「そういえば、本科の方で何か変わったことはないか?」
「うん、日向君の心霊写真が話題になったくらいで、特にはないね」
「え? 何それ、俺知らないんだけど」
思わずゲーム機から顔を上げてしまったことで、敵の攻撃を受けてしまい、創のゲーム機の画面にはテンションの下がるBGMと共に「GAME OVER」の文字が浮かび上がった。それに対して、七海のゲーム機を動かす指は止まらない。創と違い、ステージクリアのBGMが流れ、そこでようやく七海は顔を上げた。
「小泉さんが撮った写真に写ってたんだよ、日向君が」
「小泉って確か、『超高校級の写真家』のやつか。あれ? でも俺、撮られた覚えがないぞ」
「なんでも、音楽室に行った時に、写真を撮ったんだってさ。それが心霊写真だったみたいで」
「マジかよ……」
創は呻いた。どうやら、あの時に写真を撮られていたらしい。通常、死神などカメラに写ったりしないのだが、おそらく悪霊の残渣の影響で写真に写りやすくなっていたのだろう。不覚という他ない。死神としての仕事がやりにくくなるかもしれないと危惧していると、七海が妙なことを言った。
「皆盛り上がってたよ。そういうオカルト的な話に興味を持つ人それなりにいるし。本科ではそういったこと起こらないしね。霊がいないから」
「霊が……いない? え? 一人もいないのか?」
「うん、全然いないよ」
「……どういうことだ?」
創は異常ともいえる現象に首を傾げた。一方の七海は、創がどうしてそんな反応をするのかが理解出来なかった。
「えっと、そんなにおかしいことなの?」
「ん? ああ、こうして沢山の霊が迷い込んで留まることもおかしいんだが……」
創が示すと、あちこちで霊が彷徨っているのが見えた。といっても、迷い込んでいる訳ではないようで、すぐに消えていく。
「それでも霊が通り抜けるくらいは普通なんだよ。にもかかわらず……」
「本科の建物に霊が全くいないのは不自然だってこと?」
「ああ。もう一度聞くけど、本科の建物には霊が一人もいないんだよな?」
「うん、いないよ。入学してから本科の建物では見たことなかったと思う」
「ちょっと様子を見に行った方が良いかもしれないな」
創はそう言って、本科の校舎へ歩みを進めた。それを見た七海もついて行く。
「私も行くよ。校舎の案内はある程度出来ると思うし」
「良いのか?」
「私も気になるから」
そういう訳で、創と七海は本科の校舎に向かうことにした。
本科の校舎の入口は厳重の一言だった。屈強な警備員が複数人おり、どれも眼光が鋭い。創は既にネクタイピンを外しているので、通常の人間には見えていないはずだが、こちらの存在を見抜いているかのような威圧感だ。
七海は警備員の一人に学生証を提示する。
「77期の七海です。忘れ物を取りに来ました」
「……確認しました。どうぞ」
警備員が頷き、学生証を七海に返す。そのまま、七海と創は本科の校舎に向かって歩き出す。
「随分厳重なんだな。
「あれ結構面倒くさいから、どうにかして欲しい。学生証を忘れたりしたら、入れなくなるし」
創はどこか呆れた様子で呟いた。つくづく本科と予備学科で扱いが露骨過ぎるなと思ったのだ。一方で七海は面倒くさいと思っているようだが。七海とそんな会話をしながら、校舎に入ろうとしたその時だった。
「ぐっ!?」
「日向君?」
創だけ、何かに阻まれて弾き出されてしまった。改めて手で触れてみるが、バチッという衝撃が走って、中に入ることが出来ない。
「ど、どういうこと?」
「分からない。結界か何かが働いているみたいだ。死神まで入ることが出来ないなんてな」
「え、それじゃ……」
「俺は入れない。実体化すれば入れるだろうけど……」
後ろの警備員達をチラリと見やる。ここでネクタイピンを着けて実体化しても、予備学科の自分では入れないだろう。このまま七海を留まらせても怪しまれるので、創はある指示を出した。
「悪い。校舎内に何かおかしなものが無いか、調べてくれないか?」
「えっと、校舎の隅々まで探すの? 一人で?」
「流石にそこまでしなくて良い。ざっくりで良いよ。俺は、周囲を探ってみる。頼めるか?」
「うぅ、分かった。探してみるよ。でも流石に全部探るのは無理だからね」
「ああ。頼む!」
「むぅ……」
渋々ながらも校舎に入って行った七海を尻目に、創は校舎の周辺を探ることにした。結界か何かを張っているのかもしれない。
(でも一体これは……)
創は校舎の周りをぐるりと一周してみたが、怪しいものは特に見つからなかった。
(……校舎の外にはない。ってことはやっぱり中に何かが仕掛けられてるのか。でも誰が……)
そんな時、誰かの声が聞こえてきた。希望ヶ峰学園警備部の詰所からだ。入口前で待機していた警備員達とは別の警備員が待機している場所だ。何か情報が掴めるかもしれないと思って入ってみることにした。中には警備員が数人たむろしており、話に花を咲かせていた。
「そういえば、先週予備学科生が喧嘩を起こして、停学処分になったらしいですね」
「ああ、二人とも音楽室でぶっ倒れてたらしい。大怪我が無かったのは幸いだな」
「だけど、本科でのトラブルはいつものことですけど、予備学科も問題起こす時は起こすんですね〜。普通の良い子ちゃんばかりだと思ってましたよ」
「ケッ、予備学科の凡人共が」
一人の警備員が悪態をついた。他の警備員が尋ねた。
「どうしたんですか、逆蔵さん」
「この学園も甘いと思っただけだ。去年といい、今年といいな。才能もねぇ癖に通わせて貰ってる分際で、問題を起こすようなクズなんざ、停学と言わずにとっとと追い出しちまえば良いんだ」
逆蔵という男は忌々しそうに吐き捨てた。それを聞いた創は眉を顰める。
(随分と差別的な発言だな。ってか本音はともかく、多少は取り繕う努力はしろよ)
現に、他の警備員達も逆蔵の発言にどこか引いた様子だ。そんな時、一人の警備員が何かに気付いたようで、逆蔵に尋ねた。
「あの、逆蔵さん。去年も何か予備学科で問題があったんですか?」
「あん? ああ、そうか。テメェは今年外部から入ったばっかだっけか。去年もいたんだよ。この本科の校舎に忍び込んだ馬鹿がな」
「え? この校舎をですか?」
驚きの声を漏らす新人警備員に、他の警備員も頷いた。
「ああ。校舎から出てきたところをとっ捕まえたんだが、侵入経路は全く不明でな。何度問いただしても、全然口を割らなかったんだ」
「チッ」
当時のことを思い出したのか、逆蔵は忌々しそうに舌打ちする。あの時、まだ学生だった逆蔵はその不法侵入者と出くわし、親友と共に追いかけたのだが、入口で警備員に捕まるまでしぶとく逃げ延びられたのだ。ちなみに、その問題を起こした生徒は停学処分明けに事故で大怪我を負い、結局退学になったらしい。
「でも警備を掻い潜って、本科の校舎に侵入って普通にすごくないですか? 本科編入もあり得たかもしれないですね」
「馬鹿言え。『超高校級の空き巣』として編入ってか。そんなの上が認める訳ねぇだろ。つーか、そんなのが編入してたら
「は、はい!」
そろそろ七海も戻ってくる頃だろう。創も詰所を出ることにした。
(今の話でおおよそ分かった。多分、こういうことなんだろう……)
入口前に戻ると、丁度七海も校舎から出てきた。そのまま、警備員のガードを抜けて、先程の噴水前まで戻ると、情報共有を始めた。
「私はダメ。ざっくり見て回ったけど怪しいものはなかった。流石に教室の中の備品とかまで細かくは調べてないけど」
「まぁ、仕方ない。多分、見つからないように厳重に隠してるだろうし。どういう物なのかすら分からないもんな」
「それで、日向君の方は? 何か分かったの?」
「ああ、多分だけど、校舎が入れないようにしたのは……去年、予備学科に入った死神なんだと思う」
先程の逆蔵達の会話を考えれば、多分そういうことなのだろう。去年、本科の建物に予備学科生が侵入するという事件があったこと。捕まえたのは、校舎から出てきたところで、侵入経路は不明であること。そして、停学処分明けに事故で大怪我を負い、退学になったこと。
以上の点を踏まえて、「希望ヶ峰学園浄霊計画」に参加していた死神だと考えれば説明がつく。警備の目を掻い潜って侵入したのは、死神で常人には見えないから。捕まったのは、校舎に何かした際に自分も校舎にいられなくなって、実体化したから。そして、去年参加した死神は、全員悪霊にやられて大怪我を負い、退学・辞退している。
「それじゃあ、本科の建物に霊がいないのは、日向君の友達のおかげってこと?」
「別に友達って訳じゃないけど、まぁそんなところだな。そういうことなら、心配することはなさそうだ」
「そっか。良かった」
創と七海は、同時に少しだけ笑った。創としても、本科のことを気にする必要がなくなったのは朗報だった。