黒鶴は、死神苗木誠の契約黒猫だ。彼女は、苗木が高校に進学した際に契約を結んだ。
どこか抜けたところのある苗木をサポートしてくれる頼もしい存在である。今回はそんな彼女の一日を紹介していく。
朝。彼女の一日は相棒の苗木を起こすことから始まる。苗木の朝の準備を手伝いつつ、見送ると、黒鶴は一息吐いた。『超高校級の幸運』などという、あるのか無いのかよく分からない才能で入学した苗木であったが、何だかんだでクラスメイト達と上手くやれているようだ。
苗木が学校に行っている間、黒鶴はいつも通り、経費の計上をしていた。苗木は死神道具を多く使うため、費用も多く掛かるのだ。なるべく必要経費になるよう記帳しているが、自重してほしいものである。一時間程経って、一区切りつくと黒鶴は大きく伸びをする。コキコキッという音が響く。これでしばらく時間ができた。今すぐに買い足さないといけない道具も特にない。折角なので、学園内を散策することにした。学園の様子を契約黒猫視点で見ておくことも大事だし、何より暇だった。
ここ希望ヶ峰学園は、部外者の立ち入りは固く禁じられている。それは動物も例外ではないのだが、本科生のペットは申請がされていれば問題ない。黒鶴も苗木のペットとして申請・受理されているため、堂々と学園内を散策することができる。
なので早速、黒鶴は寄宿舎を出た。
しばらく歩いていると、誰かの話し声が聞こえてきた。
「大和田君、ありがとう。運ぶの手伝ってくれて。この中凄く重くて運ぶの大変だったから……」
「別に良いって。気にすんな」
非常に小柄な女子生徒……ではなく男子生徒と、大柄でリーゼントが特徴的な男子生徒だ。『超高校級のプログラマー』こと不二咲千尋と『超高校級の暴走族』大和田紋土である。
不二咲は控えめに笑った。
「僕も大和田君みたいにもう少し力があればなぁ……」
「そんなすぐにオレや大神みてえになれるわけねえだろ。だから毎日トレーニングに付き合ってやってんだろうが」
「うん、ありがとう……」
「ったく。ん? あいつは……」
大和田は黒鶴に気が付いたのか、首を傾げる。不二咲も黒鶴に気が付いたようで声を掛けた。
「苗木君の猫の黒鶴ちゃんだね。おーい」
不二咲が抱えていた箱を下ろし、しゃがみ込んで手を振る。名前を呼ばれて無視するのも悪いので、二人のもとに近寄ると、不二咲は嬉しそうに微笑んだ。一方の大和田は少し不機嫌そうだ。
「苗木のやつは何やってんだ。ちゃんと面倒見ろっての」
「部屋から勝手に抜け出してきたんじゃないかなぁ。苗木君も、黒鶴ちゃんは自由なところがあるって言ってたし」
「みぃ」
心外だと言うように黒鶴が鳴き声を上げると、大和田は舌打ち混じりに抱えていた箱を下ろしてポケットの中を弄る。取り出したのはジャーキーだった。ビニールを剥がし、それを黒鶴の前に差し出す。
「ほらよ。偶々あったからこいつでも食いな。そんで、さっさとお家に帰れよ」
「みゃあ」
黒鶴はジャーキーを咥えると、どこかへ駆け出して行った。大和田は時々、こうやって理由を付けて食べ物をくれる。だからか、黒鶴は大和田のことが嫌いではなかった。黒鶴を見送った後、不二咲が大和田に尋ねる。
「大和田君、犬好きだって聞いたけど」
「別に猫が嫌いってわけでもねえよ。まぁ、犬と猫どっちが好きとか聞かれりゃあ、迷わず犬って言うけどな」
「へぇ……」
「チッ、おら! さっさと行くぞ!」
「はあい」
若干の照れ臭さを感じた大和田は箱を抱え直した。不二咲もニヤニヤ笑いつつも、それに倣う。そうして二人はまた歩き出した。
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「ふぅ、美味しかったですね」
ジャーキーを食べ終え、満足そうに黒鶴は頷くと、今度は別の二人組を見つけた。黒いゴスロリドレスに身を包んだ少女と、洋梨体型の非常に太った男子生徒だ。『超高校級のギャンブラー』セレスティア・ルーデンベルクと、『超高校級の同人作家』山田一二三だ。山田はセレスの我儘に振り回されているようだ。それでいて、山田もどこか楽しそうにしているのだから、この二人の関係というのはよく分からないものである。
「あら? あれは……」
「うん? ああ、苗木誠殿の飼い猫の黒鶴殿ですな。毛並みも良く、利口な性格ですし、擬人化したらさぞ可愛らしい美少女になるでしょうな。一度、彼女の擬人化漫画を描こうとしたら、苗木誠殿に止められて……」
「……止められて当然ですわね」
セレスは山田を無視して、黒鶴の方へ歩みを進める。それを見た黒鶴は、面倒な相手に目をつけられたと内心溜息を吐く。黒鶴にとって、このゴスロリ少女は正直言って苦手だった。心の奥底では何を考えているのか分からない部分があるし、何より彼女の背後には悪霊が複数憑いている。あまり関わり合いにはなりたくなかった。
「ごきげんよう」
「みぃ」
黒鶴の鳴き声を聞いたセレスは目を細めた。
「賢い猫ですわね。私の愛猫、グラン・ボア・シェリ・ルーデンベルクが子猫だった頃によく似ていますわ」
「おや、セレス殿も猫を飼っているのですか?」
「ええ。餃子ご飯が大好物ですわね」
「ぎょ、餃子ご飯?」
山田は勿論、黒鶴もやや引いていた。セレスはやや剣呑な雰囲気を纏う。
「……何か?」
「い、いいえ! ただ、猫にとって玉ねぎやニンニクは猛毒だったはずですが……」
「ああ、そういうこと……心配は無用ですわ。私自らが作ったものですもの。そのようなものは入れておりません」
「セ、セレス殿の手作りですか!? なんとも羨ましい……!」
山田はどこか悔しそうにそう呟いた。黒鶴は意外そうな目をセレスに向けていた。奉仕するよりされる側といった感じの人間が猫のためにそこまでするとは思えなかったからだ。案外、猫への愛情は本物なのかもしれない。
「ちなみに、これがグランですわ」
心なしか少し得意げにセレスは携帯の写真を見せる。それを覗き込んだ山田と黒鶴は固まった。画面に映っていたのは、でっぷりとした太った猫の姿があった。写真越しから太々しい態度が滲み出ている。
「おぉ……貫禄がありますな」
「……みゃあ」
全然似ていない。やはり、この人は苦手だと再認識する黒鶴であった。
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「あたしも油断するとああなってしまうのでしょうか……」
先程の写真を見た後、黒鶴はポツリとそう呟いた。試しにお腹を触ってみる。今のところ、お腹は出ていない……はずだ。
仕方ないので、一旦寄宿舎に戻ることにしたその時、自分に声を掛けてくる者がいた。
「やっほー、黒鶴ちゃん!」
「あれは……苗木の猫か」
『超高校級のスイマー』朝日奈葵と、『超高校級の格闘家』大神さくらだ。黒鶴にとって、朝日奈は別の意味で苦手な存在だ。何故なら……
「うわぁ、可愛いなぁっ!!」
「みぃ……」
これでもかというくらいに構い倒されるからだ。勿論、朝日奈に悪気がないことも分かっているが、キツイものはキツイ。
「朝日奈よ。あまり構い倒すべきではないぞ」
大神がそれとなく助け舟を出してくれた。黒鶴はするりと朝日奈の腕から抜け出し、そのまま大神の方へ歩み寄る。それを見た大神は目を丸くした。
「我に近付いてくるとは……大抵の動物は逃げるのに」
「さくらちゃんの優しさだよ!」
朝日奈は自信満々に言った。
「そういうものなのか?」
「そうだよ! 動物ってそういうの分かるんだから!」
大神は少し照れ臭そうに頭を掻く。黒鶴は大神の足元に座り込んだ。大神の為人は知っている。その気になれば熊をも素手で倒せるだろうが、その力を弱者に向けることはない。
「ほらぁ!」
朝日奈は得意げに指を差す。
「やっぱり懐いてるじゃん!」
「むぅ……」
大神は少しだけ困ったように唸った。
「懐いているというより、警戒されていないだけだと思うのだが」
「似たようなもんだって!」
「……そうか?」
どうやら納得はしていないらしい。黒鶴は大神の足元に座ったまま欠伸を漏らした。大神の大きな手がゆっくりと頭へ伸びる。恐ろしく鍛えられた手だが、その動きは驚くほど慎重だった。
「……良い毛並みだな」
「みぃ」
悪くない。少なくとも朝日奈のように抱き締められるよりは遥かに良い。朝日奈は自分のことのように嬉しそうに笑った。
「黒鶴ちゃん、人を見る目があるね!」
「みゃあ」
朝日奈も、もう少し接し方を考えてくれれば、決して悪い人間ではない。後で苗木に朝日奈の自分への接し方について意見してもらうよう伝えることを決めた。
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「今日は色々な人に会いましたね」
「そうなんだ」
放課後、苗木と合流した黒鶴は、今日の出来事を話していた。
苗木は黒鶴とクラスメイト達と会っていたことに驚きながらも、楽しそうに話を聞いていた。その時、霊達の気配を感じて、表情を引き締める。それから死神の鎌を構えた。
「それじゃあ、浄霊開始だね。行こう!」
「はい!」
まだまだ苗木と黒鶴の一日は終わらない。