今週の魔法少女は事情により変身できません   作:佐藤悪糖

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あー! いけません! いけませんお客様! いけません! あー! いけませんお客様ー!!

 七村菜乃花という生き物は、幼少のみぎりより特別の塊であった。

 簡単に道に迷うし、頼まれたことをすぐに忘れるし、すぐに意識がお花畑に飛んでいくし。誰にでもできることがまったくできない一方で、彼女には誰にもできないことができた。

 

 天才、あるいはギフテッド。菜乃花の側にいると、そんな言葉を何度も聞いた。しかし欠落の多い彼女には周囲の助けが必要なのも事実であり、それはもっぱら私の担当だ。

 その役回りを損に思ったことはない。私たちは友だちだから。私は菜乃花が好きだし、あの子の側にいると楽しいから。

 

 だけど、彼女を見ていると、時々不安になる。

 私には何もない。人より秀でた才能なんて何一つとして持っていない。

 私は特別じゃない。誰でもできることは私もできるけれど、誰にもできないことは私にもできない。

 

 平凡で、普通で、当たり前で。要領はいい方だけど、それだけで。

 そんな自分を受け入れつつも、特別に憧れなかったわけでは決してなくて。

 

 だから簡単に騙されたのだろう。

 魔法少女なんていう、わかりやすい特別に。

 

 とまあ、あの子を見ていると色々と考えることもあるけれど。当の菜乃花さんはと言うと、目をきらきら輝かせながら、私のスカートをめくっていた。

 

「おおー……」

 

 一限が終わった後の放課時間だった。数学の時間を豪快に寝過ごした彼女は、終鈴が鳴ってからようやく起き上がり、ぽやぽやと周りを見渡してから、隣りに座る私を見つけてしゃがみこみ、唐突にスカートをめくって中を覗き込んだ。

 

 なにが起きているかわからないが、実際にその通りのことが起きていた。理の外側を歩く七村菜乃花に世間の常識は通じない。

 

「ほろびさんがスパッツ履いてる……」

 

 気になったのはそれらしい。

 ちらりと周りを見渡すと、同級生の何人かがこっちを見ていた。視線を送ると気まずそうに目を逸らしていく。足を少し動かして、“不都合”が見えないようにする。

 

「あ、あの、菜乃花さん?」

「なにー?」

「めくらないでもらえる?」

「もうちょっとー」

 

 どうしたものかと困っていると、側で飛ぶれくたと目が合う。彼は妙に神妙な顔をしていた。

 

「悪くないっちけど、映像的にはちょーっと使いづらいっちねー。できればセンシティヴじゃない絡み方で頼めるっち?」

 

 本当に何言ってんだこいつは。傍観者ぶってないで私を助けろ。

 とにかく、自分でなんとかしないといけないらしいので。

 

「菜乃花、そろそろ怒るよ」

「えー……?」

 

 頭を軽くはたく。外的刺激を入力すると、菜乃花は名残惜しそうに私のスカートから手を離した。

 しかし、それで菜乃花の奇行は止まらない。今度の彼女は、私に顔を近づけて鼻をすんすん鳴らしはじめた。

 

「あ、あ、あの?」

「んー?」

「な、なにしてるの?」

「ほろびさんの、匂いを嗅いでいます」

 

 もう一発はたいてやろうと思ったら、手首を掴まれた。

 そのまま、ぐっと押さえつけられる。力を籠めてもびくともしなくなる。

 

「わ、ちょっと、やめ……!」

「ごめんねー、ほろびさん。ちょっとだけねー?」

「は、恥ずかしいってば……!」

「すぐ終わるからねー」

 

 菜乃花はこれで私よりも体が大きい。というよりも、標準的な体格の菜乃花に比べて私の体は一回り小さい。純粋な力比べになった時、この子に勝つのはこれで結構難しい。

 

 本気を出せばなんとかならなくもないけれど、無理をすれば筋を痛めそうだ。結局は抵抗を諦めて、おとなしく首筋のあたりをすんすんとやられることにした。

 ……まあ、いいか。実害ないし、菜乃花だし。

 

「あー! あー! いい感じっち! 今すごくいい感じっちよ! そういうの! そういうの求めてたっち! 使えるっち! これは使えるっちー!」

 

 隣のうるせえのが騒いでいた。こいつは後で殺そうと思う。

 れくたに注意を向けたのは少しだけ。顔を向けるというほどのことでもない。ほんの一瞬、視線をちらりと横にやっただけだ。

 

 その一瞬が過ぎて、目線を戻した時。

 鼻と鼻がくっつきそうな距離で、菜乃花が私の目を覗き込んでいた。

 

「ほろびさん」

「な、なのか……?」

「今、何見てたの?」

 

 ぞくりとした怯えは、きっと彼女に悟られた。

 

 菜乃花の赤い瞳はどこまでも澄んでいる。鏡のように曇り一つないそれには、ほのかな怯えをはらんだ私が映し出されていた。

 その時、放課の終わりを知らせる鈴が鳴る。音による外的刺激を受けた菜乃花は、ぱっと私の手を離して、自分の席へと戻っていく。

 

 この子は今、何を考えていたのだろう。

 菜乃花との付き合いはそこそこ長いけれど、彼女のことをすべて知っているわけではない。むしろわからないことの方が多い。頭の中なんて特にそうだ。七村菜乃花の思考を完璧に理解できる人間は、きっと七村菜乃花の他には存在しない。

 

 それでも、少しでも、菜乃花を理解したくて。

 

「……私。なんか、変な匂いした?」

「ううん、逆」

 

 ふんわりとした笑みを浮かべる彼女からは。

 ぞっとするような、風格が漂っていた。

 

「消毒液の匂い、しなくなったなって思ったの」

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