今週の魔法少女は事情により変身できません   作:佐藤悪糖

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二章 シルバー・シルバー・ディザスター
歩み寄ったり寄らなかったり


「ほろびちゃんに物申したいことがあるっち」

 

 バーン・デザイアとかいう変なのを撃退してから、数日後。

 自室のベッドでごろごろしながら文庫本を読んでいると、れくたからの陳情が入った。

 

「ちょっと待って。今いいとこだから」

「待たないっち。これは大事な話だっち」

「やだ。無理。読む」

「ちなみに何読んでるっち?」

「『海底二万里』」

「わかったっち。それに勝る用事なんてこの世にはないっち」

 

 了解が得られた。この異星人と少しだけわかりあえたような気がした。

 れくたが大人しく待っている間、私は本の続きを読み進める。これでも一応キリのいいところで切り上げようという意志はあった。しかしながら人の意志とは薄弱で、物語が持つ力は時として決意を易々と打ち砕いてしまう。

 

「ふう……」

 

 するすると飲み込まれるようにページをめくること三十分。やっとの思いで現実に帰ってくると、胸のあたりがふわついていた。私の心はまだ、あの潜水艦の中にあるのかもしれない。

 栞を挟んで、本を畳み、体を起こす。

 私の机の上でれくたも本を読んでいた。

 

「れくた?」

「ち……」

 

 返事はおぼろげだ。よっぽど夢中になっているらしい。

 開いている本の背表紙を覗き込む。

 『十五少年漂流記』。

 

「続き読も」

 

 強制終了することはできたが、そうはしなかった。読んでいる本を途中で取り上げるなんていう残虐行為はたぶんジュネーヴ条約とかで禁止されている。たとえ相手がれくただとしても人の道を外すわけにはいかない。

 

 ベッドに転がり、再び本を開く。それから小一時間はそうしていただろうか。そろそろ寝ないと、という時間になって、れくたは思い出したように顔を上げた。

 

「物申したいことがあるっち!」

 

 眠気も相まって、集中力が途切れがちになっていたタイミングの一声。深海から戻ってくるのは簡単だった。

 ベッドから体を起こす。怒ったような顔をしている彼に、私には真っ先に聞かなければならないことがあった。

 

「どうだった?」

「すっっっっごくよかったっち!」

「ね。ね。だよね」

「あのねあのね、ほろびちゃん――」

 

 そしてはじまる感想戦。ほのかな興奮混じりに、読んで感じて体験しことを伝えあう、本読みだけの幸せな時間。

 それをたったの十分で切り上げられたのは、歴史書に残されてもおかしくない偉業だったと思う。

 

「そ、それより、ほろびちゃん……」

「ああうん。なんか話があるんだっけ」

「大事な話なのに、完全におまけ扱いになっちゃったっちぃ……」

 

 話の本筋はすっかりどこかに行ってしまったが、あらためてれくたは切り出した。

 

「この前の、怪人を倒すのに使った技のことについて聞きたいっちけど」

「フランケンシュタイナーのこと?」

 

 あの日の戦いのことを思い出す。

 あの時私は不覚ながら人質に取られてしまったので、変身アプリを利用して怪人の隙を作り出し至近距離から一撃を食らわせた。

 そのために使った技がフランケンシュタイナー。跳躍して太ももで相手の頭を挟み、後方宙返りの要領で後ろに投げ飛ばす大技だ。

 

「そう、それっち。あんなのどこで覚えたっちか」

「覚えてないよ?」

「ち?」

「なんか、やろうと思ったら、できた」

「は?」

 

 れくたはすごい顔をしていたけれど、私としてはそれがすべてだった。

 昔なにかの動画でやり方を知って、ぶっつけ本番で試してみたら、うまくいった。それ以上でもそれ以下でもない。なんなら私もちょっとびっくりしている。

 

「才能? 天才? いやいや、そんなレベルじゃなかったっちよ……?」

「私、運動神経いいから」

「そんなレベルでもなかったっちぃ……!」

 

 れくたは物言いたげにうごうごとしていた。そんな反応をされたって、私にはそれ以上説明できることはないのだけれど。

 

「とにかく、あんな技もう使っちゃだめっち。他の技ならいいっちけど、あれはもうだめだっち」

「なんでだめなの?」

「変身衣装ならドロワなりパニエなりがあるからいいっちけどね……。そもそも変身しないで戦うなんて初めてのことっちから。こっちも可能な限り頑張るっちけど、そっちでも配慮してもらえると助かるっち」

「えっと、どういうこと?」

「……ほろびちゃんには、もう少し慎みを覚えてほしいってことだっち」

 

 だから、その、つまり……?

 意味がわからず首をひねってみるけれど、れくたは気まずそうに目をそらした。言いたいことがよくわからない。フランケンシュタイナーの、なにがだめだったんだろう。

 

「見るっち」

 

 いまいち要領を得ない私に、れくたはあの時の映像を見せてくれた。

 三秒で理解した。

 私の足が翻るたびに、スカートがまくれあがって見えそうになるのだ。撮影的に、そして女の子的に大変な不都合(・・・)が。

 

 可能な限りの配慮が為されたカメラアングルになってはいるけれど、肝心の私が何一つ配慮なんかしていないのだ。アングルで誤魔化すにも限度があり、投げ飛ばす瞬間なんかは、デフォルメされたれくたのアイコンが「見せられないよ!」と書いた看板を掲げて、私の不都合を物理的にガードしていた。

 

 努力の痕跡が伺える編集だった。絶対に守る、という決意すら滲んでいた。

 その甲斐あってか、そこまで不都合な感じにはなっていなかったけれど、代わりに不自然な映像にはなってしまっている。

 

「今回は編集でうまくやっとくっちけど……。うちはあくまで子ども向けの健全なアニメだから、こういうのは困るっち。それに、ほろびちゃんがそういう目で見られるのは、ぼくとしても嫌っちよ」

 

 もう十分、と映像を止めてもらう。

 少し、顔が熱かった。

 

「れくた」

「ち」

「明日からスパッツはいてく」

「ちー」

 

 さもありなん、とれくたは頷いた。

 

 ただまあ、そうなるとどうやって戦うかという問題が出てくる。フランケンシュタイナーを使わずに、この足で敵を倒すにはどうすればいいのだろう。

 全治三週間。それが私の足にくだされた診断だ。

 

 今も私の右足はギプスにがっちりと固められている。少し歩くだけでも痛みが走るし、今日だってお風呂に入るのに散々苦労させられた。

 跳べない。走れない。蹴飛ばせない。

 そろそろ次のロケがあるのに、こんなんでどうやって世界を救えばいい。

 

「その怪我なら明日には治るっちよ」

 

 足のギプスを忌々しく見ていると、れくたが視線に気がついた。

 

「撮影中の怪我は原則保障対象っち。脚本の都合にあわせて治療タイミングは調整するっちけど、出演者の日常生活に必要以上の負荷を与えてはならないって撮影規約になってるっちからね」

「……?」

「こっちで治すから大丈夫って意味だっち」

 

 保障がどうとかはよくわからなかったけれど、つまりそういうことらしい。それも、たったの一日で。

 

「どうやって治すの?」

「遺伝子治療と再生医療の合わせ技っちね。寝てる間にちょちょっと細胞を活性化させて、代謝を加速させるっち。テロメアもその分伸ばしておくから安心するっちよ。朝起きたらお腹空いてると思うっちから、そこだけ不便をかけちゃうっち」

「え、と……?」

「強度を強めれば数分で再生させることもできるっちけど、それだとあんまり綺麗に治らないっちからねぇ。一晩かけてゆっくり施術するのがベストだと思うっち」

 

 そ、そうなの……?

 並べられる言葉は呪文めいていて、頭の中を豪快に滑り抜けていく。一体何をされるのか得体がしれないし、不安めいたさざめきだけが胸に残った。

 

「え、え、えっと」

「質問あったら答えるっちよ?」

「お、起きたら、足が三本になってたりとかしない……?」

 

 れくたはきょとんとした顔をして、それから怪しく笑った。

 

「さあ、どうっちかね」

 

 …………!

 抵抗しようとしたが、結果的には失敗に終わった。眠気が限界だったのだ。一度横になると、ぬくぬくのベッドが職人めいた手際で私の意識を夢の中に引きずり込む。

 

 その日私は、変な夢を見た。

 大怪獣になる夢だ。体がむくむくと大きくなって、大怪獣ほろびドンとなった私は、思うままに街を壊してまわり、それを止めようとするブラスター・スパークと壮絶な戦いを繰り広げた。

 

「あすと……すたー……」

 

 ほろびドンが放った熱光線がブラスター・スパークを焼き払う。

 街が壊れる。世界が壊れる。虚無と滅びの残火が広がる。

 その瞬間、目が覚めた。

 

「……勝った」

 

 じゃなくて。

 意識が覚醒してすぐ、布団を跳ね除けて飛び起きる。足だ足。何よりも真っ先に右足の様子を確認する。

 

 寝てる間にギプスは外されていた。見た目は普通、肌触りも普通。数は一本。鱗やエラがくっついていたりはしない。レーザービームの発射口もなさそうだ。

 その上、手で軽く捻ってみても痛みを感じない。

 

「お、おお?」

 

 ベッドに腰掛けたまま、そろそろと足を床に下ろす。

 爪先から静かに床に触れ、少しずつ体重を預ける。そのまま慎重に、ゆっくりゆっくりと立ち上がって、両手を広げてバランスを取る。

 

「おおー……」

 

 た、立てる……! 立っても痛くない……!

 まったく痛くない、というわけではない。足首のあたりに些細な違和感は残っている。しかしこうして立ち上がって、少し歩くくらいには問題ない。

 

「あ、起きたっち……?」

 

 部屋の中を意味もなくてこてこ歩いていると、机の上で眠っていた――初日だけは一緒にベッドで寝ていたが、今はそこで寝かせている――れくたが目を覚ます。大きく伸びをした彼は、無駄に愛嬌のある仕草で目をくしくしとこすった。

 

「まだ走ったりとかしちゃだめっちからねー……。歩くのはいいっちけど、午前中は安静にしてるっちよー……」

 

 彼の言葉を聞く余裕はなかった。

 体から力が抜ける。その場にへたりこむ。これ以上は立っていられない。

 

「どうしたっち? どこか痛むっち?」

 

 飛び起きたれくたがすぐさま側に飛んでくる。

 足が痛いわけではない。痛い場所は一つもない。それでも体は限界を迎えつつある。

 誰かに診てもらうまでもなく、この症状ならよく知っていた。

 

「おなかすいた……」

「あー」




今日から二章です。よろしくおねがいします。
興味本位でアンケートをおいてみました。
展開に影響はありませんが、今後の参考にしたいので、ご協力いただけますと嬉しいです。

れくた、どう?

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