今週の魔法少女は事情により変身できません   作:佐藤悪糖

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来週もまた見てね

 街郊外の山肌を削りとって作られた採石場跡に、バーン・デザイアの姿はあった。

 ごつごつとしたブロック状に切り崩された岩肌には、自然が勢力を取り戻そうと懸命に根を伸ばしている。かつては重機がかけめぐっていたこの場所も使われなくなって久しく、今では緑の侵略を野放図に受けていた。

 

 切り立った崖にバーン・デザイアは腰掛けていた。彼の手にはコロッケ弁当がある。待つことになるだろうと思って、商店街で買ってきたものだ。

 きつね色に揚がったコロッケはきめ細やかな衣が立っていて、噛めばさっくりと小気味の良い音を立ててる。粒を残したほくほくのじゃがいもがほろりと崩れ、玉ねぎの甘みとひき肉の旨味がじんわりと広がる。香りを添えるソースの甘みも、主役を引き立てつつも主張しすぎない絶妙な具合だ。

 

 合間にお米を頬張ると、油の余韻も相まって多幸感に満たされる。千切りキャベツの瑞々しさで口の中をリセットすれば、すぐさま次のコロッケに箸が伸びる。

 創業六十年の老舗弁当屋が生み出した、珠玉の一品であった。

 

「んめぇ」

 

 一箱で十分だった。二箱買おうと思ったが、過ぎたるは及ばざるが如しと考えて自重した。実際、その判断は正しかった。少し足りないくらいがちょうどいい。一口一口を大切に味わって、バーン・デザイアは空になった弁当箱に手を合わせる。

 真に心動かす逸品に出会った時、心に浮かぶのは感謝だ。それを言葉にするなら、こうなる。

 

「ごちそうさま――」

 

 その時、雷光が降り注いだ。

 天翔ける一筋の稲光。採石場に轟く雷鳴。轟く閃光の中、焦げ付いた着地点に、一人の男が立っている。

 

 機甲の装備を身にまとい、赤いマフラーをたなびかせた男。

 駆動音を立てながら、男の装備が排熱をはじめる。バーン・デザイアはかたわらに弁当の空き箱を片付けて、にやりと嗤った。

 

「遅かったじゃねえか、ブラスター・スパーク」

「平日だろうが。授業があんだよ」

「ああ? 授業?」

 

 この場所を指定したのはブラスター・スパークのほうだった。

 決闘を挑むと、彼は決まってこの採石場跡を指定する。以前理由を聞いてみたら、「そういうものだ」と答えていた。実際周囲に人気はないし、邪魔も入らないので、バーン・デザイアとしても気に入っている。

 

「お前がさっさと来ねえから、ひどい目にあったじゃねえか」

「子犬の庭に突っ込んだんだ。吠えられたってしょうがねえ」

「ありゃ子犬なんてタマじゃねえだろ」

 

 バーン・デザイアは昨日のことを思い出す。

 本来の目的は、ブラスター・スパークとの決闘だった。戦いを、特に強敵との死闘を何よりもの歓びとしているこの男にとって、ヒーローとの戦いほど心躍るものはない。

 

 しかし昨日は、早く戦いたくてブラスター・スパークの根城を直接訪れた結果、散々な目に遭った。こんなことなら大人しくこの採石場で待っていればよかったとすら思っている。

 

「力もねえのに挑んできやがって。手加減するこっちの身にもなってみろっつんだ」

「その割には楽しんでたようじゃねえか」

「はん。ガキの遊びに付き合ってやっただけだよ」

 

 実際、あの程度の戦いなんてもの、バーン・デザイアにとっては児戯に等しい。

 鋼装(ギア)のない殴り合いなんて、コロッケのない弁当のようなものだ。ブラスター・スパークの偽物に合わせて付き合いはしたが、あんなもので彼の心は満たされない。

 バーン・デザイアが求めるものは真の戦いだ。血湧き肉躍る死闘を演じるために、この世界を訪れた。

 

「まあでも、一匹はそう悪くなかったな。まだまだ腕は足りねえが、気構えは悪くねえ。鋼装(ギア)さえありゃあ、良い戦士になんだろうよ」

 

 仮面の奥でバーン・デザイアは口元を緩ませる。

 ブラスター・スパークの真似事をしていた、あのヒーロー。強いか弱いかで言えば弱かった。その気になればすぐにだって叩き潰せた。それだけの実力差はあった。

 

 しかしそれでもあの()は、鋼装(ギア)を使った一撃を真正面から受け止めて跳ね返してみせたのだ。その事実を、バーン・デザイアは高く評価している。

 彼に足りないのは武装だ。それさえあれば、あるいは、楽しめる戦いができたのかもしれない。

 

「へえ。もう一匹は?」

 

 ブラスター・スパークが聞くと、バーン・デザイアは眉をひそめる。

 もう一匹。昨日無謀にも歯向かってきた、二匹のうちのもう片方。

 超人でも怪人でもない、ただの人間でありながら、バーン・デザイアに一撃を食らわせた奇妙な女。

 

「ありゃ龍だ」

 

 光を吸い込む艶のある黒髪に、すべてを見透かすような蒼い瞳。そして、その身から突如溢れ出した、得体のしれない力(・・・・・・・・)

 それを思い出すと、ぞわりと、バーン・デザイアに震えが走る。

 

「ただ、眠っていやがる。起きる気配もねえ。眠ったままの身動ぎで、それでも俺に一発を食らわせやがった」

 

 つい昨日のことだ。記憶には鮮明に焼き付いている。

 あの女がスマートフォンを操作した瞬間、華やかなエフェクトを撒き散らしながら溢れ出した、途方もない力。それは、バーン・デザイアの警戒心を呼び起こすには十分すぎた。

 

 バーン・デザイアとも、ブラスター・スパークとも明らかに違う、異質な力。いや、これまで経験したあらゆるものと位相を異なる、ともすれば神の領域にすら踏み込むような、凄まじい力の片鱗。

 

 バーン・デザイアは、きらきら輝くエフェクトに目が眩んだわけではない。

 目の前に顕現しつつある、神域の力に心奪われたのだ。

 

「おいスパーク。なんなんだよ、あの化け物は」

 

 結局その力は結実することはなく、バーン・デザイアが怯んでいる隙に、騙し討ちのような形で一発食らわされたわけだが。

 

「……あいつは」

 

 ブラスター・スパークは言葉に迷う。

 バーン・デザイアが知る限り、初めてのことだった。いつだって迷うことなく、雷光のようにまっすぐに突き進む。この男はそういうヒーローだった。

 

「ただの、うちの生徒だよ」

 

 だから、彼が出した答えに、疑問は多くあったけれど。

 にやりと嗤って、飲み込んだ。

 

「そうかよ。なら、自分で確かめるまでだ」

「てめえ。うちの生徒に手ぇ出すつもりか」

 

 ブラスター・スパークが怒気を帯びる。

 全身の装備がけたたましく駆動をはじめる。溢れ出した雷光が彼の身を彩る。それを見て、バーン・デザイアは笑みを浮かべた。

 確信があった。今日の戦いは、素晴らしいものになるのだと。

 

「そうか、そうか。そうだったな。お前はそういうやつだった」

 

 バーン・デザイアは岩肌から飛び降りる。

 彼の手には、いつしか漆黒の大剣が握られていた。砂埃を立て、重々しく着地しながら、彼は爆炎鋼装(バーニング・ギア)を駆動する。

 紅炎が、漆黒の剣に巻き付いた。

 

「嫌っつうなら、止めてみろよ、ヒーロー!」

 

 雷光と爆炎が衝突する。

 そして、怪人と超人の戦いが始まった。持てる力も、身に帯びた信念も、そのすべてを焼き尽くすような凄まじい戦いが。

 

 その戦いの行く末を語る場所は、ここではない。

 本文が語るのは、あくまでも魔法少女の物語だ。ヒーローの戦いとその結末は、その人を主人公とする物語に譲るべきであろうから。




一章 ゴールド・ゴールド・アクターズ (了)
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