元おじさんの転生者が生活魔法を極めていたら、なぜか賢者と呼ばれ始めた 作:せいかま
俺はルクザ、元おじさんである。
独身ながらも特に不自由はない気楽な生活を楽しんでいたら、何故か異世界に転生していた。
正直俺は、この転生に不満を覚えている。
なにせ文明レベルが現代と比べて著しく低い。
食事はまずいわ、ベッドは硬いわ、なんか臭いわ。
前世ではそこまで風呂に頓着していなかった俺でも、風呂に入らない日の方が多いってのは我慢がならない。
一応、風呂に入るって文化が一般人にも浸透しているのは、ギリギリ許容範囲ってところか?
それにしたって足りないところが多すぎる。
別に転生なんてしたくなかったのだ。
死ぬのはそりゃ怖いけど、そこまで不満のある人生を送ってきたつもりはない。
周囲はやれ結婚だ、出世だと人生の充実を俺に語ってくるが、生きていくだけの給料と、楽しいと思える娯楽があればそれで十分じゃないか?
だから異世界で不便な生活を送るくらいなら、いっそそのまま人生を終えていたほうが良かったと俺は思うね。
とはいえ、だからといってもう一度死を選んで二度目の転生に賭けるほど、俺に度胸があるわけじゃない。
むしろ一回死んだことで、死への恐怖は人一倍だ。
だからこの世界で俺は生きていくしかない。
そのためには――生活環境を改善するのが一番だった。
◯
異世界での俺はルクザという名前で地方の街に生を受けた。
両親はどちらも平々凡々、ごくごく普通の職人とその主婦。
俺もそんな両親の血を引いた地味顔の没個性人間。
前世でもそうだったから、これくらいの方が落ち着くし問題はない。
上には二人の兄と一人の姉もいて、兄二人は俺と同じ没個性フェイスなのに姉はなんか知らないがやたらと美人。
優秀な剣術スキルを持っているため、将来は冒険者として食っていくらしい。
そう、この世界にはスキルがある。
これは俺にとって、この世界における数少ない福音だ。
生活改善のためにこの世界で最も有効な方法、それはスキルと魔法だ。
どちらも前世には存在しないスーパーパワー。
これ無くしては、不衛生なファンタジー世界の生活は成り立たない。
で、そんなスキルをこの世界の人間は五歳になると鑑定することになっている。
ちょうど俺が物心つくと同時に前世の記憶を思い出したのもこの頃。
状況把握に努めていたら、ちょうどいいタイミングでスキルを鑑定することになった。
ただ、そこで鑑定された俺のスキルはなんと言うか……変だった。
俺の持つスキルは二つ。
『特級生活魔法』
『下級剣術』
後者はいい、前者もまあ特級がついてなければわかる。
でも特級ってなんだよ、やべー呪霊かなにか?
まあ一回死んでるしな……いやそう言う話じゃない。
とにかく俺はとんでもない生活魔法の才能を持っているらしい。
とはいえこれは悪いことじゃないだろう。
元々転生した当初から、俺は生活魔法に心惹かれていたのだから。
“生活魔法”。
創作でたまに出てくる、生活を便利にする魔法の総称。
小さな火を出したり、清潔な水を出したり、これがなかったら異世界における俺の人生は詰んでいると言っても過言ではない。
この魔法を極めれば、俺の優雅な異世界生活が幕を開ける……と、最初は考えた。
しかし、そうは問屋が下さないらしい。
「見ろよあいつ、生活魔法坊やだ」
「特級って、過剰すぎるだろ。しかもそれと下級の剣術しか持ってないんだろ、終わってるよな」
ひそひそと、そんなことを囁かれるようになったのだ。
まあ、なんとなく舐められるのもわからなくはないけども、こうもテンプレみたいに蔑まれるとは思わなかった。
原因は次兄のカイルだ。
なんか知らんが俺のことを気に食わないらしいあいつは、俺のスキルを周囲にバラした。
家族と反りが合わないってのは、生活においてストレスである。
改善すべき環境の一つだろう。
まぁ、前世から長い時間一人暮らしをしてきたし、今更家族の元を離れることに躊躇いはない。
成長したら、俺は一人で生きていくことになるだろうな。
家は長男のダリル兄さんが継ぐだろうし。
そのためにも、現状のストレス源をなんとかするためにも、俺は即急に力を手に入れないと行けない。
この世界において人が周囲の手を借りず一人で生きていくなら、方法はやはり冒険者だ。
ギルドに所属して仕事をこなし生きていく。
前世ではどうしても会社という組織に所属し、ストレスを常に受けながら給料を得る必要があった。
一人で好きな時間に働いて、好きなときに休める冒険者はこの世界における最大の魅力と言えるだろう。
力さえあれば、という枕詞はつくが。
「そうそう、いい感じだねー。やっぱ剣術スキルを持ってる相手と指導したり稽古するのが一番たのしいなー」
そんな俺にとってありがたい存在が姉のリネア。
最上級剣術スキルを有する剣の天才。
美しいウェーブがかった金の髪と、どこか浮世離れした雰囲気が特徴の少女。
今の俺は六才でリネア姉さんは九歳、三歳年上だ。
そんなリネア姉さんは、俺の剣の稽古を気が向いたときに見てくれていた。
リネア姉さんは教え上手で、俺が剣術スキルを持っていて適正があることもあって、姉弟仲は良好と言える。
多分、カイルが気に入らないのはここなんだろうな。
あいつは剣術スキルを持っていないから、リネア姉さんに剣を教えてもらえないのが不満なのだろう。
まぁ、俺には関係のない話だ。
「しかしアレだね、ルクザは身体強化がうまいね」
「身体強化は誰もスキルを持ってないから、ここを鍛えれば俺だってリネア姉さんに勝てると思うし」
「お、言ったなぁ? ほら、剣を持ちな、教育してあげよー」
で、そんな俺が最近凝っているのは身体強化。
この世界の人間は多かれ少なかれ魔力を持っていて、それを使って身体を強化できる。
身体強化のスキルは存在せず、身体強化に関しては魔力量を除けば完全に努力の世界だ。
俺は特級生活魔法のおかげか魔力量に関しては相当のものを持っているらしい。
ならば身体強化を磨いて、下級スキルを補うのが強くなる近道だろう。
それにこれは、俺がもっとも極めたいと思っている生活魔法の探求においても近道となることだ。
「はぁ、負けた」
「うあー、ルクザの身体強化やばー、普通に打ち合えてるじゃん」
「普通に打ち合えてるだけじゃ、技術の差で負けるからさぁ」
言いながら、俺は地面に倒れ込む。
同じようにリネア姉さんも倒れ込んで休み始めたので、俺は手を持ち上げて姉さんに指を向けた。
そして――
「姉さん」
「ありがと、あー」
「”魔法水”」
姉さんの口の上に水が生まれて、それが滴り落ちるように彼女の口の中へ。
そして喉を潤していく。
俺も同じように口の上に水を出現させ流し込み、渇きを癒した。
「うっま! これ本当に同じ生活魔法? ママの水とぜんぜん違う」
「スキルの等級次第で新鮮さも違うんだろうけど……今は運動して疲れてるからな。そういう時の水が、一番美味しい」
「だねぇ」
なんてことを言いながら、二人で寝っ転がって空を見上げる。
そうしているとふと、リネア姉さんが笑みを浮かべてこっちを覗き込んできた。
少し顔が近い。
「いやー、ルクザの生活魔法便利すぎ。普通こんな狙って生活魔法を使うって無理でしょ」
「俺にとっては手足を動かすようなもんなんだけどな。それに、身体強化で精度も上がってる。身体強化って手足を使うものだから、俺の感覚的に生活魔法と身体強化は使う感覚が似てるんだ」
「……ルクザの言ってること難しすぎ」
「身体強化が生活魔法の練習になってるの」
「すげー」
おっと、俺はまだ六才だった。
元おじさんとしての感覚が抜けきっていないから、自然と長々とした解説を行ってしまう。
こういうところをカイルは「賢しい」なんていうけど、こればっかりはそういうものだと思って許してほしい。
何にしても、俺の特級生活魔法は、まさに生活魔法を手足のように扱えるというスキルだった。
これと身体強化を組み合わせると、身体強化の特訓を生活魔法でして、生活魔法の特訓を身体強化でできるというシナジーが発生する。
俺はこれで、六歳でありながら九歳で天才のリネアと同等の身体強化を身につけたのだ。
「なんてーか、アレだね。ルクザは”賢者”だね」
「賢者なんて、そんなの流石に過分すぎるだろ。やってることは感覚で魔法を使ってるだけなんだから」
「えー、よくわかんないことを言うんだからきっと賢者なんだよ」
「そういう……」
賢者、賢者かぁ。
俺は別に、そうやって他人から評価されることは望んでない。
自分が楽に暮らせればそれでいいのだ。
しかし、生活魔法はなにも自分の生活を豊かにするだけの魔法ではないだろう。
さっきも姉さんに新鮮でおいしい水を提供したし。
そういう意味で、生活環境を改善するっていうのは、結構楽しい。
要するに、
賢者になんてなりたくはないけど、感謝されれば気分がいいのは当然だ。
前世の俺は、自由な代わりに対して周囲からも感謝はされてこなかった。
現代社会で横のつながりが薄くなっているから、ちょっとした親切なんてすぐに流して終わりだ。
そういう意味では、今の生活は俺にあっているのかもしれない。
娯楽が足りないのは困るけど、悠々自適な感じは性に合っている。
だったら――
「……悪くないかもしれないな、生活魔法を極めるってのも」
「あははー、将来の大賢者様の誕生だぁ」
「いや、生活魔法極めても賢者にはならないだろ、普段からバカにされてるのに」
「ええー、どうかなぁ。あはは」
なんて話をしながら、俺は少しずつ未来への展望を固めていくのだった。