んだ。
「……もう分かってるんでしょ。あたしがジェノサイダー翔だって……!」
「……正確にはあなたの別人格。あなた自身とは少し違うでしょう」
「どちらにしたって変わらないわよ! どうせあんた達、このことを言いふらすつもりなんでしょう! だったらそうしなさいよ! それで豚箱でも精神病院でもぶち込みなさいよ!」
「言いふらすつもりなら、君が寝ている間にやっているよ」
苗木はジッと腐川の目を見ながら言った。
「君は別人格であるジェノサイダー翔のことを認識しているようだね。色々聞かせてもらうよ」
腐川の話によると、ジェノサイダーとの人格の切り替えはくしゃみによるものらしい。できる限り、くしゃみをしないよう気をつけているのだが、生理現象である以上完全には難しい。今回のそれも偶然起こったそうだ。そして、腐川とジェノサイダーは知識は共有しているが、記憶などは共有していないらしい。なので、腐川はジェノサイダーの時の記憶がないし、その逆もしかりだ。
まるで漫画みたいな話ではあるが、これが現実である。
「……人格をどうこうというのは今の僕達にはまず無理だろうね」
「そうね。下手なことをすれば、腐川さん自身の人格にも影響が及びかねないわ」
「一番良いのは、腐川さん自身に止めてもらうしか……」
「無理に決まってるでしょ! 今までだってあいつは勝手に……!」
「……ごめん」
「……きゅ、急に謝らないでよ。気分が悪いから」
若干大人しくなる腐川。彼女の周りには相変わらず霊達がいる。彼らは腐川に憎悪の眼差しを向けてはいるが、先程よりはマシにはなっている。
「それで、君は彼らが見えているの?」
「……は? 彼ら? 見えるって何?」
どうやら腐川には周囲の霊達が見えていないらしい。そういえば、ジェノサイダーも腐川は感じることはできるが、見えないとか言っていたなと今更ながらに思い出す。
「……分かった。それじゃあ腐川さん、これを使って」
そう言って苗木はあるものを渡した。ハートの片割れのようなブローチだ。中央部分は緑色に輝いている。
「な、何よ、これ……」
「これを使えば、ジェノサイダーが誰かを殺そうとするのかが分かる。原理は聞かないで。僕も分からないから。でもこれでジェノサイダーになった時にまたさっきみたいに眠らせて止めるから」
このブローチは悪霊感知ブローチという死神道具だ。悪霊及び悪霊化寸前の霊が多い状態になるともう片方のブローチが赤く光り、点滅や音で知らせてくれる。今回のようにジェノサイダーが行動を起こそうとすれば、間違いなく周囲の霊達が憎悪のあまり悪霊化するだろう。それを利用した方法であった。
「はぁっ!? 嫌よ! 胡散臭いし! しかも……白夜様ならともかく、なんであんたなんかとペアみたいにしないといけないのよ!」
「これが一番最善の方法なんだよ!」
「っ……!」
苗木はきっぱりと言った。
「別に表立って見せびらかさなければ良い。僕も人前では見せないから。でも肌身離さず持っていて。ジェノサイダーがまた誰かを殺すことを止められる。君だって嫌だろ?」
「それは……そうだけど………」
腐川は手の中のブローチをしばらく睨み付けた。まるでそれが不吉な呪いの道具であるかのように。
「……分かったわよ。持っていれば良いんでしょ。あたしだって、あいつが暴れて人が死ぬのなんてまっぴらごめんよ。あたしは腐川冬子であって、ジェノサイダー翔なんかじゃないんだから……!」
そう言って、腐川はブローチをポケットにしまい込んだ。それを見て、苗木は頷いた。
正直、問題の先延ばしと言えばそれまでではある。それでも、何もしないよりは良いだろう。少なくともこれで、次にジェノサイダーが動いた時は対処できるのだから。
根本的な解決には程遠いが、それでも一歩前には進めたはずだ。