今週の魔法少女は事情により変身できません   作:佐藤悪糖

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ほろびさん落ち着いて。

 少し前に、妙に寂しくなったことを覚えている。

 撮影中に作った傷は認識調整によって他の人には見えなくなる。足をひどく捻挫しても、体のあちこちに包帯を巻いていても、家族にもクラスメイトにも気づかれなくなる。

 

 妙な勘繰りを避けられる便利な処置だけど、少しだけ心配にもなった。もし仮に、戦いの中で私が死んだとしても、誰にも気づかれないのかもしれないって。

 

 だけど、きっと、菜乃花は。

 菜乃花だけは、もしかしたら。

 

「七村菜乃花ちゃん……。なるほどっちねぇ……」

 

 体調が悪いのでと説明したら、今日の体育はあっさりと見学になった。

 グラウンドの隅っこから、五十メートル走を十二秒かけてのんびり走る菜乃花を見守る。クラスの中でも断トツのビリだったが、菜乃花は一生懸命に走っていた。

 

 クラスメイトたちの温かな声援を受けながら走りきった菜乃花は、息を整えながらふんわりした笑顔を浮かべて、私に大きく手を降った。私も彼女に手を振り返す。

 

「ちょっと安心したっち。ほろびちゃんにも友だちっているっちね」

「どういう意味だ」

 

 近くに誰もいないので、私は先生に見咎められない程度の声量でれくたと話していた。

 

「関係性は十分以上。キャラ立ちも合格。これはおそらく使われるっちね」

「使われるって?」

「物語ってやつは主人公だけじゃ成立しないっち。展開を動かしていくためには、そろそろ新キャラを起用したくなる時期だと思うっちよ」

「言っとくけど、あの子に手出したら、殺すよ」

 

 じっと睨んで殺意を向けると、れくたは慌ただしく飛びはじめる。

 

「ぼ、僕は何もしないっちよ? でも、脚本考えてるのは僕じゃないっちから、ね?」

「じゃあ、脚本を書いているのは誰? どこにいけば会える? 物理的な方法で殺せる?」

「も、黙秘するっち……」

 

 やっぱり諸悪の根源はこいつらなんじゃないか。れくたの後ろにいる異星人どもを殺さなければ、きっとこの面倒は解決しない。

 そんな私の殺気を感じてか、れくたは短い手足をあわあわと振り回した。

 

「で、でも! きちんとハッピーエンドになってるはずだっち! 誰も不幸にはならないって約束するっち!」

「撮影、やめてくれるのが一番いいんだけど」

「それはそうっちけどぉ……!」

 

 文句だったらたくさんある。そもそも私がこんな面倒事に巻き込まれているのは、何もかもこいつらのせいだ。その上菜乃花まで巻き込もうってなら、いよいよ私も我慢ならない。

 

「一応、撮影を止める方法も、なくはないっちけど……」

「本当?」

「物語には『ラスボス』が設定されてるっち。この事件を仕組んだ諸悪の根源を倒せば物語は大団円を迎えて、撮影もそこで終わりだっち」

「れくたのことじゃん」

「違うっち! あくまでも物語上のラスボスのことだっち!」

 

 ……ラスボス、ね。

 主人公に立ちふさがる最後の敵。諸悪の根源。決して相容れない絶対的なる敵対存在。

 

 それを倒せば物語が終幕するというのは、理解しやすい概念ではあったけれど、同時に空想めいていて頭の中を上滑りしていく。

 私が生きているのは物語ではない。これは私の人生だ。人生にラスボスなんてもの、本当に存在するのだろうか。

 

「で。そのラスボスって誰? どこにいるの?」

「今はまだわかんないっちけど、物語が進む内に手がかりが見つかっていくはずだっち」

「そういうのいいから。さっさと答えだけ教えて」

「ネタバレは大罪っちよ!?」

 

 れくたを抱えあげてじっと見つめる。手の中でぬいぐるみが暴れるが、絶対に逃さないし目も逸らさせない。

 そのまま数秒。無言の圧に屈したれくたは、耳と尻尾をしょんぼりと垂らした。

 

「ぼくも、わかんないんだっち……」

「素直に話せないなら、話せるようにしてあげるけど」

「本当だっち! そんな終盤の脚本なんかまだ渡されてもいないっち! 現場担当の僕に言われたって、わかんないものはわかんないっちー!」

 

 ため息を一つ。グラウンドに向けてぽうんとれくたを投げ飛ばす。これ以上こいつを詰めたって意味はない。

 

「れくたって、なんにも知らないんだね」

「面目ないっち……」

 

 砂に汚れたれくたは、ひょろひょろと浮き上がって私の側に戻ってきた。

 

「とにかく、菜乃花は巻き込まないで。敵なら私が倒すから、それでいいでしょ」

「そうしたいのはやまやまっちけど……。脚本の都合上、事件はほろびちゃんの近くで起こることが多いっち。だから、ええと……」

「私の側にいたら、巻き込まれるってこと?」

「そういう傾向があるのは否定しないっち……」

 

 それだけ聞けば十分だった。グラウンドの外に向かって歩き出す。これ以上ここにいる理由はない。

 

「ほろびちゃん、どこいくっち……?」

「それなら私は街を出る」

「ほ、ほろびちゃん!?」

「これからは、誰とも関わらず一人で生きるよ」

「早いっち! 早すぎるっち! そういうのは最終決戦一つ手前のシリアス展開でやるものだっちー!」

 

 れくたは私の前に回り込んで、一生懸命に私を押し留めようとする。

 無駄な努力だった。理由は一つ、体格差。日頃私を苦しめているそれが、れくた相手だと一転して優位に働く。

 意にも介さずグラウンドを離れようとしていた時。後ろから、私の肩を誰かが掴んだ。

 

「おい。夜空」

 

 振り返ると、顔が怖い大人の男性。

 鮫田先生だった。

 

「お前まだ授業中だろ。どこ行くつもりだ」

「街を出ます。お世話になりました」

「はええよ、アホ」

 

 鮫田先生は手に持っていたバインダーでこつんと私の頭を叩いた。

 

「大体何考えてっかわかるけどな、んなことしたって無駄だ無駄。山だの海だのに籠もったところで、街が襲われるのを見て戻ってくるのが関の山だ。お前、襲撃される街を見ても知らん顔できんのか?」

「……知ったようなこと、言いますね」

「そりゃそうだ。経験者だからな」

 

 鮫田先生にとっては通過点らしかった。

 この道十五年の大先輩にそう言われてしまっては、返す言葉もないけれど。叩かれた頭を抑えたまま、なんとも言えずに先生の顔をじっと見上げる。

 

「不服か?」

「不服です」

「よし。じゃあ、何が不服か説明してみろ」

「怒らないんですか?」

「それじゃあ授業にならねえだろ」

 

 鮫田先生にとっては、これも授業の一つらしい。彼はどこか楽しげに、にやにやと私を見下ろしている。

 なんだか何もかも見透かされているようで、それはそれでムカついたけれど。

 

「私は誰も巻き込みたくありません。友だちも、家族も、誰一人として。私の側にいるせいで、誰かが不幸になるんだったら、私は一人で生きていきます」

「それで? お前が一人になったら、お前の友だちは幸せか?」

「………えと」

「家族は? 知り合いは? お前がいなくなったらどう思う?」

「それは、その。……わかりません、けど」

「じゃあ逆に考えてみろ。お前の家族や友だちが、ある日突然いなくなったとしたら?」

 

 ……そんなこと、考えたこともないし、考えたくもない。

 理詰めでこんこんと追い詰められる感覚。決まっている答えに誘導されているようで、なんだかとても気に入らない。その気持ちのまま口を動かす。

 

「先生。それでも、私は」

「夜空」

 

 鮫田先生は、バインダーの角で、私の胸をとんと叩いた。

 

「一人になるな。友だちは大事にしろ。孤独の味なんか、わざわざ知るようなもんじゃねえ」

 

 ……それでも。

 グラウンドを横目で見る。そこには、他の生徒に混じって身体能力測定をする菜乃花がいる。体育なんてあの子にとっては一番の苦手科目だ。それでも彼女は、一生懸命に頑張っている。

 今だって、他の生徒にからかい混じりに応援されながらも、楽しそうに笑っていて。

 

「私は菜乃花を巻き込みたくありません。あの子には、笑っていてほしいから」

「……そうか」

 

 鮫田先生は、わかったような顔をして、私の頭に手をおいた。

 

「夜空。それだけ大事にできる友だちがいるってのは、幸せなことなんだ」

「……?」

「わからなくていい。わかる日が来なくたっていい。お前はただ、当たり前の幸せを、当たり前に噛み締めていればそれでいい」

 

 わからない。

 鮫田先生が言っていることは、私にはほんの少しもわからない。

 わからないけれど、先生が浮かべる寂しそうな顔に、何も言えなくなってしまって。

 

「おい、小せえの」

 

 先生は、私の傍らを飛ぶれくたに目を向ける。

 

「……ぼくっちか?」

「お前だよ、お前。うちの生徒に余計なこと吹き込んでんじゃねえだろうな」

「い、いや。これでもぼくは、ほろびちゃんのことを思ってっちね」

「じゃあ伝え方考えろ。こいつは何かと背負いすぎる。すべての責任は自分にある、あるいは自分が動けばすべての問題は解決できるって思うタイプだ。そういう手合に問題点から伝達すると、こういう極端な思考に走る」

「そうなんっちか……?」

「まあ、大抵の場合足りてねえのは信用だな。お前のことを信用しきれてねえから無理しようとすんだ。無理しなくても大丈夫だって夜空に信じさせてみろ。それがお前の宿題だ」

「わ、わかったっち。肝に銘じておくっち」

 

 私だけではなく、れくたにまできっちり“授業”をした鮫田先生は、最後に私の頭をぽんぽん叩いて歩み去っていく。

 

 突然にあらわれて、何もかもを制圧して、用が済んだら去っていく。

 今のあの人は、変身なんかしていなかったけれど。

 

「ヒーローって、すごいっちね……」

「……だね」

 

 不思議と、私とれくたの感想は一致した。

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